第49話 お泊り魔王様
「リーゼおつかれさま」
しっかりと配信が終了したことを見届け、隣にいるリーゼへと声をかける。歌う時に繋いだ手は繋がったままで互いにしっとりと汗ばみ重なっていることで余計に熱く感じる。
「リーゼ?」
いつもならすぐに明るくて楽しげな声が返ってくるのだがリーゼからの反応がない。気になってその顔を覗き見てみればどこか熱に浮かされたように配信が終わった画面を見続けている。
「えっ、あっ。すみません……少し気が抜けてしまって……」
「おつかれさま、頑張ったね」
歌ってからの突っ込みも締めの挨拶もしっかりできていたので存外大丈夫かと思っていたが、最後の力を振り絞っての事だったのだろう。ようやくこちらからの呼びかけに気が付いたらしいリーゼが恥ずかしげに笑い小さく頭を下げる。
初めての企画で見知った相手とは言えオフコラボのとりまとめに配信の操作、二人での生歌披露。どれもこれもデビューして間もないリーゼにとっては得難い経験ではあったのだろうがそれ相応に負担も多かったのであろう。それでもしっかりやり遂げることができた彼女はデビューからの期間を考えれば私なんかより随分適正があると思う。
「ありがとうございます……、本当に楽しくて……。終わってしまったのかと思うと……っ。あれ?」
嬉しそうに笑みを浮かべほっとした表情で配信の感想を述べようとしたリーゼの目から不意に涙が零れ、少し驚いてしまうが当の本人が一番驚き不思議そうに涙が伝った頬を抑えている。
「もう、どうしたの」
「えっと……ほっとしたのと。終わってしまったんだなぁと今更寂しくなってしまって……」
「悲しくなっちゃった?」
「……はい」
可愛いなぁとつい頭を撫でながら子供の相手をするようにゆっくりとリーゼの話を聞く。そんなに感情が高まるほど楽しみにしていたし頑張ったんだなぁと思うと、そんな彼女の企画を共にやり遂げたことが嬉しい。
「また次もあるからね?それにうたみたの告知と公開の用意しないと」
今日の反応を見るにラジオクローネはこれから先も続けていくことになるだろう、それにうたみたの公開も控えているのだSNSで告知をしてプレミア公開の準備と意外とやることは多い。
「そうですね。あっ……そのずっと握ってしまっていて……」
「やっと気付いた?離してくれないんだもの。……もう冗談だってば、はやく準備しちゃいましょう?」
「もうっ、あまりからかわないでください」
私の言葉にハッとして準備に取り掛かろうとして、ようやく手をつなぎっぱなしだったことに気付いたらしいリーゼが手を解放してくれる。それにおどけて声をかけると悲しそうに眉を下げられ笑いながらごめんごめんと謝る。
わざとらしくぷんと顔を背けまずはプレミア公開の準備を始めたリーゼを見て、スマホを取り出しSNSで#ラジオクローネを検索して反応を確認。
「あっラジオクローネトレンド入ったって!それに感想も沢山……」
「まお様一人で楽しんでずるいです!わたくしも見たいのに……」
作業するリーゼを尻目に感想を眺め、トレンドに入っていたことを知りそれを彼女に伝える。配信中の実況コメントに終了後の感想コメント、それらを眺めて楽しむのは配信者の特権といってもいいだろう。それを一足先に楽しませてもらっているのだ恨み言を言われてしまってもしかたない。
「えーっと、リーゼちゃんの歌声大好きですって。あーこの人私のリスナーじゃん。浮気だ浮気」
たまたま目に入った感想の一部を読み上げ、その投稿者を見てみれば見覚えのあるアイコンで名前を見れば配信でもよく見る名前。いつも私の投稿にメッセージを送ってきてくれたり、配信タグでもよく投稿してるしエゴサしても頻繁に見かけるそんなリスナー。
感想自体に目を向ければリーゼのことばかりでほんの少しだけムッとしてしまう。見ているぞという圧もこめてハートをポチっと。
「……っと、これで公開準備できました!もうっ、まお様ばっかりずるいです!あんまり意地悪するから罰があたったんです!それにそのリスナーさんもまお様には言われたくないと思いますよ?」
プレミア公開の準備を終えたリーゼも負けじと配信タグで反応を確認し始める。ふふんと得意げに言い放つ様子はとても楽し気だ。
「ふふっ、慌ててる慌ててる。ってなんだ、わざわざ二人の感想分けてたのか、なら許そうかなーこっちにもハートあげとこ」
さてハートを送った相手はどんな反応しているかなと名前をタップしホーム画面を覗いてみる。どうやら私の反応に気付いたらしく新しい投稿には『前!前のやつ見て!』とあり、リーゼまみれの感想の前にきちんと黒惟まおばかりの感想を見つけることができたのでそちらにもハートをポチっと。
「ところでリーゼ、さっきのは一体どういう意味かな?」
「……。えーっと、まお様告知これでいいですか?」
「リーゼー?」
──────────────────────────────────
黒惟まお@liVeKROne/二周年記念グッズは今月末まで!さんがリツイート
リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/新人魔王見習い@Liese_Krause
#ラジオクローネ! ご視聴ありがとうございました!
