お嫁さん
ちゃこと
◯
私はとある村娘。
よく働く村娘。ついでに色白美人な村娘。
新しい暮らしにも慣れてきた。着物を縫って洗濯して、お米を炊いたら朝が来る。主人である村の男と一緒にご飯を食べて、一休みしたら山に行く。山菜とって兎もとって町にちょいと売りに行く。戻りに野菜や魚を買って昼下がりに帰ってくる。昼には朝の残りを食べて、午後の時間はゆったり過ごす。男は絵を描くことが好き。鳥や虫や雨の森、村の田畑やお稲荷さん、思わずどきっと魅入ってしまう。陽が落ちたら夕飯にして、明日の準備をしてから眠りにつく。
男は一日中家にいる。
なんでも今から半年前のこと、男は山で白い狐に会ったらしい。加えて今にも狐に飛びかからんと躍り出た熊もいたようで。何を思ったかその男、棒切れ振り回して熊を怯ませた。狐が逃げると、熊の目は男に向いた。後ずさった男は足を滑らせずうっと落ちていった。その時片脚が折れてしまった。不運な男は身寄りがなかった。家族はみんな病で亡くしてしまったらしい。
私が惚れたのはそんな人だった。一目でその心の強さと優しさがよく分かった。お嫁にしてくださいと言うと、彼は驚いた顔をしたが、喜んで受け入れてくれた。その日からこのささやかな日々が始まったのだ。
それでも彼は毎日謝った。たくさん仕事をさせてしまって申し訳ない。不甲斐なくて申し訳ない。この言葉を聞く度に、私はあなたがいかに素晴らしい人かを語って聞かせた。自信を持つよう促した。すると彼はいつもありがとうと言って照れ笑いをする。それを見れたら満足だった。私は誰よりもこの笑顔を好きである自信があった。
ある日、町から帰ると医者が主人の脚を診にきていた。用は済んでいるのか、二人は冗談を言って笑い合っていた。ふと医者が戸口に立つ私に気づいて話しかけてきた。
「やぁやぁはじめまして、狐の娘さん。」
主人はあっと言って医者の口を押さえた。私は思わず動揺した。主人は躊躇いがちに笑いかけてくる。
私はおずおずと、どうして分かったの、と聞いた。ニ人は顔を見合わせてから、
「耳がね」
と答えた。重ねて主人は、
「あの、本当は、会った時からその耳を見て君の正体は分かってたんだ。時々尻尾まで出てる時もあって、教えた方がいいのかすごく迷ってた。けど、それを言って君がいなくなってしまったら、なんて考えると嫌で、なかなか言えなくて…」
と申し訳なさそうに言った。
私はたまらず俯いた。ちゃんと化かせてなかったなんて。最初からばれていたのに、隠し通せていると思い込んでいたなんて。何という恥ずかしさ!もうここには居られない。私は山の方へ駆け出そうとした。
「待って!すごく嬉しかった!君と会ってその真っ白な耳を見た時!あの時助けた子が来てくれたんだ!って、無事で良かったって!」
彼は、手で顔を覆って今にも去ろうとしている私にさらに言った。
「ずっと一緒に居てほしい!」
手の隙間から見た彼は真っ直ぐ私を見ていた。私は顔を上げるなり彼に飛びついた。もう恥ずかしさはどうでも良かった。ただただ嬉しかった。狐だとばれたら追い出されるに違いないと思っていた。耳に触れる彼の心は私の想像より何倍も温かかった。見上げると彼は優しく微笑んでいた。私と目が合うといつもの照れ笑いになった。私はそれにとびきりの笑顔で応えた。
あぁこの幸せがいつまでも続きますように。
お嫁さん ちゃこと @cskand187
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