#18 敬う人、憎い人(3)

 テレビで語られた球磨崎の現在はどうやら久野院高校の教師を今もやっているらしく、来年以降には教頭先生になるのだという。そして自分が長年温めていたプランを高校で実行しようという。そのプランの内容を球磨崎はテレビの中でこう語る。


「まず高校に入学した生徒には理系と文系、どちらに進んでもらうかを最初の一年間で決めてもらいます。これは高校を出たら就職を考えている生徒も同じです。なにせ大学神話が崩れた今でもやはり大卒というのは社会ではある程度は有利ですから」


 ふとテレビ右上のテロップを見る。

――大学進学率まさかの九割越えなるか!?その秘密とカリキュラムに迫る!


「九割…?」


 大学進学率。一般的には高校を出てそのままストレートに大学に勧められる生徒の割合を示すもの。それが九割を超えているのは凄いらしく、どうやらその手腕を買われているのか、現在球磨崎は高校でもそれなりの地位を築いているらしい。


「自分が教師になった時の夢だったんですよ。もっと多くの生徒に意義ある人生を送れるようにしてあげたいと。だから今この状況を作れた事に強い誇りを感じています。それでもまだ問題を抱えていますが」

「誇りですか?」


「ええ。三十年以上やっているからわかるのですが学生時代というのはやはり積み上げる時期でもあるんです。友情も勉強も経験も人生の中で一番積まなきゃいけません。我々教師陣はその中で勉強に着目しました」


「どのように着目したんですか?」


「まず生徒にとって高校とは何をすべき場所か?勉強もあるかもしれませんが彼らからすれば友達と思い出作りでしょう。部活にしろプライベートにしろ、毎日遊んでいたいはずです。なら我々は勉強面で、特に大事な場面になるであろう大学受験のサポートに尽力することにしたんです」


「ほほう。それでどのように?」


 球磨崎のインタビューは続く。インタビューを受ける彼のしたり顔は目也にとって忘れることのない顔となった。


(ふざけんな。テメェにつけられた傷がどれだけ俺にとって重いか……。あれがどこまでおぞましいものかわかってないくせに!)


 歯ぎしりを立てる目也は球磨崎の自信に満ちたプランをしばらく聞かされる。生徒とのしっかりとしたコミュニケーションある会話、プランの用意、そして彼にあった大学を探す行い。目也にとってはそれはどの高校でもやっているような気がしたので率直に彼は球磨崎の提案を目くそ鼻くそとだろと嘲笑った。


「これから受験を迎える学生にとって、教師に求められているものって何でしょうかね?」


「今、我々教師に求められているのは何かって言われますとね…やはり『導く力』でしょうか。もしこの先ちゃんと導いてあげないと、生徒が将来社会で苦労しそうな気がして。だから我々教師陣が責任をもって入学した生徒を大学に進学できるレベルになるまで育て上げます。そして何故に久野陰高校が大学進学率九割越えに近づいているその理由も自然と納得できるはずです!」


 テレビ内の女性インタビュアーの質問に言葉を詰まらせることなくはきはきと回答をする球磨崎の答え。その解答に目也の心にある火山は噴火しかけていた。


(ざけんじゃねえ……!てめぇのやり口は嫌というほど知ってるんだよ!いったい何人の生徒を曲げやがった!?)


 眉を顰め、吐き気すら覚えるその語りは止まることはない。テレビを変えてもらうと思ったが理由が思いつかず、球磨崎の語りはインタビュアーによって続く。


「最後に受験を迎える学生たちに向けて一言お願いします」


「そうですね……自分の身の丈にあった場所に集中してスケジュールを組んで受験をしてください。特にワンランク、ツーランクを今も狙っているのであればそれは経験上失敗するとわかりきっているのできっぱり諦めましょう。それよりも自分が合格できる高校、大学を狙ってください」


 自分が合格できる大学。その言葉に目也は胸につっかえを感じた。


「そうか……こいつ、自分の計画のために俺を……」


「厳しいかもしれませんが一つ。夢を見ることができるのは本物の才能を持った人間だけだと強く自覚しなさい。それさえ忘れなければきっと成功の道は開けるでしょう!」

「ありがとうございました!」


――なにが『ありがとうございました』だ!殺すぞ!


「目也君?どうしたの?」


「え?ああ、えっと……」


 心配そうな声で話しかける叔母のひかりに自分の瞳がおかしな色をしていると夫婦が知れば流石に心配される。怪訝そうな顔で補助席から覗き込んでくる彼女を心配させるわけにはいかないと一呼吸おいて回答する。


「大丈夫です。もうそろそろ降りますので」


「ん?クレジットまだ見えてないけど?」


「クレセントですよ。アパートの名前。ちょっと歩いてから帰りますのでこの辺で大丈夫です」

 家の近くの道路に気が付けば車は走っていたのを確認し、路上で止めてもらってから車を降りようと車のドアを開ける。


「あ、そうだ。ほい」


「ん?」

 降りようとする目也に信明が運転席から腕を伸ばす。その手には二枚、一万円札が握られていた。


「え、あの……これ」


「聞いたぜ。最近転職活動してるって。応援しようと思ってな」


 目也は目を開き固まったが、信明のにこりと笑いながら差し出されたそれを断れる気はその場の空気的にも、彼の経済的にもできなかった。


「えと……ありがとうございます!」


「おう、持ってけ」


 元気よく挨拶をしてそのお金を受け取る。


「あ、そうそう。何かあったら連絡頂戴。困ってたら助けに行くからね」


「助かります。じゃあ……行ってきます!」


 夫婦に挨拶をし、去っていく車に手を振って見送る。財布にそのお金をしまい込み、自宅までの道を歩き始めようとする。


「あの人たち誰?嫌いな人?」


 いきなり目也の隣に神様が姿を現す。


「……いきなり出るのって心臓に悪いんですね。それに嫌いな人だったらお金受け取れるとは思いませんが」


「驚かせちゃった?ごめんごめん」


 神様は今日もトランクケースを引っ張っていた。


「嫌いではないですね。むしろ尊敬できるというか……」


「へえ。どんな人?」


「昔、俺達があの人に家に遊びに来たときは色々と遊んでくれたんです。当時流行していたゲーム機をクリスマスプレゼントで受け取ったり、知らない遊園地に連れて行ってくれたり。後は美味しいご飯とか作ってくれたりしてくれて……」


「へえ、随分可愛がってもらえたじゃない。で、それが尊敬の理由?」


 悪そうな笑みを浮かべて神様が問いただそうとする。目也は苦笑いしながら返す。


「本当ですよ。だってあの人達は……何というか可哀想で」


「可哀想?何で?」


 彼は沈んだ顔で話の続きをする。


「……あの二人には一人の娘がいたんです。確か自分が生まれる前に病気で亡くなったと聞いてますが」


「それはお気の毒に」


 目也は湯島夫妻の過去を沈んだ表情で語りだす。

 昔、目也がまだ生まれてすらいなかった頃。湯島夫婦は子供も一人授かった。しかし、その子は常にたくさんの機械と薬に囲まれていなければ生活ができないほどの病弱な子供だったと目也は夫婦に聞かされた。懸命な闘病生活の果て、とうとう娘は息を引き取った。まだ六歳だった。

 そして悲劇はもう一つ起こる。娘が亡くなった後、そのショックなのか湯島ひかりは病気を患って子供が産めなくなった。暫く彼女は泣いてばかりで信明は妻に寄り添ってあげた。


「で、叔母さんはしばらくして主婦から弁護士になったんです」


「え?どうして?」


「……娘さんの夢だったそうです。ずっと病院にこもっていた娘がテレビの中で見ていたドラマに影響されたのか」


「渋いわね。ああ、『弁護士のリリカ』かしら?大分前に話題になってた人気ドラマの」


「多分それかと。娘さんからすれば弁護士がヒーローに見えたんでしょう。大人ですし。弱い人の立場のために戦いたいって言ってました。何より主人公の女性と凜々花って名前が同じでしたし」


「なるほどねー……せめて自分に出来ることがないか探してたってことかな。娘さんに対して」


 しんみりとする神様の顔。帰路の中、目也は当時の彼らの自分達への対応について振り返る。


「多くの理不尽に苛(さいな)まれながらも、それでも俺達が来たときは笑みを浮かべてくれたんです。自分達が娘に、凜々花姉さんから見れば立派な両親だってことを天国から見てもらえるようにって。夫婦そろって折れない心どころか人間として素晴らしい精神の持ち主だと思ってるんです」


「親としては凄いわねー……人間としても素晴らしいわ」


 癒島夫妻の過去を聞いた神様は夫婦を素晴らしい人達だと評価をする。


「魔人になった今でもあの人達は幸せになってほしいと思ってます。尊敬の念も消えてません」


 納得したのか神様は首を縦に振った。

 目也がふと神様から前に視線を向けると家が見えてきた。そして彼は神様が自分に用があったのではと思い返す。


「あ、そういえばDVDプレイヤーがどうとかって言ってましたよね?」


「そうそう。映画が見たくてね」


 神様はトランクケースの中にあったDVDの入ったケースを取り出して目也に見せる。


「銀をなくしたもの……?」


「ちょっと見たくなったのよ。でも私、再生マシンっての?そういうの持ってなくて」


「そういうことでしたか」


 目也は納得すると家に背を向けて歩き出した。


「え?家はあっちじゃないの?」


「ポップコーン買ってきます。映画には必要でしょう?」


「……なにそのこだわり」


「え?」


 その顔に笑みを見せる目也の回答に困惑するメセキ神。かっこつけて言ったように聞こえたのか、直後に彼女は笑いだす。その笑いに目也は首を傾げざるを得なかった。


「あの、なんか変なこと言いました?僕」


「まあ……フフッ。いいわ、早く帰ってきてね」


「はい。あ、先に家に上がっていただいても大丈夫ですよ?」


「ええ、そうするわ」


 走って行く目也を見送っていく神様。手に取ったDVDケースを眺めて彼女は目也について思い返す。


「彼は……まあ居場所もあるし『こう』はならないかしらね」

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