第60話 天然少女ループス

 ハルトが成り行きからループスを拾った日の翌朝。ハルトは鉱山を見物しに行く予定を変更してループスを連れまわしながらいろいろと買いそろえることにした。


 「あ、昨夜言い忘れてたことがあるんだが」

 「言い忘れたこと?」

 「そう。今の俺の名前は『ハルト・ルナールブラン』だ。俺の本名バラしたらそこで即お別れだからな。だからこれから俺のことはハルトって呼ぶように」


 ハルトはソルシエールの街中を歩きながらループスに忠告した。彼女は元々名の知れた存在ではないものの、本名を知られることは彼女にとっては深刻な問題である。そして彼女の本名を知る数少ない存在であるループスが隣にいることがそれを誘発する懸念材料でもあった。


 「わ、わかった……」

 

 ループスはハルトからの忠告に押されながら反応を返した。


 「お前もその姿でいるなら他の名前考えといたほうがいいぞ。上流階級なら家名使うと面倒なことになりそうだからな」


 ハルトはループスにも新しい名前を用意することを提案した。元々上流階級出身のループスが元の名前を名乗り続けるのは大なり小なり問題が発生するだろうと予見してのことである。


 「名前か、どうしようか」

 「それぐらい自分で考えろ。俺はそうした」


 そんなこんなでやり取りを交わしているとループスは人々の視線が自分たちに集まっていることに気づいた。


 「なあ、俺たち目立ってるぞ」

 「受け入れろ。これはこの姿になった以上は宿命だ」


 視線を気にするループスに対してハルトは達観した言葉を返した。この姿でいる以上は周囲の視線が集まっても仕方がない。ハルトがずっと前から歩んできた道である。


 二人が行きついたのは街の衣類品店であった。ハルトはまずここでループス用のまともな外着を用意するつもりであった。


 「なあループス。お前、女物の服なんて見たことないだろう」

 「当たり前だろう。ついこの前まで男だったんだから」


 ハルトはループスをおちょくった。女性の身体に不慣れなループスの反応を見るのは過去の自分を客観的に見ているようで面白かった。


 「お店の人に仕立ててもらえ。俺にはお前みたいな体形の奴が着る服はわからんからな。あとできるだけスカートは避けろ」

 「ほう。なぜだ」

 「尻尾がスカートを捲り上げるからパンツを丸出しにして外を歩くことになるぞ」


 ハルトからの忠告を胸に刻んでループスは店へと入っていった。ハルトもそれを追うように店内に入り、別の売り場を眺めながらループスの様子を観察することにした。


 「しかしまぁ代わり映えしない服ばっかりだな」


 ハルトは子供用の服を眺めながら辟易としていた。半ば仕方のないことではあったが自分の体形では着られる服がどうにも子供っぽく見えてしまう。そういう意味ではループスのことがうらやましく思えた。


 ふとハルトがループスの様子を見てみると、彼女はなにやら売り子と話し込んでいるようであった。


 「これって本当に必要なのか?」

 「胸を下着で矯正するのは形を維持するのに重要なんですよ。そのままにしていると重さで垂れて形が悪くなったり運動の際に身体への負担が大きくなってしまいます」


 ループスと売り子のやり取りにハルトは開いた口がふさがらなかった。どうやら胸用の下着の話をしているようであった。そんなループスの胸は服越しにでもわかるほどに起伏に富んでいた。

 ハルトは自分の胸に視線を落とし、ペタペタと触れてみるがやはりないものはない。落胆せざるを得なかった。


 暴力的なまでのスタイルの差に打ちのめされ、ハルトが失意で肩を落とし、耳と尻尾を垂らしているところへループスが上機嫌で戻ってきた。


 「すごいなハルト。衣服一つでこんなに動きやすさが変わるんだな」


 ループスは初めて本格的に選んだ女性用の衣服の機能性に目を輝かせた。その様子はハルトにとっては過去の自分の鏡写しにように見えた。


 黒を基調とした衣服は軽装でありながらループスの整ったスタイルを強調するような装いであった。そんな彼女の装いを見てハルトはあるところが気になった。


 「おいおい、スカートはよせって言っただろう」


 ハルトはループスを諫めた。彼女は忠告を無視して膝上よりやや短いスカートを着用していたのである。


 「パンツのことなら心配ないぞ」


 ループスはそう言うと得意げにスカートの前面をたくし上げて中のショートパンツをハルトに見せつけた。ハルトはループスの発想に感心しつつも彼女の振る舞いを見てスカートを下ろさせる。

 外野はその様子に度肝を抜かれていた。


 「いきなりスカートの中を見せつけてくるやつがあるか!?」

 「パンツが見えなければいいと思ったんだが……あ、パンツも新しいものを選んだんだぞ」

 「わかった。だから見せなくてもいい」


 ループスの天然ぶりにハルトは尽く手を焼かされた。耳をピコピコと動かし、尻尾を左右に振りながら目を輝かせて嬉々として語るループスの姿はさながら飼い犬のようであった。



 「ご、五千マナ……」


 ループス用の衣服の代金にハルトは目を疑った。それは自分用の衣服代を優に上回り、昨夜の宿代よりも高額であった。しかし今のループスに支払い能力がない以上は自分が立て替えるしかない。

 予想を超える手痛い出費にハルトは頭を抱えずにはいられなかった。


 「感謝する。この借りはどこかで必ず返すからな」

 「ぜひそうしてくれ。できることなら早めで頼む」


 軽口のやり取りで返済の約束を取り付けつつ、ハルトとループスはソルシエールの街中を二人歩くのであった。

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