第83話 本番前

【雑談】緊張しています!助けてください!【リーゼ・クラウゼ/liVeKROne】


「──今夜は本当にありがとうございました!これで明日……いえもう今日ですね。皆様のおかげで自信を持って挑めると思います!」


 :がんばれ!!

 :絶対見に行くから!

 :応援してるよ!

 :"とにかく楽しんで!"

 :海外からもおうえんしてます


 いよいよリーゼ・クラウゼ3Dお披露目配信を翌日に控え、午前中からリハーサルがあるので早くからスタジオに向かわなければいけないのに結局日付が変わるまで雑談配信をしてしまっている。

 本当ならもっと早くに休んで体調も気持ちも万全にしておくべきなのだろうが、朝からスタジオに向かってしまう以上これが本番前最後の配信になってしまう。配信もせず何もしていないでいると色々考えてしまうしかえって緊張が高まってしまう気がしたのでギリギリまでリスナーと過ごすことにしたのだ。


「"海外リスナーの皆様もありがとうございます。お披露目配信は日本語中心にはなってしまうけどきっと楽しんでもらえると思います"」


 :"気にしないで!"

 :リーゼでにほんごおぼえたからだいじょぶ!

 :翻訳がんばるよ!


 海外リスナー向けに英語で話しかければコメント欄に一気に英語のコメントが流れる。その中には頑張って日本語で書いてくれているようなコメントもありそういった気持ちがとても嬉しい。

 最近は翻訳切り抜きだけにとどまらず、配信上でも日本語で話した内容を英語に訳してコメントしてくれるリスナーなんかもよく見かけるようになった。


 人が話した内容を覚えて他の言語に翻訳してそれをリアルタイムでコメントするというのは単純に多言語で話すよりもずっと難しい。その言語特有の言い回しがあったりどうしても表現が難しい言葉があったり……特に日本語はそういうことが多いように感じる。


「皆様に支えられてようやく立てる大きな舞台、精一杯頑張って、楽しみますので是非応援をよろしくお願いしますね。では今夜はそろそろ終わりたいと思います……。本当はもっと皆様とお話していたいんですけど」


 :ファイト!!

 :絶対うまくいくよ!

 :楽しみにしてる!

 :さすがに寝てもろてw

 :しっかり寝て備えよう


 締めの言葉を口にするも配信を終わらせるには名残惜しく。どうしてもあと少し……といつもなら話を続けてしまうところだが、そんな様子を見慣れているリスナーからは睡眠時間や体調を気遣うコメントが次々と飛んでくる。もうすっかりリスナーたちの間ではわたくしが朝に弱い事はバレているし心配もされているのだ。


「そんなに言われなくてもちゃんと寝ますよ。ではお披露目配信でお会いしましょう……おわリーゼ!」


 :おわリーゼ!

 :おやすみー!

 :ちゃんと起きてね!


Liese.ch リーゼ・クラウゼ✓:お披露目配信は21時からです!見に来てくださいね!!


────


 エンディングが終わり、流れ続けるコメントを見守りながら最後のコメントをして配信画面を閉じる。もうすっかり身体にしみついた配信終了後の各種確認を終え、ふぅと息を吐き出して大きく背もたれへと身体を預けて配信の余韻に浸るまでが一連のルーチン。

 今日の配信も楽しかったなぁ……、あそこはもう少しああすれば良かったなぁ……などと己を省みながら過ごすこの時間は楽しくもあり寂しくもある。


 いつもならここからSNSで感想を読み漁ったり、まお様をはじめとした他の配信者の配信だったり動画だったりを見る時間に突入するのだが今日はそういうわけにはいかない。

 それらの誘惑を振り切りさっさと寝る支度をしてベッドに潜り込まなければ大変な事になってしまう。


「……よしっ」


 掛け声と共に椅子から勢いをつけて立ち上がり、名残惜しさを感じつつも配信部屋を後にする。


 スタジオに持っていくものを軽く確認して……寝る準備を整える。

 今日はベッドの中でのスマートフォンは我慢……しっかりアラームをセットしたことを確認して画面を消す……、前にどうしても寂しくなってSNSを開く。


────────────────────────────────────

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/19日21時3Dお披露目!/@Liese_Krause

1/1 0:15 ▶ 再生する

『皆様おやすみなさいませ……わたくしの晴れ舞台見に来てくださいね?』

────────────────────────────────────



────────────────────────────────────

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/19日21時3Dお披露目!さんがリツイート

liVeKROne【公式】@liVeKROne_official

【◆ #リーゼ・クラウゼ3Dお披露目配信 ◆】

本日12月19日21時~

liVeKROne所属タレント初の3Dお披露目が行われます!

