Epilogue 酔生夢死を忌み、嫉妬魔人(ジェラ・フィエンド)に堕ちた者の果て

「二つの目的だと?」


「ええ。一つ目はさっきの。で、もう一つが私を永遠に愛してくれる存在。それを求めているの」


「……そんな存在がこの先で出てくるのか?お前のことをずっと愛してくれるってやつが」


「わからないわ。可能ならばとこの数千年間あれやこれやと試してはいるわよ?まだ一人もいないけど」


「……それができたらお前はもう誰も魔人にしないと誓うか?」


「さあ?一人だけじゃ満足しないから。私。目いっぱいいたらやめるかもしれないけど」


「……そうかい。で、いきなり目の前で切って渡されたこの爪だが……これで魔人が殺せるかもしれないと?」


「ええ、多分ね。眷属によってはそれが通じないくらい妬み深いものもいる。成功すれば後は水底に沈めれば二度と再生しないわ」


「なんで俺に協力しているのかはわからんが……用はこれであんたの言うどちらかの『目的』が果たされれば文句なしって事か?上手くいけば永遠ができるって事か?」


「そうね。失敗したとしてもいずれは人は死ぬ。それが早くなっただけの事よ」


「……ずいぶんと簡単に部下を裏切るんだな」


「裏切ってないわよ。まだ、ね」


「……毒婦め」


「何か言った?」


「いいや、別に?……ところで水に沈める必要があるんだ?爪の垢を煎じた液体を叩き込むだけじゃダメなのか?」


「爪で弱る要因はさっき教えたように更に強くなった炎で制御できずに自分自身を焼きながら再生するという事態になるわ。でもそれには時間が経てば治るリスクがあるの」


「なるほど。それで水に沈める必要は?」


「深い水の中で火が付くと思う?」


「……そんな単純な理由か」







 男は神にあった日の事を振り返っていた。

 深夜の港のそばに併設された倉庫街。一人の男が突っ立っていた。

 その片手にスーツケースを引きずりながら。

 

「本当にこれで殺せるのか……?」



 波止場から男はそれを海に向けて放り投げる。激しい水しぶきを立ててそれは深くに沈んでいく。


「嫉妬は醜い……か」


 音を響かせながら泡立てて沈んでいくそれを見てぽつりと呟くと彼はその場を立ち去る。

 

「ああ、そうだな。だれかが救ってやらねえとな」


 ふらついて歩いた先でポケットから車のキーを取り出すと男は近くに止めてあったその車の鍵を開けて中に入る。

 運転席に座った時、一番に彼は自分の心臓の鼓動を感じていた。


「ああ、終わったよ。みんな」


 涙を零していた。家族も世話になった人たちも守れなかったこと。畜生とはいえ人を殺してしまったという事。死んでしまった人たちにどういえばいいのかわからず悔しさと喪失感と罪の意識が涙を出す要因となっていた。


「ああ、わかってるさ。もう限界だからな」


 その手に先ほど彼に使った拳銃を握り締めながら。

 

「――今、行くから」


 そして彼は震えた手で拳銃をこめかみに当てる。

 銃声は直ぐに響いた。

 

 

 

 

 

「う、うぅ……」

 

 瞳を開く。倒れた体をゆっくりとを起こしながら。

 

「なんだ……ここ」

 

 辺りを見渡す。自分が見たことのある景色。個性のない教室。つまりは彼の内的宇宙の世界。

 

「え?あれ……ここって!?何だ!?あの後何が起きた!?」

 

――何が起きたのか?


 それが只わからず、緑波目也は自分の内側と言えるその場所で震えて恐怖と混乱に心が満たされていた。

 

「あわてんなよ」

 

 ふわりと後ろに何かが現れる。振り向くとそこにいたのは――

 

「し、嫉妬側……?」

 

「よう。お久。残念だったな」

 

 久しぶりに見た彼の姿、というより自分自身ではあるが。驚きながらも目也は今度は疑念に心を駆られる。

 

「ちょっと待て。残念ってなんだよ」

 

「ああ、死んだんだよ。お前」

 

「……は?」

 

 愕然とした。自分が死んだという事実に。


ーーふざけるな。まだ俺は何も、誰にも認めてもらってないのに!!

