#34 魔人、九つの棺桶の上に座す

「それで犯人というのは?」


「すみません。まだ言えないようになってるんです。もう少し待っていただけますか?」


 相模礼司が運転する車に乗っている緑波目也。エンジン音以外何も音が響かない車は現在、市内から高速道路に乗り換えて進んでいる。


(俺以外の犯人?狙われている?俺が?どうなっているんだ……)

 

 目也の内側は静かな混乱で覆われていた。


(かといって刑事の出まかせには見えないし……)


 犯人として事件の全貌を知っている目也にとってそれは意外な状況ではあった。そこに疑念もあった。


「……わかりました。安全は保障してくれますよね」


「勿論ですよ」


 しかし目也は礼司を、刑事というのをよく知らなかった。だから刑事のルールとか決まりをあまり理解しておらず、流れるままに車の向かう先へと体を任せた。

 

(何かあったらこの力で逃げよう。でもそれで今後の生活に何か支障が……出るとは思えないが)

 

 やがて車は高速道路を出る。

 

「あの、どこまで向かうんですか?」

 

 海沿いの道路を抜けて車は真っ直ぐに多くの倉庫が並ぶ通りに向かおうとしていた。

 

「あの倉庫街です。今、奴はそこにいます」

 

「え!?犯人と向かい合えと言うんですか!?」

 

「いえいえ。近くにいればいいです。それで化けの皮が剥がれますから」


「あの、それ俺は……大丈夫なんですか」


「ええ。大丈夫ですよ。安全は保障します」


 やがて車は倉庫街の中でも古びた、というより廃棄された場所に入る。駐車場に車を止めると二人は車を降りる。

 

「あの、ここって――」


「そのままあの倉庫に入って!」


「あ、はい……」


 突然の命令口調で言われて驚くが目也は廃倉庫の中に入っていく。

 

「ここに……犯人が……?」


 倉庫内部の中は空っぽというのがふさわしかった。目也達は倉庫の壁の中央にある入り口から入る。壁の上部に設置された窓ガラスの一部は割れており、その入り口からそのまま反対側の入り口まで障害物と呼べるものはなく、また反対側のドアの先からは道路をはさんで波止場となっている。

 外は既に日が落ちて海はただ墨のように何も見えない世界と化していた。



「ええ。まさか神の使いなどを信じないといけないなんてね」


「何――」


 次の瞬間、ひやりとした感覚が目也の目也の後頭部に当たる。そこには礼司が持っていた銃口が突き付けられていた。

 

「……刑事さん?これはいったい?」


「何だと思う?嫉妬魔人(ジェラ・フィエンド)さんよ?」


冷めた口調で礼司は拳銃を目也の後頭部に押し付けながら問いを投げた。お前は嫉妬魔人(ジェラ・フィエンド)なのかと。


「へぇ。自分がそうだと知ってたんですか?いつ?」


「……数日前に神に会ったのさ。いや、毒婦か?」


 後頭部に冷たい感触が当たり、そのたびに目也はニヤリと笑う。

 

「いやあ、まさかね。こうなるとは」






 球磨崎一家殺害事件当日。

 閑静な住宅街にある球磨崎家の近くで緑波目也は球磨崎敏明と対峙していた。

 

「なんだ、こんな遅くに?」

 

 怒り気味の口調で敏明は目也の突然の来訪にあきれていた。

 

「そんな顔しなくてもいいじゃないですか」


 そう言うと目也は持っていたカバンから紙の束を取り出す。それを敏明の前に突き出すように差し出した。


「ああ、反省文か。わざわざご苦労で」

 

 その紙束を受け取ろうとした瞬間、紙束は勢いよく燃え盛る。

 

「うわぁっ!?」

 

 目の前の光景に敏明は思わずぎょっとするも、その先にいた目也はにやついて彼を見ていた。

 

「ああ、すみません。ついうっかり燃やしてしまいました」

 

「燃やしたじゃないだろ!!何をして――」


 敏明が見たのは彼の瞳。紫色に染まってニヤつく彼に一瞬戦慄を覚える。

 

「ああ、こんなことしてる場合じゃありませんよね?」


 笑いながらにじり寄るように目也は敏明に近づこうとする。不気味さを覚えた彼はそれまでの威張りちらす態度から一転し、彼に怯えだす。

 

「なんだ……お前何を――」


 逃げようとした次の瞬間、目也は火を敏明の目に放った。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 のたうち回る彼を見下しながら目也は大きな笑い声をあげる。

