#2 嫉妬の女神、メト・メセキ
「メト・メセキ……」
突如として目也の前に現れた謎の女性、メト・メセキ。緑波目也は始めに心臓が飛び出そうな程に驚いていたが、次第に心は落ち着いていた。
「ええ。言いにくかったら神様でもいいわよ?」
「あ……はい」
先ほどまでメト・メセキの来訪に驚いて目也はやがて冷静になった。目の前の彼女を見つめて眺めることで。ゴシックロリータ調のドレスに腕に掛けた傘。首からかけていた青色で金属製の揚羽蝶のブローチ。そして艶のある長い髪に整った顔によって構成された妖しくも美しい容姿は今の現状を嘆き疲れている目也の心をある程度捉えるには十分だった。
「あの、嫉妬の神様がその……うちに何の用です?」
その来訪者にどうにも落ち着かない様子で目也はどうしてここに来たのかと質問を切り出す。
「気配がしたの。嫉妬の」
「……はあ。で、それで?」
「それでちょっとお話がしたかったの。君とね」
神様はニヤリとしてこちらを見ていた。それからしばらくしてまた蒼い炎に包まれて消える。
「えっ?」
きょろきょろと当たりを見渡す。玄関の方を向くがそこにはいなかった。ふと後ろを振り返ると神様は部屋の中心にあるテーブル近くの椅子に座っている。その傍にグレーの十字線が入った黒のキャスター付きのトランクケースが置かれていた。
「お邪魔します」
「……どうぞ」
呆気にとられっぱなしだったが入り込んできた神様を追い出そうという気には目也にはなれなかった。何故なのかは目也自身にもわからなかった。
目也の部屋には中心に長い脚の付いた丸いテーブルとそれを挟むようにして二つの椅子が置いてあった。その近くにはデスクトップ型パソコンの置かれたハイテーブルと椅子がある。他には濃い青色のベッドにテレビと一般的な一人暮らしのグッズが部屋の中に置かれていた。そして神様は疑問を口にする。
「なんでこの丸テーブルと椅子があるの?この中央に。まあ、すごくおしゃれで良いけど」
「初めは脚の短いテーブルを買おうとしたんですけどね。ただ部屋の狭さとか考えるに、こっちの方がいいんじゃないかって思ったんですよ。おしゃれですし」
「なるほど。にしてもこの部屋いいわね」
「そ、そうですか?」
部屋の中をぐるりと見る神様はありのままに述べた。部屋の内装はあまり褒められたことがなかったので目也はつい動揺してしまった。
「何というか……色もいい感じに青で統一されているし、おしゃれよね」
「そうですね。オシャレな隠れ家をイメージしているというか……その……」
自分の部屋を褒められたことなんてなった事と美人に褒められたせいなのかそっぽを向く目也。その顔はほんのりと赤い。自分の焦りを悟られないようにと彼は話題を切り替えようと話を振る。
「ところでホントに何をしに来たんですか?」
「え?言ったじゃない。話がしたいって」
「話と言うのは?」
目也の疑問に対し、神様は答える。
「君の昔話。それが聞きたいの」
「昔話?」
「うん。昔話。……それも言えば辛い方」
悲しげな顔で目也を見つめる神様。目也はその視線から目を無意識のうちに部屋の隅に逸らす。
「えっと…。そういうのって普通そう簡単には話せないと思いますけど…。それにそんなこと聞いてどうすんです?」
「嫉妬の気配がしたから。それもちょっと気になる感じの」
「気になる……ですか?」
「うん。まあ話せないなら帰るけど?」
「またここに来るんですか?」
「いいえ。多分もう来ないと思うわ」
――いきなり入ってきてこの人、じゃなかったこの神様は一体何がしたいんだ?
いまいち掴めない彼女の目的にどうしたものかと思った目也。
(思えばずっと振り回されてきた『アレ』はある種の病気だしな。もしかしたら打開策があるのかも?)
だがここはあえて話をしてみようかと考える。
目也の視線が神様に向く。彼女はトランクケースから何かを取り出そうとしている。
(いや待て。それはないか。上手いこと考えすぎだろ俺――)
ここであの日の出来事を話したとして何かが変わればいいが、相手は神を名乗る者。慎重に行動すべきではないだろうかと目也は深く眉を潜め、思案する。
「別に話さないからと言って君をどうこうしようとは考えてないわよ。ただ話したくなければそれでいいからね?」
目の前の神様を目也はじっと観察するように見つめる。その目は菫のような紫色の瞳をしており、髪は肩ほどまで長く、その表情はほほ笑んでいた。
(見た感じは悪人、あるいは犯罪を起こそうという様には見えないけどなぁ……如何せんいきなり文字通り消えたんだもんなあ。嘘をついているようにも見えないし。第一、俺の昔話で何が出来るってんだ?)
