#21 第二の報復
「いるのか?卓明がここに……」
緑波光示が車で飛ばすこと約三十分。久方振りに追い越しやぎりぎりまでの加速をこなして車を走らせた先にあったのはメモにあった伊奈月海岸。コンクリートで出来た橋のような釣り場もあり、夏には賑わいを見せるごく普通の海岸。離れたところには港もあり、倉庫街もある。
昔、息子の卓明にこの場所に初めて車で連れて行ってもらった思い出のある場所だった。なお、この時もう一人の息子で長男の緑波目也は仕事の都合を理由に断ったためにいない。
――あいつも来ればよかったのにな
ふと、脳裏によぎった自分の言葉。
初めて自分ではなく卓明にドライブでここに連れて行ってもらったあの日を光示は思い出していた。海辺から三人で綺麗な夕日を眺めてそうつぶやいたあの日。
来なかったもう一人の息子は電話上で仕事を理由にドライブを断っていた。光示はその時、目也が出不精ではなく単に自分たちと来たくないということを彼の親として悲しくもわかっていた。
光示は夜の砂浜に足を向けて歩きだす。あの時はサンダルで難なく歩いていたが今はいている革靴ではそうはいかず、中に砂が混じっていきながら波の音に近づいていく。卓明がこの場所にいるのではと思いを馳せている今、彼には革靴の汚れなんてどうでもよかった。
「誰も……いないか?」
冬のそれも年末が近いこの時期では無理もなかった。この海岸には今はあまり人もよらず、ただ波の音だけが響いているばかり。海の家もこの時間では、いやそれ以前に冬の今ではそもそも開いている雰囲気すらなかった。
ふと一つの風が彼の横を吹き抜ける。そして彼の心を現実に引きずり戻した。
――俺は何をやってんだ?
亡くなった息子がここにいる。その可能性を信じていた彼は海の音と風によって冷まされ、覚まされる。
ふと自分の頬に手を当てると微かに水が付いていた。涙だった。
――死者は永遠に帰ってこない
そんなことはわかっている。否、わかっているつもりだった。いるかもしれないという微かな可能性を追ってこの場所まで全力で来た光示は気が付けば膝を折っていた。そして終わりのない水平線をただ、眺めていた。
「……帰ろう。あまり母さんを一人にしちゃいけない」
立ち上がり、反対の方向を向いたその時だった。誰かが光示の頭めがけて何かを勢いよく振り下ろす。
「なっ……!?」
反応した光示はかわす間もなく、重い一撃をまともに受ける。鈍い音が響き、彼の体は砂浜に崩れ落ちた。
「偽物のメモでこう簡単に釣られるか普通……」
一人の男が倒れた光示を見て呆れながらに言葉を吐いた。
――例え復讐すべきものが老いさらばえて寿命が近いようでも、その先で喜びを得ようとするものならば殺してしまえ
それは彼の復讐における一つの哲学。
「ほら。起きろ」
勢いよくバシャリと目いっぱいの水をバケツからぶちまけられ、光示は目を開く。口に残ったその水から塩辛さを感じて覚醒が早まる。
「う……うぅ」
光示が辺りを見渡す。
そこは使われていない倉庫の中心。むき出しのコンクリートに閉じたシャッター。所々に設けられた窓ガラスは割れており、そこから冷たい風が流れ込んできている。明かりになるものはなく、目也が持ってきたであろうカンテラと空のバケツが地面に置かれていた。
「起きたか、くそったれめ」
「……お……お前、目也か!?」
目也に向かって座わされていたであろうパイプ椅子から立ち上がろうとした時だった。彼はバランスを崩し、地べたに倒れる。自分の足元を見ると両足はロープで縛られ、両手は後ろに回されてこちらもロープで縛られていた。
「なんだよこれ……何やってんだお前!」
「なんだろうな」
自分の状況に困惑しつつ、光示は目也の方に視線を移す。そして光示は目也がその手に持っているものに視線が飛ぶ。窓から差し込まれる月の光によって、銀色に煌く手斧。斧の刃は片方にしかついておらず、その大きさは小ぶりで片手で振り回せる程で目也はそれをしっかりと右手に握りしめていた。
