第59話 第二回ラジオクローネ!①

「まお様お願いします」

「いやだ」

「そこをなんとか……」

「ぜーったい、いやだ」


 ラジオクローネの第二回を配信するために我が家を訪れたリーゼだったが、もう何度目か数え切れないほど交わしたこのやりとり。

 なんならこの一週間顔を合わす度、チャットで会話するたびに懇願されているのだが回答は断固としての拒否。正直、あの手この手でお願いしてくるリーゼの言動が楽しくなってきているのは内緒だ。


「わたくしがこんなにもお願いしているのに……」

「そんな可愛い子ぶったって効きませんよー」


 眉尻を下げ困ったような表情で上目遣いに見上げてきたリーゼを見ても気持ちは揺るがない。出会った頃ならまだしも最近の彼女はどうお願いすれば私が言うことを聞いてくれるのか、わかっていてそうしてきている節がある。純粋そうに見えてその実なかなかの小悪魔っぷりが隠しきれていない。もしかしたら隠しているだけで可愛らしい羽と尻尾があるのではないかと最近は思っているくらいだ。


「かくなる上は……あの動画を使うしか……」

「あれはお互い触れないって約束したよね?」


 あの動画……、私が酔っ払ってリーゼに迫っているあの動画であることは明白だが、あれは互いにとっての不発弾に他ならない。私への切り札になりえるが影響を考えれば封印しておくのが一番である、というのが共通認識であったはずだが。


「ママに送ってもいいんですよ?」

「ぐっ……」


 二人にとってのママとはSILENT先生ことしずであり、もし彼女の手に渡れば散々からかわれた上におそらくファンアートという形でリスナーたちにも開示されることになるだろう。おそらく情報提供者としてリーゼが静に責められるということは考えにくい、むしろよくやったと賞賛されることは想像に難くない。


「わかった……降参、全く……昔の可愛かったお姫様はどこにいったのやら……」

「おかげさまでわたくしも鍛えられてますので」


 配信でリスナーたちに色々と鍛えられているのであろう、こういったやりとりからも簡単にあしらえなくなってきている。更に言えるのは私への遠慮というものも薄れ、だんだんとリーゼの素というものが見えてきているのはいい兆候だろう。そうなればこそこちらからも遠慮なく付き合っていけるというものだ。


────


【ラジオ】第二回ラジオクローネ!【黒惟くろいまお,リーゼ・クラウゼ/liVeKROneライブクローネ


 :待ってた

 :第二回待ち望んでた

 :採用されてないかなぁ

 :今回はまお様当番回だっけ


「お嬢様……起きてくださいお嬢様」


 :お?

 :なんかはじまった

 :きゃー黒様ー!!

 :これはイケまお


「ぅん……ん……」

「お嬢様、起きないと悪戯……してしまいますよ?」


 :はぅ

 :悪戯されたい

 :それは反則やろ

 :いいですわゾ~


「っ……はぁぁ……」


 :悶てて草

 :草

 :お嬢様w

 :耐えてるwww


「ん、んっ!……あと五分……むにゃむにゃ」


 :わりとガチの咳払いで草

 :喉大事にしてもろて

 :古典のような寝言

 :親の声より聞いた寝言


「悪い子ですね……それとも悪戯されたいのですか?……んっ」


 :あーこれはえっちです

 :健全!健全!

 :頼む見逃してくれ


「黒惟まおと……」

「……」

「……リーゼ?」

「っ、リ、リーゼ・クラウゼの」

「ラ「ラジオクローネ!」」


 完全にトリップしタイトルコールに出遅れてしまったリーゼの顔は真っ赤であり、画面に映っているリーゼも頬を赤くしている。そこまで再現するなんて最近の技術はすごいなと思いつつ、マイクに近づいての囁きと手の甲を使った口付けの音はやりすぎだったろうか。片耳につけたイヤホンから聞こえる返しの音声からしてなかなかの出来だったと思うのだが。


「今宵も我らに付き合ってもらうぞ?liVeKROne所属の黒惟まおだ。こんまおー」

「……同じくliVeKROne所属の魔王見習い、リーゼ・クラウゼです。はじまリーゼ」


 :こんまおー

 :はじまリーゼ~

 :こんクローネ!


