#5 カフェと絵描き

「確か、数えて四人目だったかしら」


「え?何がですか?」


 ある日の午前。朝と言うには遅い午前十時。

 緑波目也が住んでいる県とは違う県のカフェにてメセキ神と男が話をしていた。二人の中央にはテーブルがあり神様側には一個の白いチルドカップ。男には黒いチルドカップと三個のワッフルが入ったお皿が置かれていた。

 男は濃い青のジャケットにグレーのジーンズを履いていた。そのジーンズには所々に赤やら青やら絵の具の後が付いていた。一方メセキ神は相変わらずゴシックロリータの衣装を着こなしていた。店内の女性や男性から度々視線が飛んでくるが彼女は全く気にしていなかった。


「貴方の後に出会った人間の数よ。まあ人を殺したりしてまで未来を掴もうとする人間なんてそうそういないわね」


「その四人目はどうでした?前の三人みたく自殺とかはしなさそうですか?」


「どうかしら。後三人全員が自殺はしてないわよ?三人目だけはどうにかして自力で危機的状況を脱したみたいだけど」


「結局、嫉妬の気配ついでに苦しみが届くってのはどういう事なんです?」


「あれはね、嫉妬をしていてそのついでで死にそうな雰囲気が出ている人間を探っているのさ。死に際なら私の儀式を受け入れてくれるだろうと思ってたんだけどね。でもそうした人間に限ってかプライドが異常に高いのよ」


 一息おいて神様は口を開いた。


「人として未熟というのかしら……大人になってもある種の通過点を過ぎても自分はまだできるとか、自分はこういう存在じゃないとか。いるでしょ?そういう人って。プライドが高いというか……あの子もその一人ね。周囲の環境と選択に膝を折られ、今も自分の可能性を信じている。今まで私が見た感じだとね、そういう人って私の力を引き継ぐことが出来る。というかしやすいのかしら」


「……ああ、俺もプライド高い人間って事なんですかね」


「言われてみればそうかもしれないわね」


 肩を落としつつ口にワッフルを不機嫌そうに食べる男に違う違うと苦笑いしつつ声を掛ける神様。


「でもそんなことないわよ。君と彼らの違いは彼らの方のプライドが高いってところね。人殺しに手を伸ばそうとしなかったし」


「いやいや神様、普通はそうですよ。そこまでして何になるっていうのって」


 手元のチルドカップを飲みつつ、男はワッフルを頬張る。


「で、二人は確か自殺かなんかでしたっけ?」


「……ええ。救えなかったわ」


 縮こまって神様が白いチルドカップを悲しそうに見ていた。


「最初に貴方は嫉妬の心を抱いて死にかけがそうでないかを条件にして探って三人にそれぞれコンタクト。で、人生を大きく変える儀式を受けるかどうかを持ち掛けてみたが駄目でしたと。今はそういう流れなんですよね?」


「ええ。懲らしめる体でどうだと聞いてみたこともあったけどねえ。ダメだったわ」


「やっぱアプローチの問題じゃないですか?」


 男はワッフルを二つ平らげるとチルドカップの中身をぐいぐいと飲んでいく。

 この男の名は迂階燈八(ウカイトウヤ)。

 かつて彼は彼なりにも絶望的な状況にあった。そこから神様の提案を受け、状況を覆し、自らの望んだ人生を得た過去を持つ。

 この日迂階は神様の話を聞いていた。内容は首都圏某所に住んでいる(神様が首都圏某所の男性と伝えた)青年Aとの出来事だった。つまりは緑波目也と神様が最初に出会ったあの日である。


「で、彼はこっちに来そうなんですか?」


「まだわからないね。あれからまだ数日しか経ってないし。君の提案が上手くいくかはわからないしさ」


「アレ、実行したんですか?」


「まあね。とはいえそれに乗るほどの事態になるかもわからないし…そもそも入れたかを忘れたんだよね」


「え?」


「……うーん入れたと思うんだけどなあ」


 神様はため息交じりにチルドカップの中身を飲む。

 その時だった。彼女がポケットから振動を感じたのは。


「来たわね、これは」


 神様は苦笑いしつつ折り畳み式の携帯電話を開き、通話を始める。


「私だけど。……うん……そうか。わかった」


「もしかして……」


「うん。そのもしかして。どうやら儀式を受けたいようで」


「そうですか。彼が上手くいくといいんですけどね。……俺が言えた義理じゃないかもしれませんが」


「そうかしら?」


 疑問に思う彼女をよそに灯谷は最後のワッフルを口に運び、残っていたカップの中身を飲み干す迂階を尻目に携帯電話を畳む神様は細々と呟いた。


「私はこれで失礼するわ」


「ええ。お元気で。あ、ゴミは俺が片しときますね」


「助かるわ。それじゃ」


 鞄と傘をそれぞれの手に持ち会釈して神様が立ち去る。その様子を見ていた迂階はBの過去を思い出していた。


「酷い破滅ねえ……俺に来なきゃいいけど」


 太陽は煌いているだけで周囲はにこやかに談笑し、その中にぽつりと迂階はいる。自分にはもうああやって話し合える人間はあの神様しかいないだろうと思いつつゴミをまとめた。

 席を立ち背伸びをしてまとめたゴミを設置されたゴミ箱に向かって入れた。


(そういやあの自称だけど嫉妬の神は何の目的で俺らクズ共にわざわざ力を与える機会を寄越すんだ……?この力だって救いどころか下手すれば使い方次第で世界の天秤を傾けられるぞ……?)

 迂階はただ疑問を浮かべる。


(……まあいっか。世界がどうなろうが俺は俺のやりたいことが出来ればいいし)


 結局答えは出ず迂階はその場を立ち去る。次の作品をどうするか。口元を歪ませながらその考えに思考を移していた。

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