第101話 秘密
「つまり……、三人で歌い終わったあとからの記憶がないんやね?」
「うん……」
見た目上何の問題もなかったように終わった
そこまで聞いて、私は正直にあの時何が起きていたのかを二人に告げた。見せ場のロングトーンの寸前に意識が魔力に飲まれたこと。それまで一度として現れたことの無かった謎の声と言葉を交わしたこと。その声のおかげで最悪の事態は回避できたこと。
……そして、私は魔王でもなんでもないただの人間だということ。
「色々訳アリやとは思っとったけど……」
「完全に想定外……」
二人の反応から見てもやはり私がただの人間とは思ってなかったようだ。まぁここまでの事態を引き起こしてしまったせいで私自身、本当にただの人間であるかは疑わしくなってきてしまったのだが……。
「そんでも話して良かったん?秘密にしとくように言ってたんやろ?」
「もしこれが広まったら、魔界大ニュース……」
「……うん。二人にならいいかなって、言いふらしたりはしないでしょ?」
「そりゃあ、もちろんなぁ……?」
「……うん」
そう、あの謎の声は存在を秘匿するように言っていたのだ。もしかしたらこの二人に喋ろうとしたところで口止めの為に再び現れるのではないのか?とも思ったがそんな兆候もなく、マリーナからも私の正体については深く言及しない方がいいとは言われている。間違いなくその情報は今の魔界情勢にとっては劇物になりえるだろうと。
「正直、私自身も私が何者なのかわからなくなってきたし……。魔族の事情に通じていて、信頼できる二人に話せてちょっとホッとしてる……」
私の事情についてはマリーナとリーゼ、そしてそのバックについているリーゼの父親である現魔王のみが知っている。もちろん、彼女たちを信頼していないという事はないのだが……。私たちの出会いのきっかけである現魔王の意図がそこには介在する訳で、今回の事に関しても素直に伝えていいものか悩んでいるところなのだ。
そういう意味では甜狐とリリスの方がこれまでの付き合いから考えても信頼できる。もし……、万が一にも二人に裏切られるような事があったとしてもきっと私は許してしまうだろう。
「二人は今回の事……、どう思ってる?」
「せやなぁ……、まず記憶がないっちゅーことは単純にまおちゃんが忘れてしまっているだけ……。あれだけの魔力行使を行ったんや、まおちゃんが人間であるならその後遺症っていう線はまだある話やと思う。ただ、そのあと目覚めて配信を最後までやりきったのは……まおちゃんの気合。……で説明するにはいくらまおちゃんが配信モンスターやからって少し無理があるやろなぁ」
「それか……、別人格が生まれた可能性……。その謎の声が意識を失った身体を使って配信をやりきった……」
私からの問いかけに対して二人から提示されたふたつの可能性、常識で考えるなら前者の方がありえそうではあるが……。あの配信の様子を見る限りあれが無意識下で行われたものとは思えない。しかも、私自身本当に一切記憶がないというのも引っかかる。
次にあの謎の声が私の身体を使って……というものだが、……状況だけを考えるならばこちらの方が可能性は高いように感じる。なんらかのきっかけによって別人格に目覚め……
「やっぱり別人格……なのかなぁ……」
たしか二重人格というのは精神的な疾患として現代医療でも他の名前で呼ばれていたような気がする。今回魔力という要素があるため話がややこしくなってはいるが、ありえない話ではないだろう。
「その可能性は捨てきれない……、二重人格……解離性同一症は強いストレスや命の危険から自分を守るために別人格を生み出す……って言われてる。だから宵呑宮の言う通り単純に忘れてしまっていたのだとしても……、そのあと配信をやりとげたのは別人格と考えれば……説明はつく」
「魔力によって命の危険を感じたまおちゃんが自分を守るためにもう一人のまおちゃんを生み出したって訳やね?」
二人の言葉に実際、私の身に起きた事を当てはめていけば……確かにその通りなのだろう。だがしかし、それもまた何か違うような気がするのだ。世間一般で言われているところの二重人格の定義はたしかにそうなのかもしれないがどうしても違和感が残ってしまう。
それにしてもリリスからこうも詳しくこの症状についての話が聞けるとは思わなかった。配信とそれ以外でまったくの別人のように振舞っているリリスであるが……もしかして……。
「……私も、昔はそうだったから……」
そんな私の思いは視線となってリリスに伝わってしまっていたのだろう。私の視線を受けて彼女は小さく微笑んでゆっくりと頷く。
「昔は……?」
「ここから先はリリスの方が説明しやすい……」
そう言って、まるで他人事のように自らの名を口にするリリス。
「こうやって配信外で話すのは初めてかな?黒様」
「リリス?」
「はーい、夜の闇と書いて
彼女の取り巻く空気がガラリと変わり、目の前に普段の配信よりはテンション抑え目な夜闇リリスが現れる。彼女の言う通り、配信外でこのモードのリリスと喋るのは長い付き合いの中でも初めての事だ。
「リリスはその、解離性……ええと、二重人格だったってこと?」
「解離性同一症ね。んー、人間の定義でいうとそうかもねぇ。黒様があたしたちを信頼して秘密を教えてくれたからリリスちゃんの秘密も教えてあげちゃう。あたしってまぁサキュバスで魔族な訳じゃん?でも、あたしのパパとママは普通の人間なんだよねぇ」
思いもよらなかった言葉に目を見開いてしまう。それが本当であるならばあまりに今の私の境遇に似ている。
「それって……」
「そっ、黒様と同じ。それこそ小っちゃいころはあたしもただの人間として生活してた訳。ただまぁ心の中にはかわいくてえっちなサキュバスちゃんが居たから、ただの……って言っていいかはわからないけどねー。黒様、先祖返りって言葉知ってる?」
