第63話 ラジオ収録

「なるほど、それでか」


 私が今日つかさを呼び出した理由、天使あまつか沙夜さやがパーソナリティを務めるラジオ番組へのゲスト出演の話が事務所に来ている事を話す。すると予想に反して驚く素振りも見せずに納得したような言葉が紡がれ知っていたのだろうかと首を傾げる。


「知ってたの?てっきりつかさには知らされてないと思ってた」

「ラジオの話は知ってる。けど、そっちに依頼が行ってたのは初耳かな」


 企画自体は把握していたけども私にゲストの打診があったことは知らない……。どうにもその状況が不可解で思わずつかさのことをじっと見つめてしまう。


「あたしもゲスト呼ぶなら音羽おとはにしたかったんだけどさ。ほら、あのメッセージの件で今回は大人しくしておこうって思って。ゲストの件は事務所に任せていたんだけど……」


 やはり懸念通り二周年記念でのメッセージで色々あったのだろう。しかし、そうであるならば今回の話はつかさの意思ではなく相手事務所の意向ということになる。


「じゃあ何も聞いてなかったの?」

「ゲストが決まったらって連絡待ちだったんだよね。でもこれで堂々と一緒にラジオできるじゃん!」


 うーんと考える素振りから一転、嬉しそうに笑みを浮かべるつかさ。私としても一緒に喜んであげたいところだが、やはり状況のせいだろうか気になってしまう。


「メッセージの時、結構バトったって聞いてたから心配してたんだけど……」

「うちの事務所も音羽の魅力に気づいたんだって、マネージャーもすっかりファンになったみたいだし。相変わらず心配性だなぁ」

「つかさは楽観的すぎ」


 私もつかさのように素直であるなら良かったけどこればかりは性分だ。彼女が楽観的な分、心配性な私という人間が近くにいるくらいがちょうどいい。まだわからない部分は多いがひとまずは状況の確認と直接話せたということで良しとしておこう。


「そういえば、しずは元気してる?」

「連絡取ってなかったの?」

「仕事絡みは事務所経由だから、あいつ基本的に音羽以外には必要最低限だし」


 私が呆れたように小さく笑うと、私からの話は終わったと感じ取ったのだろう。ここにはいないもう一人の友人の話になる。メッセージサプライズの件といいCDジャケットでもSILENTという名前を見かけていたので普段から連絡を取り合っていると思っていたのだが。

 この様子では仕事絡みは事務所経由で、サプライズに関しても用件のみのそっけないやりとりだったことが容易に想像できる。


 お互い面識があり友人と言って差し支えない間柄でもこうなのだ、数年経っているとはいえなかなか関係性は変わらないらしい。


「それじゃあ今度は静も連れてこようか」

「二人の邪魔をすると後が怖いからなぁ……」

「なにそれ、メッセージのときは二人して私をハメたくせに。そうだ、ちょっとこっち来て」


 きっと静もここのお店は気に入ることだろう、いい作画資料だといって撮影して回る姿が思い浮かぶ。何故か苦笑を浮かべるつかさを手招きしこちらに呼び寄せ隣に座ってもらう。


「はい、じゃー笑ってー」


 手早くスマートフォンを取り出し自撮りモードでカメラを起動。画角に二人が収まるように肩を寄せてっと……。


「うわっ、さすが。カメラ向けられると一瞬で変わるじゃん」


 画面に映る二人の姿を見れば撮影には慣れっこなのだろう、隣に座っている彼女はいつのまにか天使あまつか沙夜さやになっている。その変わり様と決まり具合をからかうように声をかけつつ私も負けじと精一杯の決め顔。ただでさえ分が悪いのに本気モードの彼女が相手ならばいくら頑張っても見劣りしてしまっているようにしか見えない。

 それがなんだか悔しくてその表情を崩すべく肘で脇腹をつついてやる。


「ひゃっ、ん……ちょっと。それはやめろって」

「今日は天ケ谷あまがやつかさと写真が撮りたいのー、ほらカメラ見てー」


 不意をつかれたようで隣からはかわいらしい悲鳴とともに非難の視線が浴びせられる。そんなものはお構いなしに向こうからの反撃をこらえつつ連続でシャッターを切る。

 我ながら随分はしゃいでしまっているなと思うが久しぶりの再会なのだ、少しくらい学生気分に戻ってしまうのも仕方ないだろう。


「それじゃこれを静に送って……っと」

「あーあーあたし知らないからなー」


 何枚も撮った写真の中から二人して笑い合ってる物を選んで静へメッセージと共に送信する、二人共決め顔とは程遠く決して盛れてるとはいえない写真だが自然体であるほうが私達らしい。


