#10 "roastman" with envy

「それ、なかったらどうするの?」


「何がです?」


 まだ正午と言うには早い時間帯。二人は電車に揺られて目的地へと向かっていた。


「スケジュールのメモでしょ?それあるようには見えないんだけどなあ」


「アイツは確か手帳を持ってたと思います。後は普通に聞けばあっさり答えてくれると思いますが、出来れば痕跡とかそういうの残したくないんで。ってああでもそうか!手帳だったら普段から持ち歩いている鞄の中で部屋に置いてるわけないか……」


「……大学に向かった方が良かったんじゃないの?」


 苦笑いしつつ神様がアドバイスをするが目也はその姿勢を崩さずにいた。


「そうですね。でももう一つ確認したいことがあるんです。どっちかと言えばそっちの方が目的ともいえますし」


「そう。だったらいいけど。で、もし弟のスケジュールがどうやっても確認できなかったら?」


「その場合は適当タイミングを見計らって叩きのめしますよ。ダメだったら最悪事故死は諦めますが」


「……事故死に見せる理由って?」


 神様は目也が事故死に見せることにこだわりを持つ点が気になったので質問をすると、目也は待ってましたと言わんばかりに楽しそうに答える。


「それはですね、もし『誰かに殺された』って事だとあの二人は殺したであろうソイツに向けての憎悪を燃やして死ぬまで生きていくでしょう。でもこれが事故死という誰も悪くない死に方だったら?」


「……ああ!そういうことね!ってそれえぐいわねホント」


 事故死。言うなれば『誰のせいでもない死に方』。それならば怒りの矛先を誰にもぶつけることなく、その悲しみを腹の底に溜めたままで最期を迎えさせられる。緑波目也はそう考えていた。


「俺や他の人にこの力を与えたあなたがえぐいなんて言えますか?」


「ああ、確かにそうね」


「……自覚なかったんですか?」


「神様だからね。私」


 神様の無邪気なその回答に目也は思わず笑ってしまう。揺れる電車の中で二人はそのまま目也の実家まで雑談をして時間を潰していた。

 それからは目的の駅を降りて実家のある場所までを歩きで向かう。


「で、それからはどうするの?計画とやらは」


「うーん……どっちからにしますかね。掛かっている額が大きい方が良いですけど」


「額?」


「何でもないです。こっちの話。それに事故死に見せるトリックっての思いつこうにも思いつきませんね。家の中に即死トラップとかないわけですし」


「即死トラップのある家って何?」


「なんでしょうね、ホント」


 笑っているうちに家の前についた。

 緑波目也の実家は一軒家の家で二階建て。周囲に家はなく孤立したように建った家にの隣には車を入れる駐車場と庭がある位の寂しい家。それでも目也は此処で生まれてから一人暮らしをするまでずっと過ごしてきた。最後にここに戻った時は職を自分から捨てた時。あの時は両親に辞める前に言えと怒鳴られた思い出。そしてここには自分の家を乗っ取ろうとするクソッタレが住んでいる。その過去を思い出しすと今の目也の瞳にはこの家は『嫌いな奴らの棲み家』として映っていた。


「確か通り抜けられるんでしたっけ?」


「ああ、そうだね」


 目也は一呼吸おいて呪文を唱えた。


「イァーツォ・ルースァ」

 直後、彼の全身に海のように青い炎が下から上へとらせん状に駆け巡る。炎に熱はなく、ただ彼を焼き尽くしていく。熱はなくとも代わりにその炎はある「物」を焼いていた。


「存在を焼き喰らう青の炎、イァーツォ・ルースァですか……」


「便利でしょ?コレ」


「ええ。でもどうしてなんです?」


「何が?」


「三つあるじゃないですか。嫉妬の魔人が使う炎って。何で赤、青、紫で三つもあるのかなって」


「それは醜真の詩を振り返るとわかるわよ」


「ああ、そうですか。……ってどんな詩でしたっけ?」


「忘れちゃった?」


「えっと……あ、先にこっちの用済ませてからでいいですか?」


「全然いいわよ」


 すみませんほんとと目也は謝りつつ、家のドアを貫くようにその体は入り込む。

 家の中はあの日から特に変わってはいなかった。薄暗い家の玄関は靴達が綺麗に並んではいたがその数は少なく、更には目也は現在誰もいないということを廊下の奥で明かりが一つもついていないことを見て察知する。好都合だと言って家の中に土足で入り込むと目的の品がしまわれているであろうチェストが置かれたリビングへと向かう。リビングには誰もおらず、その中にあった家電の置かれた木製のチェストを開くと中には縦向きに並んだファイルがしまわれていた。その中を一つ一つを目也は目を凝らしてチェックしていく。