「両親が引き継がなかった遺伝がその子供に現れることだよね?」
「せいかーい!さっすが黒様博識ぃ。つまりね、あたしのご先祖様にサキュバスがいて、そんな事も忘れ去られた頃にその血を引き継いだあたしが生まれちゃったってわけ。それで小っちゃいころは人間としてのあたしとサキュバスとしてのあたし、両方の人格があったわけよ。まぁそれは結局色々あって今は一人の人格として折り合いはついたんだけどね」
いつものリリスらしく明るく簡単に言っているが、この性格のギャップだ。それは私なんかが想像できないくらい大変だったのだろう。
「んで、本題はそっちじゃなくて。黒様の話を聞いたとき、もしかしたら黒様もお仲間かなーって思ったんだけど……、そういう訳じゃないんだよね?」
「私の知る限りでは……、あとマリーナさんにも色々調べてもらったけどそんな形跡は見つけられなかったって」
「現魔王様の懐刀であるあの人がそういうなら信憑性は高いだろうねぇ、それなら別人格説もボツかなぁ」
マリーナさん魔王の懐刀なんて言われてるのか……。たしかに言動と任せられているらしい仕事を考えればその通り名はまさにピッタリである。しかし、それでどうして別人格説がボツになってしまうのだろうか。
「どうして……?」
「だって黒様普段は一人で魔力行使てんで出来ないんでしょ?元となる人格が出来ないことは流石に別人格でも出来ないんじゃないかなー。黒様が気付かないうちに普段から別人格が無意識下で特訓してたーとかない限り。それにやっぱ魔力行使ってさ、人格関係なく体質……血が重要なのは知ってるでしょ?黒様が魔族の血を引いてないならいくら別人格だろうが魔力行使はできないはず」
言われてみれば確かにそうだ。配信中他人の魔力を感じ視ることまでは出来たが結局そこまでだった。あの声が別人格であるなら、どうして私を助けることが出来たのかという問題が残ってしまう。
「それじゃ、結局何にもわからへんってことやなぁ……」
「……振り出し」
ここにきて手詰まり状態になり、肩を竦める甜狐とサキュバスモードから大和撫子モードに戻ったリリス。私については結局よくわからないということになってしまったが、それでもこの二人に相談できて色々な話が出来るようになったことは大きな前進だ。
「まおちゃんが良ければ甜狐の方でもまおちゃんのお家について調べてみてもええ?どうもあの懐刀はんはいまいち信用できないんよ」
「それはいいけど……何かあったの?」
「そりゃ、まおちゃんを利用して色々してるんやろ?底が見えないっちゅーか、まおちゃんも用心しておいたほうがええと思うよ?魔王の懐刀なんて言われる所以は確かにあるんやから」
確かに最近は色々お世話になりすぎていて半ば忘れてしまっていたが、マリーナの立場はあくまで現魔王側なのである。その利益にかなうから今の私の立場があるのであり、色々と面倒を見てくれているという側面は否定できないだろう。
「宵呑宮は……まおが倒れた時すごい怒ってたから……」
「一応マリーナさんも私の魔力については気にしてくれてたし……」
「そんであの事態を防げなかったんやから監督不行き届きなんやって。あぁもうほんま、
もう我慢できないと言わんばかりに私に抱きつきながら上目遣いでこちらを見上げてくる甜狐、その言葉からは本気の後悔の色が見えていつものように適当にあしらうことができない。
「無理だってわかってるでしょ?それに……私は
「あーもう……。色んな子ぉに手ぇつけんのにそういうところは一途なんやから……。リリスー振られてもうたぁ」
「別に……どこに所属しようと、変わらないから。いつでも個人勢に帰ってきてもいいからね……?」
負けじとリリスまで甜狐の反対側から私に抱きついてくる。そして、頼もしいことを言ってくれるリリスであるが、続いた言葉は少しだけ矛盾してないだろうか?それでも、二人とも私のために言ってくれているのだからありがたい。
まだまだ私については謎が多く残ってしまっているし、つぎの3D配信に向けての心配事はほとんどなにも解決していない。それでも、一応黒惟まお3Dお披露目配信は配信だけ見れば大成功であるし。私にとっても大きな躍進を果たすことができたのだ。
そして何より、今までずっと共に活動してきた二人との繋がりが更に強固なものになった。この二人に私を支えてくれている人たちの協力があればきっと乗り越えられるだろう。
……だからこれからもきっと大丈夫。
「あっ」
「おっ?」
「……」
ぐぅと……。お腹のあたりから音が聞こえた気がしたがきっと気のせいだろう。しかし、タイミングの悪い事に両隣の二人は私に抱きついているのである。つまりそんな些細な音もしっかりと耳に届いてしまっている。
「お腹……空いた」
「せやねぇ、なんだかんだええ時間やし、食べてくやろー?なんならもう一泊してってもええよ?」
黙っている私に気を使ってくれたのか、リリスが私の言葉を代弁してくれる。配信を見直し、そのあと色々と話し込んでいたので時計を見ればすっかり夕食時だ。
「ご飯はありがたく頂くけど、さすがに今日は帰るよ。帰って配信しなきゃ、お披露目の感想にも目を通さなきゃいけないし」
あれだけ注目を浴びてしまったのだ、リスナーたちは私の配信を心待ちにしてくれていることだろう。まるで私がそう言うことを予測していたかのように二人は視線を合わせやれやれと肩を竦めながら微苦笑する。
「そう言われると引き止められへんなぁ……」
「まおらしい……」
こうしてようやく私の……黒惟まお3Dお披露目配信にまつわる騒動について、一応の区切りを迎えることができたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます