第96話 幕引き
「まお様……すごい……」
待ちに待ったまお様の3Dお披露目配信、この日のために用意したリビング壁一面のスクリーンに映し出された歌い踊る彼女の姿を見て無意識に呟いていた。
まお様にはわたくしリーゼ・クラウゼの3Dお披露目を配信で見守って欲しいと言ってしまった手前、彼女の晴れ舞台をわたくしだけがスタジオで見るというのもなんだかズルい気がしてしまい今日は大人しく自宅で応援だ。
それにお互い何回かはリハーサルの場面に立ち会うこともあったのでだいたいの流れは把握している。ただ、改めて最初から配信を見ていると何も知らない状態でこの感動を味わいたかったと思うのは流石に贅沢が過ぎるだろう。
もちろん、真夜中シスターズである
今日のまお様はなんというか、登場からしていつも以上に魔王然としていたというか……。特に
と言っても、気心が知れた夜闇さんと宵呑宮さんが登場してからは二人に翻弄されつつも本当に楽しそうに振る舞ういつものまお様の姿も大変魅力的である。
しかし、そんな三人が共に歌っている最中に異変は起きた。
歌も終盤に向かい盛り上がりが最高潮を迎えようとしたところで、まお様の魔力がまるで爆発したかのように膨れ上がりそして一瞬にして消え去ったのだ。普通なら配信を通しているので多少の魔力変動など伝わってこないものだが、それを考えれば配信で見て取れる何十倍もの魔力変動が彼女の身に起きたことは間違いない。
とっさに自らも体内の魔力を励起し、魔力探知によってそれほど遠くない配信が行われているスタジオの方へと感覚を伸ばしていく。それと同時に配信画面ではまお様渾身の歌声が響き渡り、今度は彼女を中心に大きな魔力行使が行われたことが配信越しではなくはっきりとこの身でも感じ取ることができた。
それはまるでこの世すべての幸せを願うような祝福。その願いの対象は膨大すぎていくら魔力をつぎ込んだとしても祝福が届く頃にはほんの僅かな……それこそ殆どの者は送られたことに気づくことすらできないだろう祝福だ。
しかし、それでもその力の源になった魔力を送った者。信仰という形で、応援という形で無意識下でも力を届けた者にはしっかりと感じ取れるほどの祝福が送られたのではないかと思う。
魔力を感じることの出来ない人間であれば難しいかもしれないが、多少の素養がある者であれば感じ取れただろう。
まさか、配信でこんな大規模な魔力行使を行い与えられた力を祝福として返してもらえるなんて……。
基本的に魔力行使というのはその対象は狭ければ狭いほど効率よく強力になり、またその逆に対象が広ければ広いほど必要魔力も跳ね上がりロスも大きくなってしまう。だからこそ何らかの目的があるか、魔力行使について何もしらないような人物でなければこのような事は行わないのだ。
ただし、そんな常識すら覆せるほどの力の持ち主であれば話は別であろうが。
まお様から送られた祝福は直接それほど大きな力を与えるものではない。それはほんの少し勇気付けられたり、気持ちが軽くなったりする程度のものだろう。それでも少なくとも今この配信を見ている人々……更に今は見ていなくても彼女を応援したことのある人々にまで届いたであろうことを考えればとてつもないことである。
これが本来のまお様……魔王黒惟まおの力であるなら、次代魔王を巡る魔界側の動向もより注視する必要が出てくるだろう。彼女を味方として引き入れているのは事実であるが、こんなものを見せつけられてしまっては天秤の先が大きくまお様へと傾いたことだろう。それほどまでに今回の出来事はわたくしにとっても魔界にとっても大事であるのだ。
自らにも届けられた祝福を大切に胸の奥にしまい込みながら、まお様の全身全霊を込めた歌声の余韻に浸る。祝福の事を抜きにしてもその歌声は心に響く本当に素晴らしいものだった。
歌唱が終わり、今までにもましてコメント欄がパンクしてしまうのではなかろうかと思ってしまうほどの速さで流れていく感動や称賛のコメント達に見送られるように三人の姿は暗転して見えなくなってしまう。予定通りであればここでゲスト二人の出番は終わり……そして。
わたくしのときにも使ったダンスフロアステージに立つまお様が現れる。しかしそこは以前とは違いシャンデリアはギラギラとした光を発しているわけでもなく、ライトも七色ではなくスモークも炊かれていない。バリバリのダンスフロアと言うわけでもなくどちらかといえばただのアイドルステージのようである。
:おっ
:リーゼちゃんのときとは雰囲気違うな
:わりと正統派だ
:こっからソロかな?
