第137話 アイム家への帰省
プリモの町ののどかな風景を眺めながら歩くこと十数分、ハルトは記憶の中にある懐かしの我が家がある場所へとたどり着いた。そこには町人の言っていた通りにそれなりに目立つ看板が立っていた。こんなものはハルトの記憶の中には存在しない。しかしその看板の先には確かに自分の知っている家が建っていたのである。
玄関の前でハルトは息を飲んだ。ただ実家に帰ってきただけなのに妙な緊張が走っている。
「中に入らないのか?」
「お前には話したことなかったけどさ……俺の今の姿を両親は知らないんだよ」
「えっ」
「だってそうだろう!?今まで息子だと思ってたのがいきなり女の子になって驚かないわけないじゃん!」
ハルトは両親と疎遠になっていた理由をループスに明かした。何の脈絡もなくいきなり息子が女の子になったと聞かされてすぐに信じてもらえるはずがなかったのである。
ループスは過去の自分がどれほどのことをしたのかをようやく理解したのであった。
「謝って済むことじゃないけど、申し訳ないことをした」
「こうなっちまった以上は仕方がないからなんとか説明してみる」
意を決したハルトはついに我が家の玄関をノックした。ほどなくして家の奥から足音がこちらへと近づいてくるのが分かった。
「はい。どちら様……」
ノックから十数秒後、玄関を開けて男が顔を覗かせた。彼の顔をハルトは忘れもしない。彼こそがハルトの父、セシル・アイムであった。
「随分とかわいらしいお客さんで。どんな用かな?」
セシルはハルトとループスの顔を見るとニコニコしながら応対した。ハルトは恐る恐る声を発した。
「父さん……俺、アルバスだよ」
ハルトからのカミングアウトを受けたセシルは思わず真顔になった。目の前にいる獣の耳と尻尾が生えた少女がまさか実の息子だとは微塵も信じられなかったのである。
「ははっ、まさかね」
「本当なんだよ!ワケアリでこんな姿になっちまったけど俺はアルバス・アイムなんだ!」
ハルトは必死に弁明するがセシルはイマイチ信じ切れないような様子であった。ハルトはどうにかして自分がアルバス・アイムであることを証明しようと試みた。
「まぁ、二人とも上がっていって」
セシルはハルトとループスの二人を家の中へと招き入れた。初見では信じてもらえないことはハルトには想像がついていたがそれでも実の親に他人行儀な振る舞いをされるのは少なからずショックであった。
「あら可愛い!この子たちがお客さん?」
セシルに案内されるがままに久々の我が家に入ると、そこにはハルトの母レオナ・アイムの姿もあった。昼間は外で農家の手伝いをしているものという認識のあったハルトにとって両親が昼間から家にいるのは新鮮であった。
「聞いておくれよレオナ。この子ね、自分のことをうちのアルバスだって言うんだ」
「まぁ」
レオナはセシルから報告を受けるとハルトへと近寄って行った。ハルトの両肩に手を置き、その顔をじっと見つめる。観察される内、次第にレオナの顔が近づいてきたハルトは目を思わず左上に逸らした。
「うーん……この子はアルバスで間違いないわ」
ハルトの仕草を見たレオナは彼女の正体が我が子アルバスであると断言した。彼女はアルバスが顔を詰められると視線を左上に逸らす癖があることを知っていた。数年間顔を見ていなくても我が子の挙動ははっきりと覚えていたのである。
「母さん……俺のことがわかるのか?」
「もちろん。見た目が変わったぐらいでうちの子を間違えたりするわけないじゃない」
「母さん!」
母からの無償の信用を得たハルトは歓喜の声を上げた。レオナからの信用があってなお信じられないといった様子のセシルは自分なりの方法でハルトがアルバスであることを確かめようとした。
「本当にアルバスなら自分の部屋がどこにあるかわかるだろう?」
「もちろん。階段を上がって右に曲がってすぐの場所だ」
ハルトは自室の場所を正確に答えてみせた。それは他の誰も知り得ない、アイム家の人間だけが知っている情報であった。セシルはハルトのことを信じざるを得なかった。
「疑ってすまなかった……」
セシルは我が子を一瞬でも疑ってしまった非礼をハルトへ詫びた。ループスはそんなアイム一家のやり取りの様子を羨ましそうに眺めていた。
「じゃあここで改めて……おかえり、アルバス」
「おかえりなさい」
セシルとレオナは改めて実の子としてハルトのことを迎え入れた。一方でハルトは本来の名で呼ばれることにもどかしさを覚えていた。
「こっちはアルバスのお友達?お名前?」
「ループスです。ループス・ノワールロアって言います」
セシルとレオナにようやく興味を向けられたループスは喜びの表情を浮かべながら自己紹介をした。ループスとは初対面であり、名前すらも知らなかったセシルとレオナはあっさりとループスを受け入れた。
こうして、ハルトはループスと共に数年ぶりに実家であるアイム家への帰省を果たすのであった。
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