方言女子やけん、でたんかわいいと

taqno(タクノ)

方言かわいい

 アリスのため息を聞いて、本を読んでいた僕はページをめくる手を止めて彼女の顔を見る。


「はぁ……」


 アリスは物憂げな顔をしていた。視線はテーブルに向いているが、はたして彼女がそこを見ているのかは不明だ。

 どちらかといえば何も見ていない、といった様子に僕には見えた。


「は~あ……」


 アリスは再び大きなため息をした。今度はわざとらしい声色で、いかにも聞いてくださいといった感じだった。

 まるで僕に話しかけられるのを待っているような、そんな圧を感じる。仕方ないので僕は本の続きを読むのを諦め、アリスに話しかけた。


「なんかあったん? めっちゃ悩んでるやん」


「え、なんで分かるん? えっちゃんエスパー?」


「いやそんなあからさまな態度取られて、アホでもわかるやん」


「マジ? うち、そんな構ってちゃんオーラ出しとった? うわ~はず~」


 アリスは全く照れを感じられない堂々たる顔をしていた。

 何だこの茶番は。僕は一体何に付き合されているんだ。


「あんさぁ、うちこの前えっちゃんちに遊び行ったやん。そん時お菓子持ってったん覚えちょる?」


「覚えちょーよ。あのかりんとうやろ?」


「そっちやないって。せんべいの方やっち」


 アリスの言葉を聞いて頭の中の記憶を検索してみる。ヒットした。なるほど一昨日彼女が家に来た時の手土産でもらったあれか。


「せんべい? ああ、あのエビ味のやつ? めっちゃおいしかったね」


「それなー。……ってちがうっちゃ! 味の感想とかどうでもえーし!」


 いいのか……。おいしいかどうかは割と重要ではないかと思うのだけれど、彼女にとってはそこは問題じゃないらしい。

 正確には今話しているのは味とは関係ない、別のことを言いたいのだろう。はて、あのせんべいにそんな深掘り出来るほどの話題要素があっただろうか。

 強いて言うなら僕たちの県のお土産として結構人気らしい、という点くらいしか思い浮かばないが。


 僕がエビ味のせんべいのパッケージや味を思い出していると、アリスが鬼気迫った顔で僕に言った。


「あのせんべい、スーパーで買ったら結構いい値段するやん? やけさぁ(だからさぁ)、あんまり買えんっち思っちょったんよ。したらさ、隣町にあのせんべい作っちょる工場あるっち聞いたけさぁ。そんで調べてみたんよぉ。したらB級品で、でたん(めちゃくちゃ)安いやつあったんよ! えっちゃんどう思う?」