「な……なんでそんなものを……」
「これ?手斧だよ」
「いやだからなんで――」
「だから、手斧つってんだろ!」
怒声と共に勢いよく光示の出たお腹をけ飛ばす。まだ若い彼の足は老い始めた光示には十分に効き、目也は笑いながらさらにもう一発を叩き込む。
「げほ……げほっ」
縛られて芋虫のようにうずくまりながら光示は目也の方に視線を移す。彼の瞳は紫色に輝き、更にその顔を見るとこちらを眉一つ動かさずに見ている不気味なその顔を見ると光示は蹴られた痛みを忘れるほど、眉を潜めた。
「なんだよ……その目?」
「卓明も似たようなこと言ってたな。そういや。ああ、親子だからか」
「何……!?」
「……察した?」
目也がニヤリと笑った。光示はその顔から感情を無くしていた。二人の間にしばしの沈黙が流れる。
そこから最初に動いたのは歯をむき出しにして飛びかかろうとする光示。しかし両手を後ろにロープで縛られ、両足も踵から同じようにきつく縛られているその足では立ち上がることもままならず、地べたを蛇のようにうねるその様を見て目也に大きな、とても大きな声で笑う。
「こりゃあいい!殺した甲斐があったってもんだよホント!」
「なんでだ……なんで卓明を殺した!?」
「決まってるだろ。あいつが俺より
「……二浪のことか。確かに二浪目はまずいと思ってせめてアルバイトをさせようと考えたこともあったが――」
「うわ。『殺して正解』ってやつだな」
見下したかのように話す目也。勢いよく光示が叫ぶ。
「テメェ!!自分が何をしたのかわかって――」
「憎んで妬んで何が悪い!殺して何が悪い!ハハハハハハッ!!!」
激しく怒り、光示は目也を涙交じりの目で睨んだ。一方目也はただただ彼を馬鹿にするかのように大笑いをしていた。縛られて泣くその光景に最初は笑っていたが飽きてきたのか、目也は斧の背に当たる部分を光示の額めがけて振り下ろした。鈍い音が響いた。
「頭冷やせや。正当な復讐なんだぞ?」
「正当……だと?」
「ああ、そうさ。本来なら俺に手を伸ばす権利が最初にあった。それを我が物顔で食って掛かって奪ったテメェら馬鹿ども……これはそいつらへの復讐なんだよ」
目也はジャケットの内側に入れていたタバコを一本箱から取り出す。それを口にくわえると少し念じるかのように左手で拳を作る。直後、タバコの先端に火が浮かび、タバコから煙が上がりだした。
「全員奪いつくして、ぶちのめして。殺し尽くす。この力を持ってな」
目也は煙を光示に向けて吐き散らす。ゲホゲホとむせて目をつぶる光示は一瞬起きたその出来事に困惑していた。
「こんなんばっかだったなあ。あの頃はほんとによぉ。意見をすれば捻じ曲げられるか殴られるか。それがこんなに気持ちいいなんてな」
タバコの煙を勢いよく吐き出して目也は話を続ける。
「聞いていいか?答えなかったり嘘ついたら腕切り落とすぞ?」
「……なんだ一体」
「アイツの二浪だよ。なんで卓明は二回の浪人が許された?なんで俺には浪人を認めてくれなかった?」
「それは……」
視線を目也から別の場所に移す。廃墟と化した倉庫内の中心。辺りには人の気配はなく、割れた窓からかすかに光が入ってくる程度。開きっぱなしになった入り口からは海が覗き見える。
二人以外に誰もいないということを知り、改めて視線を目也に戻すと光示は彼の問いに答えた。
「……卓明が可哀そうだったからだ」
「はぁ?」
眉をピクつかせ、目也は光示に怒りをまた一つ募らせ、勢いよく蹴り上げた。縛られた光示が一回転するほどの勢い。むせて吐きそうになる気分をこらえて光示は目也に自分の答えを突き付ける。
「嘘は言っていない!本当だ!お前も家族を持てばわかる!」
「へえ……そうみたいだな」
光示の表情をのぞき込んで、目也は彼が嘘をついていないと理解する。
「で、何が『可哀そう』なわけ?あいつ病気だったの?持病持ち?」
目を大きく開き、精一杯馬鹿にするしぐさを見せつけつつ、光示に理由を目也は聞きこむ。
