#4 邪魔者はいつもすぐ近くに

「そういえばあの人は何だったんだろう?いや、人か?」


 バイト帰りの道でふと思い出したのはあの神様を名乗る女性だった。


(本当に何だったんだ?見た目はゴスロリの衣装に黒い長髪で背丈は自分の首くらい。胸元に確かアゲハチョウか何かのブローチをつけていた気がする。後は黒い傘を下げていて鞄を持っていたような。ここまで記憶にあるってことは夢じゃないよな。今更だけど)


 メト・メセキに握られた右手を眺めては、駅を降りて駅と家の間にあるコンビニに向かう途中で目也は彼女の存在に疑問を持った。


 帰り道の途中で寄ったコンビニでチキン南蛮弁当と1リットルパックのお茶を買って家に戻るときにふと目也はため息交じりにつぶやく。


「……なんか早くなったな。色々と」


――何時からだろう?全てがあっという間に過ぎ去っていくように感じたのって。少なくとも中学生時代だの幼稚園児時代だのその昔のことではなく


 目也にとって今はただ全てが瞬時に過ぎていくように彼の前から去っていくように見えていた。


「……帰って休もう」


 どこか虚ろ気になりそうになったので気持ちを切り替えようとして家に帰ることだけを考える。目也にとって今はあの小さなアパートの家が数少ない自分にとってくつろげる居場所なのだ。バイト先の倉庫も悪くはないけれど、結局はバイト先。つまりいずれは辞めることは確かなのだ。居場所はいくつもあればいいというわけではないが正社員に復帰してそこが居場所になりえることを目也は転職先を探すときに常に祈っていた。


(とはいえ前の辞めた原因が単に上司のお小言なのがなあ――)


 上司とのそりが合わない。これは単に毎日残業しろだのと無茶を言われて辞めたのやら話は別だが今回の目也の場合は多分そのケースとは多少違っているという自覚はあった。だからこそその点に苦難していた。


「まあ辞めた理由なんてネット上で拾って見繕えばいいか」


 気持ちを切り替えようと深呼吸。そして家の前に着く。


 目也が住んでいる賃貸アパート「クレセント船上」は連帯保証人不要で借りられる割に部屋の中身が綺麗で家賃も一人暮らしの人にしてはリーズナブルに抑えられている物件である。連帯保証人が不要なのは目也にとって最大のメリットであり、『家族の鎖』がない場所だった。もし連帯保証人の家に住んでいたら両親が連帯保証人を辞め、真っ先に実家に戻される可能性があった。そのリスクがないだけで目也は社会人生活が始まった当初はおそらく人生でも一番の時期だったと振り返る。住み初めた当初は味気ない部屋だったが家財にお金をそこそこつぎ込んでそれなりの部屋に仕立て上げた。辛い高校時代の出来事も会社時代の苦労を思い出していてもあの部屋があるから、自分だけの帰れる場所があるから頑張ってこれた。


(家財とかもそこそこ拘ったしなぁ。テーブルと言い作業机と言い)


 現状は両親に家賃を立て替えてもらっている情けない状態だがいずれは正社員に復帰してボーナスなりなんなり貰ってさっさと返して落ち着いた生活を取り戻そうとしている。


「帰って履歴書を書こう。あ、証明写真も近くで撮らないとな」


 就活に対する気合を募らせ、アパート近くに着いた時だった。

 入り口近くを目也の行く手を遮るように白いミニバンの車が止まっていた。道路はまだ人が通れるほどに隙間があったが目也にはそれが遮るように見えていた。


「あれ?この車……」


 その車とナンバーを見た時、脳裏に風景が走る。


――どうよこれ?父さんに頼んで買ってもらったんだ。おかげで学校で色々頼られるようになったよ。荷物運びとかだけどね(笑)


 目也の弟、緑波卓明が以前にメールで送ってきた写真の車。それに違いなかった。

 少し前、メールで卓明が見せびらかすように目也に見せつけていた一台の車とそこに一緒に写っていた卓明の写真。それを見たときに目也は唖然としたのを今でも覚えていた。


――なんでそんなもの買ってもらえた?