「ということで開幕はラジオクローネ劇場だったわけだが、今回のお題は『なかなか起きないお嬢様を口付けで起こす執事(男装の麗人)』ということで前者がリーゼで後者が我指定のものだった。……お前たち台本にしてもお題にしてもだいたいが我の負担が大きすぎるものばかり送ってきおって」


 :草

 :それでもやってくれるまお様すこ

 :リーゼちゃん寝て悶てるだけで草

 :まおにゃんは採用されなかったか……

 :男装の麗人という指定にこだわりを感じる


「まおにゃんを送ったそこのお前、しっかり名前見えてるからな」


 :ヒェッ

 :あっ

 :まおにゃんを送れば認知してもらえる……?

 :閃いた


「ところでリーゼそろそろ戻ってきたか?」

「……、失礼いたしました。少し空想の世界に……」


 :草

 :静かだと思ったらw

 :あれはしゃーない

 :×空想〇妄想


 私がフリートークで繋いでる間もどこか恍惚とした表情で空を眺めていたリーゼがようやくトークに参加してくれる。選ぶお題も演じ方も少し考え直した方がいいだろうか。


「改めて素晴らしいお題をありがとうございました。この男装の麗人というところがポイントですね……。ここで安易に執事としないあたり歴戦のまお様リスナーであることがうかがいしれます。しかもこの方、実に細かい設定も一緒に送ってくださいまして……『実はこの執事は亡国のお姫様であり、命を守るために男装し親子同士旧知の仲である屋敷へ執事として仕えているんですね。そしてこのお嬢様とは幼馴染であり、幼い頃は良き友人として共に遊んでいたのですが国の政情が危うくなったため会うことができなくなり……数年ぶりの再会が男装し執事となった姿。わたくしは一目見てその正体に気付くのですが政情からそれを言うわけにもいかず……まお様も己の正体がバレてしまうとわたくしに迷惑がかかってしまうので正体を明かすことができず……。思いを寄せられているのに気づいてはいるけども、あくまでその相手は男装した別人であるという葛藤も持っていて……』」


 :長い長い長い

 :超大作で草

 :これで1本書けるやろ

 :コムケで出してくれ

 :むしろ読みたい

 :これリーゼちゃんが書いてない?


「このお互い思い合っているのに気持ちを告げる事ができずに立場から気持ちもすれ違っていく未来しか見えないのがなんとも物悲しく……まお様とならばわたくしは立場などすべて捨ててしまってもいいのに!でもそれを選んでしまうとまお様が悲しんでしまう事がわかってしまうからこそ選べないというこの……」


 :いや長いて

 :ステイ

 :途中から完全に役に入り込んでて草

 :これは名女優


「リーゼ、ステイ」

「はい」


 :スンてなるな

 :犬かな?

 :リードピーンってなってるって


 もはやこの暴走するリーゼというのもある種の名物になっているような気がする今日この頃、下手に縮こまって配信するよりも伸び伸びと自由に配信してくれたほうがいいのではあるが。


「もしまお様がこのような立場に置かれたらどうしますか?」

「我がか?……そうだな。どっちの立場だとしても本当に大事に思っているならなりふり構わず気持ちを伝えるべきたとは思うが……。結局相手の事を考えているつもりでそれを自分への言い訳にしてしまってる時点でどこかで耐えきれなくなってしまうのではないかな?とまぁ……言葉だけでは何とでも言えるがな。リーゼはどうなんだ?」


 :なるほど

 :深い

 :地味に刺さる

 :それがまお様の恋愛観か


「わたくしは……そうですね。相手の事を考えているつもりで自分の事を……と言われて正直図星をつかれてしまったというか。相手のためを思って我慢……してしまうかもしれません」

「別に我の考えが正解ということもないだろう、リーゼの考えも理解できるし尊いものだと思うよ。ただ我が少し我儘で自分本位なだけかもしれない」

「いえ……まお様は決してそんな……」


 :イチャイチャしないでもろて

 :リーゼちゃんの気持ちわかるなー

 :てぇてぇなぁ

 :まお様イケメンすぎない?


