第116話 始まりの三人

音羽おとはーこれもう持っていっていい?」

「いいよーじゃあついでにこっちもよろしく」


 キッチンに立って夕食の支度をしているとひょっこり顔を覗かせたつかさがすでに出来上がっている料理に視線を向け訊ねてきたので、手を動かしながらついでとばかりに今出来たばかりのものも追加でお願いしておく。


「ういー」


 気が抜けたような返事をしながら料理が乗った皿を手にする前にひとつばかりつまみ食いする彼女であるが……。まぁその幸せそうな表情に免じて許してやろう。


「別にこれくらいならあっちで待っててくれてよかったのに、そんなにお腹空いてたの?」

「いや、まぁ。それなりに空いてはいたけどさぁ……。久しぶりすぎる上に二人っきりってのはあたしには荷が重いって」


 付き合いの長い彼女ならばそんなことは言わずともわかっているはずだし、間が空いていたとはいえ最近はちょくちょく顔を合わせる機会も増えてきているのでお互い変に気を使うような間柄ではないのだ。

 無論こうやって手伝ってくれるのはありがたいし嬉しいが、彼女にしては珍しく言い淀みなんともいえない表情を見るに手伝いに来たというよりもリビングから逃げてきたという方が正しそうだ。


「そんな大げさな」

「いや、まじで。音羽がいないとダメなんだって」


 どうせ大げさに言ってるだけだろうと軽く笑い流そうとするが当の本人にとっては笑い事ではないのだろう、その口調と表情は真剣そのものだ。


「まぁもう少しで支度も終わるから」

「なるはやで頼むぜほんと……」


 両手に料理が乗った皿を持ってキッチンをあとにするつかさを見送り、対人能力において私なんかのはるか上を行く彼女を困らせているらしい人物の事を思い浮かべる。


 今日、我が家には二人の友人が訪れているのだ。


 ひとりは先程まで話していた全国ツアーを成功させ出したアルバムもチャート上位に輝いている今ノリに乗ったアーティスト天使あまつか沙夜さやこと天ヶ谷あまがやつかさ。

 そしてもうひとりは画集の発売と共にその世界観をもとにマンガ化アニメ化……さらには映画化なんて壮大なメディアミックス展開が発表されている、黒惟まおやリーゼ・クラウゼのデザインも担当している神絵師SILENT先生こと静。


 色々あった3Dお披露目配信に始まりクリスマスライブ配信を無事に終えたわずかなフリーな日。そこにつかさから連絡があり忘年会というか色々あった一年を締めようという話になったのが事の始まり。

 当然つかさとならば静も誘うべきではあるのだが基本的に彼女は出不精であり生粋の引きこもり、私から誘っても中々首を縦に振らないのでダメ元で誘ってみたところ私の家ならばという条件付きで集まることになったのだ。


 それにしても……つかさと静と私。三人揃うなんて何年ぶりだろうか。


 つかさが歌手としてアーティストデビューを果たし、私は私で黒惟まおとして活動しながら就職したこともあって毎日のように顔を合わせていた学生時代とは違ってやりとりもチャットくらいのものになっていたのだが、liVeKROne所属とラジオの共演をきっかけに時折顔を合わせるようになり。

 静に関しても元々ほとんどチャット上でのやりとりが中心でたまに資料収集と称した黒惟まおコスプレ撮影会で彼女の家に赴くことがあった程度。

 考えてみればこうやって三人で顔を合わせるのは高校を卒業した際にせっかくだからと静と初めてオフで会ったとき以来かもしれない。


 そう考えると……。本当に時が経つのはあっという間だ。


「お待たせ、って二人して何してるのかと思ったら……」


 出来上がった料理たちを手にリビングに向かうととても耳馴染みのある曲と歌声が聞こえてくる。結局つかさは静とのコミュニケーションを半ば断念してしまったのだろう。設置してあるテレビでは先日の黒惟まお3Dお披露目配信が流され二人共特に会話することなくその映像を眺めていたのだ。


「だってさぁ」

「……」


 ため息をつき料理をテーブルの上に並べながら二人の様子を見てみれば、つかさにしては珍しく困った助けを求めてくるような視線をこちらに向けてくるのとは対照的に黒惟まおが歌って踊っている姿を見ている静の表情はとても楽しげでもありこちらに向けた視線はなんだかとても満足げだ。