このあとうたってみた動画をプレミア公開します!
わたくしもまお様と一緒に見るので是非一緒に見ましょう!
──────────────────────────────────
リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/新人魔王見習いがリツイート
黒惟まお@liVeKROne/二周年記念グッズは今月末まで!@Kuroi_mao
#ラジオクローネ! 楽しんでもらえたようでなによりだ
リーゼのチャンネルで今日歌った曲が上がるのでよろしく頼む
──────────────────────────────────
◇
「まお様はじまりますよー」
「爆音気を付けなよー?」
歌ってみた動画のSNSでの告知も行いお互いで拡散済み。あとは開始を待つだけとなり、二人で雑談しつつ配信の感想チェックを行っているとあっという間に公開の時間になる。
:待機
:爆音定期
:イラストSILENT先生やんけ
:鼓膜ないなった
:予備の鼓膜と交換した
Liese.ch リーゼ・クラウゼ:ドキドキ……
黒惟まお【魔王様ch】:久しぶりに作った動画だ、楽しんでくれ
:二人ともよう見とる
:イチャイチャしてそう
:てぇてぇ
:はじまリーゼ!
毎度おなじみの爆音待機BGMをボリュームを絞って乗り切りカウントダウンが終わり画面が暗転……イントロと共に王冠をかたどったliVeKROneのロゴが現れタイトルへと切り替わり、SILENT先生……
「綺麗……」
「ほんと静には感謝だね」
お互い静にはお世話になりっぱなしだ。もともとラジオとは関係なく出す予定の歌ってみた動画だったので、本来ならもっと後の公開となるはずだったが。初めてのコラボはラジオがしたいと言われ一緒に生歌披露するならばと公開のタイミングもかなり前倒しになった。
かなり余裕を持ったスケジュールで動いていたので、最悪配信休んで作業かなと思っていたところにかなり前倒しで静からイラストのデータが送られてきたときは相変わらずの仕事の速さに何度も感謝した。
「これがたしか初収録だったっけ」
「はい、一日かかりました……」
「初めての収録で一日張り付いて仕上げられたのは結構すごいと思うよ?結構声出ない子とか多いって聞くし」
もともと一人で宅録から始めた私にとっては初収録がスタジオで人目がある環境なんて想像しただけで委縮してしまいそうだ。私にとっての初めてのスタジオは小っちゃなレンタルスタジオで、あのときはたしかつかさと一緒でスタッフなんていないセルフレコーディング。
誰かに見られながらというのは
「ここの高音ほんと綺麗に出てるけど、さっき聞いたのも捨てがたいなぁ……」
「そうですか……?でも確かに声は出しやすくなってる気がします」
ばっちりMIXされている音源はリズムも音程もピッチも綺麗で整っているのだが、先ほど聞いたリーゼの歌声に比べれば正直物足りなさを感じてしまっている。生歌の良いところでもあるし収録から時間も経っているので上達しているというのもあるだろう。
:88888888888888
:やっぱまお様の編集好きだわ
:この二人の歌声相性いいなぁ
:配信のもこっちのも両方すこ
:まお様にリーゼちゃんにSILENT先生である意味親子コラボ
:SILENT先生イラストに動画まお様はやっぱ鉄板だわ
あっという間に5分程のプレミア公開が終わり、二人で最後の挨拶をコメントする。
Liese.ch リーゼ・クラウゼ:ご視聴ありがとうございました!
黒惟まお【魔王様ch】:次回作をお楽しみに
:楽しみすぎる
:次回作!?
:匂わせか?
:ラジオも楽しみにしてんでー
:おわリーゼ!
