第57話 原点
:魔王様ありがとうございました!!
:こちらこそご依頼いただきありがとうございました
納品した動画のチェックを終えた先方とのやりとりを終え、ふぅと一息つく。
今回の依頼人は最近流行り始めたVtuberとしてデビューする予定の子らしく、光栄にも初めての歌ってみた動画の作成を依頼してくれたらしい。
魔王様と呼ばれるのは少し恥ずかしいけど、そもそものハンドルネームからして"魔王"なのですぐに慣れてしまった。それに魔王さんと呼ばれるよりかはしっくりくる。
天使ちゃんこと、つかさの歌と静のイラストを使った動画によってそれなりの知名度を得た私は大人気とまではいかないが自分の動画に加えて他者からの依頼を受けての動画作成も手掛けるようになっていた。
大学に通い始めたことで時間的余裕もあったし、作業時間を考えれば決して割が良いとは言えないがちょっとしたアルバイト程度には報酬として金銭をもらえているしスキルアップにもつながるので一石二鳥だ。
今まではいわゆる歌い手やゲーム実況者など同じ動画投稿プラットフォームで活動している人たちからの依頼が多かったのだが、ここ最近はVtuberと呼ばれる人たちからの依頼の割合がかなり増えている。
しかも、その中には個人ではなく企業からの依頼というのもあったりしてまるでいっぱしのクリエイターになったみたいだと内心浮かれていた。
なにより、私の作った動画を見てファンになって作成を依頼したいと言われるのはクリエイター冥利に尽きるというものだ。
「次の納期までは少し余裕あるし……」
ディスプレイに表示したスケジュールを確認しながら脳内で現在受けている依頼の内容と進捗をそれぞれ当てはめていく。依頼を受け始めたころは見通しが甘く徹夜なんてことはザラで授業中に舟をこいだり内職に勤しむなんて自体に陥っていたが、さすがにそんなことも少なくなってきたのは成長した証だろうか。
「おっ、配信やってる」
ブラウザ上のスケジュール帳からいつも見ている動画配信サイトへと切り替えトップページを眺める。登録しているチャンネルの配信やサイトからオススメされている動画のサムネイルがずらりと並び、その中にお目当ての物を見つければライブ中の文字。
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【21(木)20:00~】
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『えー、これ絶対わからないよー』
サムネイルをクリックして配信を開いてみると画面には一人の女の子が朗らかに笑いながら、何かを伝えるように3Dの身体を一生懸命に動かしている。
配信画面の左上には【「#明日見アカリお題」でジェスチャーゲームのお題募集中!】と表示され、右上には【#明日見アカリ生放送】の文字。どうやら、今日の配信はSNSで募集したお題でジェスチャーゲームをしているようだ。
:空気椅子?
:なんだこれ
:ドライブ?
:アカリちゃーんわからないよー
:もっかいやって!
:ヒント!
『これつらいんだよー?最近やった配信っ』
空気椅子のポーズをとってはあまり長続きしないのかプルプルと震えてすぐに元の姿勢に戻ってしまうアカリちゃん、思わずその姿にふふっと笑い声を漏らしてしまう。
明日見アカリはVirtualJKとして活動しているVtuberだ。肩まで伸びた明るいオレンジに近い髪の毛を揺らし再び空気椅子から前転しようとしたあとぴょんと跳ねる姿はとても人間味のあるもので、それをアニメキャラクターじみた容姿の彼女がしているのは見ていて微笑ましい。
『ほらっ、こうやって掴んで……うわーって』
:ラビメン?
:ラビメンだ!