――ペーパーじゃあ勿体ないだろうってことと、将来バイトすると誓ったから


 ちなみに今現在も車を買ってもらってから半年近く経過しているが卓明がバイトしているとは聞いていない。恐らくバイトはしていないだろう。


(まじかよ……)


 目を丸くしつつナンバープレートを二度確認した。間違いない。あいつのだった。


(て、今はそんなことじゃないって!)


 手に下げたコンビニの袋と肩にかけたショルダーバッグを揺らしながらアパートの入り口に入り自分の部屋がある二階に駆け上がる。ドアに手をかけると開いていた。


「あ、帰ってきた」


 そのまま勢いよく扉を開けると嫌な予感は見事に的中した。


「帰ってきたじゃねえよ!!今すぐ出てけ!」


 声を荒げた目也の先には呑気に部屋の中央にある椅子に座って近くのコンビニで買ってきたカフェラテを飲んでいた卓明がいた。部屋のベッドに座る父親。そしてこちらに冷たい視線を送っていた母親がそこにはいた。


「兄さんこの時計何?」


 卓明の手にはチェーンの付いた銀色に輝くハンターケースの懐中時計が握られていた。


「こいつに触んな!!」


それを見た目也は怒り出して卓明から乱暴にそれを取り上げる。


「目也、そんな声出すなって――」


「触んなつってんだろうが!!」


「目也!」


 苛立つ目也をなだめたのは父親。ぎろりとした視線を父に向ける。


「……で、なんでいるの」


「すまんすまん。確かに連絡を入れるべきだったよ。でもなこっちだって目也がちゃんとバイトしてるか不安だったんだよ。いつまでも目也の分の家賃を立て替えるわけにはいかんからな。ちゃんとしてるか不安だったんだよ」


 父の光示がにやついた笑みを浮かべながら目也に事情を説明した。


「ああそうだね。あの車もあるし。早く動かさないと」


 嫌味を込めて卓明に買ってもらった車のことについて呟く。次に口を開いたのは卓明だった。


「わりと良い部屋じゃない?ここ」


「ああ、そうだな」


「ここに住めるなら俺ここでいいや」


「……何?」


 無邪気に言葉を発した卓明のその内容に目也は眉をひそめた。


「今なんて言った!?」


「二階だから、ベランダついててさ、物音もあんまししないしさ。いいじゃんここ」


「……そうだな」


 呑気に部屋の感想を述べる卓明。一方目也の方はカリカリした態度でいた。


「それより目也。ちょっと話があります」


 目也と卓明の会話を遮るように母の弘美が会話に割り込んできた。


「今度は何だよ。つかなんで俺の部屋に勝手に入った?」


「その件です。今度この部屋を卓明に渡そうかと考えてます」


「……はい?」


 その言葉から沈黙が走る。沈黙をもたらす答えを放った母のそばでカフェラテをごくごくと飲む卓明。父の光示は母の傍で困った顔を目也に向けていた。


「ふざけんな!ここは俺の居場所なんだぞ!?なんでこいつに渡さなきゃならないんだよ?!」


 激昂する目也に母の弘美は顔をしかめつつ淡々と答える。


「あのですね目也君。あなた少なくとも家賃は立て替えてもらっている身であることを自覚してる?それに何時になったら転職活動は終わりますか?もう三か月以上は経過してるのよ?わかってる?」


「今からそれぞれの企業に向けて履歴書を書くところなんだよ。後は日程とか――」


「言い訳しない!どうせ出まかせでしょ?」


 目也の口に強引に戸をかけんとばかりに弘美が口を開く。


「言い訳じゃねえよ!ちょっと待ってろ……」


 ため息を吐いて、コンビニ弁当の袋をテーブルの上に乱雑に置き、ショルダーバッグを放り出すように地面に落としてスマートフォンで転職サイトを開いて先ほど面談の申し込みをした企業の情報を弘美に光示と母と父に数社見せた。まじまじと見ていた両親のうち最初に口を開いたのは父だった。