 

「安心してください。治りますので」


「何を……言ってるんだ。ものすごく痛いぞ!この世のものとは思えない――」


 今度は両手でふさいでいたその目に違和感を感じ、敏明はそっと焼かれたはずの目から手を放す。

 

「あ、あれ?」

 

 目は何事もなかったかのようだった。傷はなく、なぜこんな痛みに苛まれたのか。それがわからなくなるくらいに。

 

「なあ、どんな気分だ?」


 近づいてくる目也に不気味さを覚えて敏明は後ろ脚で遠ざかろうとする。

 

「逃がすかよ!」


 今度は炎を彼の両足に巻き付けるようにして焼き上げる。再び敏明の絶叫は周囲に響いた。


「さて、ご家族が家でお待ちかねだ。来い!」


 歩けなくなった敏明の髪を引っ張るようにして彼を家の中に入る。


「イダイイダイやめろ!こんなことしてただで済むと思って――」


 敏明が家のリビングに入った時、彼は衝撃の光景を目の当たりにした。

 妻の秋野、息子の正志、娘の友梨佳はそれぞれ両手を縛られ、両足の腱を切られ、泣くようにして血まみれの地面に伏せていた。

  

 「助けて……だれかぁ」

 

 血染めのリビングで呻くように助けを求める息子の声とただ泣いて痛みをこらえる娘。生きてはいるが何も言わない妻。その近くに血の付いた手斧と金属バットが転がっている。

 その光景を見た瞬間に呆然となったかと思いきや、敏明は怒りをあらわにした。


「な……なんてことを……貴様ぁ!!」


「なんてことをじゃねえ」


 みぞおちに深い蹴りを叩き込んで苦しみの声を上げた時、三人は父と目也の気配を察した。

 

「お父さん?そこにいるの!?」


 最初に気づいたのは妻の秋野。だがそれを見た時、彼女の両目は無残にも焼かれる。

 

「さてどんな風に処刑してやろうか?えぇ!?」

 

 目也は近くにあった斧を手に取って吐き出される苦悶の声をよそに娘と息子二人に視線を移す。まだ若い二人は目也の冷たい視線を察知すると地べたに付していても怒りの目で彼を見ようとする。


「決めた。先に娘さんに旅立ってもらおうか」


「やめろぉ!!やめてくれぇ!!」


 手に持った斧を揺らしながら処刑の手を止めにかかったのは敏明。足は使い物にならず這いずる様に近づこうとするが目也に蹴とばされる。

 

「いいか?今度はお前が失う番だ。何千倍にもしてな!わかるか?オイ!!」


「あ、ああ、やめてくれ……正志と友梨佳を殺さないで――」


 涙を浮かべて必死に目也の足に絡みつこうとするが、突如敏明と目也の前に現れた炎のラインにそれは遮られる。

 

「ダーメ。今度は先生が失うの。俺に何した?俺が選ぶべきだった選択を横取りしたくせに。消えない傷吹っ掛けたくせに。誰にも理解できない痛みだったんだぞ!なぁ!!」


 怒りの表情で彼は友梨佳を見下ろす。両手の縄の縛りを切られると逃げ出そうとする。だが足の腱を切られている以上、彼女が歩くことは叶わなかった。

 

「やめて……やめてください。殺さないでください」

 

 殺されかける友梨佳は這いずって泣きじゃくりながら必死に自由になった抗おうとするもか弱い友梨佳の手ではそれはかなわず、最初に左手が落とされた。


「はいひとーつ。つぎふたーーつ!!」


 両手が切られて血の海をあたりに作る。彼女は悲鳴しか上げないものになった時、次に正志に斧は振り下ろされた。頭部に振り下ろされた結果、そのまま動かなくなった。

 何も言わなくなって横たわった正志だったものが敏明の目に入った時、いやそれからも彼は泣き叫んだ。

 

「やめろ!!やめてくれぇ!!」


 敏明はその復讐劇にただ叫ぶしかなかった。

 なぜ自分がこんな目に合わなくてならないのか。そう考えながら。

 

「ああ……これが支配か。略奪か。たまんねぇなぁおい!!」


 次に手斧を向けたのは彼の妻、秋野。その殺意に気づいた時、彼女は真っ先に殺意を返すようにその目に憎悪をたぎらせていた。

 

