第107話 練習
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今日は黒様がお家に遊びに来てくれまーす!!
いっぱい遊ぶぞー!!
そ・し・て♪今夜をお楽しみに♥
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まお:もうすぐ着くよ
リリス:わかった
レッスン帰りのその足でタクシーに乗り込み、都心から離れた閑静な住宅街に入ったあたりで訪問先の彼女へとメッセージを入れておく。今日はとあるお願いとオフコラボのためにリリスの部屋にお邪魔する予定なのだ。
本当ならこんな辺りも暗くなってしまった時間から訪ねるのではなく、お昼くらいから共にどこかに遊びに行きたいところではあったのだが、それは互いのスケジュールが許してくれなかった。
私はリーゼと一緒に行う
目的のマンションに到着するなり冷たい風から逃れるように足早にリリスの部屋に向かってチャイムを鳴らす。すると事前に連絡を入れていたおかげもあってかリリスはすぐに出迎えてくれた。
「……いらっしゃい」
「お邪魔します、ごめんね忙しいだろうに」
「大丈夫、まおからのお願いだし」
以前訪れた時と変わらず綺麗に片付けられた部屋に通され、着ていたコートを脱ぐと当たり前のようにそれを受け取ろうとリリスは手を差し伸べてくる。ここで遠慮をしても仕方ないということは過去の経験から学習済みなので素直にコートを手渡す。これが
「……お茶持ってくるから、座ってて」
「うん、ありがとう」
慣れた動作で渡されたコートをハンガーに掛け、一言残してキッチンへと向かっていくリリス。私の……黒惟まおの3Dお披露目配信の件で互いに正体を明かしあったのではあるが、別に付き合い方や接し方が変わったということも一切なくいつも通り。そんな当たり前のようなことが、ただただ嬉しい。
私のメッセージを受け取って用意してくれていたのだろう、すぐに戻ってきたリリスから暖かいほうじ茶を受け取って一息つく。そんなに長い時間外に居たわけではないのだが案外身体は冷えてしまっていたようでその暖かさがありがたい。
「今日の準備ってもう済んでる?」
「セッティングは全部できてる……、あとはまおだけ」
「本当にありがとう。全部任せきりにしちゃって……」
「こだわりだから……全部任せてもらっていい」
今日のオフコラボに関してはほぼ全部リリスに丸投げと言っていい企画だ。相談した段階で彼女の家で行う事を提案されたし、事前も事後もすべてお膳立てしてくれている。3Dお披露目の騒動でスケジュールがすごいことになってしまった今となっては助かるどころの話ではない。得意げに胸を張って笑いかけてくるリリスを思わず拝みたくなってしまうほどだ。
「それじゃあ、どうしよっか。先に少し練習とかしておいた方がいいかな?色々調べては来たんだけど……」
「じゃあ……、道具持ってくるから。待ってて……」
そう言って今度は普段配信を行っている部屋へと消えていくリリス。てっきり、練習は配信部屋でやるものだと思っていたがどうにも違うらしい。こればかりは私もほぼ初体験のようなものだから勝手がわからない。
……
「ええと……リリスさん?」
「……なに?」
「どうして私は、膝枕をされているのでしょうか」
「練習したいって言ったから」
しばらくして配信部屋から戻ってきたリリスの手には大きなカゴがあり、それを脇に置いて中身を丁寧にテーブルの上に並べていく姿を眺めているところまでは良かった。その多様な種類と数の多さに圧倒されつつ、一見何に使うのかわからないようなものまであってそれの用途を聞いてみようとしたところで膝に頭を乗せるように言われたのだ。
その、あまりにも堂々とした要求と有無を言わせない空気に負けてしまって大人しく膝に頭を乗せて横になっているわけだが……。まぁ、こうなってしまえば今から何をされるのかは想像はつく。というか道具だけこちらに持って来てテーブルに並べ始めた時には何となく察してはいたのだが……。
「練習って、それなら私がやらないと意味ないんじゃ」
「まずは体験することが大事……。相手の気持ちになる……」
それはたしかにそうではある。何をしてあげれば相手は喜ぶかと考えた時、自身がどうされたら嬉しいのか?と考えることは一番身近でわかりやすい答えになるのだ。
「それはそうだけど……」
「じゃあ、始める……」
もう何を言おうとこの体勢になってしまった時点で私の負けであり、あとはリリスの思うがままだ。下手に動くと邪魔になってしまうし、百戦錬磨の彼女のことだから心配はいらないだろうが危険でもある。
そっと私の耳にリリスの指先が触れる。思ったよりもその指先が冷たくて思わずピクリと身じろぎしてしまった。
「すぐに温めてあげる……まずは温かいタオルで拭くね?」
