#12-2 第一の報復

「よお、元気?」


「……あれ?」


 目也が体を起こすとそこは以前に見覚えのあった場所だった。誰もかれもの存在感がない教室にいた。そして彼の前に椅子の背もたれを前にしてこちらに座っている誰かがいる。顔は目也と同じで全身にやけど痕のある存在は不敵に笑いながら目也を見ていた。目也は彼に語り掛けようとする。


「えっと……名前は?」


「ああ、そうだな。『嫉妬側』でどうだ?お前の嫉妬の感情から生まれて生きている存在だしイカスだろ?」


「……お気に召すままにどうぞ」


 嫉妬側はそう言って笑いだす。


「ところで俺は何でこんなところにいるんでしょうか?」


「ああ、お前負けたからな。コテンパンにされてな」


「え?まさか俺死んだ!?」


「落ち着け、生きてるよ。向こうで気を失ってるだけだ」


 その言葉に胸をなでおろす目也だったが、それに対して嫉妬側は不満そうに語りだす。


「でもな、あれはねえよな……あの負け方は」


「どういう意味だ?」


 嫉妬側はため息を吐きだすとその後卓明が言っていたことについて語りだす。


――俺に八つ当たりしている場合じゃないだろ!昔のあんたは諦めずにずっと大学に真面目に行って仲間とキャンパスライフ過ごしてたじゃないか?あんたが出来なくて悔しがってた浪人も俺だけが出来てもさ、悔しがることもなくわき目も降らずにがんばってたじゃないか。その時のあんたは何処に行ったんだよ!?


「って胸張って語ってたぜ。弟さん」


「……そうか」


「人間ってのは追い詰められると何しでかすかわかんねえもんだ。例えその魔人の力とやらを宿してもそれを越えてくるケースなんざあり得るのさ」


「完全に油断してたよ……アイツ鍛えてやがったみてえだ」


「……おまけによ、アイツ財布からお金取りだしてお前のジャケットにねじ込んでたぜ」


「何?」


「朝っぱらからバスかなんか出てんだろ寡金山ってのは。頭冷えたらそれ使って帰れって言ってたぜ」


「……あの野郎」


 目也が機嫌を悪くすると嫉妬側は勢いよく机を拳で叩く。


「言われっぱなしだな……ホントによ」


「そうだな」


「確認するぞ。アイツはどうする?」


「……炙り焼きにしてその灰はお天道様に向こうに飛ばしてやる」


「そうだぜ。忘れんなよ?当初の目的を果たしてやれ。一番の目的の居場所を守るってのも忘れんなよ?」


 食い気味に嫉妬側が勢いを取り戻した目也に話す。彼は目也のその様を見てニヤリと笑う。


「ああ!あの家を我が物顔で奪う奴らにクソ引っ掛けてやらあ!」


 怒鳴り散らす彼の紫の眼光が勢いを取り戻したその時、目也の意識にめまいが生じた。


「う…!?」


「ああ、向こうに戻るぞ次はしくじんなよ?」


「…わかってるさ。派手な丸焼きかましてでキゲンを直してくるさ」


「おう。それと――」






「何だったんだ結局……」

 一方血を流した頭を抱えつつ、悶着のあったプレハブ小屋を後にして車に向かう卓明。今日の所は車中泊は諦めて家に帰ることにした。

 目也の上着のポケットにはお金を入れておいた。元々は母から何かあった時の予備費用として渡された物だったが今の彼には不要だった。


(そういや……救急箱積んどいたままだよな確か)


 足取りは少しふらついたままだったが今に倒れる気配はなくそのまま道なりに歩いて車に向かう。


「つまんねえことしやがってあのバカ兄貴……」


 兄弟げんかを勝ってきたものの、彼は苛立っていた。まさかケンカにハンマーを使うとは思ってはおらず、いまだに過去のことであーだこーだ言い出す兄に呆れていた。


「ていうかアイツどうやって車に乗り込みやがった?なんか目も色がヤバいことになっていたし……」


 疑問もつかの間、彼は駐車場付近にたどり着いた。辺りには彼が乗っていた車以外なかった。


「てか何で今日、人がいないんだ……?」


 そう思った瞬間だった。ポツリポツリと音がなりだす。


「ああ……今夜雨か。途中で誰か忠告してくれても良かったのに……」


 山の雨は結構怖いと聞いたことがある。そして案の定、音はさらに強くなっていた。


「……あれ?」


 車の近くまで来ていた彼は違和感を感じた。


 彼は傘を差してはいなかった。そしてその正体に気づく。


「俺、濡れていない?」


 雨の中、自分が濡れていない事実に気づいた。この雨ならもうずぶ濡れのはず。だが彼の体には雨は通り抜けていた。


「なに……これ……」


 困惑する彼だったが、手についた血の跡を見て車の中に入ろうとジャケットのポケットにしまったキーを取り出して付いていたボタンを押す。だが押しても反応はなかった。何度押しても。


「嘘だろ?こんな時に故障って……」


 渋々キーを回そうとしたその時だった。彼は車の反対側に誰かがいることに気づいた。


「……あの」


 ぽつりとしか声を出せなかった。何処か寒気がして声がうまく出なかった。


「そこに……誰かいます?」


 誰かがいる。だけど兄さんじゃない誰かがいる。得体の知れない気配を纏って。

 冷や汗を流しながら、そっと反対側に回り込む。


「誰かそこにいるんで――」






「あークソッ」


 目也は目を覚ますと彼の眼にはプレハブの天井が写る。その天井から雫が目也の傍に零れ落ちる。雫と言い天井を叩きつけるような音といい、どうやら外は大雨らしい。

 彼はそのその天井を隠すように顔を手で覆う。


「エリエン・ティレ……」


 彼が呟くようにその呪文を唱えると、その手から紫の炎を吐き出させる。顔を覆った炎は彼が付けられた傷を燃やしていき、やがてその傷跡たちは無くなっていた。それが終わると彼は嫉妬側が言っていたことを思い出すと上着のポケットを漁る。


「うわ、まじかよ」


 一万円札が出てきた。卓明が目也のポケットに入れてたらしい。


「これ使って帰れってか?つかどっから出てきたこの金」


 起き上がって辺りを見渡す。辺りにはもう卓明の姿はなかった。そして自分の瞳が紫色であるのを確認すると大きく息を吐きだした。


に引きずり込んでるんだ。そう簡単には――」


 その時だった。大きく足音が響き、こちらに向かっているのが聞こえた。


「ん?何だ一体?」


 小屋の外に出ると誰かが走ってきているのが見えた。暗かったがすぐにそれが誰かわかった。


「ジョギングか?精が出るなあ、オイ!」


 額から大量の汗を流し、息を切らす卓明が目也の前に現れる。その目は真剣に目也を見ていた。


「化け物だ!化け物が出やがったんだよ!」


「……はぁ?」


 化け物が出た。卓明の口から出たその言葉に彼は呆れる。そして今度は大笑いした。


「ほんとだよ!むこうにイナゴみてえな――」


「ああ、わかった」


「……何か知って――」


「ああ、そうだな。お前、さっき小屋にいた時によ、何か変な感じしなかったか?」


「変な……感じ?」


 卓明はあのプレハブ小屋に入ってからの出来事を思い返す。すると―


「何かに包まれていた……?」


「おう、正解だ」


 その時目也は右手から青い炎を吹き起こす。


「こちら側に招待したのさ。誰にも見えずに連絡出来ない場所でな、お前に報復しようと考えてるわけよ」


「なんだと!?」


 連絡出来ない。その単語に反応したのか卓明が自分のスマートフォンを慌てて取り出す。予想通り、画面には圏外と表示されていた。


「一体なんなんだよこれ!?こんなの早く終わりにしろよ!」


「おう。そうだな」


 目也は右手に持っていたハンマーを真横に投げ飛ばす。ハンマーは音を立てて道路を滑っていく。


「終わりにしようじゃねえか」


 目也のぎらつく紫の瞳とその怒りをむき出しにした表情と剣幕に後ずさる卓明。


(落ち着け、卓明。こいつを、この馬鹿兄貴を最悪殺すことになっても……!)


 今一度目也に殴りかかろうとしたその時だった。 


(アルゲ・スィーレ)


 瞬間、目也が呪文を脳裏に走らせると右手から卓明の両足に向けて炎が走る。炎は両足にとびかかるようにして食らいつき、そのまま燃焼を始めた。


「うわああああ!?」


「どうだ?炙り焼きにされる気分ってのはよ?俺は全身で味わったがお前は「弟」だから半分にしてやるよ」


「うああアァァァァッ!!!」


 道路の真ん中で彼の脚が燃え始める。彼はバランスを崩し倒れた。その様を目也は嗤いながら見届ける。


「なあ卓明。どんな気分だ今?」


「あ、ああ……脚が。脚があ!」


 上半身はそのままに、彼の脚だけが焦げる。そして何とも言えないが脚が燃えた時に生じたのか異臭が辺りを駆け巡る。


「直してやろうか?ほらよ」


 卓明に冷たい視線を送っていた目也の手から卓明の焦げた両足に向けて紫の炎が伸びていく。同じようにして彼の足を燃やすとその足は紫の炎に焼かれる。苦しみ続けていた卓明だったが、紫の炎が燃え尽きてその脚が治っているのを見ると目を奪われて固まる。


「……なんだよ。これ」


「いいじゃねえか治ったんだし」


「良くねえよ!痛かったんだぞ!」


「ああ、痛かったよなあ?」


 目也の目が大きく開き、紫の瞳がさらにギラギラと光りだした。


「俺もな。全身を焼かれた時があったのさ。それだけじゃねえ。夢を奪われたさ。その痛みは今でも残っているさ。挙句の果てにてめえらは結局俺から居場所を奪うことに熱を出すばかりだった。違うか?」


 目也が地団駄を足裏を地面にたたきつける。


「今のは俺が受けざるを得なかった苦しみなんだよ。あの日、てめえらに居場所を奪われようとしていた俺はな、あの方に出会えたんだ。そしてこの苦しみを受けたんだよ。しかも全身でだ」


「何の話だよ今度は!?お前は一体何を得たんだよ!?」


「……俺はな。心にを宿す羽目になったんだよ。俺の夢を嗤ったお前らのせいでな。どんなに笑おうがソイツが全部ふんだくってくんだよ。そいつは死ぬまで俺の傍で俺の喜びも楽しみも喰らい飲み干していくのさ。ソイツは俺が幸せを掴むのは許せねえって言ってるのさ。わかるか!?」


「わからねえよ!こんなのやめろよ!弟だぞ!」


 泣き叫ぶ卓明の傍らで目也は淡々と返す。


「ああ、そうだな。……!」


 そして彼は笑った。卓明の前で見せた彼の最後の笑顔はとても醜く歪んだ笑みだった。


「アルゲ・スィーレ……!」


 再び目也の手から卓明の周りに炎の輪が取り囲むように回りだす。怯え震える卓明にはそれしかできなかった。直後、炎は卓明の全身を包んで焼き始める。


「うわあああぁぁぁぁ!」


 のたうち回り、泣き叫ぶような声を上げる彼をよそに目也はそれを立ったままその結末までを見届けていた。燃え盛るソレが手を伸ばして助けを求めているその最期は彼の精神に大いに満足させたと同時に安堵をもたらす。


「……やっとか」


 自分が望んていたものを持ち去っていき、自分とは違って両親に支え続けらえれていた緑波卓明はとうとう動かなくなった。死んだのだ。赤い炎は瞬時に消えてその焼け焦げた全身を晒しだした。目也はそれに紫の炎を先ほどと同じようにして灯す。

 やがて卓明の体が元に戻って現れる。


「ハハハハハ!!やった!やったぞ!!」


 一人高笑いをしてその生気もなく閉じた瞳のソレにあざける視線を向ける。


「……じゃあな、クソ野郎。地獄でも今みたいに泣き叫んでるといいさ。俺は残りの人生を笑いながら生きていくからよぉ」


 卓明の遺体を引きずり、その場を後にする。その時の目也の目は未だ紫のままで、口元は吊りあがってただ不気味に笑っていた。

 今、緑波目也の第一の報復はここになされた。

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