第46話 まおの一日
──魔王系Vtuberの朝は意外と早い。
基本的には夜型の人間であり、昨夜も配信を終えた後は作業やSNSの巡回などを行い寝たのはたしか……四時間前ほど。目覚ましもセットしていないのに自然と朝になれば目が覚めてしまうのは働いていた頃の習慣というものだろう。
働いていた頃……というのは、実際今も配信者として働いてはいるのだが。元々が趣味として仕事とは別に始めた活動だ、働いているという意識はいまだ薄い。
緩慢な動作でスマホを手繰り寄せ時間を確認すれば働いていた頃にかけていた目覚ましのちょうど十分前。ここからアラームが鳴るまでゴロゴロとベッドの中で過ごしアラームが鳴れば一度止め、さらに十分後にスヌーズ機能でようやくベッドから抜け出すのが以前までのルーチン。
この習慣はなかなか抜けないなぁと思いつつ、もう一度寝てしまおうか悩むところだが午後からの予定を考えれば寝てしまうのももったいない。
「よしっ起きるか」
弾みをつけるように声を出しながら足を跳ね上げその勢いで起き上がり、ぐぐっと伸びをしてそのまま洗面所に向かって顔を洗いサッパリとした気分で朝食の準備を始める。
冷凍ご飯を温めながらフリーズドライのお味噌汁にお湯を注ぎ、おかずは……作り置きの茄子の煮浸しをチョイス。冷蔵庫の中にある作り置きも少なくなってきたからそろそろ作り貯めしておかなくちゃなぁと思いながらお手製の朝食が乗ったトレーをもってリビングへ。
「んー、やっぱり朝はこれよね……」
あつあつのご飯と作り置きしておいたおかげでたっぷり味の染みた茄子にお味噌汁。それらを口に運びながらタブレットで目についた配信を開いてスタンドに立てかける。
『にゃふふ……これでまた吾輩のプリティーさが全世界に広まってしまったにゃー』
:は?
:お歌もう少し頑張ろうな
:かわいい(怒
:プレミア公開忘れてたのはどこの猫だったっけ?
『うぐっ……だからプレミア公開の件はごめんて謝ったじゃん』
:いいよ(怒
:誠意が足りない
:にゃー忘れてるぞ
:謝れてえらい
画面の中では褐色のロリっこ猫耳Vtuberがリスナーと今日も仲良くプロレス中で、相変わらずだなぁと軽く笑いながらその様子を見守る。
『お歌もうまくなったってまおまおには褒められたもーん。お耳掃除したほうがいいんじゃにゃいのー?』
:前よりはな
:元が……
:まお様優しいから……
:忖度定期
:耳かきASMRしてもろて
黒惟まお【魔王様ch】:いいMIX士見つかって良かったな
:まお様もよう見とる
:まお様やんけ
:まおまおおるやん
『んにゃっ!?まおまおいるの!?えーっと……ほんとだ。いいMIX士見つかって良かったな……って、ひどーい!』
:草
:辛辣で草
:MIX士ってすげー
黒惟まお【魔王様ch】:冗談だ、うまくなっているぞ
『そうでしょそうでしょ!ふぅー。ほら!お歌ウマウマなまおまおが言ってるんだから認めにゃー』
ついつい、自身の話題が出たものだからタブレットを手に取りからかい半分にコメントを残してしまった。
こちらをまおまおと呼び引き続きリスナーたちとプロレスを繰り広げているのは
サクラ子をきっかけに彼女のうたみた動画の編集を手掛けさせてもらってからは、数度のコラボを経てコメントで軽口を叩き合えるほどには仲良くさせてもらっている。前後の話を聞くに結構前に納品した動画がアップされたのだろう、あとで再生リストに追加しておかなくては。
にぎやかな声を聞きながら朝食を終え後片付けまで済ますと部屋の隅に積み重ねているダンボールへと視線を送る。
「やるかぁ」
ダンボールの中からいくつかポストカードの束を取り出し机の上に積んでいく。大量に買い込んでいる金色ペンもこれで何本目だろうか、試し書きをするとかすれが気になってしまったので新しいものを手に取り『Kuroi Mao』と少し崩した筆記体でサインをポストカードに書いていく。
魔王だしMで王冠にしちゃおうかと安易に考え作ったサイン。最近の子たちのかわいいマスコットだったりモチーフが取り込まれたサインたちに比べてシンプルだなぁと思いつつも、あれはあれで枚数書くとなったら大変だろうからシンプルなのも悪くない。
前回の直筆サイン、一周年記念グッズのときは一言メッセージを添える余裕があったのだが……。ありがたいことに二周年記念グッズはまだ受付期間を残しているのに関わらず、すでに前回の倍の受注となってしまっているので納期を考えればとてもそんな余裕はない。限定化はなるべく避けたいところなので次は箔押しメッセージでも入れるようにしようかなと考えながらひたすらにサイン。
「どうしようかな……」
そう言いつつポストカードの束とペンを持って配信部屋へと向かい……。
────────────────────────────────
黒惟まお@
サイン書きに付き合ってくれ
────────────────────────────────
【ゲリラ雑談】サイン書きに付き合ってもらうぞ【黒惟まお/liVeKROne】
:待機
:この時間は珍しい
:ゲリラ助かる
:ゲリラきちゃー!
:夜枠あったから油断してたわ
「サイン書きに付き合って貰うぞ、liVeKROneの魔王黒惟まおだ」
:こんまおー!
:ポニテメガネだ!
