#35 業火、燃え盛る。

「とまあそんな感じだ」


 本性を晒した目也は礼司の前で二やついていた。その間礼司は黙ったままだった。銃口を突き付けたままで。

 

「そんな理由で――」


 握り締めた拳を震わせながら礼司は声を上げる


「そんな理由で殺したのか!!皆を!!」

 

「そうそう。当然の結末って感じだよな!」


 ゲラゲラ笑って銃口から離れてくるりとその場に回り満ち足りた表情を礼司に向けて復讐相手の敏明について語りだす。


「他人の人生にちょっかいやら妨害やら仕掛けてさぁ……それで得た経験だか何だか知らんがそれが子供たちの将来の為の道しるべにしてよぉ……。俺たちを被験体かなんかと誤解してたんだよ!アイツは!だから殺したんだ!!」


 自分の人生を踏みにじったと言う男は憎悪をむき出しにして話を続ける。

 

「しかもあいつはそれで幸せそうにしてた!!生きてるだけでムカつく!!ガキも同罪でシバかれて当たり前!殺されて万歳だ!!」


 むき出された怒りと叫び。その全貌を見て礼司は――


「……確かにそうかもしれない」


 そう言って目也に向けられていた拳銃をぶらりと下げた。

 

「あ?」


「殺されて当然かもしれないんだ。敏明は」


 それまで覆っていた憤怒の気配が突如礼司から消えた。その変わり様に目也も少し困惑する。


「何だ、急に縮こまって?」


「あいつはガキの頃、授業で皆の前で将来の夢をテーマに作文を書いた。アイツは教師になることを望んでた。本人としては夢というより義務のような感じだったろうな」


「義務?」


「俺達は言ってしまえば不義の子でな。アイツはそんななりでも教師になって自分は不義でもなく正しい人間になるんだという意味があったんだろう。だが――」


 銃を持った腕がぶら下がったまま目也の方を向いて礼司は話を続ける。目也はそれをただ聞いていた。


「それはクラス中で馬鹿にされた。何故かって?同じようにガキだったあクラスの奴らはトップアスリートや人の命を救う医者、それに政治家といった職業こそが将来の夢や高い目標としてふさわしいという考えでまとまっていたからな。そいつらからすれば教師というのは夢のある価値が見いだせない存在だった。『大きな夢』を持つ奴らに目いっぱい馬鹿にされたアイツはそれから夢を持ったり高い目標を持つ人間を見下すようになった。それは教師となってからさらに顕著になったよ」


「へぇ……」

 

「俺は……もっとアイツに言ってやるべきだった。人間ってのは夢を見るし間違えるもんだと。生きるにあたっててめぇの力も思想も顧みない。それに待ったをかけてどうなる?ひどい後悔に一生を駆られる可能性があって。それは現実になった」


「どういう意味だ?」


「アイツは教師として長い事いた。その中で君のように通せんぼや道を変えられた者たちがいた。彼らの中には今も悔しがって泣く者もいれば自殺した者もいた。捜査の為にあった時、いきなり愚痴られたり怒鳴られたりしたさ」


 俯いて語りだす礼司の突然の行動に目也はまだ聞き入っている。


「夢を見ることは決して悪じゃない。自然というべきだ。当然の流れなんだ。でもアイツはそれを嫌っていた。夢見て生きていけるやつらを、それが間違った行動だと。そいつらに散々馬鹿にされて殴られていたから。だからアイツはそれを防ぐために教師になって無理にでも抑え込もうとした。そして――」


 俯いて見えなかった表情を目也に向ける。その目から涙を流しながら。


「君が……生まれてしまったんだ」


 大粒の涙は魔人の、緑波目也のそれまでの態度を溶かすようにしてみせた。

 人を嘲るその顔は沈痛な表情に変わる。


「…………ああ。それに違いない。奴にやられてから……俺はわだかまりを持った。俺はまだやれるのにと思いながら。それが変異したのは俺が卒業する年。あの馬鹿が一流ともいえるくらいの大学に受かった頃だ。あの時付けられた傷は妬みを生んだ。そして俺はあのお方に出会った」


 その手から深紅のように赤い炎を照らしだす。


「俺を無視して時折笑う家族。俺を笑って馬鹿にした教師」 


 その炎が礼司の目に入ると悲しげに言い出す。


「全部殺して棺桶にぶち込んだのさ。俺の願いを踏みにじった馬鹿どもをな」

 

 目也が手を向けたその時、礼司は自身に向けられた殺意に反応するかのように反射的に銃を向けて一発の弾丸を放った。

 

「うぐっ……!?」

 

 それは目也の心臓を貫き、彼はのげそりを覚えるが、その場に立ちどまって見せた。

 抑えたその箇所からはドクドクと血が流れだす。


「テ、テメェ……なに……しやがる!?」


 銃弾を放った元凶は悲しげに復讐相手を見ていた。同時に血の出た個所から溢れだす紫色の炎を。


「ああ、そうだな……判決とでもいうべきか?」


「判決……だと!?」


「お前は死刑だよ。それ以外にあり得ない。生きてた親戚も血のつながった家族も殺したんだろ?その力で。見えなくなるその力で」


「……そこまで調べたのか?」


 銃撃によって受けた傷によってひきつった顔で目也は礼司の魔人の力についての説明を聞き続ける。


「そういえば知っているか?再生能力の紫の炎だったか?基本的にそれが優先されるって。しかも他の炎と同時には使えない。つまり今のお前は炎で俺を焼けないのさ」


「……ああ。そうだな」


 礼司の魔人の力の解説に痛みを感じながらも目也は首を縦に振る。紫の炎によって痛みは少しずつだが和らいでいた。

 