「長い長い長い! アリスの話長いって!」


「はぁ? 全然そんなことないやん! うち、消費者として当然の文句言っちょるだけやけん。これ詐欺やろ、ねぇ?」


「それは言い過ぎちゃ」


 つまり、だ。アリスはこう言っているのだ。

 お土産として知名度のあるお菓子をスーパーで買った。地味に高いので頻繁に買うのは躊躇してしまう。

 しかし隣町にそのせんべいを製造しているお菓子メーカーの工場があり、そこでは割れたり形が不揃いだったりで本来商品として出せないようなものを格安で売っている。

 通常の価格で買うよりもそちらの方が遥かにお得で、これって詐欺じゃないだろうかと。


 ……うん、彼女は何を言っているのだろう。全くもって詐欺ではない。B級品が格安で買えるなんて、よくある話だろうに。


「あんさぁアリスさぁ、まずもってそっちの認識がおかしいんちゃけど」


「は? 何がおかしいと? 全然普通やん。えっちゃん、うちに文句言うと?」


「なんというジャイアニズム……。いや全然普通やないけ反論しちょるんやけど。アリスさぁ、もしかして馬鹿なん?」


「はぁ!? なん言っとーと!? えっちゃんあんま馬鹿にしちょるとくらす(なぐる)よ!?」


 アリスは怒りのあまり顔真っ赤っか。僕の右肩に小パンチを連打してくる。地味に痛い。


「いやおかしいやろ、やってアリスこの前の連休で僕と一緒にアウトレットモール行ったやん!」


「はぁ? それ、今の話と関係あると?」


「うちらアウトレットでめっちゃ服買ったやん。あとゴディ○のチョコもやったっけ?」


「買ったね。めっちゃ楽しかったけ覚えちょるよ」


「ほらね?」


「……?」


 アリスはいまいちピンときてない様子だった。彼女は首を傾げてわかりませんと言外に主張した。


「あそこでうちらが買ったやつ、全部B級品やし」


「マジ!? そうやったと?」


「知らんで買ったんかい」


「やって全然知らんかったけん……」


 少し恥ずかしそうな表情をして、アリスは頭をポリポリ掻いていた。

 どうやら自分が無知であるという自覚はあったらしい。


「そもそもアウトレットモールっちさ、大体が訳あり品売る場所やん? まぁ全部が全部そうやないかもしれんけん何とも言えんけどさ」


「そうなん? うちショッピングモールくらいの感覚やっちゃったけど」


「やったらあんな大安売りしちょらんやろ」


「オープン記念みたいなやつやと思っちょった……」


「それもあるやろうけどさ」


 僕も言うほどアウトレットモールに何度も行ったことがないので断言は出来ないんだけどね。

 僕たちの県にあるアウトレットモール以外だと、兵庫に住む親戚の家に遊びにいった時に大きなアウトレットモールで買い物したことがあるけどそれくらいだ。


「はぇ~……って待って!? うちが買った服、B級品やったん!? じゃあボロやんあれ! 詐欺やろこれ、えっちゃんどう思う!?」


「え、待って。ごめんなんで話がループしちょるんかさっぱり理解出来んのやけど」


「やけ言っちょるやろ! うちそんなん知らんで買ったけ、新品っち思っちょったと! やのにB級品やったっち知っとったら買わんかったのに!」


「ええと、アリスはB級品を中古かなにかと勘違いしちょるっちゃと?」


「違うん!?」


「違うやろ!」


 僕の否定の言葉を聞いて、アリスはもう理解できないといった感じで完全に思考が停止していた。

 目が点になって、口をぽっかり開けて表情が止まって動かない。あ、駄目だこれアリスが考えるのをやめた時の顔だ。


「アリス? 大丈夫? 頭追いついちょる?」


「ピーーーーーー」


「知恵熱出ちょる!? そんな難しい話やないのに!?」


「リカイフノウ、リカイフノウ」


「感情を知ったロボットみたいやね」


 こんな風にアリスはしばしば思考停止してしまう。難しい話や少し入り組んだ話をするだけでこれだ。

 おかげで毎日のように僕は彼女の頭をほぐす役目を仰せつかっている。楽しくない役目だよ、まったく。


「ドウシテ、ナゼ、ヤスイ? 中古ジャナイナラ、新品? デモ、ジャア……B級品トハ……?」


「やば。ロボットになった時だけ標準語なの、めっちゃ受けるんやけど」


「ソウカ……ツマリB級品トハ……宇宙トハ……」


「アウトレットモールで宇宙の真理に到達するやつ初めて見たわ」


 一体全体アウトレットモールのどこにそんなアカシックレコード的な要素が隠されているのか謎だが、仮にあったとしてもアリスは全く理解できないからどうでもいいだろう。

 そもそも彼女がこういうことを言いだした時は大抵、大げさに話しのスケールを大きくして話を有耶無耶にしようとする時だ。

 つまり話題を振ったはいいものの、彼女の考えとは全然違った内容だったためもう話を終わらせたいという意思表示だ。

 今日はここまでかな、と僕はアリスの頭に手を置いた。


「アリスさぁ、うちらが買い物に行くときそんなに値段気にせんやん。どうして今日になってそんなこと言い出したん?」


 僕が子供に尋ねるように落ち着いて質問してみると、アリスはロボットの表情からいつもの喜怒哀楽満載の表情へと戻った。

 ちなみに今の彼女の表情は怒かな。顔真っ赤だし。

 でも眉はちょっと下がっている。怒っている感じはしない。哀かもしれない。


「や、やって……えっちゃんがせんべい食った時、うまいうまい言っちょたもん……」


「つまり?」


「や、やけん! またえっちゃんと一緒にせんべい食べたいけん、また買うと!」


「そうなんやね、ありがとねアリス」


 彼女が買ってきてくれるお菓子はいつもおいしい。それは彼女がお菓子選びのセンスがいいという理由もあるが、何より僕と一緒に食べるのを楽しむその心遣いにある。

 僕はそれをありがたく受け止め、おいしい飲み物と彼女の好きな漫画やゲームを用意するのである。

 それが僕らの日常なのだ。


「や、やけ……さ。もしまたせんべい買ってきたら……えっちゃん、一緒に食べれる?」


「うん、いいよ。アリスとやったらいつでも食うけさ」


「約束やけね、絶対やけんね!」


「うん、わかっちょーよ。僕、アリスとの約束破ったことないけん」


「やったらさ、今度の休みにせんべいの工場行かん?」


「車出すよ~。アリスんちまで向かい行くけん」


「も~~~。そんな偉そうなこと言っちょるけど、えっちゃんのパパ運転やん。えっちゃん何もしちょらんし」


「アリスと一緒に出かけます~デートしちょります~!」


「で、デートやないもん! デートやないし!」


 こんな風にテキトーでグータラな毎日だけど、それなりに楽しく過ごせてます。

 そんな日常が僕にとって何よりも幸せです。アリスには恥ずかしいから言わないけど。てか言えないけどね。

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