:こんまおまお
:早いやん
:駄魔王ポニテ助かる
今日は気分的に駄魔王Tシャツスタイルにポニテメガネという姿で配信を始めた。サインを書きながらのゲリラ雑談枠なのでこのくらいの緩さがちょうどいいだろう。
「こんまお、午後から予定があるので短時間ではあるが一人でサイン書きするのも飽きてしまってな」
:寂しくなった?
:ねこねこのとこにいたよね
:ねこねこのうたみた動画良かったよ
:しゃーないから付き合ってあげる
:サインどんな感じ?
「寂しくなった?別に寂しくなったわけではないが……」
:ニヤニヤ
:言わなくてもわかってるで^^
:かわいい
否定すればするほど怪しくなってしまうのはわかっているのだが見抜かれてしまっているようでムッとした表情で受け応える。しかし、画面上の黒惟まおは眉を寄せながらもどこか照れくさそうだ。それを見てかコメントも余計にからかってくる。
新しいモデルは以前よりこちらの表情を読み取ってくるのでどうにも恥ずかしい。
「ねこねこの配信はちょうど覗いたら我の話題が出ていたところだったからな。少しだけコメントさせてもらった。うたみた動画はちょうど昨日上がったみたいだな」
:プレミア公開忘れてそのまま公開してたの笑った
:いきなりまお様来たからビビったわ
:夜枠あるから寝てるかと思った
:あとで見に行こう
「プレミア公開を忘れて?なにかやらかしたような話していたが、あいつそんなことをしてたのか……」
:草
:そんなことあったのか
:ぽんこつキャット
:PON仲間
:サイン書き忘れてね?
「忘れていたわけではないぞ」
:絶対忘れてたゾ
:草
:目が泳いでますが
:急に書き始めて草
すっかりいつもの雑談配信のつもりで挨拶から雑談をし続けてしまったが、今日の目的はサイン書き。慌ててサインを書き始めるがそれはバレバレのようだ。
:今回どのくらい書くの?
:どのくらい書き終わった?
:順調?
「今回の直筆はありがたいことにすでに前回の倍以上は書くことになりそうだ。追加のポストカードも発注しなくてはな」
:倍ってやばくない?
:腱鞘炎にならんようにね
:そんなに売れてるのか
:ひえー
:買い増しやめておこうかな……
「コツコツ少しずつ書いていくからあまり心配しなくても大丈夫だが、少しだけ届けるのに時間がかかってしまうかもしれない。それと前回のようにサインに加えてメッセージというのは難しくてな、期待していた者はすまない……」
:しゃーなし
:サインだけでもいいよ
:それだけ売れてるし
:謝らんでも
:限定じゃないだけありがたい
前回も今回も直筆サインと銘打っているが前回同様メッセージも期待しているリスナーも少なからず居ただろう。その期待を裏切ってしまうのは心苦しく感じてしまう。
「今後もなるべく限定にはしたくないが、今回分については期間中に買ってくれた者にはしっかりサインを書かせてもらうので遠慮せずに注文してくれ」
:了解
:助かる
:よっしゃ追加するわ
:リング楽しみ
:毎日プロポーズされてるわ
猫音ことか‐Nekone Kotoka‐:100個買ったにゃ
:ねこねこもよう見とる
:10限なんだよなぁ
:草
:ことかちゃんや
「なんだ、ねこねこ聞いてたのか。じゃあ直接送るから振込よろしく」
猫音ことか‐Nekone Kotoka‐:3個で許してにゃ……;
:草
:3個は買ってるのかw
:結構買ってて草
:SNSで画像上げてるやん
:まじで草
:ファイル名で笑う
────────────────────────────────
猫音ことか@ぶいロジ!うたみた出したにゃ!!@Nekone.kotoka
これで許してにゃ……(´;ω;`)
pic.uploder.com/gomennnyasai
────────────────────────────────
注文詳細 ‐ 注文番号■■■■■
準備中(入荷待ち)
黒惟まお 活動二周年記念(活動二周年記念フルセット)数量:3
────────────────────────────────
「冗談のつもりだったんだが……ねこねこありがとう」
:てぇてぇ
:あら^~
:まおねこ派大勝利
いや、ほんとに複数買っているとは思わなかった……。
それに同業者にあのプロポーズボイスを聞かれているかと思うと……。
……
「さて……、そろそろここまでにしておこうか」
:話しっぱなしであんまり書けてなくて草
:サイン書きは進みましたか?
:途中絶対手止まってたゾ
コメントで言われている通りついつい話すのに夢中になってしまってサイン書きのほうは全然進まなかった。でも楽しかったので全然気にならない……、と言い切ってしまっていいのかは将来の自分に恨まれそうだが配信が理由とあれば許してくれるだろう。
「それでは夜も予定通り配信するのでその時に会おう、おつまおー」
:おつまおー
:楽しかったー
:サイン書きがんばー
:おつまおまお
黒惟まお【魔王様ch】:付き合ってくれて感謝する
────
サイン書きはあまり捗らなかったが、その分いい気分転換になったので軽く昼食をとってから午後の作業も頑張ろう。どれもこれもリスナーの事を思えば大変ではあるが苦にはならない。作業が片付けばまた夜の配信準備をして……。
さて今夜は何をしようかな。
久しぶりにリスナー参加型……いや、時間もあることだしシリーズ物に手を付けても……。すでに夜の配信の事を考えている自身に先ほどまで配信していたのにと自然と笑ってしまう。
一日中配信のことを考え、それの準備に費やせる事のなんて楽しいことか。学生時代……いやそれ以上に好きなことに打ち込めている日々はとても充実している。
──自由を得た魔王の一日は配信まみれだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます