#12-1 第一の報復
その日、緑波卓明は寡金山(カガネヤマ)へと車で向かっていった。委員会メンバーの一部でバーベキューを計画しており、そのための下見に来た。大学から車で一時間かかるその場所を目指す途中でパーキングとコンビニにそれぞれ一件ずつよって、食品を買う。山の中で車中泊をしようと思っていたからだ。
彼の車はそのまま山の中にある道路へと入る。途中降りてくる車は駐車場に入るまで一つもなく、カーナビを確認すると現在の時刻は十九時になっていた。暗い寡金山の駐車場に入ると車は卓明の乗っていた白い車以外なく、人もおらず、沈黙と暗闇がただただ広がっていた。
「もう少し早く……これならてか別に土日でもよかったんじゃないか?」
駐車場に車を止めて、運転席から辺りを見渡す。すると駐車場の端に設置された一般的な成人男性の腰ほどの高さフェンスから森を一望できることに気づき、持って来た上着を羽織りながら無造作にものが入った助手席のボックスの中から懐中電灯を取り出して近くまで来て見ようとする。しかしさすがに日の落ちた暗い周囲を懐中電灯一つでは照らせなかった。
「もう少し早く来ていれば、紅葉狩りとかできたのかな?」
脳裏のイメージからその駐車場からはきっと綺麗な紅葉の風景が見えるだろうと思っていた。寡金山はその名前のイメージとは離れており、秋には紅葉が生い茂るのだという。
「あ、そうだ折角だから……」
懐中電灯を手に駐車場から外に出て舗装された山道へ出る。卓明がこの山に来たのは視察だけではなくもう一つ気になる情報を調べている時に掴んでいた。
「えーっとこっちだったかな」
彼はスマートフォンを取り出す。スマートフォンに電波が入るのを確認すると、よしよしと思いながら弄りだす。そして目的地へと道を確認しようとそれを片手に歩きだした。
しばらくして、彼はスマートフォンが示した案内に従って目的地の小屋にたどり着いた。飛び出た屋根の端には内側にある壁に向けて大きく張られた蜘蛛の巣に加え、入り口の引き戸のドアからはきしむような音がしたその年季の入ったプレハブの小屋の中に入っていく。小屋に二階はなく、内部は横に八畳の部屋が三つほど並んでいるほどの長さで部屋の天井からは蛍光灯の光が照らされていた。床はコンクリートで小屋の壁際には卓明が目的としていたズラリと並んだこれまた自販機の群れが並んでいた。勿論自販機には飲み物もあるが食べ物に関してはレトルトカレーに始まり、から揚げ弁当やうどんもある。
「おーこれこれ!」
自販機の群れはどれも珍しいもので、次回のバーベキューでは人数も増えるだろうと思った彼はこの自販機ならば話題にもなるし、万が一食料が足りなくてもここで買えるなと確信する。
「これなら次も盛り上がりそうじゃん!」
ガッツポーズを決めて喜んだ次の瞬間だった。
「あー確かに盛り上がりそうじゃん」
「……え?」
珍しい自販機の群れに目を煌かせていた卓明の耳に突如聞き覚えのある声がした。
この時は聞こえることはありえないはずの声を聞いた。その声に怒りが感じ取れているのを。
「な、何で……兄さんここにいるの?」
卓明の後ろに立っていたのは兄の緑波目也。彼の服装はチャックを占めた黒いダウンジャケットにジーンズを履いている。そしてその瞳は薄く紫の光を放っている。
「な、何でここにいるの?てかその目どうしたの?」
「俺の目が何だって?」
「いやだって兄さんの目が紫に――」
目がどうこう言いだしたその時だった卓明の頭部に強い衝撃が走った。
「がッ……!?」
「目が……何だって?」
何が起こったかわからず卓明はその衝撃によって膝を折って地に伏せた。そして兄の手元には血を垂らした工具用のハンマーが握られていた。
「な……なんで……」
「さっきから言葉詰まりすぎだろ?俺がここにいて何が悪い?」
ピリピリとした雰囲気を纏った目也はもう一度ハンマーを卓明に向けて振り下ろした。鈍い音がそのプレハブに響く。そして辺りに血が飛び散りだす。
「痛い、痛いよ……やめてよ……」
「俺を可哀想と言ったくせに何言ってんだ?」
「そ、それは……ちょっとまってそれなんでしってるの――」
何かに気づいた卓明だったが、彼は勢いよく足を振り上げた目也に蹴飛ばされる。
「いいざまだな。かわいそうな卓明君?」
「ゲホッ……ゲホッ……なんだよ。お前どうしちまったんだよ?」
「何だと思う?」
腹を思いっきり蹴られ、這いつくばる卓明の前で目也の紫の瞳の眼光が鋭く光る。
「集中しなさい、可哀想な卓明君?これからどうなるか考えてみな?炙りやきにするぞ?」
紫の光を目からギラギラさせて脅すように語る目也。卓明は兄のその豹変にただ目を開いて震えていた。
「なあ、俺のこと可哀想って言ったよな?あれどういう意味だ?」
「……言葉のまんまだよ。ちょっと都合が悪くなって過去の、それもみみっちい箇所をつついては親に怒鳴るお前を見てそう思ったんだよ。確かに母さんは俺にもお前にも浪人は認めないってきっぱり言ってたよ」
「ああ、そうだな。だが結果は?」
「俺は二浪して……お前はそのままだった」
「そうだな。で、何でお前は浪人出来てんだ?一浪だけでなく二浪も決まった日もお前は何をしたら浪人が出来たんだ?」
「ああ、そうか……兄さんは俺が羨ましかったんだね」
「ああ、そうだな。ずいぶん理解が早いじゃないか」
淡々と返す目也は突如ニヤリと笑いだす。二人の距離は目也の足元に卓明がいるほどに縮んでいた。
「ところでさっき懐中電灯の入ってたボックスの中にあったゴムも浅島ちゃんで使ったのか?」
「……お前には関係ない」
「そう怒るなよ。プライベート踏み漁ったのは悪かったって――」
怒張を含めつつも静かに答える卓明。
そんな彼をゲラゲラと下品な笑い声をあげる。
(今だ!)
卓明が上着のポケットから何かを放り投げたその時、目也の前でその何かが群れを成したかのように舞い上がった。
「なっ……!?」
無数に見えたのはレシートの群れ。卓明がそれまでに集めていたレシートだった。それに気を取られた直後だった。
(しまっ――)
それらを吹き飛ばすかのように目也の顔目掛けて拳が飛んできた。
「グハ!?」
それをまともに喰らった目也は後ろに倒れた。そして卓明はゆっくりと立ち上がる。
「ああ、そうだよ……」
そこに卓明が乗りかかると、素手で目也の顔を何度も殴りだした。
素手が目也の鼻を思い切って砕く。多量の鼻血が噴き出て目也の顔に溢れて汚す。
「確かにそうだよ!俺は可哀想でお前は優秀だよ!」
「テメェ、何しやがる!」
「ハンマーで殴ってきたお前が言えた事か!?アァ!?」
怒り狂う卓明の猛攻に目也はどうにか反撃しようとする。しかしその猛攻に太刀打ちできず、そのまま地面に仰向けになって倒れたままだった。
「テメェ、この野郎……!」
「……確かにお前の言う通り俺は頭が悪くて可哀想な方だったよ。そのせいで母さんは俺が浪人せざるを得ない状況になった時は目いっぱい怒られたさ。お前は知らないかもしれないけど、二浪が決まった時はさらにひどく怒られたよ」
息を遅く吐き出す以外に何もしてこなくなった目也から降り、卓明はプレハブ内に散らばったレシートを回収する。
「浪人できるのはおかしいってのは一浪の時から感づいてたよ。二浪の後に今の大学に受かってしばらくしてさ、母さんに思い切って聞いたよ。なんで俺だけは浪人を許してくれたのって。なんて言ったと思う?」
「……てめえらの老後の為だろ?そうでなきゃつじつまが合わねえ」
「違う。そんなことじゃない。お前は負けたままでいいのかって。兄さんと同じ場所に向かってみたくないのかって。それにいずれは俺にも好きな人が出来て結婚をするさ。そうなれば子供もできる。でも学なしでいい会社にでも入ってないと今の社会、それらは通らないんだよ!」
その発言に目也は何も言い返さなかった。意識がないわけではない。単に呆れただけだ。彼はずっとプレハブの天井を倒れたまま見上げていた。一方、卓明はレシートの群れをかき集め終えていた。
「このレシートの群れはさ。俺が大学入ってから買ったものとかが記載されてるんだ。全部父さんや母さんからもらったお金で買ったものだよ。毎日欠かさずに集めてんだ。今はこれだけしかないけどだから家にはもっとあるよ。いつかバイトして返すために」
「……知らねえよそんなの」
彼はそのレシートの群れを目也に見せつける。そんな生真面目な一面に対し、目也が起き上がり今度こそと卓明に向けて反撃しようとするが今度は目也が卓明に蹴りを浴びせられる。
「ぐぅ……!?」
「なあ兄さん。いつまで燻っているんだ?そんな醜いことしてんだ?俺に八つ当たりしている場合じゃないだろ?昔のあんたは諦めずにずっと大学で真面目に――」
説教をしようとする卓明の前で目也の意識は途切れた。彼の紫の眼光はゆっくりと弱まり、消えた。
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