第2章-1 ミートスパゲティ
夏休み。暑い日々が続く中、僕は台所で洗い物をしていた。
今日の昼食はミートスパゲティ。と言っても、レトルトのソースをスパゲティにかけただけなんだけど。それだけだと寂しいのでレタスとミニトマトのサラダを付けた。
芽衣が帰ってくる前は、食事もかなり適当だった。ホカ弁とかに頼ることも多かったし、ラーメンも常に何個か買い置きしてあった。小学校の給食があるからそれほど栄養不足になることはなかったけど。――ずっと二人分の食事を作ってきた。それが一人分になるのが寂しくて、喜んでにっこりしてくれる人がいないのが寂しくて、なんとなく自炊する気を失っていた。
芽衣が帰ってきてからは――お母さんがよく、ごはんを作ってくれている。研究所という仕事柄、わりと出社時間の自由が利くらしくて、朝はもちろんお昼ごはんも下準備して温めておいてくれてることが多い。
だけどたまには、僕も自分でごはんを作ることがある。
正直、料理をするのは嫌いじゃないから。
ロボットであるはずの芽衣が何故普通に食事を食べられるのか、疑問に思ってお母さんに聞いてみたことがある。
何でも、普通の人間と同じように酵素によって分解して、それをエネルギーに換算して、云々――僕には細かいことはよく分からなかったけど、要するに人間と同じように食事はできるということだ。ついでに言えば味も一応分かるらしい。
もっとも、「一応」というのがどの程度なのか、僕には分からない。
人の味覚なんて分からないし、そもそも辛いものが得意な人も苦手な人もいるし……味覚をどう感じるかなんて、そもそも他人が忠実に再現できるんだろうか。
疑問には思ってるんだけど、取り敢えず普通にごはんを作ったら美味しそうに食べているので、まぁそういうことでいいのかな、と思っている。
お母さんは芽衣にどう説明してるんだろう。
それを直接ぶつけるのが怖くて、何も言えずにいる。ただ、あまり外に出られないとか、お客さんが来た時にいとこのメルだと言い訳するとか、そういう説明しにくいこともそれなりには納得しているらしい。
代わりに、お母さんがゲーム機を買って来て、芽衣の部屋に置いている。
前々から欲しかった最新のゲーム機だったので、芽衣は喜んでよくゲームをしている。あんまり上手くはないけど、楽しそうだからいいのかもしれない。
お昼の前にもゲームをやっていたらしく、続きをやるからとごはんが終わるとすぐに部屋に上がっていった。
夏休みに子供があんなにゲームばかりしていていいのだろうか、と思うし、正直ちょっとずるいような気がする。僕も遊びたいと思ったらお母さんに怒られた。芽衣は特別だと。
特別ってなんだろうと思うけど、でも、反論もできない。
「手が止まってる」
小声で呟いて、皿洗いを続ける。
ミートソースの付いた皿を洗い終わったところで、玄関の呼び鈴が、ぴんぽん、と鳴った。
誰だろう?
「はーい」
流しの横にあったタオルで手を拭いてから、早足で玄関に向かう。
ドアを開けると、そこに立っていたのは自分より少し年下っぽい、長い髪で眼鏡をかけた女の子だった。……いや、確か見覚えがある。
「芽衣と同じクラスの……笹谷さん、だっけ?」
こくりと頷いた。
「笹谷真理恵と言います。芽衣ちゃんの友達……でした」
「朝よく一緒に行ってたよね」
学校に向かって歩いていると、芽衣がよく駆け寄っていっていた記憶がある。
「はい」
頷いてから、少し俯いた。
口の端に少しぎゅっと力を入れてから、顔を上げて僕の目を見る。
「えっと……」
しかしそれだけを言って、また困った顔をして俯く。
助け船を出そうかと思ったけど、僕は僕で何を言っていいのか分からなくて。
結局次に言葉を発したのは、笹谷さんの方で。
「芽衣ちゃんの仏壇に、手を合わせさせてくれませんか」
そう言われるのは、分かっていたけど、やっぱり言葉が出なくて黙り込む。
普通なら……そう、普通なら、というのか芽衣が帰ってくるまでなら、頷いて案内していたと思う。少し前までは芽衣の写真を飾って、毎日線香を焚いたりお供えをしたりしていた。でもそれはもう、芽衣が帰って来た時にお母さんが片付けてしまった。芽衣がいるんだから、と。
だから今、仏間に案内しても、特に芽衣のための祭壇はない。
「……今はまだ、だめですか」
寂しそうに笹谷さんが言う。
「そういうわけじゃないんだけど」
宙を仰ぐ。壁から長細くてちょっと飾りのついた玄関灯が上に向けて突き出している。とうもろこしみたいだ、と小さな頃の芽衣が言ってて、それからいつ見てもとうもろこしにしか見えない。
「だったら、お願いします」
一歩前に出る。
「分かったよ、上がって。……まぁ、線香でもあげて行ってよ」
小さくため息をついて、僕は軽く手招きをした。
途中の階段のところでちらっと上を見る。芽衣は上にいるはず。
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