:あーラビメンか
:この前のやつねw
『そうっ、ラビメン!よくわかったねー』
ジェスチャーゲームで声で説明してしまうのはアウトのはずだが、それよりもコメントに喜ぶ彼女を見ているとそんな細かい事どうでもよくなってしまう。ついつい私も「ラビメンの時の叫び声ほんとに好き」なんてコメントを打ち込んでしまう。
『叫び声が好きー?うわーって、あははっ』
推しがコメントを拾ってくれた上に反応まで返してくれる……。突然舞い降りた幸運に嬉しさよりも驚きの方が勝ってしまう。もとより拾われるつもりでコメントをしている訳ではないが、期待がないのかと言われればどこかで期待してしまっている気持ちはあるのだ。
動画投稿者として、どんなに短くてもリスナーからのコメントや感想は嬉しいものであるがその数が増えれば増えるほどその全てに目を通すことは難しくなってしまう。そんな気持ちがわかるからこそ配信で拾われないだろうがコメントで盛り上げようとするし、少しでも気持ちが届けばいいなと応援の気持ちや言葉を形にする。
それがしっかりと相手に届いているという実感、それが何よりも嬉しくて誇らしい。
あー、今日も私の推しはかわいいなぁ……。
従来のゲーム実況者や生放送主といった配信文化の上に新たに現れたVtuberという存在。その始祖たる者が現れてから少しの期間を経て数人のVtuberが台頭し、ネットの一部でもてはやされるようになったのはつい最近。
しかし、Vtuberにしても動画投稿が主な活動内容だったこともあり、機会音声を用いた「まったり実況」や「SPEAKLOID実況」のような台本ありきでそれこそ映像作品のようなイメージが強く、まさしくバーチャルの存在という印象だったのだが……。
徐々に活動内容が動画投稿から配信へとシフトしていく中でアニメキャラクターが、現実では存在しえない存在がそこにいるという感覚。人によっては思っていたものからは離れていってしまったと主張する人もいたのだが……、その魅力に取りつかれてしまった。
……
『それじゃあ、みんなまた明日見にきてね!』
:おつカリー
:お疲れさまでした!
:また明日見に来るよ!
:ばいばーい!
最後までアカリちゃんの配信を見終わり、配信サイトのトップに戻ってくる。彼女をきっかけに色々なVtuberを見始めたので配信サイトからオススメされる動画や配信も今となってはVtuberばかり。これでうかつにも気になったものを見始めてしまえば、私の好みを理解したサイトのアルゴリズムが更なるオススメを表示してくる。気付けば作業も寝る時間も忘れて朝になっていたなんてことになりかねないのだ……。
んーっと伸びをして、配信サイトの誘惑を断ち切る。せっかく納品も終わり納期をあまり意識しなくてもいい日が続くのだから夜更かしもいい気がするが……睡眠時間の確保は重要だ。
良い創作は良い睡眠から!ってどこかのえらい先生が言ってた気もする。言ってなければ私が有名になった暁には私の言葉としてしまおう。
そんなくだらないことを考えながらPCをスリープ状態にしようとしたところで依頼受付用のメールボックスにメールが届いていることに気が付く。どうやら配信を見ている間に届いていたらしく夢中で気づいていなかったようだ。
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MV作成依頼のご相談
夜闇リリス<lilith_h@vmail...>
魔王様
初めてご連絡させていただきます。
個人でサキュバスVtuberとして活動しております、夜闇リリスと申します。
活動内容につきましては以下のチャンネルにてご確認していただければ幸いです。
https://www.vtube.com/channel/U...
この度、歌ってみた動画のMVを作成していただきたくご連絡させていただきました。
…
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「よるやみリリスさんかな?」
メールを開いてみると一目見るだけで依頼慣れしていることが伝わってくるメール文面。挨拶に始まり依頼したい内容や参考資料や予算、期間が漏れなく記載されている。個人ということだが企業並……いや、比べるのも失礼なくらいひどい企業も中にはあったなと苦笑しつつ内容を読み進めていく。
すでにイラストレーターへの依頼も済んでいるらしく納期についても余裕がある。
「たしかこの時期は……」
頭の中でスケジュール感を組み上げながら実際のスケジュールを画面に表示させ、うんうんと小さく頷きながら当てはめていく。この楽曲ならよく知っているし、ここまでにイメージの共有をして……。一日これくらいのカットで進めれば修正含めていけるね。
これだけ丁寧な依頼メールを送ってきてくれる依頼人であるし、やりとりもスムーズであることが期待できる。すっかり依頼を受ける方向で考え始めていたのだが、肝心の活動内容についてチェックしていなかったなと記載のURLをクリック。
よく見慣れた配信サイトのチャンネルページが表示され、バナーにはなかなか際どい衣装を着た金髪の女の子が目元でピースサインしている姿。
「よるやみ、じゃなくて。やあんって読むんだ」
チャンネル名を見れば『夜闇リリス/Yaan Lilith』とあり、たしかにその読み方もできるかと少しだけその響きに己の中二心が揺さぶられてしまう。
すでにチャンネル登録者数は万を超えているし動画も配信の数も多いようで、動画一覧をスクロールして一番最初の自己紹介動画を開いてみる。
『はーい!今日から人間界で活動していくえっちなサキュバス夜闇リリスちゃんでーっす!やーんえっちなリリスちゃんで覚えてねっ♪こっちではゲーム配信をしたりーASMRをしたりー。あっASMRって知ってるかな?なんの略かは忘れたけど、こうやって実際にすぐそこで囁かれてるように聞こえちゃう音?声のことでー、癒やしたり気持ちよくできちゃうんだー。サキュバスリリスちゃんの超絶テクニックで骨抜きにしてあ・げ・る♪』
あの真面目なメール文面からは想像できないハイテンションでノリノリな自己紹介動画に少しだけ面食らってしまう。いや、たしかにはっちゃけてる人ほどその実、根が真面目で人当たりが良かったりするというのは色々な依頼を受けてきて経験もあるのだが。
『歌も踊るのも大好きだから、いつかみんなの前でそれを披露するのが夢っ!いまのリリスちゃんじゃ魔力が足りなくてこうやって少ししか動けないんだよねー。だからたくさん応援してもらっていつか大きなステージに立ちたいなー』
とにかく自分も楽しんでリスナーも一緒に楽しんでほしいという思いが十二分に伝わってくる自己紹介動画。デビューというのに気負いも緊張もあまり感じられないのはこういった活動の経験もあるのか天性の素質か人気が出るのも納得できる。
動画を見終わりよしっと気持ちを切り替える。この人ならば依頼を受けても大丈夫だろう、むしろこんな人からも依頼されるようになったのだなと嬉しさもこみ上げてくる。とりあえずはしっかりとした依頼メールにこちらも負けないくらいしっかりとした返信を作らなくては。
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「ちょうどあの日アカリちゃんの配信見てたんだよねぇ」
懐かしいなぁとリリスと初めてやりとりを交わした頃の思い出を語る。この真面目なメールと自己紹介動画を見たときに受けた衝撃についての話は彼女をからかう時の定番ネタだ。
実際にはその後、配信外の彼女とここで出会ったときにさらなる衝撃を受けることになるのだが……。
「今となってはそのアカリちゃんとも連絡するようになって……、当時の私が知ったらどうなることか」
まさか自身がVtuberとなって配信上で明日見アカリと話し、二周年をお祝いされた上に一緒にうたみた動画を出す話が進んでいるなんて絶対に信じられないだろうなぁと軽く笑い声を漏らす。
「明日見さんのことばっかり……」
「ごめんごめん、あの頃の話になるとつい……ね?」
若干の不満が混じった呟きが耳に届けば、たしかにデート中に他の女性の話を出すのはマナー違反だったかと小さく笑いながら謝る。あまり感情を顔に出さないリリスではあるが、心なしかムスッとしているように見えてしまうのは自意識過剰なのかもしれないがそんな様子も可愛らしい。
「むぅ……」
珍しく不満を隠そうともしないそんな彼女であるが……。私がVtuberになろうと思ったきっかけをくれたのがアカリちゃんだとすれば、決意させてくれたのは夜闇リリスというVtuberなのだ。
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