 結局仮定の話にすぎないので現実に直面しないとどんな選択するかはその時までわからないものなのだ。ただ自分がそうありたいという理想は意識することが重要であるとは思っている。


「しかしなかなか起きないというあたりははまり役じゃなかったか?」

「それは……」

「五分と言わず起こさなければずっと寝ていたからな……このお嬢様のほうが寝起きはいいのかもしれない」

「もうっそんなことありませんからね?」


 :寝起きの悪さを知っている……?

 :ん?

 :妙だな

 :ははーんこれはそういうことか

 :くぉれは頻繁にお泊りしてますね

 :語るに落ちたな

 :キマシ!?


 お泊りどころか一時期は同棲状態だったとは言えないなと苦笑しつつ、下手に言い訳をしても仕方ないのでリーゼへ目配せするとコメントを見ていた彼女も状況を把握したのか小さく頷いてくれる。こういった突発的な出来事があっても落ち着いていられるあたりそれなりの場数をこなしてきたんだなぁと実感する。


「と、余談に過ぎたな。このように大作を送ってくれるのもいいがほんとにお題だけでもいいので気軽に送ってくれ。あと我にばかり演じさせないように、無論まおにゃんは基本不採用とするからそのつもりで」

「……諦めずに送ってくださればなんとしても実現して見せますのでお待ちしております」


 :小声で草

 :絶対聞こえてるんだよなぁ

 :任せとけ!


 お互いの音声は返しで聞いているのでどんなに小声でも聞こえているのだが、まぁメールが減るよりは好きにさせたほうがいいだろうという思惑もある。実際のところこの手の罰ゲーム的な配役も過去に散々やらされているし役になりきってしまえば見返しさえしなければダメージも少ない。恥ずかしがって中途半端にやってしまうから余計に恥ずかしいのだ。


「では一通ふつおたというものを紹介しよう」


──────────────────────────────

まお様リーゼちゃんこんクローネ~

まお様お引越しされたようですが新しい配信部屋はどうですか?

お引越しはお姉さん組に加えてリーゼちゃんもお手伝いしたとか

抜き打ちお部屋チェックお願いします!!

──────────────────────────────


「まずその挨拶はあまりにも安直すぎないか?」

「まぁお約束ということで……」


 :こんクローネ~

 :こんまおに通ずるな

 :これは流行る(*´ω`*)

 :挨拶は流行るけどその顔文字は流行らない


 いわゆるラジオにありがちな挨拶、発想がこんまおのそれと同じで他にいい案がないかと少し考えたところで妙案は浮かばず。結局こんまおと同じく気付けば定着してそうである。


「我の配信でも言ったが甜孤てんこにリリス、リーゼも手伝いに来てくれてな。おかげでラジオもこのとおり予定通り行えている。前の部屋も気に入ってはいたのだがやはり広い防音室というものは何物にも代えがたいな」

「わたくしからしたらスタジオとほぼ遜色ない使い勝手の環境を整えるまお様のこだわりに驚かされたといいますか……。抜き打ちチェックといってもこのお部屋は本当に配信関連の物しかないんですよね……。まお様少し家探ししてきてもいいですか?」

「いい訳がないだろう」


 :機材すごそう

 :もはやスタジオなのでは

 :さすが機材おたく

 :お家賃高そう

 :草

 :それはそう

 :まお様フリートークで頼む

 :いってらー


 腰を浮かしかけたリーゼの腕をしっかりと掴みその場から動けないように行動を封じる。そうしなければそのまま他の部屋へと突撃しかねない。


「では……わたくしの記憶からひとつ。まお様の寝室にはかわいらしいりらっくすしたクマのぬいぐるみがありましたよ」

「いつの間に……」


 :かわいい

 :女の子じゃん

 :寝室に入ったことがあると……

 :なるほど


 たしか寝室へ入れた記憶はないのだが……と考えたところで。引っ越しの日酔っぱらった私はいつの間にか寝室のベッドへ運ばれていたことを思い出す。これ以上余計なことを言われないうちに進行してしまおう。

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