第1章-2 MAY-10X

 ぱちぱちぱちとまばたきをする。

 一度電信柱に目をやって、それから交差点の方を見る。宅配便のロゴが大きく入ったトラックが、目の前を通り過ぎていく。


 その時、彼女……「芽衣にそっくりの姿と声をした女の子」の背後から声がした。


「和広」

「お母さんっ!」


 脱げばいいのにいつでも着ている白衣、後ろでくくった髪の毛。


「誰なの、この女の子」


 僕が言うと、お母さんは小さく微笑んだ。

「芽衣だよ」


 あっさりと優しい口調で答えるお母さん。


「だって、芽衣は……」

 そこでちょっと言い募る僕。


「おにいちゃん、なんかおかしいよ。大丈夫?」


 訳が分からず呆然と立ちすくむ僕に、芽衣――にそっくりの女の子――が言った。本物みたいに首を傾げて。


「芽衣、ちょっと待ってね」

 そう言うと、お母さんは芽衣を残して、僕の左手を握ると道の少し向こうへと連れていった。


「大丈夫よ、あの子はロボットだから。芽衣の記憶を受け継いだ」


 何を言われたか分からず、お母さんの顔を見た。

 そのままお母さんは早口で話し続ける。


「研究所で開発していたロボットに、脳科学の最新技術により芽衣自身の脳から取り出した記憶を移植したの。……まだ脳波の中身は解明されてないけど、データをそのまま移植することによって再現に成功したの。取り敢えず型番はMAY-10Xとしたわ。特殊な細胞類似の素材と……」


 きょとんとする僕。お母さんは一度言葉を切った。


「要するに、本物の人間に限りなく外見上近づけたロボットに、芽衣の記憶を移植したってことよ。……エネルギーは電気だけどね。あと、食欲とかの人間の本能から出てくる感情は今のところ再現できてないみたい。睡眠欲は長い間動かした後のバッテリー充電の渇望って形で出るけど……」


 そこで少し、話し方がゆっくりになる。


「芽衣自身は自分が死んだことを分かってないから、本人には言っちゃ駄目よ」


 お母さんは「芽衣」と、そう言った。「芽衣のコピー」とか「芽衣のロボット」じゃなくて。


「芽衣、って……」


 僕が言いかけると、お母さんはそれを遮るように言った。


「芽衣よ。和広の妹の」


 僕はお母さんの目を見た。

 芽衣の澄んだ大きな目は、元々お母さん譲りだとか言われていた。そのお母さんの目は、今も昔と同じような強い意志を秘めている。しかしそこには……疲れ切り、そして歪んだ輝きが生まれていることが、僕みたいな子供にも見て取れた。

 ……逆らってはいけないんだと、直感的に思った。


「お兄ちゃん、お母さん、どうしたのっ?」


 とことことこ、と小走りに駆けて来る芽衣――のロボット、『MAY-10X』。


「何でもないわよ。……芽衣、じゃあお家に帰ろうか」


 そう言って歩き出すお母さんと、“芽衣”と。

 僕はしばらく立ちすくんだ後、あわてて後を追った。


「おにいちゃん!」


 追い付いた僕の右手を、“芽衣”が握り締める。


 ロボットのはずなのに、その手は妙に温かかった。……お母さんの言うとおり、「外見上は限りなく」人間に近くて、まるで芽衣のようだった。

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