第136話 プリモの町の人たち
手紙を送ってから数日後、ハルトとループスは緑が香る穏やかな風土に囲まれた町へと訪れた。ここがハルトの生まれ故郷、プリモであった。
「あー、昔っからこの町はこんな匂いだったなー」
ハルトは数年ぶりの故郷の匂いを懐かしんだ。何年離れていようとも幼年期を過ごした土地のことは意外と身体が覚えているものであった。
「本当に畑がたくさんあるんだな」
ループスはプリモの景観を見渡した感想をハルトに伝えた。見渡す限り大小さまざまな規模の畑が連なり、それらすべてに手入れが行きわたっていた。
プリモはハルトが言う通りの農業が盛んな町のようであった。
中には畑で仕事に精を出す人々の姿も見られた。雑草を抜いたり、伸びすぎた枝葉を剪定したり、害虫を駆除したり、今は成長のためにあれこれと補助をする時期であった。
「あれって作物だろ?なんで葉っぱを切るんだ?」
「あー、葉っぱに行く分の栄養を実に回すようにするためだな。そうすれば実を大きくしやすいんだ」
ハルトは農家の人が何をしているのかをループスに説明した。これは幼少期に農家の手伝いをしていたときに仕込まれた知恵である。
そんな光景を懐かしむように眺めるハルトとは対照的にループスは農作業に興味津々であった。彼女は植物が育つ過程こそなんとなく理解してはいたがそれを間近で見るのは初めてだったのである。
「ああやって俺たちが食べる野菜が作られてるのか」
「そうだぞー。市場で売られる野菜はああいう努力の末にできてる」
遠目に農作業を観察していると、ハルトはなにやら遠くの方が騒がしくなっているのを感じ取った。彼女はこの町で騒ぎが起きるとき、それがどんな内容のものなのかをなんとなく覚えていた。
「羊が逃げたぞ!」
町人の一人が周囲に知らせるようにそう叫ぶのが聞こえた。どうやら牧場の羊が脱走したようである。プリモの町では時折牧場の動物が脱走し、町人が一体となって捕獲するイベントが発生する。今回もそれとみて間違いはなさそうであった。
その声が聞こえると農作業をしていた農家の人が農具を放り出し、作業を切り上げて羊の確保に向かっていった。ハルトには見慣れた光景であったがループスは目を疑った。
「羊一匹であんなに必死になるのか?」
「脱走した羊が肉食動物に襲われると厄介なことになるからな。餌を与えることになるだけじゃなくて肉食動物がその在り処を嗅ぎつけて町に出てくるようになる。そうなる前に捕まえて連れ戻さないといけない」
ハルトは町人たちが必死になっている理由を語った。脱走を許せば家畜一匹を失うだけでなく、味を占めた肉食動物による牧場襲撃の二次被害を誘発する可能性が高いためである。
それを聞いたループスはとある一計を案じた。
「ちょっと試してみたいことがある」
そう言うとループスはその場に右手と右膝をつき、大きく息を吸い込んだ。ハルトは何をしようとしているのかさっぱりわからず首を傾げた。
「ウオオオォォォォォォン!!」
息を吸い込んだループスは姿勢をそのまま視線を空の方へ向けると周囲一帯に響かせるように遠吠えをした。遠吠えは狼が己の存在を知らせる、狩りの開始を告げる合図など様々な意味合いを持つ行動であり、羊がそれを聞けば狼の存在を察知して外に逃げるのをやめるだろうとループスは考えたのである。
実際に彼女の目論見通りの効果はあったらしく、羊が町人に確保され、宥められて牧場へ連れ戻されていくやり取りの様子をハルトは聞き届けていた。
「お前すげえな」
「やろうと思ったらなんかできたわ」
ハルトがループスの功績を評価すると、ループスは遠吠えがその場の思い付きの行動であることをぶっちゃけた。動物の習性的な行動が可能なのはハルトだけでなくループスも同様であり、ループスの場合は狼のそれが該当していたのである。
しかしその場を収めたのはいいものの、今度は別の問題が二人に対して降りかかることとなった。
「狼はどこだ!」
「あっちから聞こえてきたぞ!」
狼の遠吠えを聞いた町人たちがその声の主を探しに来たのである。ハルトとループスは顔を見合わせ、すぐにまずいことになったことを理解して焦りだした。
「ヤバいぞ!?どうするどうする!?」
「どうするも何も、これじゃ隠れようがないだろう!?」
農地として慣らされたプリモの平坦な地形には隠れる場所もなく、さらにこれからしばらくこの町に滞在することを考えると二人にはもう選択肢は一つしかなかった。それは自分たちの姿を町人たちの前に晒し、悪意がないことをアピールすることであった。
「あっちだ!」
「あれって……?」
プリモの町人たちはハルトたちを見て首を傾げた。狼の声のした方にいたのは少女二人であり、彼女たちがその声の主だとは到底思えなかったのである。
だがそれを差し引いても町人たちの目を引く要素があった。
「狼に……狐、だよな?」
「そう見えるが」
やはり町人たちの目にもハルトとループスがそれぞれ狐と狼の半獣人であることは明白であった。肉食動物退治のために武装していた彼らはハルトたちにその武器を向けるか懐疑的であった。
「さっきの遠吠えの正体は君たちか?」
「そうだ。だがアレは逃げる羊を捕まえる手助けでやった。決して襲ったりするつもりはない」
町人に尋ねられるとループスが一歩前に出て自身が遠吠えの張本人であることを明かしながら行動の真意を弁明した。
「俺たちはこの町に住んでる人を訪ねに来た。セシル・アイムというのはここに住む魔法使いで間違いないか」
今度はループスに代わってハルトが行動目的を示した。自分の記憶が正しければアイム家はプリモに住む唯一の魔法使いである。であればその存在は認知されているはずであった。
「セシルさんちなら向こうだよ。進んでいけば看板が立ってるからすぐにわかるよ」
町人から案内を受けたハルトは首を傾げた。自分の家にはそんな目印になるような看板などなかったはずである。
「ありがとう!」
話題を逸らし、なんとかその場を切り抜けたハルトはループスを連れて本命である実家、アイム家へと向かった。
「お前の家って目立つのか?」
「いや、そんなはずはないんだが……」
ハルトは数年の間に起こったらしい変化に戸惑いを隠せなかったのであった。
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