トップバッターを飾るのはリーゼ・クラウゼ!

是非ご視聴・ご声援くださいませ


待機所はこちら▽

vtu.be/LZerFclauZ

────────────────────────────────────

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/19日21時3Dお披露目!/@Liese_Krause

とうとうこの日がやってきました!

3Dの舞台で皆様に会えることを楽しみにしています!

……いつも以上に応援してくださいますよね?

#リーゼ・クラウゼ3Dお披露目配信

────────────────────────────────────


「いち……に……さん……しっ……」


 ひとつひとつステップや手の振りを確認するようにスマートフォンから流した音楽に合わせて軽く身体を動かす。振付自体はしっかり頭に入っているはずだし、意識せずとも音楽を聴けば勝手に身体が動き出すまで叩き込んでいるはずなのだが……どうにも不安は払拭しきれずに時間があればこのように確認を繰り返してしまう。


 念のためマネージャーにお願いしていたモーニングコールに頼ることもなく、朝に弱い自身には珍しくすっきりとした目覚めを迎えスタジオに入ったのが数時間前。そこからリハーサルを行い今はちょっとした待ち時間。SNSで配信タグをチェックしたり、いつもより入念にエゴサーチをしてみたりなんとなく手持ち無沙汰を感じながらたった一人リフレッシュルームで待機中。


 マネージャーに用意してもらっていた昼食のお弁当もいつになく豪華な気がするのはきっと気のせいではないのだろう。それでもだんだんと本番が近づいてきていると思えば、いつものように無邪気にその味を堪能するというのも難しかった。


「もう一度……」


 椅子から立ったり座ったり、立ち上がってうろうろと歩き回って立ち止まり、またなんとはなしに動き出す。はたから見れば何をしているのだろうかと思われてしまうだろうがわたくし自身何か目的があってそうしているのではなく……、ただ気を紛らわしているだけ。


 こんな時もしも、あの人がいれば……。とも思うが、今日はその姿は見当たらない。

 憧れの魔王様であり同じliVeKROneに所属する同期のVtuberである黒惟まお。

 彼女も明日3Dお披露目配信を控えている身であり、今日の現場も近くで見守ってくれると申し出てくれてはいたのだが……、それはこちらから断らせてもらった。


『とても嬉しいですし……頼りたくなってしまいますが……。明日はわたくし一人でまお様は配信で見守って下さると嬉しいです』

『うん、わかった。でもすぐ近くにいないからってリーゼは一人じゃないからね?』

『はい。でもそのセリフ、きっとまお様にそう言いたい人は沢山いると思いますよ?』

『ふふっ、そう言われたら返す言葉に困っちゃうや。……しっかり配信見守ってるから』


 申し出に対してそう答えた時のどこか寂しそうな、それから少し嬉しそうなまお様の表情を思い返す。多くを語らずともこちらの思いは伝わったのだろう、こちらの軽口に微苦笑を浮かべつつも最後はきちんとまっすぐ視線を合わせてそう言ってくれた。


……


「リーゼ!これ美味しいですわ!!」

「それはよかったです。選んだマネージャーも気合が入っていたようですから」


 実に美味しそうに用意されたお弁当のおかずを次々に口に運ぶサクラ子さん。そんな彼女を見ているとなんとなく緊張を忘れてしまうというか、緊張で大して味わうことができずに食事を済ませてしまったことを今更ながら惜しく感じてしまう。