「へえ……今の転職ってこんな風になってるんだ」


 転職活動の経験がない光示にとってそれは新鮮さがあったのだろう。ふむふむといいつつ目也からスマートフォンをすっと取り出して眺めていた。母の弘美がその様子を横で細めてみていた。


「いいんじゃない?これなら――」


「お給料は?待遇はちゃんと見たの?」


 相変わらずどこ吹く風のような父の態度だったが今はそれでいいと目也は思えた。しかし母は目也に向けて厳しい視線を送った。


「……どれも企業は三か月の試用期間があるよ。それから正社員登用」


「なにそれ?いきなり正社員じゃないの?」


「基本はどこもそれだよ。こないだ参加した転職セミナーでもそれが普通だって言ってた」


「そうですか」


 無表情で目也を見ずに部屋を見渡す母の弘美。どうやら卓明に部屋を渡すために何か不都合な理由と部屋の状態を見ていたらしい。


「とにかくそういうわけだから卓明にここ渡すってのはちょっと――」


「ならいいじゃない。ねえ父さん」


「うん。この登録されてる企業の場所なら……実家の中倉から通えるんじゃない?」


 父の光示は母に対して相槌を打つ。


(昔から俺と卓明のことに関してはずっと母の意見に賛同しかしてなかった人が……!)


 顔をしかめたくなったが目也はそれをこらえる。強引に持ってかれたら全てがパーになるからだ。一呼吸おいて父に反論する。


「中倉って実家じゃん。大体、東京から遠くなるんだけど?」


 中倉市は両親の実家のある都市で船上から約一時間の所にある。ただし仕事先の都心からは離れている。


「もう目也も社会人なんだから我慢しなさいよ。通勤二時間でもそういう人は結構いると思うよ」


「我慢って……。それより何で卓明にここ明け渡さなきゃいけないわけ?おかしいでしょそれ」


 いきなり自分の場所に何の断りもなく入ってきた三人。おまけにここを渡せと言ってくる両親たちに歯ぎしりを立てる目也に父の光示は申し訳なさそうに答えた。


「今卓明が通っている大学は知ってるだろ?場所的にはこっちのほうが近いんだ。だから目也と入れ替わってもらおうかと思ったんだ。でも目也がこうして転職活動頑張ってるなら―」


「ああそうだよ。俺だってここに住みたいんだ。てか勝手に部屋に入るなよ。第一さ、卓明には車があるじゃねえか」


「ああ、ガソリン代馬鹿にならないんだよ」


 そういったのは卓明だった。ため息をこぼし椅子に座ってだらけたその態度に加え、浪人からこれまでの両親からの施しが急に間欠泉が噴き出たかのように目也の頭に上る。

 我慢の限界だった。直後、目也は卓明の着ていたシャツの襟蔵を左手でつかむと勢いよく頭突きをかまし、辺りに鈍い音を響かせた。その様に両親は目を見開く。


「てめぇこらバイトはどうした!!何時やるんだよ?エェ!?」


 続けざまに空いてた右手でビンタを勢いよくかます。今日まで自分は苦難と癒えぬ傷を持ったばかりという目也は施しばかりで甘やかされた卓明にもう一発かます。こわばったその顔は目也が卓明に対するこれまでの怒りの度合いを、卓明に向かって勢いよく振り下ろす腕が怒りを示す。その腕は彼に向けて何発も拳を叩き込まんとしていた。


「この野郎、この野郎っ!!」


「やめろ目也!!」


 二人の間に割って入ったのは光示。目也が振り下ろす拳を光示が必死になって抑える。卓明はまだ自分に何が起きたのかわからずただ泣きべそをかいて、飲んでいたカフェラテが入っていた容器はコロコロと卓明から離れていた。かすかに残っていた中身がこぼれ、敷いていたカーペットに染み付きだす。