ステージの新たな一面に色々なコメントがつくなか、明るい曲調のイントロが流れ始める。
:この曲は!?
:まじか
:そうきたか!
:アカリちゃんの!
すぐにその曲の正体に気がついたリスナーたちによってコメントが埋め尽くされる。そう、次の曲は先程まで一緒に歌っていた宵呑宮さんの先輩でもある
:アイドルソング歌うまお様もいいな……
:まお様かわいいよー!
:さすがの歌い込みっぷり
:振り完コピじゃんw
『まおちゃーん!遊びに来たよー!!』
:!?????
:えっ!?えっ!?
:アカリちゃん!?
:は?ええええええええええ
まお様が少し歌ったところで、明るい声と共に突如現れた新たなるゲストの姿に驚愕のコメントがどんどん流れていく。それはそうだろう、今日ゲストとして予め発表されていたのは真夜中シスターズである夜闇リリスさんと宵呑宮甜狐さんだけであり、明日見アカリさんの名前など一切出してこなかった。完全なサプライズゲストに驚くのも無理はない。
わたくしだって最初聞かされた時は驚きのあまり聞き返してしまったし、しかもそれをわざわざサプライズとしてその時まで秘密にするというのだからとてつもなく贅沢なゲストの起用法だ。
さすが大ファンを自ら名乗るだけあって、明日見さんに並んで歌って踊るまお様の姿はまったく見劣りしない。それでもやはり踏んできた場数がそもそも違うのだ。Vtuberという文化を黎明期から支え、Live*Liveという事務所をアイドル事務所として牽引してきた明日見さんのパフォーマンスは目を見張る物がある。
:やっぱアカリちゃんは本物のアイドルやなって
:まお様も負けてないぞ!
:この二人が並んでる姿が見れるなんて……
:まお様も嬉しいやろなぁ
『というわけで、なんとアカリちゃんが我の3Dお披露目に駆けつけてくれた。忙しい中本当にありがとう』
『みなさんこんばんは!Live*Liveの明日見アカリですっ!私こそ、こんな大事なステージに呼んでくれてありがとう!こうやって配信でお話するのはまおちゃんの二周年の時ぶりかな?』
『そうだな、あの時は我も突然の凸に驚いてしまったが今回はきちんとリスナーたちを驚かすことができたんじゃないか?』
:あの時も驚いたけど今回はまじでいきなりすぎる
:サプライズすぎる
:声出たわ
:まじでびっくりした
『あの時約束したうたみた動画も私のスケジュールが合わなくてなかなか実現できなくて申し訳なかったんだー、だからこうやって一緒に歌えて本当に嬉しいよ!もちろん、うたみた動画もまだ諦めてないからねっ?』
『アカリちゃんが気にすることはないんだが……。そのおかげでゲストに来てもらえる機会を得られたと思えば感謝しかないよ。本当にあの明日見アカリちゃんと一緒に歌って踊ることが出来るようになるなんて、デビュー前の我に言っても信じないだろうな。うたみたの方は最近我もなかなか時間が取れなくて申し訳ない』
:ほんとすごいなぁ
:二人共最近更に忙しそうだもんなぁ
:まじでゲスト実現したのすごい
:うたみたも楽しみにしてる!
『せっかく3Dでお互い同じステージに立てたんだし、たくさん写真取ってもらおうよ!』
『それは我からも是非お願いしたいな』
明日見さんからの提案に対して本当に嬉しそうに頷くまお様。口調はいつもの黒惟まおのものであるが、ちょっとした仕草や受け答えなんかを見れば素直にはしゃいでいるみたいで見ているこちらとしても嬉しくなってしまう。そりゃ推しと同じステージに立って話して、歌って踊ってなんてことが叶うのは奇跡みたいなものだろう。わたくしもその気持はよくわかる。
まお様と明日見さん、お互いいろんなポーズをとりあいカメラがそれをいい画角で抑えていく。いまごろ大量のスクリーンショットがSNSに投稿されていることだろう。もちろんわたくしも配信が始まってからここまでスクリーンショットを撮る手はほとんど止まっていない。それこそ止まったのはあの魔力騒動の時くらいだ。あとで厳選した画像をSNSに投稿しなくては……。
『いっぱいいい写真とれたかな?あとで私もチェックしにいくからたくさん感想と一緒に投稿してねっ』
『我も楽しみにしているので力作を期待しているぞ』
:任せとけ!
