第119話 年越し晩酌雑談スタート

「「配信OFFよし、マイクOFFよし、カメラOFFよし」」


 ひとまずのラジオクローネ終了を見届けていつものようにそれぞれ指を指して声に出しながらの確認。狙ったわけではなかったがほぼ同じタイミングで二人の動作と声が重なる。


「ふふっ……それ、続けてたんだ?」

「一番最初に教えてもらった大切な事ですから」


 二人で顔を見合わせてどちらともなく笑い合い受け答える。


 そう、わたくしリーゼ・クラウゼがデビューするにあたって一番最初に教わったのはこの配信終了後のメソッドでそれはもう身体に染み付いている。もちろん配信にあたっての心構えだったりより具体的な機器の操作方法なんかも教わってはいるのだが、面と向かって「最初に一番重要な事を教えます」と前置きされた事もあって忘れることも怠ることもないだろう。


「ひとまずお疲れ様リーゼ」

「お疲れ様でしたまお様、いかがでした?」


 すっかり魔王様モードから普段の調子に戻ったまお様とこうやって配信終了後に内容を振り返ったり反省したり良かったところを褒めてもらえたり……。この時間は何だか黒惟まおを独り占めしているようで、いちファンとしては若干の後ろめたさを感じながらも優越感を覚えてしまう自分もいる。


「回を増すごとに私への容赦なくなってない……?」

「まお様だからこそ、わたくしのすべてを受け止めてくれると信じていますから」

「可愛かったリーゼがどんどん変わっていく……」

「可愛くなくなりましたか?」

「む……ノーコメント」


 からかい混じりの批難めいた視線と言葉を投げかけられるが、それで怯むわたくしではもうない。出会ったばかりの頃ならまだしも今となってはこんなじゃれ合いのようなやり取りの方が互いの仲が深まったことを感じることができるのだ。


「っと、あんまり話してばかりはいられないね。配信準備の方は任せちゃって大丈夫?」

「お任せください。といってもほとんどまお様がやってくれてるじゃないですか」


 いつものようにこのまま色々と話していたいところだが、このあとはわたくしのチャンネルで年越し雑談配信があるのであまりのんびりとはしてられない。それに配信で飲むお酒やおつまみなんかの用意をしてくれるまお様をあまり引き留める訳にはいかないのだ。


 配信部屋を出て諸々の準備に向かった彼女を見送り配信準備を進めていく。


 わたくしのチャンネルでやるからストリームキーを変更して……。

 画面の配置は……まぁこんな感じでいいだろう。


 同じ配信ソフトを使っているため操作自体は慣れたものであっさりと作業は完了してしまうが、それもこれもあらかじめ渡しておいた配信素材がすでにまお様の手によって取り込まれわかりやすく整理されているおかげだ。なんなら普段自身が使っている端末とソフトで配信準備するよりも楽かもしれない。

 同じソフトな上に、最初はまお様にセッティングしてもらったこともあって同じ使い勝手だったはずなのだが……。使い続けていくうちに自分好みにカスタマイズされたというか……、そのうち整理しようと先延ばしにし続けるとここまで解離してしまうらしい。


 さて……、早めに準備も終わったしまお様のお手伝いに……、


 と思って腰を浮かしかけたところで、目に入るのは画面上に佇むリーゼ・クラウゼと黒惟まおの姿。そして、固定されたままのカメラ用スマートフォンが二台……。


 少しくらい……、いいですよね?


 ちょっとした好奇心というか、内なる欲求というか……Vtuberならではのささやかな誘惑。一度配信部屋の扉へと視線を向け耳を澄ましたりしてまだ戻ってこないことを確認してから、先ほどまでまお様が座っていたスツールへと腰を下ろす。

 まるで初めて画面に映ったリーゼ・クラウゼを見た時のように軽く身体を揺らすと画面上の黒惟まおも同じように身体を揺らす。なんだかいけないことをしているような気がして再度扉の方へと意識を向け問題ないことを再確認してから今度はもう少し色んな表情を試してみる。


 ここをこうして……、っ……。その表情は反則ですよまお様っ!


 普段見せないような、そんな表情をさせてみると思わず胸が高鳴ってしまう。その中身は自分自身のはずだし、本人が居てこその魅力であることは重々承知の上ではあるがそれでもずっと配信で見続けてきた彼女が……と考えるとどうにも抑えが効かなくなってしまう。

 それに黒惟まおの姿を一時的にでも借りているという事は、つまり一心同体ということであるという事に気が付いてしまってからはもうダメだった。まるで彼女の魔力に包み込まれているような……、抱きしめられてるようなそんな感覚さえ覚えてしまう。


 そんなことをしていたせいだろう。がちゃりと重い配信部屋の扉が開く音に文字通り飛び跳ね、したたかにお尻を床に打ち付けてしまった。


「うひゃうっ!?」

「えっ!?リーゼどうしたの?」

「えっと……、ちょっと躓いてしまって……」


 なんとかまわりの物に被害を出すことが無かったようで一安心しつつも痛むお尻をさすりながら立ち上がる。突然の出来事に驚いているらしいまお様の手にはトレイに乗ったお酒類とお手製のおつまみがあり、その様子を見る限り先ほどまで自身が繰り広げていた痴態については目撃されていないようだ。


 本当に良かった……。


「……本当に大丈夫?」

「大丈夫です……。突然だったので少し驚いてしまって」

「もう、気を付けてね?怪我でもしたら大変だし」

「本当に申し訳ございません……」



────



《b》【晩酌雑談】一緒に年越し!うたみた同時視聴も!【リーゼ・クラウゼ/黒惟くろいまお,liVeKROneライブクローネ】《/b》


 :待機~

 :うたみたのサムネかわいい

 :いよいよ年越しかぁ

 :まお様のおつまみが美味しそうすぎる

 :何気にリーゼちゃん初晩酌?

 :二人してつぶれないようにね


「皆様お待たせいたしました!聞こえていますでしょうか?」


 :きちゃ!

 :聞こえてるよー

 :開幕駄魔王は草

 :やっぱり駄魔王モードだった


「大丈夫みたいだな、じゃあリーゼから」

「はい!liVeKROne所属の魔王見習いのリーゼ・クラウゼです。ラジオクローネから引き続きまお様と一緒に年越し晩酌雑談していきますよ~はじまリーゼ!」

「こんまお、同じくliVeKROne所属の魔王、黒惟まおだ」


 :はじまリーゼ!

 :こんまおー

 :×魔王〇駄魔王

 :こうやって並ぶとギャップがすごい

 :なんか草


 配信を開始し挨拶したところで早速コメントではまお様の姿に触れれられている。いつものドレス姿であるわたくしリーゼの隣に並んでいる彼女はドレス姿ではなく胸元に駄魔王と白く刻印された黒Tシャツ姿のいわゆる駄魔王モードだ。それ自体はすっかり見慣れた姿ではあるのだが、正装とも言えるドレスを着こんだ隣にラフなTシャツ姿が並んでいるというのはなんというかアンバランスでシュールでもある。


「ふふっ、Tシャツ姿のまお様とこうやって並んでみるとなんだか不思議な感じがしますね」

「気楽な晩酌配信だからな、リーゼももっと楽な格好でも良かったんだぞ?」

「そうは言ってもわたくし配信で見せられるようなお洋服はこれくらいしか……」


 :それはそう

 :新衣装はよ

 :リーゼちゃんにもTシャツ実装を!

 :L2Dスタッフゥー!!


「そんなリーゼのためにプレゼントだ」


 :お?

 :草

 :見習魔王Tシャツ!?

 :雑コラで草

 :ペイント感www


 まお様の言葉と共に画面上ではドレスの上に見るからにペイントで書かれたであろうTシャツが重ねられる。それは白いTシャツで胸元には黒く見習魔王と刻印されていて、さしずめ駄魔王Tシャツと対をなす見習魔王Tシャツといったところだろうか。


「わあ……こんな素敵なTシャツをアリガトウゴザイマス」

「喜んでもらえて何よりだよ、ついさっき十秒ほどで描いた甲斐があったというものだ」


 :棒読みで草

 :もう少しちゃんと描いてもろて

 :これはこれで味がある

 :まお様ならもっとしっかり描けたやろw

 :それにしてもぺったんこである


「ただ少しだけ胸元がきついような……」

「ん?それは気のせいだと思うぞ?」


 :あっ

 :影ひとつもないからな

 :無慈悲で草

 :書き忘れただけだから……


 たった十秒ほどで描いたというだけあって駄魔王Tシャツとのクオリティの差は歴然であり、ただただTシャツの形をかたどった胸元にそのまま見習魔王という文字が張り付けられているだけである。当然、身体のラインに合わせてきちんと凹凸が描かれている訳もなくじつに平坦な仕上がり……。

 ここで現実にも目を向けてみれば、とぼけながらクツクツと笑いをこらえているようなまお様は画面上と同じように黒い駄魔王Tシャツを身に着けており、かくいうわたくしも同じものを身に着けている。記念グッズとして売り出されていたTシャツであるがもちろんファンとして購入していたのでせっかくだからとお互い身に着けることにしたのだ。


 こうなってくると見習魔王Tシャツも現実で欲しくなってくるが、もしそれが実在し身に着けて横に並んでみたとしても絵面てきには配信画面とさほど変わらなさそうなのがなんとも物悲しい。


「それじゃあ、待ちかねてる者もいるだろうし、さっそく乾杯といこうじゃないか」

「まお様はいつものですね?」

「あぁ、そういうリーゼはワインか?」


 :おっ準備しなきゃ

 :いつもの(ほのよい)

 :リーゼちゃんはワインか

 :リーゼちゃん強いん?


 それぞれ用意しているのは、まお様の晩酌配信ではおなじみの低アルコール飲料と普段飲まないはずの彼女の家に置かれていたなかなか良さそうな赤ワイン。曰く、どこかの狐が置いていった逸品とのことで期待してしまう。


「はい、一番飲み慣れてるので。強さはどうでしょうか、強い方だとは思います」


 :なら安心やね

 :出身的にビールかと思った

 :まお様安心して酔えるな

 :まお様の事は任せた


 いざとなれば魔力でどうとでもしてしまえるので、一般的に言われているアルコールに対する耐性についてはどう言ったものか迷うのだが……それ抜きでも平均から見れば強い方なのだとは思う。


「では、皆も準備はいいか?今年一年本当に色々なことがあった訳だが、まぁ振り返るのは後でいいだろう。新たな出会いに感謝を込めて乾杯、Prost!」

「はい!乾杯!……Prost!」


 :乾杯~!

 :かんぱーい!

 :Prosit!

 :プロージィット!


 しっかり目を合わせて軽くグラス同士を打ち鳴らす。まさか最後にドイツ語が付け足されるなんて思わなかったので驚いた表情をしていたのだろう、グラスを掲げていたまお様はしてやったりといった風に微笑んでいた。

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