第100話 顛末
「……おめでとう」
「なになにー?おー!えらい数になってるやん!おめでとうまおちゃん!」
私がスマートフォンを見て固まっていると、両サイドから画面を覗き込んできた二人による祝福の声でハッと我に返る。
「ありがとう……ちょっと、うん。色々感情が追い付かないかも」
もちろん配信者として再生数や登録者が増えることは喜ばしいことだ。それらが絶対ということはないが見てくれる人、応援してくれる人が増えれば増えるほど活動の幅は広がる。
私の声が、黒惟まおという存在が誰かの心に残り少しでも楽しませることができる。
しかしここまで急激な変化であると、喜びと同じくらいに困惑や恐怖という感情も生まれてきてしまうのだ。私達配信者というのは、良くも悪くも目立ったもの勝ちな側面がある。それはポジティブな事でもそうだし、もちろんネガティブな事柄によっても引き起こされる。
今回は3Dお披露目配信というわかりやすいきっかけがある分まだ困惑は少ない。しかし、何の前触れもなく特に何かしたという自覚がないときにSNSのトレンドなんかに関連のキーワードが躍り出た時には何かやってしまったのではないか?と考えてしまいがちだ。
「素直に喜べばええのにー。まぁ今はそれどころやないか」
「配信、確認しよう……?」
「えっ、あっ、うん。そうだった再生するね」
うりうりと肩でこちらの身体を押してくる甜狐。あまりの驚きに一瞬目的を忘れてしまっていたが、今は配信を確認するのが先だ。この分だとSNSの方もすごいことになってそうだが配信の顛末を知らないことには素直に喜べない。
リリスにも促されスマートフォンを一度テーブルの上に置いてテレビのリモコンに持ち替え配信アーカイブを再生する。
「スタジオでも一応見させてはもらっとったけど、やっぱこのオープニングはエモエモやねぇ」
「
「おっ、リリスも今映ったなぁ」
まずはオープニングからはじまり、そして黒惟まおが現れソロで
何回もリハーサルの映像を見た記憶はあるが、やはり本番の映像というのはまるで違って見えてしまう。特にその立ち居振る舞いと不敵に笑う表情は黒惟まおそのものであり、そのあとのリスナーとのやり取りも含めて私が演じているとは到底思えないほどだ。
「魔王様……」
「ほんまこの時のまおちゃんは入り込んでたなぁ」
自身の姿であるはずなのだが見入ってしまって二人の言葉に反応することも忘れてしまう。それほどに画面に映る黒惟まおの姿から目が離せない。
しかしそれもゲストである二人が現れたことによってはっきりと空気感が変わる。
「……やっと、皆の前で一緒に立てた」
ポツリとひとり言のように呟かれたリリスの声が耳に届く。そう、今回なによりも3D共演を喜んでくれたのは彼女である。このあとの展開もそうだし、ダンスの振りのことも本当に感謝してもしきれない。
「ありがとねリリス、すっごく待たせちゃった」
「ううん……。待ってたけど……信じてたから」
ごめん、とは言わずにありがとう。と感謝の言葉をリリスに伝える。その方がきっと彼女は喜んでくれるだろう。画面の中でわちゃわちゃといつも通りのやりとりを繰り広げる三人を見守る。
「ここ、リリスナイスやったねぇ」
「……お姉ちゃんだから」
「ここはほんとに二人に助けられたね、ありがとう」
ついつい画面を見守ることに夢中になって口数は少なくなってしまうが、リリスが不満を爆発させている風を演じながら見事に軌道修正してくれた場面に差し掛かる。
改めて配信で見てみても不自然さを感じることもなく自然と歌唱パートへとつなぐことが出来たのは二人の機転のおかげだろう。
「って言ってもまおちゃんも途中から気付いてたんやろ?」
「それでも最初はちょっと焦ったよ」
「まだまだ……」
ふふっと胸を張って得意げな笑みをこちらに向けてくるリリス。彼女に言わせれば私なんかまだまだということだろう。こればかりはどんなに経験を積んでも、時間をかけても敵わない気がしてしまう。我らのお姉ちゃんはすごいのだ。
二人との歌唱パートも無事終わり、そして問題の三人での歌唱パートへと配信は進んでいく。
「二人には……」
と言いかけて言葉に詰まる。ここから先はこれから起きた事、魔力についての話をしなくてはならなくなる。この時感じた二人を取り巻く魔力、それははっきりと二人は本物であることを示していた。
しかし、あの場の特異性故か何らかのきっかけがあったのかは定かではないが、あの時見えていた魔力の流れを今は見ることが出来なくなっている。それでも、自身の内にあるものはよりはっきりと感じ取れるようにはなったのだが……。
お風呂で試してみたとおり一人では魔力行使は行えず、また他人の魔力を感じることもできない。この二つについては完全にお披露目配信前の状態に戻ってしまったのである。
これまでだって二人の方からそのような事を言ってきたり聞かれたりしたことは一度も無かった。それはきっと配信で黒惟まおとして振舞っている時以外は人間として二人に接してきたのだから配慮してくれていたのだろう。
いつだったか、マリーナに聞いたことがあるのだ。どうして、魔族は私の魔力を感じることが出来るのに配信外ではコンタクトを取ってきたりしてこなかったのかと。
『我々、魔族にも様々な事情を持つ者がおります。だから無暗に相手の正体を暴こうとする者は少数派です。それに、強大な力を持つかもしれない相手の不興を買うことは避ける。それは人間だって同じではありませんか?……もっとも、最初にコンタクトを取ったわたくしが言えたことではありませんけども』
そう言ってマリーナは苦笑いしながら答えてくれた。
私が言葉を選んでいるうちに配信上では三人が歌い始め、二人は何も言わずに私の言葉を待ってくれている。