「多少余裕出てきたしボイトレとか通おうかなぁ。あっという間にリーゼと差がついちゃいそう」
「そんな……わたくしなんてまだまだです」
この短期間でも上達を感じるほどだ本人は謙遜しているがこのまま自己流というのも厳しいかなとも思う。配信頻度も高くなり歌だけじゃなく喉には気を使わなくては長く活動できなくなってしまうので、本格的にプロの指導というものを受けるのも視野に入れたほうがよさそうだ。
「んーこれで今日の予定は全部完了っと、おつかれさまリーゼ」
「はい、今日は本当にありがとうございました」
「一応まだ帰れる時間だけど泊って行っていいの?」
「それはもちろん!むしろ是非泊っていって欲しいというか……」
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
予定していたことがすべて終わり、身体を伸ばしながら時計を見れば帰れなくはない時間。初めてのオフコラボ配信ということもあって遅くなったら泊るかも?くらいの気分でいたが是非にと言われれば断る理由もないので素直にお世話になろう。
「その……まお様?」
「なーに?」
「わたくし今日頑張りましたよね?」
「そうだねぇリーゼはよく頑張ったよ」
初めての料理に始まり、初めてのオフコラボ企画進行に配信。そして初めての二人での生歌披露。誰に言われるまでもなくリーゼの頑張りは一番近くで見てきた私が保証できる。
「……ご褒美を頂けませんか?」
「ご褒美……?それはもちろんいいけど」
可愛らしく控えめにおねだりされてしまえば、その頑張りも知っているのだ断れるはずもない。
「では……」
◇
「リーゼ……さすがにこれは恥ずかしいんだけど」
「抱いてくださると……言ってくれたじゃないですか」
「いや、言ったよ?言ったけど……」
「さぁどうぞ!綺麗にしてきましたので!」
ずずずいと迫られてしまえばご褒美をあげると言ってしまった以上これ以上は逃げられない。ただでさえここはリーゼの寝室でベッドの上、壁際に追い込まれてしまえば逃れるすべもなく……。
突然ご褒美が欲しいと言われ、どんなお願い事かと思えば一緒に寝てほしいと……。まぁ泊りに来て一緒に眠るのは同性同士なら珍しい事でもないし、案内された寝室のベッドはとても広くてお互い窮屈な思いもしなさそうだと思ったのが少し前。
わざわざ用意してくれていたジェラケピの寝間着に身を包み、その着心地のよさに感動しやはり高いだけあるなと目の前にある現実から逃げてしまう。
「じゃあ……抱くよ?」
「はい……お願いします」
期待するような、それでいて恥ずかしそうな目を向けられ。そんな視線に耐えかねて目を軽く閉じて抱き寄せる。
「あっ……」
耳に届く呟きはどこか熱っぽく、腕にはやわらかな感触。その手触りは艶やかで案外ヒンヤリしているなとそれ以外に余計なことを考えないようにする。
「しっかり抱きしめてください……」
これはあくまで相手からのお願いだと、自分に言い訳しながら腕に力を込めギュッと強く抱きしめる。
「あぁ……」
いちいち耳に届く声がひどく切なげに届いて、恥ずかしさが臨界点を突破する。
「もう無理っ終わりっ!」
「そんなっ」
そう言って私は抱きしめていた黒惟まお抱き枕を放り投げた。
一緒に寝るとは言ったがまさか自分の抱き枕を抱いてほしいなんて言われる日がくるとは思わなかった。寝室に案内されそこに鎮座する黒惟まお抱き枕を見た時はえらく脱力したものだが、つい「そんなにいいもの?」と聞いてしまったのが運の尽き。
そこからはいかにその抱き枕が素晴らしいものかと懇々と説かれ。暴走モードに入ったリーゼを止める事は叶わず「そんなに言うなら抱いてみてください!!」と押し切られたのだ。
「どうでした?」
放り投げた抱き枕をすぐに回収し、最高でしょう?と言わんばかりに輝いた目で聞いてくるリーゼを見ればため息しか出てこない。たしかに抱き枕はフカフカで抱き心地はよかったしカバーの生地もスベスベで良い触り心地だった。
だけど何が悲しくてVtuberとしての姿とは言え自分を抱かなくてはいけないのか。
「抱き心地はよかったよ、それに手触りも良かった」
そうでしょう。そうでしょうとフンフン頷くリーゼはとても得意げでもう何を言っても無駄だなと、どこの高級ホテルかと思うくらいフカフカのベッドに身を預ける。
さらに抱き枕について語るリーゼの声を聞き流しているうちにだんだんと眠くなっていき。そのまま彼女の声を子守歌代わりに意識は落ちていく。
「さすがSILENT先生……っと、眠ってしまったのですね……おやすみなさいまお様……」
──翌朝目が覚めると目の前に黒惟まおがいて変な悲鳴が聞こえたとか聞こえなかったとか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます