第61話 天使と魔王

「案件ですか?」

「ええ、先方からは是非にと」


 もはや恒例になりつつある配信によって貯められた魔力を宿した石の交換。そのあとの軽い魔力と体調チェックまで終えたところでいつも通り魔力のレクチャーが始まるのかと思ったところで差し出された書類を手にしつつ首を傾げる。


「ここって……」


 社外秘と隅に印字された書類は企画書のようで、企画名と相手先の企業名……。大手音楽レーベルの社名が続いている。いつも活動に関する連絡は基本的にマネージャー経由であったため、ついでとはいえ社長自らとは珍しいとも思っていたのだがそれを見て事情を察してしまう。

 妙に見覚えのある社名は有名ということもあるが、なによりも幼馴染である天ヶ谷あまがやつかさこと、天使あまつか沙夜さやが所属しているレーベル。


「何かそういったお話はありましたか?」

「いえ、つかさ……天使あまつかからは何も……」


 ペラペラと企画書をめくりながら企画の趣旨を読み解いていけば、全国ツアー最終公演で発表されたアルバム発売を記念した特別ラジオへのゲスト出演依頼。そんな記念すべき企画に呼んでもらえることは嬉しいのだが、内々に話があったという訳でもない。

 お互い事務所に所属するタレントということもあり、このように事務所経由で知らされるのが本来正しい形式であることはわかっている。しかし、つかさの性格から考えるに一声くらいはかけてきそうなものではあるのだが。


 もしかしたら、こちらが企業所属となったことで気を使ってくれたのだろうかと思いつつも少しだけ寂しさのようなものも感じてしまう。


「いかがしますか?事務所としては新たなファン層の獲得にもつながりますし、既存ファンからしても嬉しい企画だとは思うのですが」


 たしかにマリーナの言う通りこれは大きなチャンスでもある。最近になってメディアでも目にするようになってきたVtuberというコンテンツだが、世間一般から見ればまだまだディープでニッチな界隈。それこそテレビにどんどん出演し、音楽チャートにアーティストとして名前が載りCDが全国流通している相手からすれば知名度など比べるべくもない。


 そんな相手がパーソナリティを務めるラジオ番組への出演だ。アルバム発売記念の期間限定とはいえ全国キー局でのラジオ番組、Vtuberという文化を知らない人たちにも声を届けることができる。

 それに黒惟くろいまおと天使沙夜の関係性を知っている古くからのファンからしても、公式にあの魔王と天使がお互い立場を変えての邂逅である。盛り上がるのは想像に難くない。


「それはそうなんですけど……」

「何か気になることでも?」


 そんな好条件の案件ともあればすぐにでも飛びつきたいところだが、懸念点がない訳ではない。


「私の二周年記念の時にお祝いのメッセージをもらったじゃないですか」

「えぇ、大変好評だったと記憶しておりますが」


 リスナーからも驚きと共に迎えられ、更なるサプライズであるSILENT先生の登場と共にインターネットニュースにもなった二周年記念配信での天使沙夜からのサプライズメッセージ。

 それを実現するにあたってつかさはかなり苦労したと聞いている。最初は本人からして生通話する気満々だったらしいのだが、事務所から許可が取れずなんとかメッセージという形での実現。

 後からかなり事務所とバトルしたと聞いたときには心配すると共にそこまでしてくれたことに感謝したのだ。


「先方からしてもあまりいい顔はされてなかったらしくて……、それがこうも対応が変わるものなのかと」

「なるほど、たしかに気になるところではありますわね……」


 といってもあの時はただの個人勢Vtuberであったが、今は新興とはいえ事務所所属。そういう形式的な立場によって対応が変わったのかもしれないし、もしかしたらあのサプライズが話題にあがったことにより相手方の黒惟まおに対する見方が変わった可能性も考えられる。


「この件、返事は待ってもらっても大丈夫ですか?いちど天使と話をしてみようかと思います」

「わかりましたわ。猶予は来週まで、何かあればすぐに連絡していただければこちらとしても助かります」


 とにかく憶測だけでは判断できないし状況を確認するためには話してみるしかないだろう。これがただの杞憂であるならばそれでいいし、何か事情があったとしてもそれを知らずに受けてしまうのは双方に何かしらの軋轢を生み出す可能性も否定しきれない。つかさからすれば「心配しすぎだって」と笑われてしまうだろうが出来うる安全策は取っておきたいのだ。


 来週までという期限はあるが幸いにも時間は自身でいくらでも調整が効く、あとはつかさ側のスケジュール次第ではあるが……。ツアーが終わった後は少しだけ時間があるという話も二周年企画絡みのやり取りで聞いていたのでおそらくは大丈夫だろう。


 私への話を終えたマリーナからいつもの魔力講座を受けながら、そんなことを考えていたせいだろうかどうにも集中することが出来なくて魔力操作の出来は散々であった。



 いつものように三十分前に待ち合わせ場所に到着しあたりを見回してから近場のコーヒーショップへと足を向ける。今日の待ち合わせ相手を考えれば時間前に来ることはないだろうし、どうせ……。と考えたところでスマートフォンにメッセージが届く。


 つかさ:ごめん!遅れる!

