第47話 はじめての……
「これでいいですか?」
「んー、この大きさならもう一個かな?」
わたくしが買い物カゴに入れた玉ねぎを見て少し思案したあとに、まお様はもう一個とカゴに玉ねぎを追加する。
「なるほど」
「普段、私が作るときは倍くらい入れちゃうんだけどね。とりあえず今日はレシピに忠実に」
彼女の言葉に頷きながら手に持ったカレールーの箱をよく見て材料を確認していく。玉ねぎ(中)二個とはあるがそもそも中くらいの大きさの玉ねぎというのはどのくらいの大きさなのか、わたくしには見当もつかないのでまお様頼り……。
「その、この中というのはどのくらいの大きさなのでしょうか?」
「んー?言われてみればどうなんだろう、結構みんな感覚で選んでるとは思うけど」
「感覚……経験していくしかないのですね」
「まぁ極端に多すぎたり少なすぎたりしなければ大丈夫かな。料理なんて最終的には目分量になってくものだし」
そう言いながら笑うまお様だが、先ほど言っていた倍の量というのは多すぎたりしないのだろうか……、料理というものはなかなかに難解だ。
今日はリーゼ・クラウゼと
事務所の名を冠する企画だしスタジオでやるという案もあったのだが、実験的な試みであるしオフコラボの経験もしておきたいということで初回は企画を立案したわたくしの家で行うことになっている。
それがどうして二人して近場のスーパーまで来てカレーライスの材料を買い集めているのかと言うと……。
数日前ラジオのための打ち合わせをしていた時にまお様の家にお世話になっていた時のご飯が恋しいというのをポロっと溢してしまい。それなら配信の日に何か作ってあげようかと嬉しい提案を受け喜んでいたのだが……。
そこから普段の食生活の話に加えまともに包丁も握ったことがないということが伝わってしまい、せっかくならとまお様のお料理教室が開催される運びとなったのである。
せっかくまお様の手料理がまた食べられると思ったのになぁ……と少しだけ残念に感じてしまったが、こうやって二人でスーパーで色々話しながら買い物をするというのも一緒に暮らしているようで嬉しい。
「えっと、材料はこれだけじゃ?」
「付け合わせもいるでしょ?それにせっかくだし、いくつか作り置きも作っておこうかなって」
カレーの材料はすでにカゴの中に入れたと思っていたが、カートを押すまお様は次々に色々な食材をカゴの中に追加していく。なにか足りないものがあっただろうかと心配になって声をかけるとこちらへと振り返り微笑みを向けてくれる。
いまわたくしはとてつもない幸せ者なのではないだろうか。
◇
「ふぅ、結構買っちゃたねぇ」
「わたくしのためにありがとうございます……」
二人で食材の入った買い物袋を手に提げながら帰宅すれば、まお様はテキパキと食材たちを冷蔵庫に仕舞っていく。帰り道もさりげに重たい方を持ってくれていたり……、それを自然とスマートにやられてしまえばお礼を口にすることしかできない。
「それじゃあ箱に書いてある通り作ってみようか」
「本当に箱に書いてある通りでいいんですか?」
「アレンジしたり自己流でやるのは慣れてから、説明通りにやればまず間違いはないから」
「わかりました」
てっきり秘密の料理法や隠し味みたいなものを伝授されるものだと思っていたのだが、ひとまずは基本からということだろう。説明通りに作るだけならなんとかなりそうだ。
「えっと……、まずは野菜を洗って切るんですね……」
まずはじゃがいもを手にして軽く水で洗って……包丁で皮をむく、と言いたいところだが最初から包丁でやるのは難しいし危ないだろうということでピーラーというものでむいていく。これで表面をなぞればきれいに皮だけがむけていくので素晴らしい道具だと思う。
しかし、まお様曰く慣れれば包丁のほうが楽だし早いらしい。ためしに一つむいてもらったがどうやったらそんな風に素早く綺麗にできるのだろうかというくらい見事だったし、手慣れた動作は見ていてかっこよさまで感じてしまう。
「かっこいいです!」
「かっこいい……かなぁ?」