「えーっと……どれかな」


 目也がまだここに住んでいた時、母が保険に関する書類を記載してこのチェストにしまい込んでいた記憶があった。その記憶を頼りに今彼は調べている。自分以外の家族三人が保険に入っているかを。


「しかしまあさっきの考えといい、保険金目当ての殺人といい、随分物騒な考えしてるね貴方」


「理の良い考えと言ってくださいよ」


 不敵に笑いながら紫の瞳をぎらつかせて神様が言ったことに反応する。やがてお目当ての書類を見つけると彼はそれに目をじっくりを通した。


「ああ、三人とも入ってるみたいですね。これなら大丈夫そうだ」


「本当に?」


「本当に。……ん?」


 突如玄関のドアが開く音がした。目也はファイルを戻した直後で良かったとほっとしつつ誰だろうとじっとしているとリビングに誰かが姿を現す。母の緑波弘美だった。その手には近くのスーパーで買っただろう食料品が詰められていた。


「あれ?もしや今日パート休みだったか……だとしたら危なかったな」


 弘美は袋を部屋の中央に置かれた食卓の上の隅っこ辺りに置くと中身を慣れた手つきで中身の一部を冷蔵庫に移し替えていく。そして息を機嫌悪く吐き散らす。すると今度は棚の上に置かれた家用電話機が大きく鳴り出した。母がそれに気づくと電話を取ろうと丁度目也が立っている箇所を通り越して電話を取ろうとする。その時彼女の体は目也の体を何もなかったかのように通り抜けていく。そのまま彼女は家電の受話器を取って電話に出る。


「……マジで幽霊になった感じですよ」


「解除するときはまた呪文を唱えれば大丈夫よ」


「はい」


 幽霊になったとわくわくしている目也を見て嬉しそうに能力の解除方法についておさらいをしだす。


「ええ……ちょっと待ってて」


 母の弘美は先ほど目也が開いたチェストを開くと中から赤いファイルを取り出してページをパラパラとめくりだす。そしてそのページが先ほど目也がじっくり見ていたものだと目也が気づく。


「保険でしょ?それは大丈夫だから」


「何の話をしてんだろう……?」


「どうせもうすぐ目也も帰ってくるし。外を卓明に任せればいいじゃない。目也だって自分の生活費だけならこっちで働かせればいいじゃない。家賃だって実家ならかからないんだから」


「え?」


 電話の内容から目也は電話の相手が父だと理解した。それは早合点というものかもしれないが。そして二人が話していたのは自分達の老後。恐らくは定年を迎えた後の事らしい。


「目也はダメよ。性格がどこかでひん曲がっててとてもじゃないけど都会とかで働けるタイプじゃないわね。前の職場で何が起こったかってのは多分コミュニケーション関係よ。そうとしか思えないわ、高校時代も自分の夢だのなんだの知らないけど先生に迷惑かけて。きっと上司に逆らったか何かよ。自分が見えていないから自分が職場で迷惑かけてるってのもわからないのよ。何かあったら遅いからこっちで、出来るだけ近くにいさせた方が良いわよ」


「あれは球磨崎が一方的にやったんだよ!」


 届くことのない怒鳴り声が部屋に響く。弘美は怒りだす目也に気づくことなくさらに話を続けた。


「耐える力もないし、それに私たちに何かあった時に駆けつけやすくするためにこっちにいさせるべきなのよ!卓明の方はコミュニケーション能力に秀でているから外で働かせた方が良いってあなたも私も言ってたでしょ?外を卓明に。内には目也がいれば老後は安泰すると思うし」