「どうして……どうしてこんな……二人が何をしたっていうのよ!!」


「え?何もしてないよ?」


 向けられた怒りを流すように目也はおどけた表情を浮かべる。

 

「教えてほしい?そこのお馬鹿教師に聞きな!!」


 斧で敏明を指すと彼女はその怒りの表情を敏明に向けた。


「……どういうことよ。あなた!!この子に何をしたの!!」


「ち、違う。俺は間違ってない――」


 いきなり向けられた家族である妻からの怒号にただ震えるしかなかった。


「いいえ、大間違いです」


 再び放たれる炎。今度は秋野の全身を豪快に焼いて見せた。苦悶の声を上げてまた一つ死体が増えた。

 

「あ、あぁ……」


 一方的に処刑されていく家族。

 その光景の中の目也の満面の笑みについに屈したのか、何も言わなくなった。

 

「あースッとした」

 

 目也は横たわる死体たちを見ながら、いつの間にか取り出された煙草を満足げに吸いだす。

 その全身は死体が噴出した血で紅く染まっている。

 

「あとは慰謝料替わりでも貰っていくか?」

 

 動けなくなるほどに殴られて倒れている敏明に視線を移す。彼の目が自分を写した気づくと、精いっぱいドアに向かって手を伸ばそうとする。

 

「はいだーめ。お前も死んで終わり!」

 

 蹴りを顔面に叩き込む。その時の目也はまた興奮してさらにもう一発浴びせた。

 

「どうして……こんなことを」


「一から説明しないとだめですか!?」


「……う」


「お前は俺から未来を奪った。お前は俺に失敗するだなんだと言って俺の受験を妨害した。それは消えない傷になった。わかるか!?」


 手斧を突き付けながら静まった血の池となったリビングで礼司は静かに口を開く。


「……受験がどれだけ大変かわかるか?私は長いこと見てきた。だからお前の受験を――」


「てめぇの受験に差し替えたってか?オイ!」


 にらみつける目也の視線の先には縮こまって伏せる教師がいた。

 

「大方お前は長い事教師をやって誤解してたんだろ。自分の予想が当たる。自分は正しい。自分に間違いはない。そういう人間になったのさ。名教師なんかじゃない。傲慢で厚顔無恥の存在だったのさ!」


「……ああそうさ!私が間違っていた。なのに……なぜ子供たちを!?」


「決まってんだろ。あの時の報復さ。何千倍にもしてやり返した!それ以外に何がある!」


 吸っていた煙草を取り出した携帯灰皿の中に突っ込むようにしまう。そしてまた彼を見下すように見る。

 その紫の瞳の視線が敏明を射抜いた時、収まっていた彼への恐怖が再び燃え上がる。


「あ、ああ……助けて。助け――」


「それはこっちのセリフだよ」


 斧は勢いよく敏明の頭に振り下ろされた。そしてまた動かなくなったものが増える。

 

「ああ、いけねえいけねえ。こんなことに時間費やしてちゃいけねえ」


 その遺体を見てはっとなり、懐中時計を開く。そこに鏡のように映った血まみれの自分を見て不意に笑う。時刻は深夜を示していた。


「あんたの言うとおりだよ。いつまでも過去のことにしがらみを持ってちゃいけねえ。だからぶっ殺してしがらみを解く。それが一番の正解なんだよ!」


 そして一人、彼は仕込みを始める。この家の出来事を覆い隠すように。

 それから数十分後の事。

 彼の放った炎は一家の家を盛大に燃やし始める。そこに驚愕や恐怖を持ち寄って集まる群衆。その光景を家の近くから薄ら笑いを浮かべて見ていた。

 

「お洋服凄いことになってるわね……」


 今日という予告を出していたのかいつの間にか神様が近くにいた。目也の身なりを見た途端にその顔は嫌そうな顔をして手で顔を覆っている。

 

「新しいの買わないといけませんね。これ」


 目也はその身に大量の血を浴びていた。しかし群衆はそんな彼と神様に見向きすることはなかった。群衆は燃える家が崩れていくにつれてどよめきを出し、絶えずシャッター音を鳴らしていた。群衆のその対応にどこか嬉しそうにして目也は群衆に届くことのない笑い声を轟かせながら去っていく。


「じゃあな。せいぜいあの世で恨んでろ。クソったれ共」


 緑波目也最大の復讐劇は幕を閉じた。その中に無辜の人がいながらにも関わらず。

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