第94話 黒惟まお3Dお披露目配信④

【黒惟まお3D】我が城にようこそ、ゆっくり寛いでいってくれ【liVeKROne】


「甜ちゃんだけズルーいー!!」

「そうは言ってもなぁ……」


 :ずるいゾ甜ちゃん!!

 :あのお題出したのリリスなんだよなぁ

 :お時間ですので……


 本来ならゲストの宵呑宮よいのみや甜孤てんこ夜闇やあんリリスによる撮影会はそれぞれ二回ずつの予定ではあったし、リハーサルでもその通りに進行していたのだが……。私と甜孤が出されたお題に悪乗りしてしまったせいで最後のリリスとの撮影が時間の関係上難しくなってしまった。

 この後への展開もあるのでなんとかうまくまとめて進行したいところなのだが、リリスとの撮影を終えた上での展開を考えていたため少々軌道修正しなくては。


「ほらリリス別にこれっきりって訳ではないだろう?」


 だから進行に戻ろうと言外に目配せしてみせる。イヤイヤと今にも地団駄を踏みそうな彼女であるがこと配信に関してはここにいる誰よりも先輩であるし、もちろん私の意図も伝わっているだろう。このように予定外の事が起きてもそこまで慌てていないのはそのおかげでもある。


「黒様はいっつも甜ちゃんばっかり!さっきだって二人してあたしをダシにしてさ!」


 :お?

 :痴話喧嘩か?

 :だいたいまお様が悪い


 てっきり、何事もなく私の意図を汲んでくれると思っていたところに想定とは異なる台詞が返ってきて軽く目を見開きリリスを見つめてしまう。


「……リリス?」


 ここでその話を蒸し返して広げる時間の余裕は無い。ただでさえ予定とは違う状況なのでいち早く進行に戻らなくてはいけないのに……、それがわからない彼女ではないだろう。


「こーら、あんまりまおちゃんを困らせたらあかんよー?お姉ちゃんやろ?」

「そんなの知らないもん!」


 :長女はまぁなぁ

 :大丈夫かこれ

 :気持ちはわかる


 見かねた甜孤が助け舟を出してくれるがリリスはそれでも折れてくれない、台本にも予定していた展開ともまったく違う進行にスタジオ内の空気もどうしようかと困惑し始めたような気がする。甜孤との悪乗りはいつもの事だったし、今更そこにこだわる彼女でもないと思うが……。


「じゃあリリスはどうしたいんだ?」

「そんなに甜ちゃんがいいならはっきり言ってよ、別れの言葉をさ!あたしバカみたいじゃん!」


 :落ち着いてもろて

 :なんからしくないな

 :もしかして新しいドラマ始まった?


 いつもなら考えられないくらい会話のキャッチボールが上手くいっていない感じ。リリスがそのつもりならこちらから告げなくてはいけないだろう。……それがきっと彼女の望みなのだから。


「わかったよ、リリス。ありがとう……さようならだ」


 :そんな……

 :行かないで

 :あーあ


 私がその言葉を告げると、その答えを予想していたようにショックを受けた様子もなくリリスはこちらに背を向ける。たとえ、彼女の望みとは言えこのような結果になってしまったのは本意ではない。申し訳ないことをしてしまったなと去っていく背中を追いかけることもできずにその場に立ち尽くして顔を伏せる。


「まおちゃん……リリス……」


 そんな私達の様子を見守っていた甜孤は居たたまれないように私へと一度視線を向け何事か声を掛けようとするが、そうはせずに去っていったリリスの後を追いかけ画面は暗転する。


 少しの間を置いて再び画面に現れたのは月明かりに照らされた夜闇リリスただ一人。場所も先ほどまでいた玉座の間ではなく城の庭園のようなよく整えられた緑に囲まれたロケーションに佇んでいる。


 :お?

 :お城の庭園かな?

 :新ステージやんけ

 :リリスひとり?

 :いったい何がはじまるんです?