素直にその姿を称賛してみてもあまりピンとこないのか、少しだけ照れくさそうに小さく首を傾げるまお様。
じゃがいものつぎは玉ねぎを手に取りそれをそのまま水で洗おうとする。
「えーっとリーゼ、玉ねぎの皮は別に洗わなくても……」
「そうなのですか?では……」
野菜は皮をむく前に洗うものだと思っていたがそうは限らないらしい、ではピーラーをつかって……。
「……うん、一個やって見せるから見てて?玉ねぎはね頭とお尻を先に切ってからだと簡単にほら」
ピーラーを手に取りじゃがいもと同じ要領で皮をむこうとしたところでまお様からストップがかかりお手本を見せてくれる。なるほどそうやって玉ねぎはむくのか……とうとうわたくしも包丁を手にする時がきたらしい。
「すべりやすいから気を付けて、手はなるべく丸めて……猫の手ね」
「これが話に聞く猫の手というものなのですね、たしかにこれは猫の手……」
手を軽く丸めてまな板の上の玉ねぎを軽く押さえ……、なるほどこれは確かに猫の手に例えられるのも納得だ。買ったはいいが使う機会もなかった包丁は存外鋭くさほど抵抗を感じることもなく切ることができる。お手本通りに切ってしまえばあとはぐるりと回すように皮をむくだけ。
「リゼにゃん上手上手」
「まおにゃんのおかげにゃん」
からかうようにかけられた言葉にはニコリと笑みを返しながら猫の手を顔の横に持って来る。
そんなわたくしを見て耐えかねたのか小さく噴き出した彼女に合わせてこちらも笑う。
「随分とリスナーに鍛えられてきたみたいね」
「おかげさまで……」
残る人参は別に特別なことはなくピーラーで……、これで野菜の皮むきは終わり。
「大きさはどのくらいに切りますか?」
「好みだけど……煮込んだら解けて小さくなるからそのあたりを考えてかなー」
「まお様はどのくらいがお好みですか?」
「私は形なくなるくらい煮込んじゃうから……、とりあえず一般的にはこれくらいかな?じゃがいもは大きさにもよるけどだいたい半分か四等分くらいにして……、にんじんは乱切り、玉ねぎはくし切りね」
まお様がお手本のようにそれぞれカットしてくれてそれをバットに移していく。わたくしにもわかりやすいように切り方もゆっくりと見せてくれたのでそれを真似して……。
「猫の手……」
「上手、上手」
まお様は何に対してもとにかく褒めてくれる。それが嬉しくてついつい出来上がったものを見せてまた褒めてもらおうとしてしまう。
「どうですか?」
「ふふっ、とっても上手だよ。なんだかいつもよりリーゼが子供みたい」
少し子供っぽかったろうか……、こちらを見る目がいつも以上に優しくなっている気がする。
野菜さえ切り終わってしまえばお肉はあらかじめ切られているのでそれらを炒めて煮込んでルーを入れて再度煮込めば出来上がるらしい。
はじめてするまともな料理ということで身構えていたが意外と簡単かもしれない。もちろん、まお様が付きっ切りで教えてくれたおかげではあるが。
「それじゃあとは順番に炒めていこうね~」
……
「んっ、いい感じかな。はい味見」
具材を炒め終わり水を入れて煮込み……ルーを溶かした時点でカレーのいい匂いがキッチンに広がっていく。それから少し煮込んでから小皿にすくったカレーの味を見て満足そうにうなずいたまお様が再度カレーをすくいこちらへ差し出してくれる。
「あっ、美味しい……ちゃんとカレーです」
「そりゃ箱の通り作ったんだからね、どう?初めて作ってみた感じは?」
「その……意外と」
「簡単だった?」
「まお様のおかげで」
渡された小皿に入ったカレーを吐息で冷ましながら口をつけると、当たり前なのかもしれないがきちんとカレーの味がする。さすがにお店のような深い味わいというわけではないがどこか素朴で安心できるような味。これを手伝ってもらったとはいえ自分で作れたというのは驚きだ。
これだけしっかり見守ってもらっていたのだから簡単だったと口にするのは憚れるが、思っていたことをズバリと言い当てられてしまいゆっくりとだが頷く。
「基本さえ押さえればレシピ通りに作れば料理なんて簡単なんだよ。あとはどれだけこだわるか、手間を省くか、効率よくするとか奥は深いとは思うけどね」
