第59話 毛繕いを教える
「少しの間は俺がお前の面倒見てやるよ」
ハルトは急遽ループスを自分と同じ宿の一室に迎え入れることにした。宿泊費はハルトの負担である。
「ところでさ」
ハルトはループスをまじまじと眺めながら声をかけた。ループスがハルトの視線が向いている先を追うと、そこには自分の胸があった。
「な、なんだ……?」
ループスが困惑しているとハルトはおもむろにループスの豊満な胸を正面から鷲掴みにした。突然の行為にループスの顔はみるみるうちに赤くなっていく。
「いきなり何するんだ!?」
「俺をこんな身体にしたくせに自分はそんな身体してるんだもんな……」
ハルトは呪詛のようにそう呟いた。起伏の乏しいハルトの体形と比べるとループスの身体は出るところがしっかりと出ている、所謂女性的な体形であった。中でも胸囲の差は特に大きく、それがハルトのコンプレックスを刺激した。
「うらやましい……俺より背も高くて胸も大きくて……」
「俺だって望んでこんな身体になったんじゃねえよ!」
ハルトはコンプレックスをむき出しにしながらループスの胸を揉みしだいた。それに対して女性として生きることに不慣れなループスは性格不相応な恥じらいを見せた。
「やめてくれよ……なんか変な気分になりそう……」
ループスは弱気な声でハルトに訴えかけた。その反応を見てハルトはループスに女性としての自覚がないことを確信した。
ハルトが改めてループスの容姿を見直してみると、耳と尻尾の毛並みがボサボサになっていた。恐らくまともに手入れをしたことがないのだろう。
「ループス、自分の耳と尻尾の手入れをしたことはあるか?」
「ないが……それがどうした」
ハルトがループスの胸から手を離して尋ねるとループスはその意図がわかっていないような口ぶりで答えた。まずはループスに女の子として必要なことを教える必要があるとハルトは感じ取った。
「よし。お前に必要なことはまず『身だしなみをちゃんとすること』だ」
「どういうことだ」
「どういう経緯があったにしろ今の俺たちはもう女の子なわけだ。見えるところはちゃんと綺麗にしておかないと。特に俺たちには普通の人間にはない耳と尻尾があるわけだからとにかく目立つんだからな」
ハルトはループスに対して身だしなみの重要性を説いた。ベッドの脇に置いた自分のバッグをおもむろにあさり、中からブラシを取り出すとそれをループスの眼前でちらつかせた。
「何をするつもりだ……?」
「決まっているだろう、ブラッシングだよ。お前やったことないだろうから手本を見せてやる」
ハルトに迫られたループスは咄嗟に自分の尻尾を庇うように両手で抑えた。これから自分がどういう目に遭うのかを本能的に察知できてしまった。
「オラッ!尻尾を出せ!」
「嫌だ!」
ブラシを手に迫ってくるハルトをループスは腕ずくで抑え込んだ。純粋な筋力や体格が上回っているおかげでなんとか食い止めることができた。
「今更往生際が悪いぞ」
「お前が言えたことじゃないだろう」
ハルトとループスの押し問答は続く。理由はわからないがループスはハルトに尻尾を触らせたくはなかった。このままでは埒が明かないと判断したハルトは先手を打って魔法を使用した。
「おい、いきなり魔法はズルいぞ!」
「パラライズショック!」
ハルトはループスと組み合った状態から魔法を発動させた。至近距離から発動した魔法が直撃し、ループスは身体を麻痺させてその場にぺたりと崩れ落ちる。
「んっ……!くすぐったいんだが……」
「我慢しろ。これでも丁寧にやってるんだし、俺と比べればお前の尻尾は短いんだから早く終わるぞ」
ループスの尻尾にブラシをかけながらハルトは語った。ループスの背後で胡坐をかきながらブラッシングを行うハルトの尻尾はループスのそれより倍近く長い。
他人に行うブラッシングはなんだかんだ楽しく、それに興じるハルトの尻尾は風に煽られたように揺れていた。
「お前、いつもこんなことやってるのか」
「まあな。俺は寝癖が付きやすいから毎日やってる」
ブラッシングをしながらハルトは得意げに語る。彼女は殊ブラッシングにおいては一日の長があった。
「お前の見た目はなんだかんだ悪くないと思うぞ。いいもの持ってるんだからそれを大事にしないのはもったいない」
「そ、そうか?」
ハルトはループスの外見を高めに評価した。そこそこ整った顔立ちにすらりとした手足、しっかりと主張する胸とお尻。耳と尻尾という大きく目立つ要素以外はお子様体形な自分よりもよっぽど魅力的に見えた。
「ほらできたぞ。こうやって見てみると見栄えが全然違うだろう」
ハルトはループスの尻尾の手入れを終えると鏡を出してループスに確かめさせた。ループスの尻尾は野良同然のボサボサな状態から手入れの行き届いたまっすぐな毛並みへと整えられていた。
「おぉ……」
ループスはその出来栄えを見て思わず目を輝かせた。そんな彼女の反応とは対照的にハルトはまだ納得がいっていないという様子であった。それにはループスもすぐに勘づいた。
「なんだ、まだ足りないのか」
「もちろん。まだ耳の手入れをしてないからな」
ハルトはブラシを手元に置くとループスの耳へと手を伸ばした。彼女にとってのブラッシングは尻尾だけで終わるものではなかった。
「ふわあっ!?」
街の灯りが消えゆく夜、宿の一室にてループスの悲鳴と嬌声の入り混じった声が響くのであった。
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