「それは……違う」
「じゃあなんでだ?」
息を落ち着かせた光示は再度目也に向いて答えを語る。目也の顔には血筋が浮かんでいた。
「お前が……目也が大学にいた時は帰ってくるたび笑ってたり嬉しそうだったろ?もちろん毎日じゃない。でも夜遅くに帰ってきてたり、大学にいるであろう仲間と楽しそうにしているお前が羨ましいって言ってたのさ。卓明が。そのせいか、頭の悪い自分でも大学行きたいって言いだしたのさ。お前が嬉しそうなの見てて…だから卓明にも大学行かせようって母さんに頼んだのさ。母さんは昔の自分に卓明を重ねてたみたいでお前でも大学に行けるって何度も言ったさ。そして二年浪人して――」
「もういい」
「え?」
その時、光示の左目にタバコが押し付けられた。
「ぎゃャアアアアアァァァァ!?」
暗い倉庫の中で絶叫が響く。
「わかったわかった。俺が嬉しいのが憎いって事だろ」
煙を吐き散らしながらタバコの短さを見て目也は手のタバコを紅き炎によって焼き尽くす。勢いよく血を吹き出すその横で、タバコは微塵も残らずに消え去った。そして足元で暴れ叫ぶ光示に紫の炎を放ち、光示を紫の炎で包む。
「あ、ああ……?」
光示の目には先ほどまで刺さっていた針はなく、目にできた傷も消えていた。それどころか全身に先ほどまで走っていた痛みすら消えていた。自分のその状況に何が起きたのかを理解しきれないまま、目也は自分の話を疑念をはらんだ声で続ける。
「別に俺は毎日が楽しかったわけじゃねえよ。『楽しまなきゃダメだった』。それだけなんだよ。辛い日もあった。それでも楽しいって思わなきゃいけなかったんだよ。わかるか?」
「どういう……意味だ?」
その疑問を聞いた時、目也は信じられないものを見たかのように目を大きく開いた。手に握っていた斧に自然と力が入る。そして目也は理由を語りだした。
「理不尽な形の大学受験。認めてもらえなかった浪人。三年になった時には卓明の浪人まで重なりやがった。俺が認めてもらえなかった浪人をアイツは選択していた。社会人になる直前は俺が理想としていた志望校に並ぶ偏差値の大学に入りやがった。真っ当な努力をさせてもらえずに俺が下。可哀想、可哀想の立て続けでアイツが上。それらから逃れる方法は今をただ楽しむしかなかった。わかるか?あの時の状況が!?のんきなお前に!なあ!?」
『楽しまなきゃダメだった』というその理由を語り終えると斧を地面にたたきつけて威嚇する瞳で光示を睨みつける。光示はその瞳にただその縛られた体後ずさるしかなかった。
「真っ当な努力すらさせてもらえず、最後の機会すら与えてもらえず…その機会をあのバカが持って行ったんだよ!それを横でただ見せつけられた俺の痛みがわかるか!?俺よりもあの教師の意見を信じて俺を否定し続けたお前に!!」
目也は斧を突き付けて光示をまた睨む。光示は自分が何を言えば彼を救えるのか。それを必死に考えては沈黙していた。
「お前には一生理解できない痛みだろうな。会社でもいい感じの人生進んでたみたいでよお。あの飲み会の場でのお前の話聞いて分かったよ。ほんと妬ましいわ」
場に流れる目也の妬みの感情に呼応するかのように今の彼が宿す紫の瞳が光を強くした。光示は目也を見ることなく、這ったまま地面を見ていた。
「あの時の自慢話でわかったんだよ。お前には一生、俺の痛みは理解できない。自分の考えを大事な場面で否定されたことのないお前にはな!」
「すまない。でもな――」
その時、光示の罪悪感をたたき割るかのように目也は斧を地面に叩きつけた。その勢いに黙り込んだ光示の横で彼は大きくため息を吐く。そして話を続けだす。
「で、次の質問だ」
「え?」
「え?じゃねえよ。謝罪なんざいらねえよ。役に立たねえからな。俺を苦しめる四人が死んでくれればそれが謝罪になる。死刑ってやつさ。違うか?俺は間違っているか?おい!!」
「間違っては……いないな」
「でよ、なんで俺には浪人を認めてくれなかった?」