 :まだステージあったんか


「あーあ、何やってんだろあたし……」


 ぽつりと一言呟き、天を仰ぎ見て流れ出したギターに合わせて独白のように夜闇リリスは歌い始める。それはさよならから始まる別れの歌。別れを告げる想い人の表情を思い浮かべて、どこか諦めを感じさせるような寂しさを含んだ笑みを浮かべながら口ずさんでいく。


 :この曲か

 :なるほど

 :そういう流れだったのね

 :原キーだ


 それに合わせて私も、黒惟まおも画面に登場しリリスの歌声に声を重ねる。無理をすれば彼女が歌うキーでも歌えないこともないが、すれ違う二人のように下の音程で重ねていく。


 :まお様きちゃ

 :ハモりいいなぁ

 :まお様の下ハモほんとすこ


 リズムが速く、細かい音程の移動も多いので普通に歌うにしてもなかなか難易度の高い曲であるのだが、今回はいつもの歌ってみたや歌枠ではなく3Dでのライブである。当然その早いリズムに合わせた振付をこなしながら歌わなくてはならない。


 正直、一番最初に振り入れのためにリリスから送られてきた動画を見た時は踊るだけならまだしも、これに合わせて歌うなんて正気の沙汰ではないと思ってしまったのだが。ダンスレッスンの先生にも相談し、リリスにも振りを調整してもらいつつ何とかものにすることができた。


 そして本番である今は、リスナーから送られ続ける魔力のおかげか今までで一番身体が軽く練習通り、いや練習以上に動けている実感がある。それでも隣で同じように歌い踊るリリスと比べればきっとまだまだだとは思うのだが。


 :やっぱリリスのダンスすごいなぁ

 :振付はこれオリジナルかな?

 :こんだけ踊ってて全然ブレないのすごいなぁ

 :まお様こんなに踊れたのか


 別れの言葉で始まった歌も終盤に差し掛かる。根本的なところですれ違ってしまっていた二人の関係はもうやり直すことなど叶わず。冷静になったところでこの結末を避けられることは出来ないのだと理解できてしまう。


 ……だってこうなってしまったのは、どちらが悪いということではなく互いのせいなのだから。


 もはや、愛を語らっても。互いを許しても。それはなんの意味も持たない。

 だからやっぱり最後はせめて互いに結末を微笑わらいあって別れるのだ。


 ──サヨウナラ。


 背中合わせのままお互い振り返ることもせずに寂しげな微笑みを携え舞台袖へと消えていく。


 :8888888888

 :良かった……

 :やっぱこの曲悲しいよなぁ

 :曲自体はわりとPOPだけど歌詞見るとなぁ


 すごい……。あれだけ歌って踊ったのにも関わらず呼吸はすぐに落ち着き疲れも全然感じてない。なんなら今すぐもう一度リリスと共に同じ曲を歌って踊れと言われてもこなせてしまえそうな程だ。


 ちょうど反対側に下がったリリスへと視線を向けると、あちらもこちらを見ていたらしく視線が合って嬉しそうにピースサインなんかを送ってくる。その様子からも疲れは見えないが……、今の私はリリスレベルに身体能力が上がっているという事なのだろうか。


「いけますか?」

「大丈夫です」


 私の心配をして傍らに控えていたスタッフがタオルと酸素缶を手に声を掛けてくる。

 そのうちのタオルだけを受け取って軽く汗ばんでいる顔に当て、手早く水分補給も済ませて再びステージへと向かう。


 再び暗転していた画面が新たなステージを映し出せば、そこは薄暗く怪しい雰囲気が漂っていた。長いカウンターテーブルの前には椅子が立ち並び、奥の棚にはびっしりと大小さまざま色とりどりの酒瓶たち。


 :バーやんけ

 :また新しいステージ

 :魔王城バーまであるのか

 :見覚えある瓶あって草

 :いいっすねぇ


「まーた女の子泣かせてぇ」

「またって……いやまぁ今回は我が悪いが……」

「話聞いたるから、まぁ呑みましょ」


 誰も座っていないバーカウンターを映していたカメラがスタンバイ完了した甜孤と私の方へと向けられる。二人して椅子に浅く腰掛け背の低いグラスを片手に持ってそれを軽く合わせる。もちろんそれは画面の中での出来事ではあるのだが、雰囲気を出すために互いの手には本物のグラスがある。さすがにその中身までは用意していないが。


 :呑み屋!

