第95話 黒惟まお3Dお披露目配信⑤

【黒惟まお3D】我が城にようこそ、ゆっくり寛いでいってくれ【liVeKROne】


「あー!黒様と甜ちゃんこんなところで飲んで!リリスちゃんも混ぜろー!」


 :もう一人のんべぇが来たな

 :ぬるっと出て来て草

 :その恰好だといかがわしい店にしか見えない

 :そういうお店かな?

 :甜孤飲もうとしてて草


 横から聞こえてきた声に顔を上げ、そちらに顔を向ければリリスが文句を言いながらこちらに歩み寄ってくる。隣に座る甜孤は空のグラスを弄び、その表情は中身がないことを残念がっているようにしか見えない。


「黒様も甜ちゃんもおつかれさまっ!いやー良かったよー!黒様があんなにお口わるわるなのレアじゃない?」

「たまにはまおちゃんも毒吐いた方がスッキリするやろ?それに、リリスも良かったでー、歌い始める前はどうなるかと思っとったけど」

「あんなのちょっとした恋の駆け引きに決まってんじゃーん、押してダメなら引いてみろってね」

「まぁそれで結局サヨナラした訳だけどな?」


 :草

 :それはそう

 :お別れしましたね……

 :破局エンドか

 :破局からの酒に溺れるエンド


 私たちの元へとやってきたリリスは私のすぐ隣の椅子に腰を下ろし、そのままこちらにしなだれかかってくる。結局あそこまでリリスが執拗に突っかかってきたのは狂ってしまった予定を元に戻すため。それも元々用意してあった、甜孤からの無茶ぶりに応える形でリリスに別れを告げるという流れよりもよっぽど自然で真に迫っていたと思う。


 落ち着いていたようでいつもとは違う反応を見せたリリスに困惑していた私であったが、もしかしたら甜孤あたりはいち早く気付いたからこそ助け船を出すと見せかけて進行の手助けをしていたのかもしれない。


「黒様ひどーい!!でもいつもならこうやってくっついてもすぐに離れるのに、今日はそのまんまってことーはー?もうっクーデレなんだからっ」

「今すぐにいつも通りに扱ってやってもいいんだが?」

「ほんま二人は仲良しやねぇ」

「そりゃー!黒様とリリスちゃんの仲だもんねー!」

「はいはい、御馳走様」


 ぷんぷんとわざとらしくわかりやすく、おどけて怒って見せるリリスであったがすぐにニヤニヤと嬉しそうな笑みへと切り替える。たしかにこの手のノリでやってきたリリスに対しては塩対応を心がけていたのだが、あそこまでうまく進行をカバーしてもらったことを考えるといつもの事とはいえあまり邪険には扱えない。


 おそらくそんな思惑も見透かされているのかますます笑みを深めたリリスがこちらの顔を覗き込みウィンクを投げつけてくる。

 実際目の前にいるのは黒髪の大和撫子なのだが、まるで画面の中にいる金髪ハーフアップツインのマイクロミニセーラーを身に纏ったサキュバスの姿が重なって見えるようだ。


 :にやにや

 :やっぱり普段からイチャイチャしてるんだ

 :まお様なんだかんだリリスの事大好きだよな

 :てぇてぇ

 :リリ黒!リリ黒!


「なぁーまおちゃん、ここのお酒って飲めへんのー?」

「何を言ってる、さっきから飲み続けてるじゃないか」


 先ほどから手に持ったグラスを目の高さまで持ち上げそのまま中身を呷る甜孤。実際は空のグラスだが画面ではグラスに満たされた液体が傾きに合わせて減っていき丸く削られた氷が心地よい音を響かせる。


 :さっきからガバガバ飲んでますやん

 :無限に湧き出るやん

 :地味にこのステージも造形細かいよな


「それはそうなんやけどー」

「ねーねー、あたしも飲みたいー」

「仕方ないな、ほら」

「わっ、黒様カッコイイーありがとー乾杯しよー」


 甘えてくるように頭を私の肩にグリグリと押し付けられ、やれやれと酒飲み二人の様子に嘆息を漏らしパチンと指を鳴らす。すると画面上ではリリスの前にワイングラスが現れているはずだ。


 :かっけぇ

 :一度はやってみたいやつ

 :ちょっと酒用意してくる

 :ワイン飲んでるわ


「黒様のー3Dお披露目とー」

「配信の成功を記念してー」

「ってまだ配信終わってないからな?」

「細かいことは気にせずにかんぱーい!」


 :かんぱーい!

 :草

 :打ち上げはじめんなw

 :KP~

 :いえーい!!


 勝手に音頭を取って、勝手に盛り上がる二人に合わせてグラスを打ち鳴らしバーチャル飲酒と洒落込む。これの何がいいっていくら飲んでも酔う心配がないし、いくらでも飲めてしまうところだ。まぁ冷静に考えてしまうと虚無感に襲われかねないので雰囲気に酔うしかないのだが。


「盛り上がっている二人は置いておくとして、新たなこのステージはどうだ?こちらも負けず劣らず魔王城に相応しいだろう?」


 :良い雰囲気だよねぇ

 :なお魔王は下戸の模様

 :まお様と飲みたいです!

 :バーテンダー欲しいな

 :お庭の方はー?


 椅子から立ち上がり改めてバーステージをグラス片手にカメラを伴って紹介する。勝手に盛り上がっている二人はとりあえず放置していていいだろう。


「不思議とここで飲む分には我もなかなか酔わないのでな」


 :それはそう

 :今度ここで晩酌3D配信してもろて

 :おっ、言ったな?

 :まお様なら雰囲気だけで酔いそう


「お酒よわよわな黒様のくせに生意気だぞー!」

「今度ちゃんと酔えるお酒持ってきたるからなぁ」


 さんざん二人やリスナーからはアルコールに弱いことを弄られているので、少し得意げに語ってしまうが離れた場所からは文句の声が届きコメントも同意見のようだ。あまりそのあたりは触れてしまうと墓穴を掘りかねないので言及は止めておこう。


「さて、ではもうひとつのステージもせっかくだし披露しようか。二人とも移動するから立ち上がらないと危ないぞ?」

「「えー」」


 再びワイングラスを登場させたときのように指を鳴らす。すると一瞬の暗転を挟んでロケーションはバーから庭園に移っているはずだ。


「甜孤のお酒……」

「黒様見てー空気椅子ー」


 :草

 :まるで本当に椅子に座ってるみたいだー(棒

 :なぜか椅子が見えるわ

 :これがマジカル空気椅子か


 どうやら私の言葉に素直に従ったのは甜孤だけだったらしくロケーションが移った今、画面上ではまるで見えない椅子に座っているような安定感がある空気椅子状態のリリスが映し出されているだろう。ただ、リリスであればこのくらいの空気椅子であれば仕掛けなどなくても難なくこなしてしまいそうではあるのだが。


「ここでリリスとまおちゃんは別れたんやねぇ……」

「ちょっとー!縁起でもない事言わないでよー」

「まぁ最期は笑い合って別れたからな、お互い吹っ切れたんだと思う事にしよう」


 :別れないでもろて

 :次の出会いに期待しよう

 :まおの女はいくらでもいるからな

 :草


「まおちゃんには甜孤がおるからなぁ、残念やったねぇリリス」

「そんな飲んだくれパートナーにしたら苦労するんだから!」


 勝ち誇るように私の腕を抱え抱いて寄り添ってくる甜孤、そしてその様子を見て椅子から飛び上がるように立ち上がって同じように反対側の腕を抱くリリス。傍目に見れば美女ふたりに囲まれ両手に花状態なのだろうが、私にはお気に入りのオモチャを取り合っている姉妹のようにしか見えない。


 :隙あらばいちゃつくー

 :3Dで良かった……

 :庭園の草木になって見守りたい

 :月になって見守りたい


「そうくっつかれるとこのステージを紹介できないだろう、まぁ見ての通り魔王城の庭園なのだが」


 :いいお庭ですね

 :三人がいちゃついててそれ以外目に入らない

 :百合が咲き乱れてますねぇ……

 :ここにキマシタワーを建てよう

 :お庭は夜固定なん?


 まぁよく整えられた庭園であるのだが屋外ということもあり造形物もシンプルだ。今まで出てきたステージの中で一番広々としていて開放的である。ただ、あのダンスフロアを作り上げたスタッフの事だからそのうち何か仕掛けを仕組んできそうな気がする。


「さすがに我でも時間を操作することは難しいが……。もちろん夜以外にもここは使えるらしいぞ?機会があれば見ることもあるだろう」


 :ほう

 :お昼にピクニックできるね

 :いろんなことできそう

 :お庭デートできるな


「はいはーい!白いブランコ置いて犬も飼ってー、名前はケルベロスでー」

「甜孤はとりあえず葡萄でも育てよかなぁ」

「お前たちは人の城の庭で何しようとしてるんだ」


 :草

 :地獄の門番飼わないでもろて

 :完全に新婚の新築の庭

 :ワイン作る気やぞ


 とりあえずは予定していたステージの紹介も終わり、押し気味だった時間もいい感じに調整できたようだ。なにより体力回復に充てるはずの時間だったので、それが必要ないくらいに魔力によって体力が温存できていることは嬉しい誤算だ。