 

「いや、ちょっと待てよ。魔人(オレ)はそう簡単には死なないはずじゃ?!」

 

「ああ、だが最後にあったあの男。お前に弾丸を撃ち込んでその後にやった行いがかなりまずかった」

 

「なんだよそれ!どういうことだよ!」

 

「あいつ……水底に沈めやがった」

 

「水底……?」

 

 ふと直前までの出来事を浮かべるその時自分がどこにいたのかを。

 

――水底……水……海……湾岸近く……

 

「あ!まさか!」

 

「ああ、多分肉体は海底に沈んだよ。あれじゃあ再生するための炎が出るわけがない」

 

「何でだよ!?」

 

「お前、水の中で火が付けられると思うか?」

 

 水の中では火はつかない。そんな当たり前の事実は魔人の炎にも適用した。

 その事実に目也は膝から崩れ落ちる。

 

「……そんな」

 

「こうなってくると……あとはただ一つの道だな」

 

「え?どういう事だよそれ」

 

「それに関しては今から説明してあげるわ」

 

 暗闇の中、いつの間にか神様が、メト・メセキがそこにいた。

 

「神様……!?いつの間に?」

 

「ああ、その子のおかげよ。おかげで水底に落ちたあなたの魂を引っ張り出せた」

 

 神様は嫉妬側へ指を指す。

 

「その子はね。所謂……目印なの。どこにいるかがわかるかのような目印。今でいうところのGPSとでも言えばいいのかしら?」

 

「GPS……?」

 

「そうよ。死んだ魔人たちを私がなるべく早く迎えに行くためにね」

 

「迎え?どういう事です?」

 

「私には魔人を生む理由が二つあるのよ。一つ目に私を永遠に愛してくれる者を作り出すこと。そしてもう一つには――」

 

 その時、神様から炎が勢いよくあふれ出した。その炎が神を包む。その炎で神様自身が見えなくなるほどに。

  

「ああ、お見えになるぞ。あのお方の真の姿が」

 

「それは違うわ。我が僕(しもべ)よ」

 

 炎の中、それは姿を見せた。

 

「な、な、なんだよ……これ」


 目也が神様が変貌して現れた『ソレ』を見上げる。大きさは成人男性の目也を優に超えていた。蛇のように長い胴体とそこから出る四本の腕。背中から縦に長い四枚の羽根。顔に当たる箇所には丸い緑色の目玉と尖った牙。


「あ、あぁ……なんだ……これは……」


 その姿に目也はただおののく。

  

「これ?これはね私の……神、メト・メセキの真の姿よ」

  

 それまで美しい女性の姿から一変してその姿に変貌した神を目也はただ見ているだけだった。

 

「ば、化け物……!?」

 

「そういうのがやはり普通かしら?あなたの弟さんも言ってたわね。妬みも何も持たない子からは私は基本この姿に見えるらしいけど」

 

「それでアイツは……いやちょっと待ってください!」

 

「なあに?」

 

「俺は……どうなるというのですか?」

 

「どうって……喰らうだけよ。その死した魂を」

 

「な、なんで!?だって生きてる限りは何もしないって――」

 

 後ろず去る彼を四本の腕は逃さなかった。

 

「ええ、生きてる限りはね」

 

 牙は勢いよく彼に食らいつく。

 闇の中、絶叫する彼はそのまま無残に四肢を喰い散らされる。

 

「うわぁっ!?」


 ハッとして目を覚ます。緑波目也は起き上がるとすぐに辺りを見渡す。

 周囲は先ほどとは違い、何処までも漆黒が広がっている。

 

「何だ……今の?夢!?」


「夢じゃないわよ」


 どこからか声が聞こえた。目也の首をその声に合わせて上に向いていた。

 

「え……じゃあここは!?」


「そこは私のお腹の中とでもいうべき所」


「そんなところに俺を入れて……どうする気だ!?」


「お腹の中に入れたのなら決まっているでしょ」


「どういう意味だ!?」


「どういう意味だと思うの?」


 突如として目也の辺りに広まる炎の群れ。

だがそれはよく見るといくつかは人の形を成していた。


「な、なんだこいつら……」


震え後ずさる目也の頭上から声がする。


「気にしないで。それはかつての私の仲間たち。そこでずっといるだけだから」


「仲間達……?まさか!?」


「そう。かつてのあなたと同じジェラ・フィエンドよ」


ふと目の前のうねりに視線を移す。嘆くような声がして目也を掴もうと腕が伸び始めた。


「なんです……なんだよこれは!?」


「食事よ。神としての。魔人になった時は、つまり生きてる限りは私から特に何もしない。だから死んだときにある行いをするのよ。それが死した魔人の魂の回収。その魂を内側で味わい尽くすためにね」


