#6 決意
「こりゃ美味いなホント……」
自室にて何時ぞやに神様から頂いたカステラを頬張りながら緑波目也は昼を迎えていた。
二人前あったであろうその中身はあっという間に消える。
熱い緑茶を飲みつつ、テーブルの上にあったカステラの容器を眺める。見た感じはどこかの高級店で買ったものだと思われるがそれがどこにあるのかは知らない目也はその容器の包装に記載された記事を手に取って眺めていた。
「えーっとこれは……あ、意外と近いな」
記載された場所は家から一時間半という所にあった。目也の記憶だとその場所には確か美味しい中華料理店があり、またスーパー銭湯などもある。移動の時間の大半は電車で向かうので日帰り旅行としては悪くないかなと思った。
「仕事見つけたら行ってみるか」
そう。仕事を見つけられたらの話である。
仕事が見つからない。そのことを思い出すと苦笑いが自然と出てきた。
「ああでも……無理かな?ハハハ」
それは自分を笑うようだった。
手に取ったカステラの容器を置く。外はまだ明るく時計を見ると正午を過ぎていた。
瞳を閉じて目也はあの神様が来た日の事を思い出していた。自分の嫉妬に気づいたから来たと。自分の過去話に共に悲しんでくれたことを。おぞましい手段だったけど救いの手を差し伸べてくれたことを。
自分に力を授けようとしていた神様のその内心は何となくでは理解していたものの、流石に精神力といい、そこまでして自分の人生を成し遂げようというほどではなかった。努力不足をずるをしてまでカバーする気は全くなかったのだ。
「夢の為に誰かに暴力を振るうなんて間違っているし、寧ろ狂っているだろ」
「狂っていない。寧ろ狂っているのは奴らだ」
「っ!?」
声がした。それは自分の目の前にいた。
黒いもやのかかったそれは人の形をしており、ただ茫然と立って目也を見ていた。
――こいつ、どこかで会ったような……?
「言いたいことはなんだ?はっきり言ってくれ」
「俺はお前に最も近くいた存在だ。だから断言する。お前は惨めに死ぬだろう。他人の、卓也やあの両親の糧にされながらな」
「糧?」
「そうだ。少なくともこの『居場所』は奪われるだろうな。そしてお前が嫌っているあの場所で死を迎えるのさ」
勝手に決めんな。そう言いたい目也だったが反論はできず、むしろそれが現実味を帯びていると近くすると途端に全身に寒気が走り、体が震え出した。
「被害妄想じゃないのか……?」
「そうだ。お前に残された手段はただ一つ。武器を持って奴らを粛清しろ。誰かの糧にされるくらいなら殺してしまえ」
「殺して何になる。俺はその後どうすればいい!?」
「その後は――」
「……あれ?」
目を開く。ベッドの上で。
どうやらあの後に眠りについたらしく時刻は正午に差し掛かっていた。
「終わったらまた探さないと――」
――何を探す?仕事を探すのか?間に合わないのかもしれないのに。
脳裏に浮かんだ考えを振り払い、彼は体を起こす。その時、電子音が鳴り響いた。メールの着信音だった。
「今度はなんだよ……」
嫌々とメールを確認するとそれは父からだった。
「父さんから?珍しいな……」
恐らくは休憩時間だから送られてきたのだろうと目也は推測する。
「まさか父さんの会社で務めないかとかってやつか……?」
家族経営じゃあるまいしと思いつつメールの文章を確認したとき、目也はその内容に愕然とした。
「なんだよ……これ……」
三人の来訪からしばらくして父親からメールが来た。
――仕事は見つかった?実家に戻ったら手伝うからまずはアルバイト探しをしよう。それから母さんと話をしたんだけど当分はそこに住む予定の卓也が払うであろう家賃を目也に立て替えてもらうことにしたよ。父さんたちも定年が近いからもしもに備えて貯金を作らないといけないからね。もし卓也に出来そうなアルバイトがあったら――
「ふっざけんなクソがぁ!!」
改行もなく並んだその文字列は目也に卓也と両親の為の養分になれという指示をしているも同然だった。少なくとも目也にはそう見えた。勢いよくスマートフォンを地面に叩きつけようとスマートフォンを持った腕を止める。息は荒く、興奮を抑えようと一度深呼吸をする。
定年が近く貯金を増やそうとする両親の為に。弟の将来の為に。前者はまだ目也が住んでいる場所の家賃を立て替えているからわかるが弟の為に働けというのは理解に苦しんだ。
「……アイツの言う通りになりそうだな」
度々出てきたあのアイツこと黒い影の存在。あれは自分自身の心か出た「自分に警鐘を鳴らす何か」だろうと目也は推測している。その時は自分が嫌いな家族の為に人生を使う可能性があるなんてと大げさに思っていたが本当にこうなるとは思ってはいなかった。
「反論しても多分卓也がバイト見つけるまでって言いそうだよな。で、問題は――」
卓也はアルバイトをしてくれるにしろこの場所の家賃六万円を稼げるだろうか?
何割かは負担させられそうだと邪推しているとまたメールが来た。
――立て替えの件だけど目也が四万で卓也が二万ってことになってる。最初の頃は全額目也が立て替えてもらう予定で、卓也はまだアルバイトを見つけてないし、大学生で今大事な時期だから
「何が大事な時期だ。アイツが何かしてたか?」
スマートフォンを持っていた手に力が入り思わず握りつぶしそうになる。
目也が知っていることと言えば、卓也が大学でサークルを取りまとめる委員会に入っていると聞かされていた。そこで高い役職か何かについているらしくそっちが忙しいと聞いていた。だけどそうした役職につきつつアルバイトを経験している知人を持つ目也にとってそれは言い訳にすらならなかった。
「……ざけんじゃねえよ」
壊しそうなスマートフォンをそっとベッドに置き、苛立った手でカステラのパッケージを捨てようとするとパッケージがこつんと紙袋に当たりその勢いで紙袋が倒れ、テーブルから真っ逆さまに落ちた。
その時、中身からはらりと何かが零れ落ちた。
「あ?何だこりゃ?」
こぼれ落ちたそれは折りたたまれた白い紙。長方形になっていた紙を広げるとそこには携帯電話の番号と思われる三桁からスタートする電話番号が記載されていた。
「……なんだこれ?」
ふと神様との会話を電気が走ったように思い出す。
――あ、そうだ。メールアドレス交換する?たまにで良ければ相談乗るわよ?
「……もしかして。これメールアドレスじゃないけど相談乗ってくれるか?」
躊躇いはなかった。自分の人生を食い荒らされる状況になりつつある状況を打破しようと目也は電話番号をスマートフォンに入力した。電話は直ぐにつながった。
「もしもし?」
聞いたことのある声。嫉妬の神ことメト・メセキだと理解できた時目也の第一声は――
「あの、儀式って何をするんですか?」
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