 ただし、想定以上に魔力が流れ込み続けているので念のため隙を見つけて魔力を放出しておいた方がいいかもしれない。ちらりと手首に巻いているブレスレットに視線を向けると、そこにはすっかり真っ赤に染まった石達が並んでいる。


 その分体内の方には幾分余裕があるようには感じるので大丈夫だろう。本格的に危ない状況であればそうなる前にマリーナから何らかのアクションがあるだろうし。


「ではそろそろ城の中に戻ろうか、季節柄ずっと外という訳にもいくまい」

「黒様にあっためてもらってるから平気だよー」

「甜孤の尻尾も使ってくれてええんやよ?」


 いまだに二人とも私の両隣というポジションを譲る気はないらしく、時節やロケーションに反して暑いくらいではあるのだがこればかりは仕方ない。なんとか二人の拘束から抜け出し三回目の指鳴らしで三人の姿はダンスホールへと移動する。


「ここは……」

「ダンスホールやねぇ」

「それぞれとは歌ったがようやく3Dの姿で集まれたんだ。三人そろって歌わなくてはだろう?」


 :おっ

 :とうとう……

 :真夜中シスターズで!

 :やったー!!


 この歌を歌ってしまえばゲストである二人の出番はそこまでとなる。本当に……楽しかった時間はあっという間ということだろう。それはこの配信に限った話ではなく、三人で歌やダンスの練習をした時から……、ゲストの依頼をした時から……、三人が出会ったあの日から……。黒惟まおになってからでさえ、あっという間だったように感じてしまう。


「そうこなくっちゃ!」

「せやねぇ」


 微笑みながら二人から返ってくる言葉を受けゆっくりと頷く。


「この歌は二人に……。そしてここまで我に関わってくれた全ての者に送る曲だ。貴方たちが居なければ今日ここに我は立っていなかっただろう。だからすべての感謝を込めて……祝福を」


 言葉ひとつひとつを大切に、目を閉じ色々な出会いや別れを思い浮かべながら、ゆっくりと息を吸い……祝福の言葉と共に歌い出す。


 :これは……

 :懐かしいなぁ

 :やっぱりこの曲か


 それはどこまでも前向きな祝福の歌。

 生まれてきた日に、これから生きていく日々に祝福があらんことを。

 重なる歌声に思いも重ねて、祝福の言葉を重ねていく。


 紆余曲折があり寸前で決まったこの曲であったが、そのことを含めてもこの曲で良かったのだと思う。なぜ最初にこの曲を思い浮かばなかったのだろうと思う程に今の私にぴったりの曲。二人が作ってくれたリストの中に埋もれているのを見つけた時はもうこれしかないと思った。


 これまでの感謝とこれからの希望を込めて、共にここまでやってきた二人と歌える事が何よりも嬉しい。

 決してここまで順風満帆という訳ではなかった。3Dで三人揃うまでに随分待たせてしまったし、二人に比べて私なんてと思う日はそれこそ数えきれないほどあった。それでもその二人の姿に勇気づけられ、いつか今日このステージに共に立つことを夢見て前を向いて歩いてきた。


 :ほんとにいい曲だなぁ

 :シンプルにいい

 :この三人の歌声の相性の良さよ

 :なんか泣けてきた


 リリスの明るく誰をも元気づけるような歌声に甜孤の癒されるような優しい歌声。もちろん二人の魅力はそれだけではないのだが、それは彼女たちのファンであれば当然知っているだろうし、今日この配信で知ったとしても伝わっているだろう。それくらい私にはもったいないくらい最高の二人なのだ。


 そして、そんな私たちを見守りいつも応援してくれているリスナーたち。もちろんこの配信はスタジオで行っているので直接その姿を見ることは出来ないのだが、モニターに映し出されてる大量のコメント。そしてなによりその思いは魔力としてたしかにこちらに届いている。そのような力の存在を知らなかった時でさえ、無数のコメントや応援の言葉に力を貰っていたのにそれが魔力としてより感じ取りやすくなった今ではその思いの大きさを思い知るばかりだ。これではいつまでたっても貰ったものをリスナーたちに返せそうにない。


 あぁ……そっか、やっぱり二人も……。


 共に歌い踊り、同じ力を受け取っているせいだろうか。何度訓練しても見えなかった二人を取り巻く魔力の流れがはっきりと感じ取れる。魔界の……魔族の存在を知ってから薄々そうではないかとは思っていたがやはり二人とも本物であったのだ。


