第58話 伝わる思い
『それじゃ今夜キミの夢にお邪魔しちゃうぞ♪夜闇リリスでしたーおやすみー』
作業のお供に聞いていた
ほぼ二つ返事で依頼を受ける旨を伝えてからは文面から感じた通りスムーズにやりとりは進んでいき。制作も順調、おそらくこのままいけば予定通り数日後には納品することが可能だろう。
夜闇さんに限らず依頼を受けた相手の活動内容はなるべくチェックするようにしているのだが、配信頻度も高いこともあり最近は彼女の配信を見ることが多くなった。
こういった普段の活動内容だったりちょっとした発言やネタ要素は動画を作るうえで参考になるし、らしさが反映された編集というのは依頼者にもゆくゆく動画を見る視聴者からも喜ばれる。仕込んだ小ネタに気付いてもらえるかどうかというのも楽しみのひとつだったり。
配信では常に明るくハイテンションであり、サキュバスらしくリスナーを手玉に取ろうとするのだが狙いすぎていてリスナーからはそれをからかわれる。それが彼女の配信でのお約束になっており度々コメント欄とプロレスをして笑い合っている姿は見ているこちらも楽しませてくれる。それでいてASMR配信では照れることも茶化すこともなく本気で甘々にとろけるような声で囁いてくるのだからその魔性に夢中になってしまうのだろう。
同性の私からして初めて聞いたASMR配信はドキドキさせられたし、新たな世界を垣間見た気分であった。
「Vtuberかぁ……」
依頼を受けるようになってからその存在を知り、いまとなってはすっかり深みにはまってしまったと言っていいその存在。アカリちゃんに夜闇さん、他にも今まで依頼を受けたVtuberの人たちからは新しい文化特有の並々ならぬ活動の意欲と勢いのようなものが感じられる。
最近はアカリちゃんのように3Dの身体を持たなくても簡単に2Dの姿で配信できるようになるツールがリリースされたりしてVtuber自体の数が増えているのもその一因だろう。
「我は魔王まおだ……なんて」
少しだけ声を作って呟いてみるがすぐに小さく笑って頭を振る。Vtuberたちと関わるようになってから時々考えてしまう「もし私がVtuberになったら」という妄想。友人につけられたあだ名が元とはいえハンドルネームにするくらいだ、この歳まで変えずに使い続けているのだから愛着もわいている。
とはいえ、Vtuberになったところでトークに自信があるわけでもなし歌もイラストも人より少しだけ出来るかもしれないけど、今のご時世ネットの世界ではいくらでも素晴らしいものを持っている人がいくらでもいる。なんていったって身近にいる友人二人がその最たる例なのだ。
歌は動画の再生数という分かりやすい指標によって天使ちゃんことつかさには遠く及ばず。天使ちゃんの歌声を聞きに来た人がついでに私の歌も聞いてくれていると思うのは卑屈にすぎるかもしれないが、投稿した際の反応を見てみればそう思ってしまっても仕方ないだろう。
『天使ちゃんの歌楽しみです!』
『次は天使ちゃんかな?』
『天使ちゃん期待』
もちろん悪気はないのだろうし歌声のファンである私からしても友人の歌ってみた動画を待ち望む声は理解できる。一度、自分のチャンネルで投稿するより天使ちゃんのものを開設してそちらに投稿したほうが……とも思って提案してみたこともあったが。そういうのよくわからないからと結局これまで通り天使ちゃんの動画は私のチャンネルの一大コンテンツだ。
一方でイラストにしても最初は得意げにデジタル絵について色々とアドバイスをしていたのだが、どんどんと新しい技術や技法を取り込んでいった
『SILENT先生まじ神』
『イラスト美しすぎる』
『また上手くなってる……』
私に来る動画作成依頼もなんとかSILENT先生にイラストを依頼できないかといったものも少なくはない。出会った当初はネットに疎いという印象だった静も今となっては私とネットスラングで軽口を叩き合うまでになったが、根本的に人付き合いがあまり好きではないようで開設したSNSもイラスト投稿ばかり。あまりにコンタクトがとれないせいで私の方に依頼が来る始末だ。
冗談めかして「静のマネージャーになって養ってもらおうかなー」と言った際には「毎日まおのためにイラスト描くね」なんて言われてしまった。
そんな二人がメインの動画を投稿すれば当然、二人に対する称賛のコメントと再生数はどんどん増えていき。SNSでも話題に上がりトレンドに乗ることも珍しくなくなってきている。その中に動画を作った私の名前はなく……まぁ動画作成者なんてそんなものだとは思いつつもどこかモヤモヤとした気持ちを感じてしまうのだ。
あぁダメだ……。こんな時間まで作業をして疲れているのだろう。思案にふけっているうちに時計の針は思った以上に進んでしまっているし、思考は悪い方向へと陥ってしまう。
こんな時は寝て思考をリセットしてしまうに限る。そう思って電気を消しベッドにもぐりこんだが目を閉じれば結局のところ意識が落ちるまで色々なことを考えてしまうのだった。
◇
夜闇リリス:確認いたしました。素晴らしい動画をありがとうございます
魔王:こちらこそご依頼いただきありがとうございました
特に問題も起こらず夜闇さんからの依頼は予定通り納品完了。思った通りやりとりも制作もスムーズに行う事ができたし、作成した動画も夜闇さんの要素を散りばめたいい動画になったという自負があったので褒められるのは素直に嬉しい。
いつもならここでやり取りも終わり……のはずだが、先日余計なことを考えてしまったせいなのだろう気付けばキーボードで追加のチャットを送ってしまう。
魔王:もしよろしければ、私に依頼していただけた理由をお聞きしてもいいでしょうか?
それこそ、これだけ登録者がいてリスナーもついている彼女がどうして私に依頼するに至ったのか。たまたま目についたから?それともやはりつかさや静の動画きっかけだろうか。おそらく後者なんだろうなとは思いつつチャット画面を見つめる。
夜闇リリス:魔王様の作る動画が好きなのでご依頼させていただきました
少し間があって表示されたのは気を使わせてしまっただろうか、当たり障りのない回答。どんなところが?と聞いてみたい欲求が出てくるが納品も終わったのに長々とやり取りするのも気が引けてしまう。
魔王:ありがとうございます。夜闇さんの活動の一助になれれば幸いです
夜闇リリス:さっそく今夜投稿したいと思います。改めてありがとうございました
欲求を抑えてこちらも定型的な言葉を返してやり取りを終える。
どうにも先日のことが頭に残ってしまっているらしい。
「よしっ、気持ち切り替えて自分の動画も頑張らなくちゃね」
最近は依頼の数も増えてきて、自分のチャンネルに投稿する動画の編集時間がなかなかとれなくなっているのだ。うじうじと考えるよりも手を動かさなければ……、手を動かしているうちは変なことを考えなくなるので一石二鳥だ。
次に控えているのはファン待望である天使ちゃんの歌にSILENT先生のイラストを使ったものであり、この二人のクオリティに恥じない出来にしなければいけない。歌もイラストも出来上がっているのであとは私が頑張るだけ、気合を入れていこう。
……
「ふぅ……結構進んだかな」
もともとがシンプルな構成にする予定だったのであまり思い悩むこともなく作業は順調。歌とイラストの出来がいいので下手にこった編集よりもシンプルなほうがそれぞれの魅力を引き出してくれるだろう。
「そうだ、夜闇さんもう投稿したかな?」
作業に集中していたせいですっかり時間は遅くなり、気になった私は配信サイトを開き夜闇さんのチャンネルを開く。相変わらず際どい衣装を着た彼女のチャンネルバナーに迎えられつつ、動画一覧には納品した動画が表示されておりすでに投稿された後らしい。
「あっ、配信してる」
そしてその隣にはライブ中の文字が載ったサムネイル。どうやら配信中のようで、もしかしたら動画についてのこと何か話しているかなーと思いクリックして配信を開く。
『この曲ほんとに好きでさー、めっちゃ録り直したんだよねー』
:何回くらい?
:気合入ってんねぇ
:意外とストイックなとこすこ
たしかに最初にもらったラフミックスと比べても相当歌い込んでいたのは完成版の音源を何回も聞いた身としては納得だ。しかも、その完成版の音源も最終的には一度差し代わっていたりする。
『えーっと、ラフミックスのあとに……何回だっけ、とにかくいっぱい!動画作ってくれた魔王様には迷惑かけちゃったなー』
:魔王様ありがとう
:魔王様ってあの?
:魔王に動画作らせたの?
不意に自分の名前が配信から聞こえてきて思わずピクリと反応してしまう。
『んー?あっ魔王様っていうのは今回動画作ってくれた魔王様で、魔界の魔王様じゃないよ?』
:ややこしくて草
:魔王が動画作ってるのか……
:魔王って天使ちゃんの動画とか作ってる人やろ
:SILENT先生で知ってるわ
たしかに魔族のサキュバスである彼女が魔王といえばややこしくはあるだろう、とはいえコメントを見るに何人かは私の事を知っているようだ。それだけ天使ちゃんとSILENT先生の知名度は広まりつつある。
『そうそう!魔王様のファンでさーいつかは依頼したいなーって思ってたから、受けてもらえてうれしかったなー。みんなは魔王様の動画見たことある?』
:天使ちゃんの歌みたで知ってる
:天使ちゃん結構バズってたもんな
:たしか他のVの動画も作ってたよな
:SILENT先生もあれで一気に有名になったし
『リリスナー浅いなぁ……確かに天使ちゃんとSILENT先生の動画はすごくいいよ?でも魔王様の真価はそこじゃないんだよなー』
:ん?
:は?
:なんか語りだしたぞ
:これはめんどくさいオタク
『あーもう、ちょっと煽ったくらいで怒らないの。ごめんなさぁい♪』
:キレそう
:は?
:あ?
:誠意が感じられない
『リリスちゃんがこんなにかわいく謝ってるのにぃ……ってそんなことはどうでもよくて。魔王様の動画はねぇ……』
身体をくねくねと動かしながら甘い声色で謝ってみせる夜闇さんだが、これに対するコメントはお約束通り。そして次々に語られる夜闇さんの言葉はどれもこれも私に対する称賛の言葉であり、天使ちゃんとSILENT先生の動画はあえてシンプルな編集にしていること。夜闇さんの動画に仕込んだ小ネタの数々を解説し、どれも配信をしっかり見ていないと作れない事。さらには私の歌とイラストについてまで言及してくれている。
『──とにかく配信者とリスナーへの愛がすっごいの!!リリスも何回も見なくちゃ気付けないネタとかあるしどれだけチェックされてるんだって話!リリスちゃんこんなに愛されてるんだーって惚れちゃったもんね!』
:大好きじゃん
:くっ俺の方が好きだし!
:NTRってこんな感じなんだな……
:草
:魔王に負けた……
『あーもう、リリスナーの事も愛してるんだから負けずにしっかり愛してよねっ』
伝わっていたんだ……。
気付けば私の目からは涙が零れていた。今まで動画のコメントでもSNSでも圧倒的に天使ちゃんとSILENT先生への言葉が多かったせいで見落としがちだった私への言葉。それを偶然かもしれないが夜闇さんは私に声で届けてくれた。
────
「そういえばあの時ってさ、私が見ると思ってたの?」
「思ってた……絶対見る」
思い出話の中でなんとなく聞きそびれていたことを聞いてみれば当たり前のように帰ってくる言葉。まるで当時の自分の行動が読まれていたようでなんとも恥ずかしい。
あの配信のあといてもたってもいられなくなった私は夜闇さん……リリスへと連絡を取り、Vtuberになりたいという気持ちを伝えた。
今となって思えば、依頼した相手から納品後にいきなり連絡がきてVtuberになりたいと言われても何が何だか意味不明だったろう。
「いきなりあんな連絡きて驚いたでしょ?」
「驚いた……会いたいって」
何もかもすっ飛ばしていきなり「会いたい」だ。そんなの警戒して当たり前だろうが当時の私からすれば、感動と感謝を直接会って伝えたかったんだろう。相手がリリスで快諾してくれたから良かったものの、よりにもよってVtuber相手に会いたいは禁句でしかない。
それでその場所に選ばれたのがここのカフェであり、この紅茶である。
「ほんとあの時はなんだろう止まらなくてさ……」
「情熱的だった……」
その場に現れたリリスの容姿にも驚いたが、それ以上にその言動の違いに困惑しつつも聞き上手な彼女に色々と思い返すだけで恥ずかしいことをずいぶん言った気がする。とにかく、リリスの言葉で迷っていた心が救われ自身も言葉で直接誰かの心を動かしたいとかなんとか……。たった約三年前の出来事ではあるのだが若いなぁと感じてしまう。
「でもあれがあったから今の私がいるんだよね、ありがとう」
「ん……」
そしてリリスの協力もあって、静にデザインを依頼し黒惟まおが誕生したのだ。彼女がいなければ、依頼を受けていなければ未来は大きく変わっていたであろう。素直な感謝の言葉に微笑みながら小さく頷くリリスは三年前からちっとも変っていない。
「そろそろ行こうか」
「わかった」
思い出話に花を咲かせているうちにカップの中身も空になり、時間を確認すればいい頃合い。久しぶりに出歩いた分の軽い疲れはすっかりとれたがその代わり空腹を覚え始めている。このままここで軽食という手もあるがせっかくのリリスとのデートだ、予定通りに気になっていたランチのお店へと向かうために立ち上がりリリスに手を差し伸べる。
「そういえば、まだちゃんと惚れてる?」
「……ちゃんと愛してくれてるなら」
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