「げっ」


 いつもならすぐにメッセージが返ってくるのだが今日に限って反応がない、仕事中かな?と思ったところで隣から呻くような声が聞こえてきた。


「どうしたの?」


 無言でスマートフォンの画面を見せてくるつかさ。その画面にはメッセージアプリが表示されていて、ただ一言「どういうこと?」と静からのメッセージが表示されている。


「あたしは悪くないからな」


 そう言いながら彼女は言葉と同じ文面を入力し始める。すると今度は私の方へとメッセージが届き……。

 仲間外れにされて機嫌を損ねてしまったのであろう、詳細を伏せつつ事情を説明し今度は三人一緒に来ようと約束を取り付ける。


「ほんと変わらないなぁ……」


 ため息と共にこぼれた呟きが耳に届きつかさの方へと視線を向ければ、呆れたような笑みと共に生暖かい視線までもらい肩を竦められてしまった。 





「本日はよろしくお願いします黒惟くろいさん!」

「こちらこそよろしくお願いします、ええと……」

「鈴木です!天使あまつか沙夜さやの担当マネージャーをさせてもらってます!」


 都内某所の収録スタジオ、天使沙夜がパーソナリティを務めるラジオ番組の収録に訪れていた私は来訪者から熱烈な歓迎を受けて困惑していた。


 つかさから事情を聞いた私はマリーナにゲスト出演を受ける旨を伝え、事務所同士のやりとりを経て収録当日。初めて訪れるスタジオであったし今回の仕事相手は業界でも大手の事務所でありレーベル、マネージャーを伴い早めに到着した私達は通された控室で事前の打ち合わせまでの時間を待っていたのだが……。


 そんな時、控室にたずねてきたのが幼馴染であり今日の主役でもある天使沙夜つかさとそのマネージャーであった。打ち合わせ時間よりも随分早い突然の来訪に困惑するこちらのマネージャーと目を輝かせながらこちらに挨拶してくる女性。ちらりとつかさの方へと視線を向ければ片手を上げ「よっ」と気さくに挨拶してくる。


 これが例のマネージャーさんか……。話を聞けば二周年記念メッセージに際して随分と骨を折ってくれたらしく、そのこともありつかさからの信頼も厚くなっている。

 今回のゲストについても提案し、上を説得した立役者とのことだ。


「天使から聞きました、メッセージと今回ご協力いただけたみたいでありがとうございます。本来ならこちらから挨拶に伺うべきでしたのに」


 業界の慣習というのにはあまり詳しくないが、よく聞く話では基本的に目上の人へ挨拶に行くというのが普通だろう。今回でいうなら活動の歴や規模、さらにゲストということもありこちらから出向かなければいけないところである。


「そんな!私は天使さんの希望を叶えただけですから」

「どうしてもまおに会いたいって言うからさ、魔王様にお目通りをと思って」


 からかうようなつかさの言葉に恥ずかしそうにする鈴木さんを見るにとてもいいコンビのようだ。


「はて……このような姿で幻滅されてしまったのでは?」


 ラジオ収録ということもあり華美な装飾もなくシンプルなカットソーにチノパンを合わせカーディガンを羽織っているだけだ。豪奢なドレスを着た黒惟まおを知っている人間からすれば、言葉遣いも含め違和感を感じるのではなかろうか。


「いえ!こういった配信者の方にお会いするのは初めてなのですが思った以上にまお様……黒惟さんで素敵です」

「ありがとうございます」


 ファンになったと聞いているし普段はまお様と呼んでいるのだろうかと思いつつも、社交辞令だとしても悪い印象を与えていないのならば幸いだ。


「んじゃあんまり長居しても悪いし、また打ち合わせで」

「じゃあまた後で」


 言葉の通りただマネージャーを紹介しに来ただけだったのだろう。私とつかさの間柄であれば挨拶なんて今更だし少し前に色々と話している。軽く手をヒラヒラと振りながら退室していく二人を見送り、鈴木さんの勢いに押され私とつかさのこなれたやりとりに若干蚊帳の外だったこちらのマネージャーが安堵したのを見て思わず笑ってしまった。


 もらっていた台本をチェックしているうちに時間になり打ち合わせに向かう。そこには番組プロデューサーにディレクター、構成作家の面々が揃い踏み。初めての本格的なラジオ収録現場に緊張感が高まってしまう。


liVeKROneライブクローネの黒惟まおです。今日はよろしくお願いします」


 何事も挨拶からと言ったものでしっかり自分の所属と名前を告げると軽い挨拶を交わし席へと勧められる。するとほどなくして、つかさが現れ同じように席につく。


 今回のラジオは天使沙夜のアルバム発売を記念した特別ラジオ番組であり、四週に渡って放送されるものだ。その中で毎週各方面からのゲストを呼びパーソナリティである天使沙夜と、アルバムや自身の活動に関する色々な話をしていくといった内容。呼ばれるゲストはアルバムにも参加している有名な若手作曲家に楽曲提供及び楽曲に参加しているアーティスト、さらには過去MVに参加したことから親交のある女優と売出し中のアーティストとして申し分ない顔ぶれ。


