第56話 同じ香り

「お待たせ、待った?」

「今来たところ……」


 約束の時間の三十分前、平日の昼間ということもあり人もまばらな駅の待ち合わせ場所で目当ての人物を見つけ声をかける。デートにおける待ち合わせの常套句ともいえるやりとりを交わしお互い約束の時間前に集合するあたり性格が出ているなぁと小さく笑う。


 待ち合わせ相手である夜闇やあんリリスはいつも私よりも早く来ているし、共通の友人である某狐はいつも時間ちょうどに現れる。もっとも今日はリリスとデートという名のお買い物なのでこれ以上待つ必要はないのだが。


「それじゃ、行こうか」


 小さく頷いたリリスは自然と私の半歩後ろの位置をキープ。白いスタンドカラーのブラウスの上に黒羽織を纏い、赤いロングスカートからわずかに見える足元は黒タイツに編み上げの黒ブーツ。シックにまとめられた和洋折衷を着こなす彼女はその容姿と立ち居振る舞いからして大和撫子然としている。


 かくいう私はオフホワイトのリブニットにインディゴブルーのハイライズなワイドデニムパンツを合わせ、足元は白と黒のローテクスニーカーだ。デートと称しての買い物であるならば悪くない二人の組み合わせだろう。


「今日もいつもの感じでいい?」

「任せる……」


 なんだかんだと付き合いも長くなっているのでおのずと行程はいつも通り。特に希望や目的がない場合は私が先導しリリスはそれに付き合ってくれる。


「今日の気分は?小物?服?」

「ん……、小物」


 言葉は少ないがお互いに言いたいことは十二分に伝わっているという自負がある。小物の気分ならば……と行く先々の店を頭に浮かべルートを構築、あそことあそこに行って……ご飯は新メニューが出たらしいあそこにして……。


 よしっと考えをまとめ、ちらっとすぐ横にいるリリスへと目配せをする。今日は私がスニーカーでリリスは厚底のブーツということもあり、普段よりも目線の合う位置が高い。


「そのブーツってたしか私が選んだやつだっけ」

「そう……選んでくれた。似合ってる?」

「買った時も思ったけどすっごく似合ってる」

「そっちも似合ってる」


 和装に編み上げのブーツ……、それは一種のロマンであり。今日のように和洋折衷を着こなせる彼女にこそ似合う組み合わせである。赤いロングスカートに黒い羽織とブーツは赤と黒のコントラストがなんとも美しい。まさに理想通りのコーディネートで現れてくれたことに感謝したいくらいだ。


 お互いに今日のコーディネートについて話しながら歩いているうちに最初の目的地に到着。輸入雑貨がメインの店舗だがアクセサリも充実していて見ていて飽きない品揃え。ぱっと見誰が買うんだろうという見た目のものや突拍子のない雑貨が突然置かれていたりして話題には事欠かない。


「これ前なかったよね、何なんだろうこれ……」

「玄関に飾る……?」

「これ玄関にあったら逃げるね」


 通路の片隅に鎮座している天上まで届きそうなトーテムのようなものとしか形容できない謎の置物……、こんなものが玄関にあったら邪魔でたまらないしもし訪ねた時にこれに出迎えられたら黙ってドアを閉めるだろう。


 よくわからない雑貨たちを抜けた先のアクセサリコーナーではリリスがひとつのブレスレットを手に取り、私の手首のそれと交互に見比べて首を傾げる。


「これ……似てる」

「ほんとだ、そっくり」

「ここで買ったの……?」

「えっとこれは貰い物で……、えっとね。私がお世話になることになったとこの代表者……というか社長さんなんだけど。あっ女性だからね?」


 たしかに言われた通り、マリーナからもらった魔力隠蔽と魔力量チェックのための魔術具であるブレスレットとうり二つのものがリリスの手の中にある。違いといえば嵌められた石の種類くらいだろうか、思わずじっと見つめてしまう。

 事情を知らない彼女からすれば当然の疑問なのだろうが、素直に答えたところであまり風聞がよろしくないことに思い至り言葉を付け足す。


「ちなみにお値段は……」


 まさかマリーナがここで買ったとは思えないが興味心からリリスの手に隠れた値札を引っ張りだしてその数字の羅列を目で追う……いち……せん……まん……。ん?いや見間違えかな……もう一度。一度数えてみたところで何かおかしな数字が出てきたので再度数えてみる。


「きゅうじゅう……ろくまんえん……?」


 一緒に値札を見ていたリリスの口から出た数字と再度数えなおした数値が合致し間違いではなかったと証明されてしまう。


「いや……さすがに値札のミスでしょ、なんで百万円近いものがこんな無造作に……」


 もし一桁間違っているとしても約十万円するものが置かれているのもおかしい。


「買えば……お揃い……」

「一応値段聞いてみる?」

「カード使えるかな……」


 ブレスレットを手放さないところを見れば気に入ったのであろう。おそらく値札のミスだろうし、先日のお詫びにプレゼントという手もある。近くに店員さんは……とあたりを見回したところでレジには綺麗な白髪の老婦人が一人。