「わかったから。こっちに来させたら何か一つバイトを卓明にやらせると誓うから。な?」


「違うだろ!?そうじゃなくてまずこいつがここに来るってのがおかしいだろうが!」


「バイトはやらせます。必ず。だから――」


「出てけってけのか?おい!!」


 さらに割って入ってくる母の弘美は顔色一つ変えずに苛立つ卓明に対して言葉を向ける。そしてそのまま目也に言葉を放つ。


「確かにバイトはさせます。でもそれはここに場所を移してからでも遅くはないでしょ?」


「ふざけんな!こっちに来るなって言ってんだよ!」


「それはあなたが転職活動できていないからでしょ?早く終わっていればいいのに。それができないあなたが悪いのよ」


「そう簡単に出来たら苦労しないんだよ!半年くらいかかるのが普通だって――」


「半年?」


 弘美がチッと舌打ちをしたのち目也に向けていた視線を鋭くした。


「ふざけないで!そのペースで転職活動をしていたってこと?」


「それは違う!俺は急いでたし何より――」


「何より何?」


「……とにかく単に転職先を見つけたって駄目なんだよ。そこがOKでも中身がブラックならなおさらだって」


 燃え尽きたように声が弱くなりだした目也の声を、まるで隙を見つけて鬼の首を取ったかのように弘美はその隙を見逃さなかった。


「目也、あなたはどういう状況かわかっていないでしょう。親から借金してまでここに住んでるんですよ?早めに転職先を見つけるという条件で。それなのに半年って何?何のんびりしてるの?なにそのペースは?ねえ。これもさあ、コンビニ弁当買う余裕はありますか?ないでしょう?なんで自炊して節約しようって気がないの?ブラック?そんなの根性見せればどうにでもなるじゃない?馬鹿にしないの」


「別にいいだろそれくらい――」


「よくない!家賃を立て替えてもらっている身でさ。バイト代が多いならいいのよ?でもあなた違うでしょ?日給だって依然入っていた会社よりも低いし、ねえ聞いてる?」


 卓明を怒りで殴っていたさっきまでのペースを完全に失った目也に弘美は一撃を叩き込まんと目也にある言葉を吐く。


「決まりね。ここは卓明に明け渡します」


「何度も言うが勝手に決めんな!ここは俺の――」


「目也。今の状況を見るに一度帰ってきたほうがいいよ。何も都会で働くことだけが人生じゃないんだから。お父さんにだって田舎でバイトして頑張って生計を立てている友人がいるんだ。それも一人でだ」


 追撃をかける父は待っていたと言わんばかりに少し早口で目也を説得しようとする。卓明に視線を移した折にその泣きそうな顔に早く話に始末をつけようとしていた。


「それがなんなんだよ」


「少なくとも今はつらいかもしれないだろうけどね。でも倉上でも目也が出てしばらくしてからだけど結構いろいろできたんだ。そこいらでバイトして生計を立てて、それからここに戻っても遅くはないんじゃない?」


「断るって言って――」


 その時、目也の視界が強く揺らいだ。卓明が彼を殴ったからだ。


「でめぇ……!」


「自分から殴ったくせに!大体お前甘やかされてんのに気づかないのか!」


「それはお前も一緒だろうが卓明!」


「違う!俺は勉強のために今こうして場所を貰うんだ!母さん曰くお前はだらけようとしているからダメなんだよ!」


「なんだと!!」


 バランスを崩した彼はそのまま数発殴られ、その間両親は黙ったままだった。目也から見た二人の顔は憐れんで笑っているように見えていた。


(こいつらは……こいつらはいつもそうだ!)


 結局その後、両親によって突き付けられた一方的な条件で目也はこの部屋を明け渡すということになった。その条件に目也が首を縦に振った時、母はどこか笑っているように見えていた。


「畜生……なんで俺だけこんな」


 温まっていたコンビニ弁当は冷めきっていた。その間に決まったこととしては目也は中倉に、実家のほうに帰ることになった。ただしそれは月末までの三週間であり、また条件として転職が弘美が指定した月給より高い会社に転職できなかった場合である。