 無言ではあるのだが、その姿を見ればつかさが取った選択は正解だったようにも思える。


「つかさも静もせっかく久しぶりに三人揃ったんだから色々と話してればいいのに」

「色々聞いた、まおの事も音羽の事も」

「食いつく話題がそれだけなんだぜ?いくらなんでもトークデッキ切れるって」

「まおのことならいつまでだって語れる、つかさはまだまだだね」

「ほんと相変わらずだよ静は」


 料理を並べ終えると指定席とばかりに空けられたつかさと静の間に座り左右からの声に昔と何ら変わりのない関係性を感じて思わず笑ってしまいそうになる。初めてオフで会った日も人見知りでありながら私のことについて根掘り葉掘りつかさから聞き出そうとしてたなぁ……などと思い出してみたり。


「静もたまには私以外の話題に興味持ってみるとかさ、ほら。ここに今人気絶頂の天使沙夜もいるんだよ?」

「……、SERAPHIMとラジオ良かったよ」

「それ絶対まお絡みだからだろ、まぁありがとな」


 少しの沈黙を挟んで告げられたのは天使沙夜の最新アルバムの名前。どちらにしろ黒惟まお絡みであるのはもうこの際諦めたほうがいいのかもしれない。つかさもツッコミを入れつつ苦笑を浮かべているが嬉しげだ。


「それじゃ乾杯しよっか、それにしても私はいつものだけど二人共同じで良かったの?」

「別にそこらへんはあんまりこだわりないしなぁ、たっかいワインとか飲んでもあんまりわからねーし」

「つかさはおこちゃまだから仕方ないよ、私はまおと同じの飲みたいだけ」


 私の手にはいつものほのよいの缶があり、二人の前にもそれぞれ同じものが置かれている。私は一缶で十分……というかそれだけで酔ってしまうので必要はないが、二人用に色々な味のものが冷蔵庫で冷やしてある。それに、なんならせっせと某化狐てんこが我が家で行う飲み会の度に持ち込んでくる日本酒やらブランデーやらがいくつかストックされているのだ。

 私と違って人並みには飲めるらしいつかさと、どんなに飲んでも顔色ひとつ変えない静であれば物足りないのではないのかと思うがそこはあまり気にならないらしい。


「へいへい、どーせあたしはおこちゃまですよー。でも音羽だってそれでいうならおこちゃまだぜ?」

「まおは私の娘だから間違ってないし」

「……馬鹿なこと言ってないで、ほら」


 煽りに対して綺麗に返してやったぜと得意げにするつかさに対しても相変わらずというか何を当たり前のことを言っているんだとばかりに言葉を返す静。基本的に人見知りである静がこうやって煽ったりからかったりする程度には二人の仲も長い月日をかけて構築されているのだ。


「……今年は本当にいろんなことがあって、二人にも本当にお世話になりました。私が黒惟まおとして活動を続けられてるのも、新たな舞台に上がれたのも二人がいなかったらこうはなってなかったと思う。だから本当にありがとう。これからも色々迷惑かけちゃうかもしれないけど……私と、黒惟まおの事よろしくお願いします」

「音羽……」

「まお……」


 忘年会として集まっているのだから軽く一年を振り返りつつ乾杯でもと思ったが、この際だから素直な気持ちを口にする。黒惟まおはもとよりその前身である動画投稿者であるただの魔王としての活動にこの二人の存在は無くてはならないものだ。それは黒惟まおという配信者になってもliVeKROne所属になっても変わらない。


 いつだってつかさの歌声や静のイラストは私の憧れであり、活動に対する活力を与えてくれる。……時にはその途方もない己との差に思い悩んでしまうときもあるが、そんな目標とすべき二人がこんなにも身近に居て慕ってくれているというのはどんなに幸運な事であろうかと最近は特に思うのだ。


「というわけで、私も……黒惟まおも二人に負けないから!乾杯!」

「あたしだって二人には負けないからな!かんぱーい!」

「そう簡単に負けてあげる訳にはいかないかな、乾杯」


 それぞれの手に持った缶を軽く打ち鳴らし私はちびちびと、つかさは豪快に、静はゆっくりと飲み始める。テーブルの上に並んだ料理はすべて私の手によるものでお酒を飲んでいてもつまみやすいように夕食というよりかはおつまみメニューが中心になっている。