:スクショ撮る手が止まらん
:もうSNSがスクショまみれや
:いいスクショたくさん撮れた!
『それじゃあ、まおちゃん3D本当におめでとう!また一緒のステージに立とうね!』
『アカリちゃんも本当にありがとう、またステージを共に出来るように我も願っている』
:アカリちゃんありがとう!
:またみたいぞー!!
:次も待ってる!!
:最高のゲストだったな
そう言って再び配信画面は暗転し、告知画面へと切り替わる。まずはわたくしの時にもあった公式クリスマスボイスの告知だ。
:クリスマスボイスだ!!
:やったー!
:まお様とクリスマス!
:楽しみすぎる
リーゼ・クラウゼの公式クリスマスボイスがliVeKROneから出るのだから、当然黒惟まおのボイスもあるであろうことはわたくしの発表の時から当然のように言われていたので告知を聞いても喜びの声は多くあれど驚きの声は少ない。だけれど告知の本番はここからである。
『さて先日のリーゼのお披露目配信でなにやら気になることを言っていたな?』
:お?
:クリスマス翌日のやつ!
:いいことあるやつ!
:もったいぶらずにはよ!
『せっかくliVeKROneに所属している我々が3Dになったのにお互いのお披露目に出てこないのは何故かと思わなかったか?』
:それはそう
:たしかに
:つまり……?
:ってことは
『まぁ裏話を言ってしまうとお互いやりたいことが多すぎて、とてもそこまで余裕がなかったということもあったのだが……』
:草
:ぶっちゃけたw
:そりゃこれだけ色々したらなぁw
『ということで12月26日に我とリーゼでの3Dクリスマスミニライブを行う!ライブとは銘打っているがまぁ歌う以外にも色々しようと思っているので楽しみにしておくように』
:やったー!!
:土曜日か
:クリスマス延長線だー!!
:ツイスターするしかねぇ!!
今回の3Dお披露目配信にあたって、お互いの配信にゲストとして出演するという話は当然のようにあがっていた。しかし、お互いにやりたいことだったりスケジュールの調整だったり、どうしても無理な部分が見えてきた時点でお互いにやりたいことを全力でやろうときっぱりその方向性は諦めたのだ。
ただし、せっかく3Dの身体を手に入れたのだからそれは別として早く3Dでの共演を実現したい……。ということで急遽企画されたのが3Dクリスマスミニライブということだった。
まぁ結局のところお披露目の約一週間後であるのでただでさえギリギリのスケジュールが更にタイトになったことは言うまでもない。お互い相手のお披露の時間くらいはと予定を空けてもらえたが、明日からはまた予定がギッシリと詰まっているのだ。
そんなスケジュールにため息を漏らしそうになるが、配信画面では告知画面が終わり玉座の間に再びまお様の姿が現れる。
『では最後に一曲歌って幕引きとしよう』
:もうそんな時間か……
:あっという間すぎる
:終わらないで……
『本当に我は慕われておるのだな、そう悲しまなくてもよい。別れは一時、永遠の別れなどというわけでもあるまい』
:なんなら明日も配信しそうである
:それはそう
:最後まで楽しもう!
:クリスマスライブもあるしな!
最後にまお様が選んだのは歌枠でもよく聞くバラード曲。最後の曲ということもあってかいつもよりも少しだけ声に物悲しさが含まれているような気がしてくる。それでもその歌声はとても優しく……すべてを包み込むようで、どこか懐かしさを感じさせるものだった。
『これからも……我の事を、黒惟まおの事をよろしく頼むぞ。最後くらいは言っておいてやるか、おつまお』
:おつまおー!
:おつまお~
:本当に良かった!おつまおー
:最高だった!
こうして、魔王としての資質をこれでもかと見せつけられたまお様の3Dお披露目配信は無事に終わったのであった。
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