「さあ、どうする?」
「……わかりました。話しますよ」
目也が神様の提案を承諾すると、彼女は持ってきた鞄の中から長方形の箱を取り出した。中から取り出したカステラを机にスッと置く。
「これよかったらどうぞ。ところでポットにお湯入っている?」
「ああ、ありますよ」
今度はティーカップの入った紫色の紙袋を取り出す。ロゴを見るに大手の高級紅茶か?と目也は想定する。さらに神様は鼻歌交じりにティーカップのセットまで取り出す。
(お茶会でも開く気なのか?これらって普段持ち歩いてるのか…?)
そう思っていると、ここで目也が気づいた。
「あの…やけに用意がいい気がするんですが気のせいでしょうか?」
「フフフ。察しがいいわね。カステラは私の勘。こういうの好きそうだと思ったがどう?」
「ええ、あってます。長崎に昔家族旅行に行ったときに自分用のお土産にと結構買ったんです。一週間分のおやつ位ですけどね。ちなみにお茶は?」
「これかい?今日の為に用意した物さ。ダージリンだよ」
「カステラに合う紅茶ですか?随分と用意がいいですけど…」
「二、三週間前くらい前かしら。色々と付けさせてもらったわよ。もちろん勝手にこの部屋までには入っていないから安心してほしいわ」
「ああ……そうですか」
反応に困る目也をよそに、電気ポット借りるよと言って神様は部屋の隅に置いてあった電気ポットからティーバッグを入れたティーカップにお湯を注ぎ入れる。鼻歌交じりに入れていると部屋中にダージリンの紅茶が出す香りが広まりだしてきた。
「よしよし、いい香りね。流石世界三大紅茶の一つ」
神様は笑顔でティーカップのふちをそっと撫でる。白色のティーカップの中にあるダージリンの華やかな香りは紅茶をあまり知らない目也にとっても良いものだと目を大きくして一発で理解した。
「いいですね。これ。大学時代に先輩に紅茶をおごってもらったあの時を思い出します」
大学時代の話をしようとするも上手い切り出しがなく、困っていた目也だったがふと思い出したかのように大学時代のある思い出を語りだした。彼にとっての大学時代を彼自身は一言で放った。
「あれは……天国に見せかけた地獄ですかね」
「それはどういう意味かしら?」
「楽しいんですよ。毎日が。仲間とだべっては飯を仲良く食べて遊んで、課題が出ればみんなでこなしていく日々。さらにはサークル活動もあって、トラウマも少しずつですが消えていく感じがしたんですよ」
「トラウマ?」
「……また後で話します。そうして就活が始まって、内定を貰って独立して。でもさっき話した通り辞めちゃいましたけどね。友人のほとんどはまだ最初の会社に勤め続けているというのに情けない気持ちになりますよ」
「ふむ。天国に見せかけた地獄と言うのは?」
「振り返ってみての感想です。結局はバカに現をぬかして昔の傷を忘れようとしたんです。でも結局はできなかった。それどころか広がった気がするんです。あいつがいたせいでね」
「あいつ?」
「……卓明ですよ。弟の」
しかめっ面になってカップを握っていた目也の手に力が入る。
「あいつはどういうわけか昔から親の扱いがいいというかなんというか。幼稚園の時はアイツは欲しいおもちゃは大体買ってもらってて、俺はわがまま言うなで何も買ってもらえませんでした。おまけに平気で俺を捨てようとしてくるし。小学生の時は俺が頭痛いだ熱があるって言っても我慢しなさいの一点張りでアイツの時は休みを取ってて。高校になれば俺はバイトに行けと怒られてアイツは何もしてなくて……」
早口で心の内の僻(ひが)みを言い切ると苦笑いしつつダージリンの入ったカップを目也がぐいっと飲む。
「まだ熱いでしょうに」
「熱いのは慣れてるんで」
「いやまあ、無理して飲まなくても。それともそれ、そんなに気に入った?」
「ええ。カステラと相性いいですねこれ」
苦い思い出話をしている目也だったが神様が持って来たカステラとダージリンがその苦みを上書きするかのように目也の心を癒す。それでも目也の顔はまだ曇ったままだった。
「で、その続きは話せるかい?」
「はい。それでですね――」
そして彼は話し始める。彼の人生に深い傷と将来受けるもう一つの傷の原因になった高校時代を。
高校時代の緑波目也の過去。そこで受けた中傷と、そこからさらに発症する嫉妬。それが彼を一生、苦しめることになるとはその時の彼は知らなかった。
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