 そんな本物の二人から私がどう見えていたのかは気になるところだが、そんなのはこの配信が終わってからの話でいいだろう。今はともかくこの3Dお披露目配信を成功させなければならない。それに、なによりこの幸せな時間を少しでも長く感じていたい。


 曲も終盤に差し掛かり、私に任された見せ場でもあるロングトーンまでもう少しだ。今や三人を取り巻く魔力は今まで経験したことのない力の奔流になっている。

 畳み掛けるように三人の歌声が連なり、今日最高の盛り上がりに向けて気持ちも高まっていく。言葉をひとつ紡ぐ度に思いが力になり。熱い想いが言葉という姿を得て紡がれていく。


 そしてとうとう最大の見せ場であるロングトーンに差し掛かり、私は力の限り、思いの限り、すべてを解放しようとして……。


 ドクンっと心臓がひと際大きく脈動したのを感じた瞬間。


 ──意識が魔力に飲まれた。


────


『馬鹿者、やりすぎだ』


 えっ!?なっ……!?。突然の出来事に思考がフリーズする。

 それは思い切り振り上げた拳を今まさに振り下ろそうとした瞬間お預けを食らったような、そんな感覚だった。


『もう少しで危ないところであったわ……、よくもまぁ人の身であれだけの魔力を何食わぬ顔して受け取っていたものだ。まぁそのおかげで我が干渉することが出来たのだが』


 誰かが何かを言っている。


『誰かとは失礼極まる奴だな、せっかく助けてやったというのに』


 助ける……?何から?


『お前あのままだと魔力に飲まれて死んでいたぞ?』


 死ぬ……?なんで?


『あやつに言われていたのを忘れたのか?それとも理解できていなかったか?』


 ──魔族ではないものが強大な魔力を持ってしまうといずれ心身と魔力のバランスが取れなくなり。最悪の場合魔力が暴走し命の危険に陥る可能性が高まってしまいます。


 不意にかつて言われた言葉がフラッシュバックする。


『そうだ、その記憶だ思い出したか?』


 でも、そのために色々対策して……。


『お前、あの娘の存在を恐れて身体の奥底に魔力を隠しただろう?』


 そんなことしてないけど……。


『……無自覚か、まぁわかりきっていたことか』


 私はさっきから何をしているのだろう……。

 私にはもっと大事なやらなければならないことがあったはずだ。


『そうだな、お前はまず自らの命を助けなければならない』


 ……違う。そんな事じゃない。


『違うものか、命が無ければ果たすべき使命も果たせまい』


 使命……。私の使命……。命に代えてでも……。

 命を使ってでも成し遂げなければいけないこと。


『まぁお前のそういう頑なさは美点だろうよ』


 そうだ……。3Dお披露目配信!歌ってる途中なんだっ!


 ようやくバラバラになっていた意識が形を取り戻し多少の思考能力を取り戻す。しかし、いまの状況を理解できるまでには回復しているとは思えない。というか、視界はなんだか白いモヤのようなものに包まれているし。先ほどから会話している相手の実体はどこにも見当たらないのだ。それどころか自身の存在すらなんだかあやふやに感じる。


 ねぇ!あなたは何なの!?ここはどこ!?歌は……っ配信はどうなったの!?


『次から次へと……、半ば目覚めたと思えばうるさいやつだ。お前にとって大事な事だけ答えてやろう』


 配信!配信はどうなったの!?


『わかっていたが、とことん酔狂な奴だな。この期に及んで真っ先にその心配をするとは。何、きちんと目覚めさえ出来れば何の問題もなくあの瞬間から再開できるさ』


 じゃあ、今すぐっ!


『我の話を聞いていたか?このまま無策で目覚めてしまえばよくて死、最悪は周りを巻き込んで暴走してからの死だろうよ』


 だからまずは自分の命を助ける……ってこと?


『らしくなってきたじゃないか、じゃあどうすればいいと思う?』


 ……魔力だ。魔力をどうにかしなければいけない。


『そこまでわかっているならもう手助けはいらないんじゃないか?』


 貴女、性格悪いって言われない?


『ハッ、我の性格が悪いだと?ハハハッ、まさかお前にそう言われるとは思わなかったぞ』


 どうせ全部わかってるんでしょ?私ひとりじゃ魔力なんて行使できない。

 それだけはどんなことをしてもこれまで一度も成功したことがないのだ。

 だから貴女の助けが必要。そうでしょ?