なるほど、確かに言う通りだなと小皿を返そうとしてふと気づいてしまう。
そういえば、まお様も同じ小皿で味見をしていた……?え?つまり……。いや待て、そう結論付けるのは早い。たとえ同じ小皿だとしても同じ箇所じゃなければ……。そう思い小皿に視線を落とすが……冷静にどうだったかなんてもはや思い出せるはずがない。
無意識に口元に手を当て急激に顔が熱くなっていくのを感じる。まお様の様子をうかがおうとするが自然と目線はその口元へと向かっていることに気付き慌てて視線を逸らす。
「リーゼ?もしかして辛かった?いちおう中辛だったんだけどお水いる?」
そんなわたくしの動揺にまったく気づかず見当違いなところを心配してきてくれるまお様はその原因に思い至ってはいないのであろう。それか彼女にとって気にするほどの事ではないのかもしれないが。
「はい……いえ、むしろ甘く……いえっ、お水もらえますか!?」
「大丈夫?」
カレー自体は特段辛いと感じる事はなかったのだが、つい動揺で余計な一言が出てきそうになり慌てて打ち消し好意に甘えてグラスに入った水を受け取った。そのままその水で頭を冷やしてしまいたいと思いながらも一気にグラスの水飲み切りその冷たさになんとか落ち着こうと大きく息を吐き出す。
「ふぅ……、ありがとうございます」
「うん。それじゃあカレーはいったん冷まして食べる前に温め直そうか、作り置きとか作っちゃうからリーゼは休んでてもいいよ?」
ひとまず落ち着くまではリビングに退避してしまったほうがいいだろう。少し落ち着いたとはいえまっすぐ彼女の顔が見られないくらいだ。本当は少しくらいお手伝いもしたかったがただでさえ足手まといなのに今の精神状態だと何をしでかしてしまうかわかったものではない。
「はい……。では念のため配信の確認などしてきますね」
「はーい、それじゃキッチン借りちゃうねー」
そそくさとキッチンを後にすれば背後からはさっそく色々と材料を取り出し調理を開始する音が聞こえてくる。
この時間でなんとか落ち着こう……。
……
無心で今日のコラボ用にセッティングしている機材類の確認を行い、進行についても改めて確認し終わり気持ちもかなり落ち着いた。
冷静になってみれば一時期は一緒に暮らしていたし同じ食事を取っていたのだから、こちらが意識しすぎなのだ別に直接した訳では……ないんだし。
気を取り直してキッチンへと戻ってみると、コンロの上には鍋が複数置かれカレーいがいのいい匂いがこちらまで伝わってくる。
「あっリーゼ。確認終わった?こっちももう少しで終わるから、いやーやっぱりシステムキッチンっていいねー」
レンジから器を取り出しながらこちらの存在に気付いたまお様は手を止めることなく、沢山並べられた保存容器を見渡してから楽しそうに己が立つキッチンを見回す。
「はい、特に問題なく。それにしてもこれだけの量をこの間で……?」
時間だけ見ればカレーを作っていた時よりも全然短いものだったのに目に見える保存容器だけで五品は確認できる。複数置かれた鍋の中身もカウントすればもっと増えるだろう。いったいどうすればこの短時間でこれほどの量をとも思うが、よどみなく動き続けている姿を見れば不思議ではなくなってしまう。彼女にかかればカレーなどそれこそ片手間で作れてしまうのだろう、それなのに根気強くよく教えてくれたものだ。
「時短レシピばっかりだし、広いキッチンのおかげでね。家じゃこうはいかないよ」
そう話しているうちにも新たにまた一品保存容器が増える。
「よし、こんなものかな。それじゃカレー温めなおしたからご飯にしようか」
いつのまにか用意されていたサラダにオニオンスープも加え、テーブルの上はまるで自分の家ではないような豪華さだ。
「せっかくリーゼが作ってくれたんだから写真撮ってSNSに上げちゃおっか、今日オフってことはまだ内緒でしょ?」
「はい、でもわたくしのカレーではあまり……」