 その中に一人VTuberというのは誰が見ても異質だろう。しかもそんな人物が四週目……トリのゲスト。

 いやいや、この顔ぶれの中にいるのもおかしいけどトリはないだろうと最終決定した企画案を見たときは盛大に突っ込んだものだ。


 この収録自体も四回目らしくつかさと打ち合わせ卓を囲む面々のやり取りはかなりこなれている。場慣れしているということもあるのだろうが、普段の軽いノリでありながらしっかりと要望を伝え、気になるところを潰していく姿は新鮮でもある。これがアーティスト天使沙夜の姿なのだと、わかっていたつもりではあるが実際に仕事をしている姿を見るのは初めてだ。


「黒惟さんは何か気になるところはありますか?」

「いえ、ええと……この部分なんですが……」


 話を振られ余計な事は言うまいと一度首を横に振ってみせるが、そんなつかさの姿を見せられればこちらもだんだんとスイッチが入ってくる。本格的なラジオ収録は初めてのことであるが今行っているのは打ち合わせ。客先での打ち合わせなんていうのはそれこそ前職で数え切れないほど経験している。ここで変な遠慮をして困るのは自身であり、ゆくゆくは周りなのだ。


「いや、まおここは……」

「天使なら……」


 つかさと互いに意見を出し合い、軌道修正は周りのプロフェッショナルたちが行ってくれる。そんな安心感もあって予定していた時間を若干オーバーして打ち合わせが終了した。


「それではブースに入っていただいて収録行いましょうか」


 わかりました、と立ち上がったところでがちゃりと扉が開き一人の人物が入ってくる。そちらに目を向けるときっちりとスーツを着込んだ長身の女性。なんとなく雰囲気がマリーナに似ている気がするが黒髪で顔立ちは日本人のそれ。


「プロデューサーにわざわざ出向いていただけるとは」

「他のご予定が入っていると聞いていたのですがそちらは?」

「あっちは他の者に任せてきた、それで。あぁ彼女が……」


 周りからして彼女が部屋に入ってから空気が変わったのを感じる。番組スタッフだけではなく鈴木さん、他つかさ側の人員の反応を見ればおそらく相手事務所のプロデューサーといったところだろうか。


 そんな彼女がまっすぐこちらに向かい視線を投げかけてくるのだから自然とこちらの背筋が伸びる。こちらの前で立ち止まり見下されればはっきりとわかる値踏みされているという感覚。


「統括プロデューサーの神代じんだいというものだ、天使が世話になっているようだな」

「liVeKROneの黒惟まおと申します。天使さんには私の方こそお世話になっていますので」

「ほう……。今日の収録楽しみにさせてもらう」


 身体に染み付いた癖というのはなかなか消えないらしく、いつになく取引先への態度というものが自然とにじみ出てくる。それを見て何か感じるものがあったのか僅かに頷き、神代プロデューサーは私の横を通り過ぎ番組スタッフの元へと向かう。


 場の空気を支配していた彼女が動いたことで止まっていた時間が動き出すように収録へとスタッフが動き出す。共に収録ブースに向かうつかさに目配せしてみれば肩を竦め首を傾げているので、彼女の来訪は予定になかったのであろう。



……



『はい、おつかれさまでしたー』


 収録の終了を告げるディレクターの声がヘッドホンに届き、耳から外して押さえつけられていた髪の毛を手ぐしで直す。


 最初こそ黒惟まおとして天使沙夜とトークするという事に慣れず、うまく喋ることが出来なかったがいくつかのテイクを重ね自分としても納得の行くものになったと思う。

 台本があるとはいえ大まかな流れにそって基本はフリートーク。あとは適宜カットがされうまく尺に収めてもらえるだろう。


「おつかれ、まお」

「おつかれ、沙夜」

「いやー楽しかった」

「それなら良かったよ、私も楽しかった」


 互いを労いつつ、疲労も感じているのだが何よりも楽しむことが出来た。なんだかんだ二時間以上は話していたけど体感時間的にはその半分かそれ以下だろう。


「神代プロデューサーは?」

「エンディングのときには居た気がしたけど……あの人も忙しいからな」


 収録中もコントロールルームでこちらの様子を見ていたプロデューサーの姿はすでに消えている。収録が始まってから自然と意識しなくなっていたが常に見られているようなそんな感覚があったのは確かだ。

 つかさの言う通りエンディングのときには居たと思うが……統括という立場を考えれば常に多忙なのだろう。今回の収録にどんな評価が下されたのか気になるところではあるが、確認したくもあり恐ろしくもある。


「おつかれさまでした!すっごく良かったです!!」


 二人して収録ブースを出るとこちらに向かって前のめりになって絶賛してくれる鈴木さん。そんな様子を見て番組スタッフの面々も笑いつつ「良かったよ」と声をかけてくれる。


 あとは実際の放送を待つだけ……。

 果たして黒惟まおを知らないリスナーはどのような反応になるだろうか。

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