 :宵呑宮の姉さん!

 :ロケーション合いすぎやろ

 :まーたまお様が女の子泣かせてる

 :そんなの飲んだらすぐ落ちるやろまお様


 グラス同士が合わさり、中に入っている氷がカランと鳴り響き、それと同時に怪しげなイントロが流れ始める。


 :選曲までぴったりなんだよなぁ

 :あっ……好き

 :低音足りてる


 歌い出しは甜孤から。様々な声色を自由に操る彼女の歌声はいつもより少しだけ低い。甜孤ならば原曲キーでも楽々と歌いこなすだろうが、私がオク下で歌うと言ったところそれならばと合わせてお互いオク下で歌う事になった。なんでも、そのほうが楽しいからとのこと。


 :甜孤はほんと声のバリエーションすごいよなぁ

 :二人の低音ボイスほんと好き

 :惚れ惚れする声……

 :歌詞はとことんクズなんだよなぁw


 名前の通り無類のアルコール好きとして名を馳せている宵呑宮甜孤が歌うにはこれ以上ない選曲だが、それに対して私は嗜むというのも憚られる程度にお酒に弱い。別に嫌いではないしあのふわふわした感じは好きなので晩酌配信なんかはたまにするのだが。誰かと飲むのが好きなのであって一人では滅多なことが無ければ飲まない。


 だから、甜孤ほど感情を込めて歌えているかは自信はないが歌いやすいオク下で時折がなり、暴言を吐き捨てるように叫ぶのは正直楽しい。


 :まお様のがなりすこ

 :お口わるわるまお様レアよな

 :宵呑宮が真に迫りすぎてる

 :※まお様はほのよい一本で酔っ払います


 孤独を誤魔化すように酒を呷り、色々なモノを犠牲にして寂しさを埋める。一夜の戯れの記憶はいつものごとく忘却の彼方に消え去り。その自己嫌悪を消すためにさらに酒を呷る。


 ──だから酒は止めない。


 そんな日々を繰り返す度に言葉巧みに相手をとっかえひっかえ寂しさを埋める。そこまでしてでも一人になるのは耐えられそうにない。でもそんなことを繰り返していれば当然誰でも良かった相手にすら見捨てられ、結局一人で酒を呷る。


 ──だから酒は止められない。


 もはや誰からも相手にされず、救いを求める先は酒しかない。もう善悪なんて関係なく……そもそも、もうそんなことを判断する能力すら失ってしまっている。狂気に身を置いてしまえば正気な人間など狂気にしか見えなくなり。救いがない世界でなんて生きてられない。


 ──だから酒をやめようなんて思わない。


 :二人に罵られるの気持ちよくなってきた

 :ひたすらダメ人間の歌なのにかっこよく見える

 :やっぱこの二人の低音いいよなぁ


 最後は二人とも再びバーカウンターに戻ってふらつく頭を抑えてグラスを打ち鳴らし、死んだようにテーブルに身体を伏せる。まぁ私ならこんな強いお酒一口でも飲んでしまえばこの様だろう。対する甜孤はいつまでもけろっとした顔で飲み続けているだろうけど。


 :RIP

 :酒は飲んでも飲まれるな

 :888888888888

 :飲みすぎには気を付けよう!

 :聞きながら飲むの最高だった


 これでまずはひとつの懸念点だったリリスと甜孤、それぞれとの歌パートを乗り切ることができた。そのことに一安心する。二曲目はそこまで体力を消耗するような曲ではなかったが、やはり一曲目で体力を消耗したところにほぼ休みなく続けて歌って踊るというのは心配だったのだ。


 しかしやってみれば嬉しい誤算で体力の消耗はほとんどなく、更にここからはまた少しトークパートがあるので一息付けた上で次に備えられるのはありがたい。

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