「ところでだ。本当に神様の力を得ていないのにどうやって魔人を殺す術を得たと?」


「メト・メセキに頼み込んだ。それだけだ」


「……はぁ?ありえねぇだろ!そんなの俺を売ってるようなもんだろ!!」


「確かにそこに関しては俺も流石に耳を疑ったよ。だけど半々ではあるがその為の方法を俺は授かった。お前を殺すために……魔人を弱らせる方法をな!」


「俺を……弱らせる?」


 その時、魔人の力で完全に痛みが引いたのを目也は察知した。問答の中でできたその隙を目也は見逃さなかった。

 

(何をする気か知らねえがそれなら先に――)


 赤い炎で礼司を攻撃しようとしたその瞬間だった。

 彼の手に浮かんだ炎は勢いよく燃え上る。

 

「何!?」

 

 目也が予想しないレベルの燃え上り。結果として炎は彼を包んで全身に回る。


「うわあああぁぁぁ!」


「どうだ?その炎で。今まで殺してきた者どもで自分が焼かれる気分は」


 その一連をじっと見据えていた礼司はその場で拳銃を突き付けながら地べたにうずくまる彼を見下ろす。


「な、なんで……まだなにも起きていないのに」


「いいや」


「この弾丸。既に仕込みがあったのさ」


 礼司は拳銃を跪く目也の前でちらつかせる。


「……貴様、俺に何を撃ち込んだ!?」


 震えながら燃える彼をよそに礼司はポケットからチャック付きの三方袋を見せつけるように取り出す。


「それは……爪!?」


 その中には切れた爪が数枚入っている。


「爪垢を煎じた液体だよ。あの神様の爪だぜ爪!それがこの銃弾の表面にしみ込んでいるのさ。あの神の力の一部をお前に与えることで炎の力を増幅させられる。お前が制御できないレベルになるほどにな!」


「せい……ぎょ……ふのう?」


「ああ。これがお前への対策だよ」


 さらに礼司は弾丸を目也の左足に撃ち込んだ。けたたましく銃声は倉庫内で響く。

 撃たれた左足を抱えるようにして地面にもだえる目也。礼司はそんな彼に銃口を突き付け、冷たい視線を送っていた。

 

「な……なんで。こんな……」


「なんでじゃない!」


 さらにもう一発、今度は右足に打ち込む。苦悶の声を上げて彼は再びもだえる。


「俺が……俺がどうしたっていうんだ!テメェ!」


 叫ぶ目也に礼司はその視線と態度を崩すことなく話を続ける。


「それと一つ教えてやるよ。俺はな、あの神に会ったことがある。二十年以上前にな。それからつい最近にもな」


「馬鹿な……同じ魔人であったというのか……!?」


「お前と一緒にするな。俺は人間だ。さっき言っただろ。人間であることを選んだよ」


 さらにもう一発打ち込む。今度は心臓に。

 

「とはいえこれじゃ死なねえ。何せ時間がたてば戻っちまう」


「そう……か。な……らその時が……お前の最後だ!」


「悪いな。それはないんだ。俺はな、完全にお前を殺す方法を、魔人を殺す術を知っているのさ」


「馬鹿な!それをあの方が教えたとでもいうのか!?」


「ああ。俺も驚いたよ」


「ふざけるな!!」


 自身から溢れる燃え盛る業火に包まれて悶えながら、膝を折りながらその目は礼司を強くにらみつける。


「俺は!!あの馬鹿どもを殺して……やっと俺の人生が始まるのに!!俺だって欲しかったんだ!!あの感じが!!」


「そうかい」


 真っすぐに銃口を突き付けて冷たい表情で礼司は彼から漏れた願いの本質を一蹴するかのように言うとふと思い出したかのように口を開く。


「あー……そういやだな。あの毒婦……黙っておこうか」


「なんだよ……あの方が俺に何をするって――」


 聞きこもうとした時、眉間に向けて最後の弾丸が放たれた。


「それは……まああの方とやらに聞けばいいんじゃないのか?」


 頭部を撃ち抜かれその場に崩れてついに緑波目也は動かなくなる。

 

「……これでまだ死んでないっての、冗談だよな?」


 礼司は目の前の目也の死体のような状態になったその体を目を細めて眺める。その両足と心臓、そして額から血を噴出し、嫉妬魔人の特徴である再生は今ばかりは止まっていた。虚空を見るその目がどうにも礼司に不気味さを覚えさせる。

 

「さて、それじゃ……仕上げだ」

 

 礼司は入口の近くに隠したように置いたスーツケースを引っ張り出して開ける。冷たい表情を浮かべながら礼司が開いたそれの中には何も、何もなかった。

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