#19 三つの炎、二つの瞳、一つの真実

 主人公は戦争帰りの志願兵。ある日、戦争が終わって故郷の町に帰るとそこは反戦運動の真っただ中だった。かつては町のために学生の頃からボランティア活動に励んでいたアレックスをデモ隊は悪人扱いしていた。


「人殺しを楽しむクソッタレめ!」


「狂った人は町にいらない!」


 日々続くその罵倒と差別に主人公は参っていくが、彼の両親と恋人が支えてくれた。

 年老いた両親、母は足が弱くて父はこの町が気に入っている理由でここを離れたくないと言い続けていた。アレックスは今よりいい場所に二人を連れて行こうと日々懸命に説得していた。

 恋人はそんな中で行き詰りそうな彼に優しく声をかけてくれる肉親以外で唯一の存在だった。


「今はこうかもしれないけどいつかみんな分かってくれるわ。貴方は神様に愛されているわ。あのひどい戦争の中を生きて帰ってこれたじゃない」


 しかし現実は彼に牙を向く。

 ある日、知人の住む山に遊びに行った帰り。彼の家は両親ごと燃やされてしまう。そして近くのプラカードにはこう書かれていた。


――道路で物乞いをしましょう!それが今のあなたにふさわしい職業です!


 さらに恋人も何者かに殺され、白骨死体で発見される。

 失い続ける悲劇の果てで、主人公は凄惨な殺人鬼へと生まれ変わる。


「……すごい映画でしたね」


「ええ、そうね」


 神様と目也は目也の家で神様が持ってきた一つの映画を見ていた。椅子で挟まれたテーブルの上にはポップコーンに加えて、ナンセンスにもティーセットから入れられた紅茶が置かれている。

 映画のタイトルは銀をなくしたもの。あらすじはこうだ。

 学生時代は皆に慕われて、戦場においては類稀な戦闘センスで英雄だったアレックス。しかし故郷に戻った時には彼は殺人鬼になってしまったと悪質な噂が広まり、そして彼を襲った悲劇によって彼の殺人鬼は本当になってしまうというシナリオ。戦争返りの兵隊に加え、人生の隆盛と転落、そして実際の戦争で使われた数々のアクション等を同時に細かく描いたこともあって世界中で大きな反響を得た。目也も見ているときはハラハラと興奮が抑えられずにいた。


「しかしまあ……あの眼鏡のマックスでしたっけ?学生時代に色々あったからってあそこまでやってなんで復讐されないって思ったんでしょうね。市長になるからって色々やりすぎでしょ」


「票稼ぎと学生時代での仕返しね。マックスの市長になるための作戦の一環で反戦派へのアプローチに加えて貧しいホームレスに銭を握らせて過去への復讐を行った。そしてアレックスは失うものをなくした結果、戦争のストレスがそこにまじってああなってしまった。しかしまあ町一つがたった一人の人間によって恐怖の夜に晒されるって相当よね」


 ティーカップの紅茶を飲みながら沈んだ目で神様は喋り続ける。


「人間ってのはね、キレにキレると見境が付かなくなるものなのよ。それはアレックスもマックスも一緒だったのよ」


「ながね……神様らしい意見ですね」


 長年と言ってしまいそうなところを抑えて目也はテーブルに置かれていたポップコーンを一つまみして神様の見解を聞く。


「こればかりは何度も見てきたところだから。どうしてもそう言いたくなるのよね」


「……何もかもが消えた人か」


「そう。それよ。今そうした人増えてるでしょ?注目されているだけで実際には結構昔からいるものだけど」


「……確かに『失うものがない人』って増えてるような気がしますね」


 ふとある単語が彼の脳裏に浮かぶ。そしてその存在を思い出すと途端に苦い顔をしだす。


「どうしたの?」


「いや。俺がアレックスに近い存在になりかけていたんだなって」


「なりかけていた?」


 うつむいた表情で彼は神様に返す。


「俺も……居場所を、ここをなくそうとしてたんです」


 目也ポップコーンの入ったお皿を少し避けてテーブルにうなだれる。


「……そう」


 テーブルをはさんだ向こうの椅子の向こうに座っていた神様がそっと目也の頭に触れる。


「辛かったのね」


「……俺はあなたに救われた身なんですよ。地獄であいつらに憎まれようが知ったこっちゃない。この今を笑い続けて死ぬ。それだけが今の俺を救ってくれる唯一の手法にして最善策なんです」