母に提示された月給の最低ラインは二十四万円であり、新卒でIT企業に一年半働いていた目也にはきついものだった。たいていの場合、新卒の月給は二十万前後で目也が退職した時の月給は二十二万円だった。二万円の差といえばそれまでだが今の目也にはブランクが半年近くあり、経験も浅い。そうなれば提示された額の企業に向かうのはさらに困難といえよう。資格も持っていない以上さらに道は遠いままである。目也でもこの母の提示に関しては理解が出来た。これはわざと無茶な提示をしているのだ。そうすることで目也を帰らせて目的を果たそうとする母親の目論見があった。


「……畜生」


 憎い三人がいなくなってからしばらく冷めた弁当をレンジで温めなおし、弁当をかっこむ目也は暗いままでそれでも空いた腹をどうにかしようとただただ食らっていた。鼻を届く香ばしい香りと肉の甘さにマッチするごはんを咀嚼するたび飲み込むたびに涙が流れ出す。家が消えるかもしれないという事実にただ泣くしかなかった。

 ここは緑波目也最後の居場所。少なくとも今は。と目也はこの部屋について思っていた。

 部屋の隅に置いた黒いデスクトップ型のパソコンが置かれたブラウンの机。

 それに合わせて買った青い頭あての付いた椅子。

 ベッドは両親から祝いに貰ったものだが選ぶときには自分で選んだ。

 真ん中に置いた高さが腰まである円形のテーブルと二つの椅子。

 そしてテレビ台と薄型テレビ。全部理想の帰る場所をイメージして選んだもの。自分で選んだものだ。


「……探そう。ここは絶対に渡さない」


 食事を食べ終えて、眺めているうちにそんな感情がふつふつと沸き上がり自然に拳に力が入ってきた。

 あの家が卓明や自分を通せんぼした教師に味方し、あまつさえ自分の人生を笑うかのような結末を突き付けてきた両親の根城に住んでいたという事実は目也にとっては今振り返るなら地獄だった。大学時代は帰りたくないから常に深夜に帰り接触を避け、家にいたときは食事に行こうと誘うその様には両親との自分にとって唯一の安息の場所はここだけだった。


 そうした過去の出来事もあってか、この部屋のコンセプトは「安らぎある隠れ家」だった。会社で何か嫌なことがあっても、実家に帰って何か言われても休める場所。それがここ。

 目也にとって安息の地をいきなり奪おうとするあの家族三人は敵だ。完全に追い払うためには条件を満たすだけでなく家賃の立て替え分の金をため込む必要がある。

 何か打つ手がないかと、条件が満たせそうな企業をスマートフォンを目を凝らして見て、指を苛立たせつつも画面に沿って何十分も指を動かす


――いつまでユメオ君でいる気なんだい?


 突然、脳裏にそんな言葉が走った。


――夢を見ているわけじゃないのに!


 舌打ちをして出てきた結果。現時点で母の突き付けた条件をクリアできる企業がないという残酷な事実だった。スマートフォンをベッドの上に目也は放り投げた。そしてただ泣いていた。


「今の経験じゃあ二十四万越えはないか……」


 ため息を吐いた。泣き出した。この唯一の居場所がほぼ確実に消えるという事実に対してただ泣いていた。

 ベッドの上で転がり、涙をぬぐうもやはり現状は迫ってくるこの部屋の明け渡しに対して耐え切れずにむせび泣いていた。テーブルの上に置かれた懐中時計から垂れたチェーンをベッドから引っ張って憂鬱そうに開く。時計は日にちが過ぎる前の時を示し、日付は静かに期限まで迫ろうとしていた。


(諦めねえよ。諦めねえけどよ……)


 拳を勢いよく叩きつける。目也以外誰もいないこの空間が誰かに支配されるその瞬間を想像するだけで目也は吐き気がしてきた。


「ちくしょう!」


 たった一つの居場所を壊すアイツらに何とか防ぐ手はないかと目也は脳内に電気を走らせるかのように思考を巡らせる。だがやはり突き付けられた条件を突破するしか道はいまだに見えなかった。

 外の暗闇はまだ明けそうになかった。闇の中に全てが消えそうだった。

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