第65話 壺

『くっ、んっ……い、いけたぁ!!』


 :助かる

 :あえがないで

 :ないすぅ!


『ま、まぁ我にかかればこの程度……ってあああああ!』


 :草

 :知ってた

 :すーぐ調子に乗る

 :10分ぶり13回目の落下

 :おかえり


 画面の中では壺に入った筋骨隆々な男がハンマーのようなものを振り回し、己の腕力と遠心力だけを頼りに様々な障害物を乗り越え山を登っていく。なぜ彼はそんな苦行を課せられているのか、だいたいの人間はその様子を見てそう思う事だろう。「そういうゲームだから」と断じてしまうのは簡単ではある。ではどうしてそんなゲームが作られそれを配信で行うかと聞かれれば……。それは山を登る人間に「どうして山を登るのか?」と聞いたときの返答と同じく「そこに壺野郎があるから」という答えになってしまうのであろう。


 そしてまたスタート地点に戻されてしまったプレイヤー。画面の右下でがっくりとうなだれたバーチャル魔王様こと黒惟くろいまおは再び無言で壺野郎を操り山頂を目指していく。


────


【壺野郎】初めての壺野郎!華麗に登り詰めます!【リーゼ・クラウゼ/liVeKROne】


「何度も落ちても挫けずに挑戦し続ける姿……これこそわたくしがまお様から学ぶべき姿です!」


 :はい

 :それはそう

 :もう少し攻略手順見てもろて

 :現実逃避はやめよう


 はじめての壺野郎配信。プレイ自体は初めてだが、まお様の配信を見ていたしそれほど苦労することなくクリアできるだろうと思っていたのだが……。見るのとやるのではここまで違うのかと未だスタート地点にいる自身の分身でもある壺野郎の姿を見る。


 すでに配信開始から二時間が経過し成果と言えばある程度の進捗はあった。最初こそ配信で見たというアドバンテージを活かして登り方のコツなんかを喋りながら登っていたのだが、一度壁にぶち当たってしまえばそこを抜けることが出来ず。集中力を欠いてしまえば今まで出来ていたところまで失敗する始末。数度スタート地点へと真っ逆さまに落とされてしまえば余計に操作の精度は落ちていき……。


 行きついた先で見出した光明は先人の知恵に学ぶという知見。かくして配信はまお様の壺野郎配信アーカイブ視聴会場と化したのである。


「ええと……わたくしが詰まってる場所の時間は……」


 :たしかタイムスタンプあるはず

 :8時間15分あたり

 :アーカイブ長いからなぁ

 :手順だけ見たいなら一番最近の壺配信見たほうがいいかも

 :切り抜き見る?


「タイムスタンプ……ありました。こんなに細かくありがたいです」


 :有能

 :細かすぎて草

 :攻略進行度とここすきポイントで分かれてるの流石すぎる


 コメントの言う通りアーカイブのコメントを確認するとリスナーによるタイムスタンプが事細かに残されている。約半日に及ぶアーカイブだけあって攻略進行度に絞ったタイムスタンプだけでも相当な行数であるが。それとは別にちょっとした発言や可愛らしい悲鳴の場面など、まお様の魅力をたっぷり楽しめる箇所まで指定してあるのは流石だ。


 今現在自身が詰まっているところを再生しながら試行錯誤して乗り越えていくまお様が操る壺野郎をリスナーと一緒に視聴する。記憶が正しければたしかこのあと調子に乗ったまお様は……あっ落ちた。


「新しい方の配信はあまりに早業すぎて参考にならないんですよね……」


 :今やRTA勢やから……

 :この前の記録たしか世界300位入ってたやろ

 :最近またVの壺レース白熱してるよな

 :たつ子が1分切ったからな


 今見ているまお様がはじめて壺野郎をプレイした配信アーカイブは二つあり、合計十六時間にも及ぶ。たしか十四時間くらいでクリアし、そのあとウィニングランと称してもう一回クリアしようとしてさらに二時間かかっている。

 そんなまお様だが、その後も五十回クリアしたら壺野郎の壺が金になるのを目指した雑談壺枠などを経て今や二分切りが見えているところまで来ている。二時間プレイしてまだ半分も行けてない身からすればどれだけ修練を積めばそこまで行けるのかとも思うが目の前にある十六時間のアーカイブを見れば、まだまだ心が折れるには早すぎるのであろう。


……


「あ、ああ……どうして……」


 :おかえり

 :あかん

 :親の顔より見たスタート地点

 :完全に集中切れてるな……

 :がんばれリーゼちゃん!

