#33 神は全てに平等か、気まぐれか
「久しぶりだな、『嫉妬の神』さんよ」
「……誰だったかしら?」
昼下がり。船上市内の公園にて。相模礼司はベンチに居座る嫉妬の神と対面していた。
「二十年ぶりだから覚えてないか?俺だよ。相模礼司だ」
「ん?ああ!嫉んでた子ね!弟の家族の件で!!」
「……そういう覚え方は人としてどうかと思うが」
「私、神よ?」
「……ああそうかい。ところでだ」
きっぱりとした顔で返され、あきれた顔を浮かべて礼司は話を始める。
数日前、相模礼司は調査結果をまとめた書類を眺めて捜査線上から一度は外れた身ではあったが緑波目也という人物をもう一度調べることにした。
その理由としては彼の親戚にあたる湯島夫妻の死。この事件には礼司から見て不審な点が三つあった。
一つ目に湯島夫妻のうち妻の湯島ひかりは弁護士をしている。そのため恨まれている可能性がないか過去に彼女が関わった事例を全て調べたが特に強盗殺人に結びつく恨みや理由はなかった。
二つ目に自宅の状況。家は内側からガソリンが巻かれており、その結果全焼したとされる。これは球磨崎一家のケースと重なっている箇所がある。
三つ目に緑波目也。事件当日に彼を見た記録や証言はないが、上記二つの家庭と何らかの結びつきがあり、また当日にいなかったことでアリバイが成立し外れていたが礼司はなんらかのトリックを用いたと推察。後を付けるにはあまりにも弱い理由であったが現時点で調べた数十名の中で最も犯人としての容疑がかかっているであろう彼をしばらくつけることにした。
三つ目に関しては礼司の妄想と言われても正直おかしくなかった。それだけ警察も自分の捜査も行き詰っている為である。
これら三つの理由で彼を尾行すると捜査一課の刑事仲間に事前に連絡。仲間はこれに対し湯島家の火災事故に関してはおかしな点があるとの返答。さらに何らかのトリックや共犯者の存在もあり得るとの事でそれらも兼ねて緑波目也を調べてほしいと言われ、礼司は一人で尾行を始めた。
「で、私が彼といる所を見つけたと?」
「ああ、それでだ――」
コートのポケットから写真を取り出し、それを彼女に見せる。
「この緑波目也という男。あんた、コイツとどういう関係だ?」
「え?ああ、その子?私の眷属だけど。それが何か?」
「眷属?」
一度自分が出した写真をもう一度見返す。遠くから取られた緑波目也の写真を。
「ってことはまさかコイツは……」
「ええ。私が力を与えた。そしてその力で新しい人生を生きている。報復をして、殺しに殺しを重ねてね」
微笑んで神様は問いに答えた。礼司はきょとんとした顔で呆然と立ち尽くしていた。
しかしその顔は不意に笑い出すと大いに笑い出した。
「どうしたの?これは事実だけど」
相模礼司は大笑いした。そして――
「っざけんじゃねえよ!お前!」
瞬間、礼司は持っていた拳銃を神に突き付ける。
「罰当たりよ。そういうことするのは」
「黙れ!!お前のせいで!!アイツらにどんな非があって……なんで」
やれやれとした表情を浮かべる神様に涙を零しながらもぎりぎりと握る音を立て、礼司は怒りの顔で拳銃を彼女に突き付ける。
「ああ、それはやめた方がいいわよ。弾が無駄になるから」
怒り狂う彼をよそに神様は引きずっているトランクケースから何かを取り出す。黒く重厚で、銃身は神様の手のひらよりも長い。その拳銃を。
「これ、コルトパイソンだったかしら?」
神はそれを手に取るとこめかみに当てて次の瞬間、銃声は響く。
「な……!?」
銃声の元は姿勢はそのまま頭の吹き飛んだ彼女がそこにいた。
立ち尽くす礼司の前にできた頭の吹き飛んだ死体。だがしばらくして彼女の頭部にあたる箇所から濃い紫の炎があふれ出す。
「冗談……だろ」
「嘘じゃないわよ。これが私の……神としての能力。そしてそれは眷属であるその子にも備わっているわ」
呆然としていたが礼司は表情をすぐに真剣なまなざしを持った顔に切り替える。
「方法は?」
「え?」
固まったままではいられない。
死んだ家族と犠牲になった人たち。そして何よりもこれから犠牲になる人物がいるかもしれない。刑事として礼司は問いを投げた。
「魔人を殺す方法はないのかと聞いてるんだ」
