第44話 初めての歌枠

「んっ……リーゼもうすこし上……」

「ここ……ですか……?」

「そう、……そのまま。はやく……お願い……」


 切羽詰まったようなまお様の声に従って指先でなんとかそれに触れようとするがなかなかうまくいかない。それにもどかしさを覚えながらも彼女の顔へと視線を向ければ、顔を赤くして急かすように懇願されてしまい、あまり見たことのないその表情に少しだけ心が乱されてしまう。


 普段は余裕があって柔らかい笑みを浮かべている相手も今は何かを堪えるように目をギュッとつむり、わたくしにすべてを任せてくれている……。こちらからお願いしたことなのにどこまでも付き合ってくれる優しさに報いるためにもうまくやらなくては……。


「……こうっ」


 勢いをつけ指先でそれに触れ……。

 まお様に見守られながら、なんとか……。


 机の裏に落ちてしまったケーブルをなんとか拾い上げることに成功した。


「取れましたっ!」

「ふぅ……あいたた……良かった」


 机を動かし支えていてくれたまお様に拾ったケーブルを渡し、受け取った彼女はそのままいくつかの機械へと接続していく。一応色々と説明を受けたのだがどうにも専門用語が多くて完全に理解できているとは言い難い。


「よしっ、これで一回テストしてみようか」

「わかりました」


 普段配信するときのようにヘッドホンをつけ背後に視線を感じながらワンフレーズだけお気に入りの曲をアカペラで歌ってみる。それが終わると今度はリバーブを入れてもう一回……。そして最後はオケも一緒に。

 背後にいるまお様はモニター用のイヤホンをつけて音声をチェックしてくれている。


 最初は歌枠をするにあたってマイクのオススメをそれとはなしに聞いただけだったのだが……。

 機材の話に始まりマイクの良し悪し、ノイズ除去、DAWのプラグイン……と話は無限に広がり続け。色々と相談した上で用意した歌枠用の機材が届いたタイミングでまお様自ら我が家へセッティングに来てくれることになったのだ。


「やっぱりケーブル変えて正解だったね、歌う時はこれでオッケーかな」

「本当にありがとうございます、相談に乗ってもらうばかりかセッティングまでしてもらって」

「オススメした以上責任は持ちたいからさ、やっぱりこういうのって実際に繋いで試してみるまでは心配だし」


 何度か設定を変え、満足したような笑みを浮かべるまお様はとても楽しそうで。申し訳なさそうにお礼も言っても首を緩く横に振り気にしないでと言ってくれる。


「そういえば、OUTRASTやったとき少し割れてたし普段の設定もチェックしようか?」

「あれはわたくしが大声を出してしまったので……」

「大声を出しても割れないようにしてあげる、ほらマイク繋ぎ変えて」


 しっかりと配信をチェックしてくれていることは嬉しいが、ホラーゲーム配信でさんざん悲鳴を上げている姿を見られてしまったと思うと恥ずかしさもある。しかし、そんなわたくしを気にする様子もなく、ほらほらと普段使いのマイクへと交換させようとしてくる相手からは親切心はもちろんだが、色々と試してみたいという単純な好奇心……、言ってしまえば機材オタクなところが全面に出ている。


「それじゃ叫んでみようか」

「その……少し恥ずかしいのですが……」

「試さなきゃわからないし……」


 マイクを繋ぎ変え色々と設定を変え、そのたびに「叫んでみて?」と言われ。恥ずかしいからと断ったり控えめに叫んでみると悲し気にこちらを見つめるまお様……。

 たくさん叫ばされました……。



「それにしてもいい部屋だねぇ」


 まお様の暴走……、もとい音声周りの調整が終わりリビングでゆっくりと過ごしているとあらためて室内を眺めた彼女にそんなことを言われる。生活の拠点をこちらに移すべくマリーナに用意してもらったマンションは事務所へのアクセスもよく配信用の防音室も完備という優良物件である。

 とくに防音室が気になるらしいまお様は何度も部屋を行き来し防音具合を確認するくらいだ。


「まお様はお引越しされないのですか?」

「んー腰が重いなぁ……探すのもだし、実際に引っ越すとなるとね……」


 以前滞在したまお様のお部屋は素敵だったが、手狭さを感じているというのは何度か聞いているし配信部屋もちゃんとした防音室にしたいというのは機材にこだわりがある彼女にとって当然の願いだろう。