 含み笑いのある声が響き、目也はその場から離れようとするが足元から伸び出た腕に掴まれバランスを崩す。そしてーー



 火だるまの群れに身体中を掴まれ、ついには目也の体のいたるところから炎が吹き出した。絶叫の声が上がる。


「うんうん。若い魂に限るわね。やっぱ」


 のたうち回るする彼を見て声は上機嫌になる。そこにただただ絶叫する人間を残して。

 

「誰も貴方を認めなかったとしても……私は貴方を、『緑波目也』を認めてあげるわ」

 

 内的宇宙の外で魂を喰らったメト・メセキは微笑む。救い様がないその魂を腹に納め、撫でながら。


「貴方もまた嫉妬に狂った可哀想な人だから。ここにずっといましょ。誰にも認められなかった分、ずーっと私が認めてあげるから」


 

  





一方、神様は飲み込むようにして喉を鳴らした。微笑みながら。


「どうかしました?」


「いいえ。なんでもないわ」


「ところでさっき言ってたすいせい……何です?」

 

「酔生夢死。酔いに生。それから夢に死ぬと書いてスイセイムシって読むの。彼を見て思い出した単語よ。といっても最近だけど」

 

 迂階灯八のアトリエである彼の家でいつものように二人は茶会を開いていた。

 

「で、何です?その単語の意味」

 

「要はただ生きて死ぬ。それだけを意味する四字熟語よ」

 

「ああ。それだけにはなりたくないですね」

 

「だからあなたもあの子も私に手を伸ばしたのだと思ったのだけど……違う?」


「ああ、俺に関しては間違ってないですよ。俺たちはそのために力を欲した。現状を壊して望むがままに未来をむさぼる力をね」


「そうね。ところで灯八君は永遠を生きたいと思わない?」


「永遠ですか?お断りしますよ」


 その答えを聞いた時、神様は固まる。雷に打たれたように衝撃を受けていた。


「何故、そんな顔をするのですか」


「いやだってずっと絵を描けるし……何より死を永遠に回避できるのよ?」


「……それは」


 灯八は手に取っていた空っぽのカップを眺めながら神様に話を切り出す。


「だって死を恐れずに生きていたらソイツは生きる事に執着を持てなくなると思うんですよ。死ぬから強く生きれる。そう思うんです。それに友達が死んでいく中で自分だけ生きているのはちょっと気が引けますね」


「ああ、そういう理由ね」


「何よりそんな状態で絵を描けるとは思えませんね」


 画家らしい答えを聞いたとき、得心がいったのか神様は笑って見せた。立派ねと言いながら。


 ふと彼女は手に取った懐中時計を開く。そこにははるか未来の日付が刻まれている。

 

「何です?その時計?」


「これ?これはね……酔生夢死を嫌った青年の遺品よ」


「……そうですか」


 その時、灯八は眉をピクリと動かす。遺品という言葉に反応したかのように。

 ちょうどいい時間だと思い、神様は席を立ち、その場から離れる。

 

「あと何回くらい会えるかしら?」


「わかりません。でもまだ俺は死なないと思いますよ?」


「そう」


 茶会の道具をしまい込み、引っ張ってきたトランクケースにそれを詰めると、傘を抱えて灯八の方を向く。


「絵、楽しみにしているわ」


「ええ。期待しといてください。俺が死ぬまではね」


 メト・メセキはその場を去っていった。

 一人残った灯八はその場で思案する。


「ああでも……やっぱりずっと生きたいって思いますね。俺」







 光り輝く満月の夜。どこかの高層ビルの屋上。

 

「私の眷属……嫉妬魔人(ジェラ・フィエンド)になった者達はいずれもその魂を喰らうことにしているのよ。灯八君……あなたの魂も死した時には頂くつもりだから」

 

 舌をぺろりとして神は思案する。

  

「さて……どんな味に仕上がるのかしら?」

 

 上機嫌でその味を予想していた時、ふと何かを感じ取り、神様は満月とは反対方向を見る。

 

「これは……!」


 ニヤリと笑うとその体を炎が覆いだす。


「いい感じの……妬みね」


 そしてあの蝗の羽根と蛇のような胴体を持ち合わせた姿に神は変貌する。

 

「さて次はどんな妬みが……味が待っているのかしら!」


 ビルの屋上から激しい羽音を響かせ、光り輝く月を背にして嫉妬の神は飛び去っていった。

 新たなる眷属、もしくは永遠の存在を求めて。

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