 待ち人であるその人がリフレッシュルームに現れたのは、予定時間を少し回ったあたり。前の現場が長引いてしまい到着が遅れてしまったようだが無事に合流できて一安心、それにせっかく用意したお弁当が無駄にならなくてよかった。


 Vtuberとしてデビューしておよそ三か月、その間にまお様を除けば配信上で唯一コラボをした貴重なVtuberのお友達であるぶいロジ!所属の桜龍おうりゅうサクラ子さん。

 そんな彼女がどうしてliVeKROne事務所にあるリフレッシュルームでお弁当を食べているのかというと話は簡単だ、今回の3Dお披露目配信にゲストとして出演してもらうため。


 もっとも本来であればスタジオにあるゲスト用の控室にそのお弁当は用意されていたはずではあるのだが、彼女たっての希望でわたくしがいるリフレッシュルームに赴いたとの事。どうやら一緒に食べようと思っていたらしく、わたくしがすでに食事を済ませてしまっていた事を知った時は到着が遅れたことをこの上なく悔やんでいた。


「では、この後は予定通り進行していきたいと思いますのでリーゼさんも桜龍さんもよろしくお願いします」


 時折会話を交わしつつ、美味しそうにお弁当を頬張るサクラ子さんを見守っているとマネージャー同士での打ち合わせが終わったらしく今後の予定について聞かされる。多少時間は押しているが前倒しにした部分もあっておおむね予定通りにスケジュールは進行しているらしい。


「では時間になりましたらお迎えに上がりますので」

「わかりました」

「わかりましたわ!」


 そう言って二人のマネージャーがリフレッシュルームを後にする、きっとまだ細かな調整というのが残っているのであろう。


「ごちそうさまですわ!まさかこんなに美味しいお弁当が食べられるとは……やはり魔王の事務所というのは恐ろしいところですわね」

「ぶいクロではお弁当出たりしないのですか?」


 一緒に用意されていたペットボトルのお茶を豪快に飲み干し、その所作とは対照的に付属のおしぼりで口元を上品に拭くサクラ子さんの言葉に軽く首を傾げる。今日は特別豪華であることは確かだがてっきりそういうものかと思っていた。他の事務所やスタジオでは事情が違ったりするのだろうか。


「外部の方にはそれなりのものが用意されてるようですが、我々所属タレントは基本的に手弁当ですわ!あの社長!へんな置物買うくらいなら我々のお弁当くらい……。そうだリーゼ、食べる前に撮ったお弁当の写真SNSに投稿してもよろしくて?」

「大丈夫だと思いますが念のため確認しておきますね」


 サクラ子さんはサクラ子さんでなかなか苦労しているようである。置物というのは前のラジオで話題になったご利益?のあるトーテムっぽい置物のことだろう。


「今回はワタクシがゲストとして呼ばれましたが、今度はぶいクロにも遊びに来てくださいな。うちのメンバーもリーゼに会ってみたいと言っていましたわよ?」

「それは是非、なかなかサクラ子さん以外のVtuberの方と交流できてなくて……、そう言っていただけるのは嬉しいです」


 ぶいロジのメンバーというとサクラ子さんのほかにも数名の名前と姿が思い浮かぶ。しかし、それはどれも名前を知っていたり配信を見たことがあったりその程度の知識であり、ほとんどがまお様との共演きっかけである。

 配信上ではまだ交流できていないが、直接会って面識のある宵呑宮よいのみや甜狐てんこさんも夜闇やあんリリスさんもまお様繋がりであり、そう考えるとまお様の交友関係の広さを思い知らされる。


……


「リーゼさん、桜龍さん。ではスタジオに移動お願いします」


 しばらく他愛のない談笑をしているうちにスタジオへの移動時間になったようだ。一人で待っていた時は長く感じていた待ち時間もサクラ子さんと話しているとあっという間だったように感じる。

 それに話しているうちに随分緊張もほぐれた気がするのはサクラ子さんのおかげだろう。こういう時は何よりもサクラ子さんの突き抜けるような明るさがありがたい。


 このあとは通しのリハーサルをして、最終調整を行えば残るは本番……。

 リーゼ・クラウゼ3Dお披露目配信が始まるのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る