「もしよろしければマリーナに聞いてみましょうか?ここも彼女の管理しているものですし」

「ほんと手広くやってるんだ……、それでも。その、お高いでしょう?」

「たしか……、マリーナからはこのくらいと聞いています」

「やっぱりそれくらいするよねぇ……」


 関心しつつも、どこか達観したように呟いたまお様は遠慮がちに訊ねてくる。そのあたりの話はすべてマリーナに一任してしまっているので正直なところあまり意識はしていなかった。なんとか記憶を探ってだいたいこれくらいと相手に示して見せる。といってもマリーナに任せればどうとでもなるだろうことは想像に難くないのだが。


「マリーナに言えばそこはあまり心配いらないとは思いますが」

「ありがたいんだけどあんまりお世話になりすぎるのも……、気持ちの問題というか」


 困ったように笑うまお様からは迷いが見て取れてしまい、強引に話を進めるという気にもなれない。彼女のことだ、好意といえど押し付けてしまえばきっと気にしなくていいことも気にしてしまうだろう。


「……いけなくはないけど。いや活動費が……、そうだ魔力を……」


 それでも、まお様が同じマンションに引っ越してきてくれればいつでも気軽に会えるようになる……。それはとても魅力的な展望であり、なんとかうまく事が運ぶようにマリーナに言い含めておこうと、ブツブツとひとり言を漏らす彼女を視界に入れながらひそかに決意する。


「一応マリーナには話しておきますね」

「……えっ、あ。うん」


 上の空だがちゃんと返事はもらえたのであとはマリーナに任せてしまおう。きっとうまくやってくれるはずだ。ふふっ、楽しみがひとつ増えてしまいました。


《table:#000000》[[《b》リーゼ・クラウゼ@liVeKROneライブクローネ/新人魔王見習い《/b》《color:#808080》@Liese_Krause 《/color》

今夜は初歌枠です!

あまり自信はありませんが一生懸命歌うので応援してくださいね

最後に少しだけお知らせもありますので是非見に来てください

《/table》


────


【歌枠】はじめての歌枠!最後に少しだけお知らせ!【リーゼ・クラウゼ/liVeKROne】


 :待機

 :楽しみーゼ

 :お知らせなんやろ

 :wkwk

 :待機ーゼ


「今日もわたくしを応援してくれますか?liVeKROne所属魔王見習いのリーゼ・クラウゼです。聞こえていますでしょうか?」


 :はじまリーゼ!

 :応援しにきたよー

 :聞こえてますー

 :はじまリーゼ!!

 :はじまリーゼ


「ありがとうございます。は、はじまリーゼ……」


 :はじまリーゼ助かる

 :かわいい

 :ノルマ達成

 :それを聞きに来た

 :まだ恥ずかしいのw


 もうすっかり定着しつつある「はじまリーゼ」という挨拶のようなコメント。サクラ子さんのコラボから一気に広まり「楽しみーゼ」のように今では何でも後ろに「ーゼ」を付けるコメントまで出てきている。あまりにその手のコメントが多くなれば注意をしようものだが、そのあたりは心得ているのかどうにも絶妙だ。


「やっぱりまだ恥ずかしいです……。今日は初めての歌枠に来てくれてありがとうございます。ようやく機材が揃ったので今日は歌用のマイクなのですが、どうでしょうか?」


 :おー

 :いいマイク?

 :たしかにいつもと違う

 :いつもより近く感じる

 :歌枠楽しみだった


「機材については詳しくないのでまお様やスタッフの方に相談に乗ってもらいまして、そしてセッティングはまお様がやってくれました」


 :さすまお

 :機材オタクやからな

 :めっちゃ早口で説明してそう

 :機材弄りたかっただけダゾ

 :セッティングしたってことは家に来たってこと?


 まお様の機材好きはよく知られている話でリスナーからの反応もそれを揶揄するものが多い。配信でも機材の話になると楽しそうに話し始め徐々に早口になっていくのはよく見る光景なのである。


「まお様来てくださいましたよ。そういえば今のお家で初めてのお客様でしたね」


 :はじめてを奪う女

 :はじめてはまお様か

 :最近引っ越したんだっけ


「もう、あまり変なことを言うものではないですよ。……ではそろそろ歌いたいと思います」


 :草

 :それはそう

 :何歌うの?