 うなだれていた目也が体を起こすと体を神様に向ける。顔を笑わせつつ。


「映画よろしく『こいつだけが真実なんだよ』って教えてやればいいんですから」


「止めはしないわよ?」


「構いません。前にも言ったと思いますが、あなたの手を取ったのは僕なんですから」


「ならあなたのやりたいように生きて死んで見せなさい」


 すっと立ち上がる神様はティーセットを片し始める。その顔は笑っていた。目也はそれ以上に笑っていた。


「もちろんですよ」


 夕日が沈むその背景で目也はその瞳を紫に輝かせていた。






「よお」


「……あれ?」


 映画を見終えたその日の夜。いつものように眠っていた目也は、また夢の中で『個性のない教室』に降り立ち、その正面に嫉妬側がいる光景に出くわした。


「元気そうだな。次の計画はどうだ?」


「ああ、そうだな。そろそろやんねえとな」


 目也は視線を嫉妬側に向ける。机に肘を付けて嫉妬側は目也と同じ服装。黒のジャケットに紺のワイシャツに緑のチノパン。そして彼と同じ顔をしている。


「……あれ?お前雰囲気変わった?」


 首をかしげて嫉妬側に自分の違和感を聞いてみる。


「ああ、これか?」


 嫉妬側のその瞳の色。緑色の瞳。色合いとしては宝石のエメラルドの様で静かに煌めいている。少なくとも目也にはそう見えた。


「……何で緑?」


「さあな。まあ俺、例外だし」


「その例外ってのは何なんだ?」


「さあ?」


 なんだそりゃとガクリと肩を落とす目也をにやりと笑う。瞳を緑に輝かせて。


「さあってお前……」


「まあ気にすんな。多分お前の人生の中でその意味が分かるとしたらアレだ。余程の事じゃない限り追い詰められないと」


「……そうかい」


「ところでいい趣味見つかりそう?」


「……いや全く。映画鑑賞も悪くはないかと思っているが」


「人生は短いぜ?どっかの画家よろしくな」


「俺そんな画家の言葉知らないけど?てか画家って……」


「ああ、これは俺の記憶。お前の意識もあるが俺も俺で記憶があるのよ」


「お前でもあり俺の記憶?」


「そうそう。何せ俺はあのお方の分け御霊って程じゃないが欠片って面があるのさ。だからあの人の記憶をかすかに持ってたりするのよ」


「へえ。それは知らんかったわ」


 姿勢を戻し、嫉妬側と会話を続けることにした目也。


「そういや最近悪夢見たろ?」


「ああ」


「あれな、多分復讐全て終わらせないと消えんぞ?てか消えないことになってる」


「何でだ?まさかこの力のリスクか?」


「いや俺がそうした」


 きっぱりと言い出したその返答に目也は目をぱちぱちとさせる。


「何故そんなことを?」


「やり方というか、願いというか……早くあいつら潰して楽になろうぜって事よ。でないとまたろくな目に合わないぜ?『ろくでなし目也君』?」


「……そのあだ名久々に聞いたよ」


 青筋を浮かべる。今目の前の人間を自分自身の陰であっても殺してやろうかとも思ったほどに彼は怒りだそうとしていた。

 嫉妬側が嘲笑うように言い放った『ろくでなし目也君』。教師の球磨崎が言い出した彼の蔑称(べっしょう)ともとれるそのあだ名。忘れようとしても忘れられない思い出の一つ。


「俺はお前に力を貸してやる。だから三色の炎で、その瞳で報復をなしてこい」


 嫉妬側の言う三色の炎。焼き食らう紅き炎、アルゲ・スィーレ。醜きその表情を隠し、そして魔人の世界に捉える蒼き炎、イァーツォ・ルースァ。対象を直す、あるいは形をとどめなおすともいえる紫の炎、エリエン・ティレ。それらを扱える証の目である紫に染まった虹彩の瞳。全ては自らの運命に憐れみを持っていただいたあのお方のお恵みなのだと思い返す。


「……ああ」


 目也の瞳が紫色に輝く。覚めぬ悪夢への答えを瞳に灯し、嫉妬側に静かにうなずいた。


「あいつらにはとびっきりの痛みをくれてやる。どうせ卓明以外は棺桶に向かうだけで俺にまた不要なかじ取りをさせる気だ。俺にはもう何もないけど、短い俺の人生をまた好き勝手やられる可能性が残っているのなら徹底的にぶっ潰して棺桶にぶち込んでやる!」


「その意気その意気」


 たった一人の世界でその瞳を紫に燃やす目也。彼を苦しめ、焼く炎が消える日は近づいていた。同時に苦しめ、討つものも近づいていることも知らずに。

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