楽し気な口調と共に耳の縁に指を這わせてまるで弄ぶかのように指先を動かすリリス。それがなんだかこそばゆいような気持ちいいような不思議な気分にさせられる。一通り私の耳を弄んだ後ちょうどいい暖かさの蒸しタオルが耳に当てられ優しく丁寧に拭かれていく……それがなんとも心地いい。
「気持ちいい……?あったかくて気持ちいいね」
「……うん」
まるでひとり言のように呟かれた言葉に思わず素直に小さく頷いて答えてしまう。これはあれだ、お手本として聞いたリリスのASMR配信で似たようなシチュエーションがあったような気がする。声色はいつものリリスのものだけど、少しだけ口調が配信モードに寄っているような……。
「ふふっ……。それじゃあ、お耳綺麗にしよっか……」
口調だけ聞けば、それは間違いなく配信モードのリリスなのだが、耳に届くのはいつもの落ち着いた声色。これが声色まで配信時のものであれば脳裏には金髪ハーフアップツインで際どい衣装を身に纏っているサキュバス娘の姿が浮かんでくるのだがそうではなくて……この特異な状況もあいまってなんだかぼーっとしてきてしまう。
「それじゃあ、まずは竹の耳かき……痛かったら言ってね?外側から……カリ……カリ」
カラカラと耳かきをケースから取り出す音さえもなんだか心地よく、静かな室内ではリリスの動きや呼吸まで耳に伝わってくる。そして更に彼女の声が耳に近づいてくると優しく囁かれ、耳の外側が耳かきによって刺激される。
「ふーってするね?……ふー」
しばらく、耳の外側を耳かきでまるでマッサージするように刺激され、それが止まったと思えば今までで一番近い距離で囁かれる。その吐息ですらこそばゆいのに、宣言通りにそっと耳に息を吹きかけられ……ぞくりと何とも言えない感覚に襲われ思わず肩を跳ね上げる。
「ふふっ……、お耳よわいんだ……?ふぅー」
「んっ……ゃ……」
そんな私の様子を確認したらしいリリスの声がますます楽し気なものになり、もう唇が耳に触れてしまうのではないかと思う程の近さでからかうように囁かれ再度の吐息。ぞくぞくと背筋に甘い刺激が走り身じろぎしようとしても頭はしっかりと彼女の手によって固定され逃がしてもらえない。
「リリス……それっ……ダメ……」
「それって?……こうやってお耳で囁くのが?それとも……ふぅーってするのが?」
「んっ……りょうほぅ……」
「それじゃあ、これならいい?はぁー」
逃げ出すことも出来ずにされるがまま耳に刺激を与えられ続け、いいように弄ばれてしまっている。わかってはいたがやはり彼女は本物のサキュバスなのだ、トドメとばかりに耳の周りを手で覆われその甘い吐息が暖かさと共に余すことなくダイレクトに耳に伝わる。
「ぃゃ……っ……っ……」
「可愛い……好き……大好き……もっと、……見せて?」
もはや用意した道具なんて使わずに、ただただその甘い言葉と吐息だけで耳だけじゃなくて、身体も心もすべて弄ばれているような……。
『まお……、まお……。好き……誰にも渡さない……』
「リリス……?」
ずっと耳元で囁かれているせいで、その言葉も声で伝えられているのだと思い込んでしまっていたのだが耳に当たる吐息が止まっていることに気が付く。
『嫌だ……、一人は嫌だ……。まおも……宵呑宮も……、遠くに……』
私からの呼びかけにも気付かず、魔力を通したリリスの気持ちが……言葉が断片的に伝わってくる。それは今まで一度だって聞いたことの無かったリリスの気持ちであり言葉……。魔力として伝ってきている分それがなによりも切実なものとして訴えかけてくる。
私だって甜孤だってリリスから距離を置こうとしたことは無かったはずだ、それぞれが忙しく連絡が取り合えない期間があったとしても集まれば本当の姉妹のように自然体でいることが出来ていた。そんな中で誰よりも変わらず接してきてくれていたのがリリスという一番上の姉だったのだ。
──今となっては甜ちゃんは天下のLive*Live様だし、黒様もなんだかんだでっかくなっちゃったからなぁ。
不意に二周年記念の凸待ちで甜孤のあとにやってきたリリスの言葉と少し寂しそうな笑顔が思い浮かぶ。あの時は、いつもの調子で本人によって流されてしまったが彼女にしては珍しい事だったので引っかかってはいた。それがどうして今になって……。
それに一体なんて声をかければいいのだろう……。これがもしも意図していない魔力による思いの吐露であったなら聞かなかった事にした方が……。せめてその顔を見ることが出来れば読み取ることが出来たのかもしれないが、今は彼女の膝の上で横を向いてしまっていてその表情を確認することができない。
「リリス……?大丈夫?」
「えっ……あっ……。ごめん……やりすぎた」
その謝罪の言葉は果たして、私の耳を弄んだことに対するものなのか。それとも、意図しない形で思いを吐露してしまった事に対してなのか……。
「それじゃあ……、次は綿棒……」
ようやく私からの呼びかけに応え、気を取り直すように綿棒を手にするリリスに対してそれを確認することは出来なかった。
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