 音羽おとは:いつものとこで待ってる


 やっぱりねと、ため息をつきながら仕方ないなと小さく笑う。学生の頃からもう打ちなれてしまった返事を送り、注文した品を受け取り駅の出入口が見える席を確保。ぼんやりと行きかう人たちを眺めながらカップに口をつける。


 つかさは遅刻の常習犯というわけではないが、まずもって来るのはいつも時間ギリギリか少しオーバーすることも珍しくなくたいていは息を切らしながらの登場。それでも必ず事前に連絡をくれるのでこうやって時間を潰すことには慣れている。


 マリーナから案件の話を聞いてからすぐにつかさへと連絡を取ると、聞いていた通りツアー後で予定が空けられるとのことだったので久しぶりに会って話したいと約束を取り付けることが出来た。もしかしたらラジオゲストのことについて何か言われるかとも思っていたが、その時点での言及はなし。色々と考えて黒惟まおとしてではなく来嶋くるしま音羽おとはとして連絡を取ったせいかもしれないがどうにも引っかかる。


 ただ行きかう人を眺めているのも飽きてくるもので、興味本位で天使沙夜と黒惟まおについてネット上ではどのように語られているのか調べてみる。

 まず一番上に出てくるのは二周年記念でのサプライズメッセージを取り扱ったネットニュース。私も目を通したそれはSILENT先生登場も含めて旧知のメンバーが私のお祝いに駆け付けてくれたという内容でとても好意的な記事にしてくれている。

 あえて私たちの関係を深堀りすることもなく配信内で語られた内容を元に作られたそれは、わかるファンにはわかるがあえて言及しないというスタンスだろう。


 その下はまぁ、配信者や芸能人には避けられない所謂『中の人』に関するページが検索結果に並んでいる。特にVtuberというのはいくらでも姿を変えられるという事もありそういった好奇の目に晒される事は一種の通過儀礼といっても過言ではない。


 私やつかさなんかは、それこそ魔王天使時代の活動内容を消している訳でもないし幼馴染であるということを公表していないだけ。名前からしてまったく隠そうとしていないことからわりと気軽に互いについて言及できる間柄ではある。


 それでも相手は大手レーベル所属のアーティストであり、今となってはこちらも事務所所属のVtuber。今回の案件によって正式に黒惟まおと天使沙夜としての交流が出来るかもしれないというのは喜ばしいことだ。


 『天使、SILENT、魔王の黄金トリオ復活か!?』なんてうたい文句の記事を読み飛ばしていると駅の方からまっすぐにこちらに向かってくる一人の姿が目に入る。スマートフォンから顔を上げればこちらの視線に気付いたのであろう、片手を少し上げ口元はマスクで隠れているが目を見れば申し訳なさそうに苦笑している姿まで昔とちっとも変わらない。


 ぬるくなった残り僅かのコーヒーを飲み切ってしまいカップを回収場所に収め、店の前で待っている相手の元へと向かう。


「悪い!乗り換えミスっちゃって……」

「いいよ、久しぶり」


 金髪ショートヘアの頭を下げながら両手を合わせてくるのを見て、こちらも気にしていないよと言葉と態度で示して見せる。こうやって会うのは数年ぶりだろうか、まず私が黒惟まおになってからは結局一度も会えていなかったのだ。

 平日は仕事と配信、休日は配信とたまに仕事……といった生活を送っていた頃は互いに会おうにもスケジュールが合わず、忙しいだろうからと気軽に声をかけることもいつしか出来なくなり。事務所に所属しスケジュール調整しやすくなったと思えば相手はちょうど全国ツアー。


 テレビや雑誌でその姿を見ることはあったが実際に会ってみると心なしか芸能人特有のオーラというか風格のようなものを纏っている気さえしてしまう。

 白パーカーにダークトーンのチェック柄パンツを合わせネイビーのミリタリージャケットを羽織っている姿は昔から彼女が好んでいるユニセックスコーデであり、見た目は自身のよく知る幼馴染の姿ではあるのだが、その纏っている雰囲気のせいもあって別人のようにも感じてしまう。


 対して私は黒いハイネックカットソーの上にオータムカラーのチェックシャツを着崩して重ね、下は黒いスキニーパンツ。相手の好みからいってラフな着こなしのほうがいいであろうとは思っていたが中身は紛れもない一般人なので釣り合いが取れているかは甚だ不明である。


「それにしても音羽から声かけてくるなんて珍しいじゃん、いや嬉しいんだけどさ」

「ちょうどお互い時間取れるようになったしいい機会かなって思って、話したいこともあったし」


 意外そうに首を傾げる相手からすれば、つかさが誘い私がそれに付き合うという事が多かったのでそう思うのも無理はないだろう。昔から男女問わずに人気者だった彼女を誘うというのはなんとなく気が引けたし、向こうからよく声をかけてきてくれていたので自然と誘われ待ちであることが多かった。


「じゃあとりあえずどっか落ち着いて話せるところでも行く?」

「ちょっと込み入った話もあるから場所は任せてもいい?」

「おっけー。じゃあ、あそこかな」


 私の要望を聞いてすぐさま歩き出す姿は頼もしくもあり安心してその横を着いていくことができる。お互い立場が変わってもこの気負いのないやりとりを交わしていると少しだけ学生時代に戻ったような懐かしい気分になるのだ。

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