「二人には……私は、黒惟まおはどう見えていた……?」
選んだのは直接的な言葉ではなく、どうとでも捉えられるようなそんな質問。ここまできて往生際が悪い事この上ないが、それでもこの言葉によってもしかしたら三人の関係性が変わってしまうのではないかと思うと……、私から切り出す勇気がまだ足りない。
「……すごかった」
「せやねぇ……、リリスやないけどほんますごかったのは確かやね。でもまおちゃんが聞きたいのはそういうことではないやろ?」
二人から返ってきた言葉も核心には触れずに逃げる余地を与えてくれている。ここで私が誤魔化してしまえば、二人からは何も言ってこないだろう。こればかりは私が決断して二人に話さなければいけないのだ。
「……心配しないで話して?」
「何があってもうちらは変わらへんよ?」
まるで私の迷いを見抜いているかのように優しく言葉をかけてくれる二人。それは彼女たちが出来る最大限の手助けであり、すべてを私に任せるという意思表示に他ならない。
そうこうしているうちに配信では最大の見せ場であった私のロングトーンの場面を迎えようとしている。ここで私はあの謎の声と会話し、そして助けられたのだ。
あの場面を迎えたらちゃんと二人に告げよう。そうしなければこれ以上話を進めることができなくなるし、ここから先ずっと誤魔化し続けることになってしまう。そんな、二人を裏切るような事私に出来るはずがない。
私のすべてを出し切ったその歌声は本当に自分が発したものか信じられないほどに心に響いた。もう一度歌ってもここまでのパフォーマンスは出せないだろう。
「二人には私の……、黒惟まおの魔力は見えていたんだよね?」
「あんなにすごいのはじめてだった……」
「そりゃ、あんだけすごいもん見せられたらなぁ」
意を決して問いかけた言葉に頷く二人。
「二人は……本物ってことで、いいんだよね?」
「せやねぇ、別に隠してたって訳でもないんやけど。まおちゃんも訳アリって感じやったし」
「色々事情がありそうだったから……」
「私の場合、訳アリっていうか……」
私は二人と違ってただの人間であるはずなのだ。魔王であるのはあくまでVtuberの黒惟まおとして演じているだけの姿であり、偽物の魔王。それが何の因果か、本当に魔力を纏い本物の魔王になるかもしれない状況ではあるのだが。
「このあと私、倒れちゃったんだよね……?」
「あん時はほんまびっくりしたで、すぐそばにおったからなんとか受け止めれてよかったわ」
「あれだけの魔力行使したんだから……仕方ない」
やはり、歌い終わった後私は意識を失い倒れてしまったようだ。大した外傷がなかったのは二人のおかげであろう。配信上では何事もなかったかのように絶妙なタイミングで暗転し次のアカリちゃんとのパートへ繋がっているが現場の混乱はすさまじかっただろう。
「でも大したことなくてほんま良かったなぁ、なんとか最後の歌までには間に合ったんやし」
「宵呑宮すごい剣幕だった……」
「アレはまぁ……まおちゃんの大事な舞台やったし……」
「……えっ?」
周りの反応から予想した通り、倒れる姿を晒さずに済んでいたことが確認できてホッとするが。甜狐の口からでた言葉に思わず画面から彼女の方へと視線を向ける。
最後の歌に間に合った……?
続くリリスの言葉も気になるが、それがどういう意味なのかまったく理解できない。三人で歌い終わったあと意識を失った私が目覚めたのは、配信が終わった翌日この宵呑宮家のお屋敷であるはずなのだ。
「ちょっと待って?私、最後に歌ったの?」
「ん?覚えてへんの?甜狐とリリスで控室に運んですぐやったかなぁ、目ぇ覚ましてスタジオに戻ったやん?」
「みんな止めたけど、このくらいなら平気だって……」
不思議そうに私を見返して当時の状況を振り返る二人。まさか二人が嘘を言うとも思えないし、このまま配信を見続ければどうなったのかはすぐにわかる。もしかして記憶にないだけで本当にあのあと再びステージに上がったのだろうか……。
「アカリ先輩は流石やねぇ」
「
「この収録あったっぽい日からアカリ先輩めっちゃ機嫌よかったからなぁ」
一人状況を呑み込めていない私を置いて配信はどんどん進んでいく。このあとどうなったのか気になりすぎて二人の言葉は聞こえているのだが、そのまま右から左へと素通りしていく。
「たしかこの頃にはもうスタジオ戻ってたはずやよ?覚えてへん?」
「……大丈夫?」
アカリちゃんとの歌唱も終わり、記念の撮影タイムが始まったころにはスタジオに戻っていたらしい。そんなことを言われてもまったく身に覚えがない……まさか意識がないままステージに上がったなんてそんな話あるわけないし。本当に忘れてしまっているだけなのだろうか。
「……その時の私、どうだった?」
「どうって言われてもなぁ……、スタッフが何を言っても平気だとしか答えへんかったし。でもいつものまおちゃんって感じではなかったかもなぁ。あんなことの後やったから気い張ってるもんやと思ったけど」
「あの日の配信は最初からちょっと雰囲気違ったから……」
「そうそう、言われてみれば魔王様モードっぽかったかもなぁ」
魔王様モード……。確かにあの日は開幕のVesferからいつも以上に黒惟まおであったように思える。なんとか配信を無事に終わらせるという思いだけで最後の死力を尽くしたとでも言うのだろうか。
アカリちゃんとの撮影タイムも終わりそのあとの告知も終わって……。私の記憶にないはずなのに配信画面上には黒惟まおが立っている。
「本当だ……」
それは台本通りという訳ではなかったが、それでもきちんと予定していた楽曲を歌い……そして最後の挨拶までしている黒惟まおの姿であった。
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