 ここの店主だろうか?普段はバイトらしい女の子が対応してくれるので初めて見る顔だ。


「あのこれって値段は……」


 リリスを連れ立ってレジまで進み、私の言葉を受けてリリスが手に持ったブレスレットを差し出し老婦人が視線を向ける。


「おや……申し訳ないねぇ……紛れ込んでしまったようで……」

「それじゃあ、この値札は……」

「ん?あぁ……間違っちゃいないよ」

「カード……使える?」

「ちょっとリ……みや!?」


 なんてことはないように財布を取り出すリリスを見て思わずVtuberとしての名前で呼んでしまいそうになり慌てて、仮の人前での呼び方に改める。


「買うのかい……?」

「欲しい……」

「申し訳ないけど、お嬢ちゃんには必要のないものさね」


 老婦人は訝しげにリリスを一瞥したあとに緩く首を横に振る。


「ダメ……?」

「そちらのお嬢さんなら……。おや、とてもいいものをお持ちのようだね、貰い物かい?」

「え、えぇ……」


 なおも食い下がるリリスを尻目に差し出されたブレスレットを手に取った老婦人は私へと視線を移し何事かを言おうとするが、私の手首に巻かれたブレスレットに気が付いたのであろう視線がそちらに移っていくのを感じる。


「であればこいつの出番はないだろうさね……。お詫びと言っちゃなんだけど、アレとかどうだい?あれもなかなか優秀でねぇ……」


 そう言った老婦人の目線を追ってみるとその先にはそびえたつトーテムのような何か。


「あれはちょっと……置き場が……」

「そいつは残念」

「玄関の外なら……」

「さすがにご近所迷惑だからやめなさい」


 たとえ置き場があったとしてもご遠慮願いたいソレ……。至極残念そうに呟く老婦人となんとか置き場を確保しようとしているリリスを止める。


「こいつを見つけてくれたんだ、これ以外の好きなアクセサリ一つで手を打とうじゃないか」

「いいんですか?」

「いいものも見れたしね、お嬢ちゃんたちも文句はないだろう?」

「わかった……」


 古めかしい革袋にブレスレットをしまい込んだ老婦人は私とリリスをゆっくりと眺めたあとに新たな提案をしてくれる。それほどに大事なものだったのだろうかと首を傾げるが好意はありがたく受け取っておこう。ちょうど一個をおまけしてくれるというのだ、一つ買い足せば片方はリリスへのプレゼントにすればちょうどいいだろう。


 ちょうど鞄につけるようなチャームがデザインも良かったので二人分購入し店を後にする。星と月をかたどったそれは何故だか二人にぴったりだと感じたのだ。


「ありがとう……」

「不思議な人だったね」


 お店が不思議なのは今に始まった話ではないが、どうにも印象に残る老婦人である。そういえば結局彼女が店主であるかどうかは聞きそびれてしまった。


「思ったより時間たってたね、一度休憩しよっか」

「ん……」


 なんだかんだと見て回っているうちに時計の針は進んでおり、ご飯には早いが次のお店に行くと見終わったころにはお店が混み始めるような時間帯……。

 ここは近場のカフェで休憩しつつ話に花を咲かせようかと思案する。たしかこのあたりにちょうどいいお店があったはずだ。


 ほどなくしてカフェにつくとお互い紅茶をオーダーし、一息つく。


「疲れてない?」

「大丈夫……」


 仕事をやめ、通勤がなくなったので最近は本当に歩かなくなったことを席に座ってようやく実感する。相手を気遣っているように見えるかもしれないが、自分のための休憩といっても過言ではない。

 目の前にいる彼女は小柄でか弱そうに見えるが、実を言うと体力てきには向こうの方が断然上なのだ。配信ライブでは歌って踊って、息を切らさないのだからどこにそのスタミナを蓄えているのかと常々疑問に思っている。


「……覚えてる?」

「忘れる訳ない……」


 私の主語を省いた問いかけにも間を空けず答えてくれるリリス。

 これだけではいったい何のことだろうかと首を傾げられるような会話だが、思い浮かぶのは数年前にも同じ席だったなという二人の思い出。

 あれから二年……いや、黒惟まおとして二周年を迎えたのだからもう少しで三年か……。


 よく遊びに来ていたというのもあるが、すぐにここのカフェの場所が思い浮かんだのには理由がある。

 ちょうど節目が近いからだろうか、あの時から変わらない風景と、香りに記憶が刺激され少しだけ昔語りをしたい気分になってくる。


「あの時も同じ紅茶だったね」


 リリスとの出会いは私が黒惟まおになる前。ただの魔王と名乗っていた時までさかのぼる。

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