「……なに?」


 目也の表情から怒りが消えた。彼は弘美が何を言っているのかわからなかった。

 神様に視線を移すと神様はまるで何かマジックを見せられたかのようにその顔は目を見開いて固まったままだった。目也の視線に気が付くとはっと我に返って彼に言葉を掛けようとするが瞳を閉じて深呼吸をし出した。


「これは……自分たちの老後の為に君をここに呼び寄せようとしてるんじゃない?」


「……そんな」


 神様はじっと固まったままの目也をどうにかして慰めようとするが言葉が詰まったままだった。

 その後は何を話していたのかを目也は覚えていなかった。ただ茫然と立っているだけであった。

 しばらくして母が電話を切ってその場を後にすると、神様は目也に声を掛ける。その表情をかんがみて出来るだけ優しさを込めて。


「あの、大丈夫?」


「あいつらなんて言ってました?正直後半聞こえてなくて」


「えっと、確かあなたの血糖値が高いとか家の模様替えがどうとかって言ってたわよ?」


「……ハハハ」


「あの?もしもし?」


「大丈夫ですよ神様、俺は。あいつらにダメージを与えられる確信が持てたから」


 『大丈夫ですよ神様、俺は。』という返しに不安を覚えたが神様は胸をなでおろす。


「血糖値が高いってのは?」


「父が最近腹が出始めてるのが関係してるのか知らんのですけど、万が一病気か何かで倒れたら怖いって事でしょう。後は年を食った後の事でも考えて家に一人誰かを……面倒を見てもらいたいって事でしょ」


「家の見張りか小間使いが欲しいって事……かしら?」


「そうでしょうねきっと」


 目也は震えた手で拳を作りながら神様の意見に答える。


「そんなことの為に俺から居場所を奪おうって腹だったとはなあ……笑っちまうなぁ」


 目也は一人暮らしの自分を追い出す理由が今一つ掴めずにいたがその理由がはっきりとした。わからずにいたその理由もあまりにも小さな理由だったと思い返すと彼は笑うしかなかった。


「老後?できる弟?俺が出来損ない?ふざけんなよクソが!!」


 緑波目也の将来と居場所を両親は自分達の安寧の為に奪おうとしているその事実は彼の腹の底で溜まっていた怒りを吹き起こさせる。歯ぎしりをたてて家の床を思いきり何度も蹴りだしたが収まる気配のない怒りを彼自身感じ取るが結局彼が早く復讐をした方が良いと結論付けるまでその怒りは収まらなかった。






「ああクソ本当信じらんねえ!」


「まったくね。まさかそんな理由だったと思わなかったわ」


「ほんとですよ全く。お目当てのものもなかったし散々だ……」


 日の落ちてきた頃、最寄りの駅を降りて目也の家まで歩いて帰れるその道でいら立ちを隠せない目也は神様と一緒に家に戻ろうとしていた。


「明日アイツについていけば……ってあーもう」


「明日平日だし多分学校行くんじゃない?」


「学校……あ、そうか!明日って確か――」


 何かを思い出すと目也はスマートフォンからアプリケーションを起動した。それからは指で何度かスマートフォンをつつくと今度は指を下から上になぞり続ける。


「この日なら……!」


「何かあったの?」


「これですよ」


 目也は神様にその画面を見せた。それを見た後、目也の意見を聞いた神様はなるほどと首を縦に振った。


「それなら確かに君の思惑通りになるかもね」


「でしょ?ここならよく知ってるので…」


「よかったじゃない願いが叶いそうで。じゃあ私は帰るからね」


「ええ。それじゃあ」


「あ、そうだわ……」


「ん?何です?」


「いや……ごめんなんでもない。ちょっと確認しとくわね」


「……?わかりました」


 何かを言おうとしていた神様だったがそれをいうことを少し考えてやめることにした。そんなことも気にせずに有頂天になって笑う目也はそのまま走って家に帰っていく。その姿を神様は見送っていった。


(同情をしてあげると中々面白く反応するのね。それにしても――)


 神様は彼の変容ぶりに最初は困惑していたが次第に彼という人間がどういったものかを理解していった。そんな彼を見て神様は家のあった方角を見て不敵に笑い、言葉を放つ。


「本当に可哀そうな子ね」

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