「それは……お前が滑り止めに受かっていて、それで、それで……。母さんと話をして決めたんだ。お前ならそこでもいいやと――」
「今なんて言った?」
「滑り止めに受かって――」
「違う!その後!!」
「母さんと話をしてお前ならそこでもいいやと思ったんだ」
「……『そこでもいいや』?」
目也の両手の指一本一本に力を込もり始める。斧を持った右手からはミシリと音が鳴り出すほどに。それを見た光示ははっとなる。
「違うんだ目也。父さんはお前を見下したわけじゃな――」
「ざけんなクソが!」
今度は斧をふるい、真横から光示の頭目掛けてふるう。だがその斧は頭上の真ん中ではなく、鼻を切り落とした。
「どいつもこいつも俺を見下しやがって!なんでだ!おかしいだろ!」
地団駄を踏み鳴らす彼の横では光示が声にならない声でのたうち回って苦しんでいた。
「……ケッ!」
鼻を落とされた光示の顔を再び紫の炎で光示を元に戻す。流石に振るわれ続けて効いたのか、彼は泣きべそをかいてもうやめてほしいと視線で目也に訴え始める。
「球磨崎に味方したお前はさぞ正義感に入り浸ってたんだろうな?ん?」
「あ……あの日のことか?球磨崎先生から電話が来た日の……」
「そうだ。あの時、俺は自分の可能性があるのかどうか。それを知りたくて学校で配られた教科選択書類に自分が来年勉強したい教科を選択した。俺が行きたい大学の為に。だがその選択に待ったをかけた大馬鹿がいた。それが球磨崎だよ」
「……球磨崎先生は悪くないと思ったんだ。あのままいけば目也が大変なことに―」
「悪人以外のなんでもねえだろうがアイツは!」
未だに地を這う光示に目也は再び斧の背で腹めがけて叩きつける。今度は複数回それを繰り返した。その度に光示は苦しい声を上げる。目也は怒り狂いながら叫ぶ。
「何が悪くないだ!てめぇもアイツも俺を完全に知っているような見下した方しやがって!俺はその先の答えが知りたかっただけなんだ!今以上が望めるのか、そうでないのか。なのにお前ら三人はそろいそろって俺の道を踏みにじって消えねえもん残していきやがった!てめぇに関しては家族ができたからとか自分の思い通りに進められたとか勝ち組にいるような言いぐさがむかつくんだよ!!」
振り下ろされる攻撃の速度と重みが増していく。時間と差別によって膨らんだ妬みが憎悪が彼の攻撃を更に増幅させていく。
「わかった。わかったからもうやめ――」
「何がわかったんだ!」
一発の蹴りを光示の腹に叩き込み、彼を壁際の近くに蹴り上げ続けて近づけさせる。殴られた数か所、額の傷、頬の火傷痕。それら全てを息子につけられたと光示はここにきて更なる恐怖に苛まれる。
――このままだと殺される!
「目也…何が、何が狙いなんだ?何でこんなことをするんだ」
「何度も言わせるな!全部奪って笑ってる奴らを痛めつけてぶちのめしたいだけだ。家族も、居場所も、誇りも全部みじんに砕いてな」
「……もしもだ。目也、これまでの事全て謝ると言ったら?」
「あ?」
「勿論俺だけじゃない。母さんにも、その……球磨崎だったか?その先生にも謝ってもらおうと、いや先生が間違っていたというのを――」
「じゃあさ、時間を巻き戻す方法教えてよ」
「え?」
大きくため息をこぼし、首を落とす目也は髪を掻きむしりながら光示に再度質問をした。
「はーやーくー。時間を巻き戻す方法。あの時にだよ。てめぇらが通せんぼ仕掛けたあの日だぞ?要はさ、何もなかったことに。つまりは俺の選択で大学受験をやらせてほしいってことだよ。それならいいぜ?」
「そ、それは今すぐには――」
「じゃあサヨナラだ」
血の付着した斧を揺らしながら目也は笑う。
「ああ、でも死んでほしいけど長生きしてほしいってのもあったかなあ。けどそれで得られる資金より今ここで得られる資金の方が高い可能性があるわけだ」
「し、資金……?」
「ああ、資金じゃねえな。まあどっちでもいいや」
「何企んで……いやがる?」