「ひっさしぶりに音羽の手料理食べるけどやっぱり美味いよなぁ……」

「私は料理作ってもらいに来てたけどね」

「あたしだってラジオ同時視聴の時にケーキ焼いてもらったし!」

「ふたりともたまには自分で作ったら?」

「音羽がいるから」

「まおがいるから」


 謎のマウント合戦にため息をつき投げかけた言葉には全く同じタイミングで同じ言葉が返ってくる。やっぱりこの二人かなり仲いいだろ……。


……


「ぁふ……ごめん……ちょっと眠くなってきた……」

「あはは、相変わらず本当に酒に弱いのな」

「ベッド行く?」

「やだ……もっと二人と話す」


 積もる話をしながらお酒に料理と手をつけているうちにあっという間にほのよいの缶は空っぽになり、ぽわぽわと身体が熱くなってきて気分もそれに合わせて高揚しているのだが、いかんせん目蓋が重くなってきた。今日はこの忘年会のために朝と昼に配信をしたのだがそのせいかもしれない。かといってせっかくの年末だ、普段は見ることができない時間帯の配信にも足を運んできてくれるだろうという思いもあって配信回数も時間も増やしているのだ。


「まぁ本当に寝ちゃったらベッドに運んでやろうぜ」

「まおと一緒に寝るのは私だから」

「いやいや、今日泊まるつもりだったのか?」

「もちろん」


 面白がって私の頭を撫でるつかさの手の動きに合わせて大げさに頭を振る。それが無性に楽しくて徐々に振り幅を大きくしていくと勢いを止めることが出来ずにそのまま彼女の方へと寄りかかってしまう。


「おっと……ほんと大丈夫か?」

「大丈夫、大丈夫」


 少しばかり大げさに頭ばかりか身体まで揺らしてしまったので元の体勢に戻ろうとするが、つかさも飲酒しているせいか心なしか体温が上がっているのだろうか顔を見上げてみればほのかに赤く染まっている。


「まお、こっちのほうが寝心地いいよ?」


 そう声をかけられて静の方へと視線を向ければ両手を軽く広げて受け入れ準備万端な姿。たしかに包容力という面でいえばつかさよりも静の方がありそうな気もする……どこが、とは言わないが。でもその誘いに乗って静の方に言ってしまえばきっとつかさは悲しんでしまうだろう。あまり回らない頭でもそれくらいはわかる。でも……だからといって静の方に向かわないというのもそれはそれで静が悲しんでしまう。


 そうだ……!ならこうすればいいんだ。酔っていてもやはり私は冴えているのだ。


「静がこっちおいでよ」

「「えっ」」


 何故かシンクロする困惑した二人の声。何か私は変なことを言ってしまっただろうか……。二人を喜ばせようと思って言ったのに……。何が悪かったのだろうか。


「あーもう、静。いいから来いって……じゃないと面倒だぞコレ」

「仕方ない……、ほらそんな悲しそうな顔しないしない」


 そんな私の思いが伝わったのだろうか、何事か小さくつぶやいたつかさの声に頷いて静がこちらに寄って来てくれる。これで三人仲良く一緒に寝られる。


「静はこっち」

「はいはい」

「そしてつかさはこっち」

「仰せのままに」


 なんだか二人とも呆れたようなそんな声色な気がするがきっと二人して照れてしまっているのだろう、かわいい。そんな二人に挟まれているとさっきよりもずっと暖かくて益々目蓋が重くなってくる。


「二人とも……ありがとう……大好き」


 ぽろっと、もう何も考えていない頭で何事かをつぶやいた気がするが二人の反応を確かめる前に意識が微睡みの中に落ちていった。


「ほんと……こういうところだよな」

「ほんと変わらない」

「今日のところは休戦協定ってことで」

「それじゃ、どうする?」

「まぁこうやってくっついてれば風邪も引かないだろ」


「「おやすみ」」



──────



明けましておめでとうございます!


なかなか更新出来ずに申し訳ありません。

年末年始に続いてしばらく不定期更新となります。

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