盛り付けまでが料理だよと言われ二人分のカレーをお皿に用意したのだが、なんというかパッとしない。それに比べてまお様が用意したサラダとオニオンスープはSNSで見るような華やかさがあるように感じる。
「ほらほら、二人して同じメニュー上げて驚かせちゃおう?いちおう映り込みだけは気を付けてね?」
「それはもちろん……これで大丈夫でしょうか?」
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黒惟まお@liVeKROne/二周年記念グッズは今月末まで!さんがリツイート
リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/新人魔王見習い@Liese_Krause
はじめてカレーライスを作りました
その、どうでしょうか?
美味しそうに見えますか?
pic.loader.com/curry
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リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/新人魔王見習いさんがリツイート
黒惟まお@liVeKROne/二周年記念グッズは今月末まで!@Kuroi_mao
リーゼが我にカレーを作ってくれたので画像だけでもお裾分けしてやろう
pic.upload.com/liese_curry
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『リーゼちゃんのカレー食べたいだけの人生だった』
『はじめてにしては上出来じゃね?』
『二人で同じメニューの写真……つまり?』
『完全に匂わせやん!!ずるいぞ!!』
『仲良く拡散しあってるしてぇてぇ』
『カレーはリーゼちゃんってことはあとはまお様か』
『カレー作るか……』
『晩御飯時のメシテロやめーや』
『今日オフコラボってこと!?』
「おーいい反応」
「少しだけ申し訳ない気も……」
二人して同時に食卓の写真を上げお互いに拡散し合うとあっというまに反応が寄せられてくる。
それを楽しそうに眺めながらまお様は悪戯っぽい笑みを深め、わたくしも盛り上がっているSNSを見ればなんだか二人で悪戯をしているようで自然とふふっと笑いをこぼしてしまう。
「それじゃあリーゼのはじめてのカレーいただこうかなー、いただきます」
「その、お口に合えばいいのですが……わたくしもいただきます」
もう味見もしているのだから心配いらないはずなのだが、口をついて出るのは不安の言葉……。
カレーを口に運ぶまお様の反応がどうしても気になってしまう。
「うん、美味しいよリーゼ。箱のレシピ通りっていうのもなかなか侮れないね。ほらリーゼも」
「はい……。……味見したときよりも美味しい」
促されるままに一口カレーを食べてみるが、味見したときよりも美味しく感じる。
味見の時のアレは……。と一瞬思い出しかけてすぐにそれは雑念として打ち消し……。
「サラダとスープはどうかな?」
「美味しい……。まお様のお家で食べたのを思い出します」
「ならよかった、なんだか久しぶりだね」
まお様も続くようにサラダを口に運んでスープが入ったカップに口をつけると満足したように頷き、優しい眼差しをこちらに送ってくれる。
「そうですね」
「いやーまさかこんな風にまたリーゼとご飯が食べられるなんて、何が起こるかわからないっていうか」
確かにあの時は憧れの魔王様でVtuberの黒惟まおとただのファンという間柄だった。そう考えると憧れの人の同期としてVtuberデビューして再び同じ食卓を囲んでいるのだ。この幸せがいつまでも続くようにと願わずにはいられない。
「コラボ配信よろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくお願いね」
突然の言葉にも怪訝な顔ひとつ見せずに答えてくれる彼女と一緒なら、今日のコラボ配信も何も心配はいらないだろう。
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