 :もう少し!


 まお様のアーカイブを見て勇気を貰い、それからも挫けそうになるたびまお様の姿を見て……。自らを鼓舞するために画面端にまお様の立ち絵まで表示してさらに三時間が経過。またしてもスタート地点に逆戻りしてしまい、ただ口から漏れるのは自身に対する疑問。どうして、うまくいかないのか……そしてこんな姿をリスナーにこれ以上見せても楽しんでもらえるのかという思い。


黒惟まお【魔王様ch】✓:ええと……今帰宅したがこれはどういう状況だ?


 :まお様もよう見とる

 :おかえりー

 :見た通りです

 :困惑してて草

 :立ち絵がしゃべったあああああああ


「ま、まお様ぁ……」


 :エアまお様見守り壺枠になりました

 :我らはあまりに無力だ……

 :助言してもろて

 :助けてまお様!!


 今日、壺野郎配信するということはあらかじめまお様には伝えてあった。参考のためにまお様の配信を見てもいいかと聞いた際も渋々ながら了承してもらえたのだ。それでなくても普段から配信にコメント残してくれることも多く、今日も様子を見に来てくれたのであろう。


「ええと……これは、まお様に見守られてると思ったら頑張れるかと思いまして……。まだたった五時間程度で音を上げるなんて、情けない姿をお見せしてしまって申し訳ありません……」


 :程度じゃないんだよなぁ

 :リーゼちゃんは頑張ってんよ

 :最初に比べたらうまくなってる

 :最初のまお様よりは……


 見てくれているリスナーにもまお様にもなんだか申し訳なくてついつい弱音が口をついて出てきてしまう。このままだとダメだと思いつつもどうしてもうまくいくイメージが浮かばないのだ……。何かまお様からアドバイスのコメントが来ないかとコメント欄を注視していると通話の通知が届く。


「お邪魔させてもらうぞ、黒惟まおだ」


 :まお様きちゃ!

 :突発コラボきちゃ!

 :こんまおー!

 :エア見守りが本物になって草


「まったく……我の立ち絵まで出して、それでどこまで行けたんだ?」

「ここまでは割と安定していたのですが、この先がどんどん安定しなくなってしまって。最初あっさりと行けてしまったせいでよくわからなくなって……」


 仕方ないなと言いつつもその声色は優しく、スタート地点から再び出発しながら道中について話す。


「あぁ、あそこでつまづいてしまったのか。あそこは自分が思っているより少し小さく回した方が……一度見てもらった方がわかりやすいか」


 ちょっと待っててくれと言われ、待ちながらも何回も通ってきた道を壺野郎を操作して登っていく。何度も何度も失敗するたびに登っていたのでそこまでは大して詰まることもないのだ。


「画面共有してみたが見えているか?配信画面に出してもらっても構わないぞ」

「ありがとうございます……えっと、これをこうやって……」


 :お

 :ワイプきちゃ

 :いやめっちゃ早くて草

 :これがRTAの動き……っ


 まお様から送られてきている画面をキャプチャーして配信画面に取り込む、わざわざ説明するために壺野郎を起動してくれたらしい。いい感じにワイプとして表示させれば画面の中の壺野郎は見事なハンマーさばきでそれこそあっという間にわたくしの場所にたどり着く。


「すごい……」

「リーゼもここまでならかなり慣れているだろう?あとは速度と正確性を上げてくだけだよ。っとここからはこうやっても行けない事はないが、こうやって小さい動きを意識したほうが安定すると思う」


 :へぇ

 :なるほど

 :確かにそっちのほうが綺麗だな

 :色々考えてるんだなぁ


 まお様は説明しながら二つのパターンでの登り方を見せてくれる。それを見れば最初になんとなく突破していたのは安定しない方法であり、それをずっと意識していたので安定せず集中力が落ちた状態ではなおさら成功率が下がっていたのだなと理解できる。


「小さく……小さく……あっ」


 :ないすぅ!

 :おーあっさり

 :すげぇ

 :これは目から鱗


 アドバイス通りにやってみれば今まで苦戦していたのが嘘のようにあっさりと突破……。


「うまいじゃないか、何事にも言えるが最初の成功だけをイメージしていると得てしてそれに頼りきりになってしまうものだよ。うまくいかなくなったのは方法のせいではなく自身のせいだと思い込んでしまってそのまま進めなくなってしまう。そんなときは一度リセットして他の方法を探ってみることをオススメするよ」


 :これは至言

 :さすが14時間沼った女

 :クリアしたあと2時間沼った人が言うと説得力がすごい


「クリアしたあとに沼った我が言うのだから少しは信憑性があるだろう?」

「それは確かに……」

「言うじゃないか」

「えっ、あっ……その……ごめんなさい」


 まお様も当然コメント欄を見ているのだろう、その中から一部拾って言われてしまえば無意識に同意してしまう。そんなわたくしをからかうように掛けられる言葉はどこまでも優しい。


「ちなみにスピードを求めるなら……こうだな」


 :はっや

 :全然違くて草

 :それ動画で見たわ

 :TASさんで見た


 今まで人のプレイを見ているだけでは、そんな風に行くのかくらいにしか思わなかったのだがこうやってプレイし苦戦しているとそのすごさがわかる。


「では我はこのあたりにしておこう。あまり助言しすぎても達成感がなくなってしまうだろう?」


 :えー

 :まお様ありがとー!

 :今度はしっかりコラボしてもろて


「確かにラジオ以外ではコラボしていなかったか……今度何か一緒にできるものを考えてみるか」

「そう言えばそうでしたね、是非!」


 :やったぜ

 :言質とったぞ

 :コラボやったー!


 言われてみれば確かにラジオクローネでコラボをしているがそれ以外ではしていない。まお様と一緒にゲーム配信……考えただけで絶対に楽しい。


「では皆も引き続き見守ってやってくれ、我も応援しているからな」

「まお様本当にありがとうございました」


 そう言ってまお様は通話を切りそれにあわせて画面のワイプを配信から消してしまう。まお様からのアドバイスのおかげでなんとなくだが攻略の糸口が見えてきた気がする。うまくいかないときはリセットして方法を見直す……。それを意識してやっていこう。


……


「ここさえ超えれば……っ」


 :いけー!

 :もうちょいや!

 :いけるいける!

 :いったー!!

 :ないすぅ!!


 まお様のアドバイスを受けてからは思った以上にスムーズに攻略が進んでいく。一度うまくいったところも失敗するようになってしまえばやり方を再検討。コメントをしてくれるリスナーたちと一緒にああでもないこうでもないと色々な方法を模索すればもっといい方法が見つかりそれからは安定する。


「あとはここを登るだけですね……本当に皆様も長い時間見守ってくださってありがとうございます」


 :長い戦いやった

 :いうてあれからは早かったな

 :才能あるのでは


 すでに配信開始してから七時間が経過し八時間が見えてきたところで最後の難関といっていい箇所をクリアしあとはそびえたつ塔を登っていくだけ。ここまでくればスタート地点に戻される心配もほとんどなく、ほぼクリアしたも同然だろう。コメント欄を見れば最初からコメントをし続けてくれたリスナーの名前も目に入る。


「これでクリアです!」


 :クリアおめでとう!

 :きちゃー!

 :888888888888

 :クリアー!!

 :ナイファイ!!


「ここまで頑張れたのも見守ってくれた皆様のおかげです。途中まお様に助けていただいたり不甲斐ない姿をお見せしてしまいましたが……。沢山の応援ありがとうございました」


 :いつも応援してるからな

 :いつも応援するよー!って言ってるやろ?

 :ウィニングランする?


「ウィニングランは……沼る可能性があるのでご容赦いただければ……」


 :草

 :それはそう

 :沼るのも見てみたくもある


 ウィニングランと聞くとどうしてもまお様の姿が頭に浮かんでしまう。いくら、クリアしたと言ってもここからもう一周となれば何時間もかかってしまう可能性は大いにあり得る。。


黒惟まお【魔王様ch】✓:クリアおめでとう、我よりもセンスあると思うぞ


 :まお様もよう見守っとる

 :立ち絵がまたしゃべったあああああああ

 :ウィニングランで沼った女だ


「まお様も本当にありがとうございました……それでは皆様次の配信でお会いしましょう。おわリーゼ!」


 :おわリーゼ!

 :おつかれさまでしたー!

 :ゆっくり休んでねー


Liese.ch リーゼ・クラウゼ✓:皆様本当にありがとうございました!


────

───────────────────────────────────

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/うたみた動画出しました!さんがリツイート

黒惟まお@liVeKROne/ラジオゲスト出演詳細は固定 @Kuroi_mao

リーゼ壺野郎クリアおめでとう

我も触発されてトライしたがようやく2分を切ることができた 

pic.upload.com/tsubo_2min

───────────────────────────────────


『まお様www』

『あの後やってたんかwww』

『しれっと記録更新してて草』

『200位以内やんけ』

『配信外で更新は草』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る