「それを私が教えるとでも?大体あなたは刑事で――」
ひりついた雰囲気の中で礼司はそれまでの態度を改め、かしこまった態度で神様に頭を下げた。
「教えてくれ!俺は一度あんたを遠ざけた身ではあるさ!それでも今の俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ!頼む。もうあいつは法じゃ裁けないってのはわかった」
「え、ええ?」
愚直に、素直に礼司は神に向かって頭を下げた。憎しみを向けてきた彼のその代わり映えに神様は驚き、それからして考え始めた。
「えっと……どうしようかしら」
黙り込んで顎に手を当てて考える神様の対応に礼司はただ沈黙していた。その下ではあの男を、緑波目也を抑える手段が他にないかを考えていた。少なくとも礼司はその時、魔人が如何なる力を持っているか。それは知らなかった。
(まず無敵なのはわかった。となると炎も扱えるはずだ。それにアリバイ工作ができるなにかもあるはず。ならそれらの抑え方だ。何か――)
「半々だけど良い?」
「半々?どういうことだ?」
半々。その単語に思わず声を出さずにはいられなかった。
「いいから話を聞いて頂戴。実はね――」
しばらく神様は話を続けた。
話の果てに礼司が何かを受け取った時、苦い顔をして神様に返す。
「やっぱあんた毒婦だわ。平気で友達売るような真似しやがる」
手に持った物を眺めて礼司は言う。一方、神様はまるで悩んでいるかの表情で言葉を吐く。
「私は何もしない。それだけよ。それに目的ってのがあるの。今回の場合は彼になっただけだから」
「ああ、わかったよ。その目的ってのがあったからあんたは部下を売ってんだろ」
「別に売ってはいないわよ?だってそれで死ぬかどうかは――」
「黙れ!!」
また怒鳴り散らす礼司。襟蔵を掴もうとしたがそれはふわりと神に浮かれて避けられる。
「殺せる確率が半々だか何だか知らねえがこれ以上人様に神様がちょっかいだしてんじゃねえ!!」
怒りの声に神様はため息で返してみせる。ベンチから立ち上がって、手に持った閉じた傘をくるりと回して気だるげに言い出す。
「ちょっかいだなんてそんな。いい?あの子も、魔人になった子はみんな苦しんでいた。深い妬みや嫉みでね。私はその苦しみを
「…………わかった」
ばつの悪い顔で神の持論を飲み込もうとする。そしてポケットに受け取ったものをしまい込んだ。
「とりあえずこれは受け取っておく。じゃあな」
「そういえば一ついいかしら?」
「なんだよ今度は」
「あなた……本当に人殺しになるの?」
人殺しという単語に反応したのか、足早にその場を立ち去っていこうとする礼司の足が止まる。ほんの少しの間をおいて礼司はその問いに答えた。
「ああ。そうなるな。俺には何もねえんだよもう。だからこの選択肢を取れんのさ」
足は再び動き出す。その背を見送りながら神様は思案する。
「やはり何もないってのは……無敵のサインなのかしら?ねえ?目也君」
先ほど取り出したコルトパイソンをカバンにしまい込みながらこれから悲劇に見舞われるであろう者を案じていた。自らが火種であることを含みながら。
「あーあ、やっちまったよ」
船上市内にある自宅のリビングで椅子に項垂れるように腰かけて、緑波目也は後悔の念に駆られながら今までを思い返していた。
「時間は戻らないってのにな、ホント」
ズボンのポケットに入れていたハンターケースの懐中時計を開き、時刻が規則正しく一方通行で進んでいるのに嫌な顔をした。
「これも書かないといけないのにな。あとは手続きでしょ。うわーメンド」
机の上に視線を移して書類の一部を取る。
数日前、彼は親戚の湯島夫妻に呼ばれ、とうとう就職活動の件でどやされていた。事情を説明するもその対応ややり方に渋い顔をされて夫妻にきつく言われた。口論になった末、それが理由で二人を殺害した。
――大変だったのよ!あの子も!予定よりも早く妊娠して、私たちの子供じゃないかもってパニックになって!それでもここまで育ててもらったじゃないの!!
――そうだぞ!それでも頑張って生活費ひりだしてここまで育ててもらったんだ!いつまでそんな態度でいるんだ!立ち直るんだ!
「あーハイハイそうですね。正しいですね。よかったねおめでとう」
敵となった二人に怒りを覚えて目也は魔人の力で惨殺してみせた。
「連れてかれた警察署の中って思ったよりきれいだったな」
だがこれが理由に事情聴取のために目也は警察に呼ばれた。
火災としての処理を警察にしてもらうために彼女らを強盗殺人、あるいは自殺として見せかけての供述をした。
といっても警察も魔人の力なんぞ知る由もなく、目也があらかじめ用意した自分が犯人ではないアリバイに首を縦に振って見せた。結果として捜査線上から彼は外れた。
「まあ……『ご苦労様です』って感じだな」
ガラス管のコーヒーメーカーが醸し出す引き立ての香りにつられて立ち上がり、彼はカップを片手にマシンの元へ。
そこから一杯分のコーヒーを注いで口に運ぶ。
「大分おいしくなったな。次に神様に会ったら振舞おう」
「じゃあ頂戴。ちょうどのど乾いてたから」
「……いたんですか」
「ええ。書類に嫌な顔してた辺りから」
「そうですか」
もう突然の来訪には慣れていた。目也はカップをもう一つ用意して彼女の為に部屋のテーブルを整理し、できたコーヒーを注ぐ。ブラウニークッキーを持ってきたとわくわくした気分で彼女はテーブルにそれを並べた。
「最近はどんな感じ?何か面白いことは見つかったの?」
ブラウニーを互いにつまみながら人生相談のような会話をを始めた神様は目也に問う。
「まだ何も見つかってませんよ。親戚がいなくなって孤独になって……それでこのままでいいかもと思ってるんです」
彼はその問いにきっぱりと答えを返す。その答えを聞くと神様は首を斜めにして困った表情をしていた。
「あの…………えっと」
口を開いたのは目也。
「別にそれでもいいわ。ただなんていうか……後悔しない?」
なんと言えばいいのかわからなくてどもる目也に神様はそれまでの自身の沈んだ態度を改めて微笑んで見せた。
「確かにそうよ。あなたは確かに情熱も願いも未来も生きるに値するそれらを失ってしまっている。だから今は静かでもいいの。でもあなたはまだ若い。若いうちは永遠じゃない。それでも熱がないのはその先で取り戻せると信じているからでしょ?」
「え?」
――その先で熱を取り戻せる
その部分が緑波目也には予想外だった。彼はそれを聞くと目を大きく開いて笑い出す。
「ああ、それでもいい。エネルギーの多い若いうち。そこでなければ老いた時だ。そこでしか見いだせないもの。それを待てばいいんだ」
「それでもいいわ。そこでしか見えない光も可能性もあるし。そういえば目也君は絵に興味はある?」
「絵ですか?いや全く」
「知ってる子がね、買いすぎた道具が余ってるから引き取ってみないかって。どう?」
「えっと……高校に美術はなかったのともとより芸術がわからないので謹んでお断りします」
「あら残念。それじゃあ――」
「あの、質問なんですがいいですか?」
「どうぞ」
「……なぜ趣味やらを勧めるのですか?」
「ああ、それは単にあなたが暇そうにしてたからね。気が付いたら老けてもう出来ない体でしたってなって後悔するのはいやでしょ?」
「それを防ぐのが理由で?」
これは神様独特のアフターケアの仕方なのだろかと目也は少し納得する。
「ええ。あなたは私と違って永遠を生きることは出来ない。そうでしょ?」
「……確かにできませんね」
「もう今は昔ほど野望とかそういう考えがそこらに走るような時代じゃないのはわかってる。だから残っているのは趣味とか。そういうのを進めてるのよ」
「見返りに何かを求めてるわけじゃないんですよね?」
「勿論よ。眷属が楽しそうにしてるとね。神である私も楽しくなれるくらいだから」
(……それ、見返りでは?)
そんな考えが走ったが正直目也にはどうでもよかった。
他愛のない雑談はそれからしばらくは続いた。神様はある程度聞いて目也の現状を知るとそろそろ帰ると言って彼の家を出ようとする。
玄関で靴を履き、そばに置いたトランクを引き、玄関外に出ると目也は彼女を近くまで見送ろうとその傍に出来るだけいた。
「じゃあまたね。雑談しに来るから」
「いいですよ。色々恩もあるので」
炎をまとって神は目也の前から去っていった。
「新しいことにそこまで固執することあるか?いや固執ってほどじゃないけど……なんと言えばいいのか。何か狙いがあるのか?」
その場で思案をするも特に何も浮かばなかった。
「まあいいか。神様の内なんてそうそうわかるわけが――」
目也は家に戻ろうと道を逆に進もうとしたその時、一台の車が彼のそばで止まった。
「やあ、元気か?」
運転席の窓が下りて相模礼司が顔を出す。その表情は穏やかであった。
「あ、えっと……確か――」
「相模ですよ。刑事の」
ああ、どうもと目也も挨拶をする。
「緑波さん。ちょっと頼みたいことがあるんです。ここじゃ何なんで……ともかく車に乗っていただけますか?」
「え?」
「わかったんですよ。湯島夫妻の殺人の犯人」
その一言を聞いて目也はゾッとした。
――まさか、バレたのか!?
「それでなんですがその人に会ってアリバイを証明するためにためにあなたの力がいるんです。頼めますか?」
「え?はあ……どうやって?」
その人という単語を聞いて目也の脳裏にもやがかかりだす。
(どうなってる?俺以外?誰だ?赤の他人にしてはポッと出すぎる)
「実は部下から聞いた話では恐らく次に狙われるのはあなたかと。それにあなたは捜査一課から狙われている。犯人として」
「え!?そんなことって……」
話が見えずにいたが目也は礼司の言う放火魔あるいは強盗殺人犯が自分を狙っていると聞いた時、目也は震えた。
「なんでですか?」
「おそらくは……ああすみませんとにかく乗ってください。あなたの身の安全を確保する意味でもお願いします」
「わかりました。お願いします」
自分が犯人としてでっち上げられる可能性。そして誰かに狙われている可能性。それらから逃げるためにと思い、彼の提案に承諾すると目也は車の後部座席に乗り込み、礼司と共にその場を後にした。
夕闇の中、車は礼司の動かす方へと進路を取った。
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