『わかってるじゃないか、我としてもお前がここで壊れてしまうのは都合が悪い。それに久方ぶりに笑わせてもらった事だしな。手助けしてやろう……、この魔力で願う望みを聞こうか』


 望みなんて、今すぐに目覚めて配信を無事終えることくらいしかないけど……。


『それは望みのうちに入らん、あくまでそれは魔力を消費した結果だ。これほどの魔力だぞ?それも今どき珍しい純粋な信仰が元になった魔力だ、効力は折り紙付きだろうさ』


 そんなこと言われても……そもそも魔力で何ができるかよく知らないし……。じゃあ、こんな願いでもいいの?


『それがお前の願い?クッ……フ、ハハハッ……いいだろう!人の身に余るどころか神でさえ未だ叶えられぬその願い。純粋な思いとやらがどこまでの領域に至ることができるか試してみるのも面白い。とことんお前は、人間というものは実に面白い』


 だって別に本気で叶うとは思ってないし……。


『いやいや、身の丈に合わぬ大望を願う大馬鹿者がいつも時代を動かしてきたのだ。ひょっとしたらひょっとするかもしれないぞ?万が一……億が一、那由多の彼方にでもうまくいった時には神共はどんな顔をするだろうなぁ?では目覚めた時に祈るがいい!その願いを!!』


 えっ!?もう!?そんないきなり言われても……っ、それに結局貴女は!


『どうせ薄々は気付いているのだろう?それが答えだ。それに助けてやったのだから我の存在は秘匿するように、あやつに見つかってしまうと面倒だからな』


 先ほどとは比べ物にならないくらい急速に意識が覚醒していくのを感じる。視界を占めていた白いモヤはだんだん晴れていき、あやふやだった自身の存在についても実体を取り戻していく。


 そして完全に目覚める直前、誰かの影を見た気がした。


────


 果たしてあれは誰だったのか、そんなことを考える暇すらなく現実に意識が戻ってくる。あの声の言う通り確かにあの瞬間に戻ってきたのだ。相変わらず私達を取り囲む魔力の奔流は際限なく力を与えてくる。


 ──では目覚めた時に祈るがいい!その願いを!!


 よくわからないけど、今は言われた通りにする他ない。

 願いを祈りに込めて、今度こそ私は力の限り、思いの限り、すべてを解放する。


 最初に感じたのは途方もない純粋な力だった。それは何にも染まっていない純粋な思い。邪な思いを持つ者がその力を受ければそれは災いとなり、その逆であれば祝福になるもの。

 その力が私の中に流れ込んできて元々あった私の魔力と溶け合っていく。


 すぐにわかる、これは明らかに私の器には収まりきらない。例えるなら水道に水風船の口を当てて思いっきり蛇口を捻った状態だろうか。ほんの一瞬でそれは膨らみ、逃げ場を失った力は逆流するか哀れな器を破裂させるしかない。


 そうなる前に、魔力を行使し消費しなければならない。マリーナと行っていた訓練ではだいたいが物を動かしたり状態を変化させたりの物理的な干渉が主だったが。いまこの魔力をすべて物理的な干渉に変換してしまえば大惨事になることは想像に難くない。だからこそ、抽象的でとてつもなく曖昧で言ってしまえば幼稚な祈りを願いとしたのだが……。


 いつもなら魔力に方向性を与える事すら出来なかったのだが、今回に限っては手に取るように体内の魔力に干渉できる。それであればあとは私を願望機として次々と流れ込んでくる魔力を放出していくだけだ。


 そしてもちろん歌の事を忘れてはいけない。まるで空気と一緒に魔力を吐き出すように祈りと共に自分に今できる限りのロングトーンで願いのひとつを口にする。


 :すげぇ……

 :まお様のロングトーンえっぐ

 :まじで震えた

 :二人とも驚いてないか?

 :配信でこれなんだから生で聞いたらやばいやろ

 :まじで聞こえた気がした、いやうまく言えないけど


 思いと魔力を乗せた声は自分でも驚くくらいに長くどこまでも届くような、そんな気さえさせるものであった。共に歌っていたリリスと甜孤が思わずこちらを凝視してきたので想像以上だったのだろう。もしかしたら魔力の流れが見えるであろう二人なのでそちらに驚いたのかもしれないが。


 しかし、そんなことがあっても二人は崩れず私に負けじと声に力と思いをのせてくるのだから流石の一言である。だから私も負けじと二人の歌声に声と願いと魔力を重ねて祝福へと昇華させる。


 すこしでもこの思いを……力をくれたリスナーたちに祝福を返せるように。


 そしてなんとか最後まで歌い切った私は今度こそ、完全に意識を失った。

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