憎悪に満ちた目を向ける光示であったが、目也はそれ以上の目で彼を見ていた。
「俺の人生、失敗してんだよ。お前らが目をふさいで足引っ掛けてさ。おまけに卓明は俺よりいい人生歩もうと、いや歩んでたって言うのかな?これ誰のせい?なあ?何でお前は自分が勝利者だってこと自覚してない?俺、傷ついたんだよ。なあ?」
目也のその言葉を聞いた時、はっとなった。光示はそれまで体を襲っていた痛みから解放されたかのように何も感じなくなるほどに。目也があの時の通せんぼから今までずっと傷ついていたことに。
理解した直後、目也はそれまで持っていた斧をグリップを軸に半回転させると下を向いた刃を光示の左足首目掛けて大きく振り下ろした。
刻まれる音より倉庫に響く光示の絶叫。飛び散る血。笑っている目也。
「もうそろそろやんねーと時間が来ちまうな」
悲鳴の横で目也はズボンのポケットにしまっていた懐中時計を開き、時刻を確認する。舌なめずりをすると目也はニヤリと笑った。とどめの時が来た。
光示の悲鳴が小さくなったところで目也は狙ったかのように呟く。
「俺さ、慰謝料もらいたんだ。お前らにかかってる保険金でな。根こそぎ奪えば、あの時から続く俺の誰にも見えない傷を今度こそ直せるかもしれねえからな」
蹴られ殴られ、斧で足を切りつけられたこの状況でも息子からそんな言葉が出れば彼の心には深く突き刺さる。
「ああそうだ。もちろん二人も同じように潰す。あの努力家ババアと球磨崎だ。俺の人生にひどいクソ引っ掛けといて生きてるってのがむかつくんだよ。おまけにそれで正義立ててる奴らだ。気に食わねえから苦しめてぶち殺す。その機会を神様から得れたんだ。もうチャンスは逃さねえよ。俺にはこの力がある。お前たちから奪っていける」
「お………ま、え……」
息を切らし始めた光示の目には目也が辛うじて映っている。足から流れていた血の流れは勢いを失っていた。
「ああそうだ。だいぶ前から決めてたことだけど。家族、持たないことにしたから」
死にかけの光示の前で体育座りをして彼の今にも消えそうなその目の光をのぞき込むように見て目也は嗤う。
「だってさ、いらないだろ?あんな理不尽な傷つけられて家族を持とうだなんてクソくらえだわ!」
斧を地面に放り投げる。そしてその空いた手を光示に向けて伸ばす。
「じゃあ、仕上げだ」
目也が紫の瞳を輝かせ、何かを呟く。
直後、光示の肉体から勢いよく炎が燃え盛り、そのまま彼の全身を勢いよく燃やし始める。
「ハハハッ!燃えちまえ!!」
死にかけていた声から一転し、大きな叫び声を吐き散らす。のげそったその体がやがてしおれて何も聞こえなくなった。その様を見て目也はニヤリと笑う。
「ざまあみろ」
現れ出でた灰と化したその姿を見た時、目也は一つ肩の荷が下りた気がして興奮していた。そして同時に自分の敵を討ち取ったという達成感を味わっていた。その気分を保ちつつ、燃えカスになった父に紫の炎を付ける。燃えカスと化したその遺体は時間が戻ったかのように何も傷がない状態の父の死体へと変わる。
「俺は悪党だ。悪党にされたんじゃない。なったんだよ、悪党に。もう俺には何もねえからな。惨めな気持ちを引きずるのではなく、死んだときに苦しめた馬鹿どもを嗤いながら地獄に下る方を選んだんだよ。俺は、緑波目也はな……」
胸の奥の傷を鎮められたことに彼は光悦の表情と共に達成感を隠せずにはいられなかった。
自分以外がいなくなったその場所で話すかのように声を出し、遺体を肩にかけて持ち上げる。穏やかな表情をしていた。その行いとは裏腹に。
廃墟の倉庫を出て、目也が見上げた夜空に浮かぶ月は強い光を照らしていた。
だが目也は予想外の形で新たなる苦しみを味わうことになる。それは殺人鬼としての報いか。それとも最初から決まっていた悲劇なのか。それは彼の知るところではなかった。
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