第1章-3 3つのラーメン鉢
その日の夕食は、久しぶりにお母さんと、そして“芽衣”と一緒の賑やかな食事だった。……買い物には行ってなかったから、結局ラーメンだったけど。
テーブルに3つのラーメン鉢が並ぶ。
「この子も食べられるの?」
僕が言うと、お母さんは僕の頭を軽く叩いた。
「『この子』って呼び方はないでしょ、よそよそしい」
「そうだよー、お兄ちゃん!」
それに合わせて頷く高い声。
お母さんは僕と“芽衣”の前にラーメン鉢を置く。芽衣の大好きだったしょうゆラーメン。置かれるや否や、芽衣と同じように美味しそうに食べ始める。
どんなに芽衣にそっくりでも……外見も一緒だし記憶も引き継いでいても……やっぱりこの女の子は僕の妹じゃない、そのはずなのに、やっぱり見ていても芽衣にしか思えないことがあって。
僕はいたたまれなくなって、夕食を急いで食べ終えると、そそくさと二階の自分の部屋に戻った。
「お兄ちゃん、テレビ見ないの?」
「今日はなんだか疲れたから寝るよ」
振り向きもせずに、声だけで答える僕。
夜だというのに、寝ぼけたセミが一匹だけどこかで鳴いている。
僕はベッドに横になると、ぼんやりと天井を見上げた。
……こんなギマンに満ちた(って、どこかの本に書いてあった)暮らしなんて、長くは続くはずはない。
死んでいるはずの芽衣が辺りをうろついてたら、騒ぎになるのは分かり切ってる。今日の帰りに人目に付かなかったこと自体が既に奇跡的なんだから。
このまま、あの『MAY-10X』と暮らしていたって、辛い思いが募るだけだ。
……と、本当はお母さんに言うべきだったんだと思う。
でも、僕は言えなかった。お母さんが怖かったとかそういうのじゃなくて。逆に、お母さんが可哀想だったから。
芽衣の葬式の時の、お母さんの目を今でも思い出す。
お父さんが亡くなって以来、お母さんの目つきは変わったと思う。一生懸命で、余裕のない目をしているのをよく見かけた。……でも、あの事故からあとに比べたら、まだずっと落ち着いた目をしていた。
あの時のお母さんの目は、あまりにも疲れ切っていたから。
多分、MAY-10Xの存在がお母さんにとって最後の支えになっているから。
もちろんお母さんは僕も芽衣も平等に可愛がってくれていたけど、だいたい末っ子は可愛いものだと聞くし、それにお父さんを病気で亡くしてるから。
お母さんが壊れるのが怖かった。いつ壊れてもおかしくないところを、何とかあのロボットの開発で支えているのは、子供の僕にも分かるから。お母さんがそんなに強くないのに意地を張ってると知ってるから。
そして、お父さんが死に、芽衣が死んだ今、お母さんは僕にとって最後の肉親だ。
お母さんが壊れてしまう……。そうしたら僕は、本当にひとりぼっちになってしまう。
その日が来るのが、何よりも怖かった。
今のままだと、いつかは破綻する日が来るとは分かってるけど。
それを崩す勇気が僕にはなかった。
考え疲れて、眠りに落ちる。
夢の中で、生きていた頃の……本物の芽衣が、美味しそうにしょうゆラーメンを食べていた。
でも、声を掛けようとした瞬間、台所から芽衣の姿は消えて、そして僕はひとりぼっちで食堂に立っていた。
麺がのびて冷たくなったラーメンが、ぽつんとテーブルに乗っていた。
目が覚めると、辺りは真っ暗で、僕は汗びっしょりになっていた。
そっと階段を降りて、お風呂に入って、パジャマに着替えてから、僕はもう一度ベッドに横になった。
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