 :お歌きちゃ!


「最初に歌う曲はすごく悩んだのですが……、好きな曲を歌うのが一番だと思ったので。では聞いてください──」


 ふぅと緊張を吐き出すように息を吐き目を閉じる。配信ではあるがこんなに大勢の前で歌うことなどもちろん経験はない……。社交の場で踊って見せたことはあるし人前に出る機会はそれなりにあったのでそれほど緊張しないのではないかと思っていたが……。


 ゆっくりと目を開け何度も練習した通りの操作でBGMを消してリバーブをかけて……。この曲は何より歌い出しが重要なので最初で躓くわけにはいかない。歌い出しにあわせてオケを流さなくてはいけないのだ、なんで初めからそんな曲をとも思ったが好きなのだからしょうがない。


 覚悟を決めて小さく息を吸い歌い始める、歌い出すのと同時に流れるベースライン。


 :また懐かしい曲を

 :なっつ

 :なんの曲?

 :めっちゃ好き

 :この選曲はエモい


 歌い出しに成功したおかげで少しだけコメントを見る余裕が生まれる。歌詞は何度も何度も聞いたし歌っているので念のため表示しているが見る必要はない。

 まお様の歌枠で知り、その歌声に魅了されどんどんと探っているうちにたどり着いた一本の歌ってみた動画。

 それはまお様が歌っているものではなかったけど、その歌声を聞いて動画に使われているイラストを見て……。それからは大好きな曲になったその歌。


 魔王の娘として、将来に対する漠然とした不安……。

 そんなとき出会った運命のようなその人……。


 まるでその出会いを予期していたような出会いと別れの歌。

 そんなことを思うとまるでこの先別れがあるみたいで怖いけれど。

 そんなことは構わずに歌い上げるのだ、歌に出てくる少年の決意のように。


 時間にして三分弱、ともすれば少し短めの曲であるが歌い終わったときには息は切れ、じっとりと汗もかいてしまっている。


「はぁ、はぁ……。いかがでしたか……?」


 :888888888

 :うまいやん

 :エモい

 :やっぱいい曲だわ

 :思った以上にうまかった


「ありがとうございます、うまく歌えてよかったです。お水飲みますね」


 コメント欄では好評のようでようやく一安心し、水で喉を潤す。


 :結構古い曲も知ってるんやね

 :久しぶりに聞いたわ

 :うたみたで聞いたことあるな


「実はわたくしも知ったのはまお様の歌枠で、それから原曲を聞いて、色々な方のうたみたを聞いているうちに大好きになりました。特に歌詞が良くて」


 :わかる

 :あーそういうことね

 :なるほどね

 :そういう繋がりか

 :歌詞は確かに刺さるんだよなぁ


 おそらく多くいるであろう古くからの黒惟まおリスナー、ひいては事情に明るいものは察するものがあったのであろう。それっぽいコメントもいくつか流れていく。


「さて、では続けて歌っていきましょうか」


……


 用意していたセットリスト分の曲を歌い終わり、時間も一時間程とちょうどいい頃合い。


「ふぅ……、用意していた曲はこれで終わりです。聞いていただいてありがとうございました。リクエストは次回以降歌えるように頑張りますね」


 :おつかれさまー!

 :うまかった!

 :リゼビーム期待

 :ビーム聞けるのか!

 :ガタッ!!


「ビームはここ一番に取っておきたいんですよね」


 :そんなー

 :ここでも難民が生まれるのか……

 :クゥン……


「ふふっ、その時が来れば歌わせて頂きますのであまり期待せずに待っていてくださいね」


 :はーい

 :まお様よりは希望あるな

 :その時と場所の指定云々


 まさかわたくしがビームを求められるようになるなんて……、無邪気にまお様の配信やSNSでリクエストしていたころからはとても考えられなくて思わず笑いを漏らしてしまう。


「では最後にお知らせを、来週の土曜日にわたくしのチャンネルでまお様とのコラボ配信を行います」


 :お!

 :とうとう!

 :コラボきちゃ!!

 :待ってた

 :何するの?


「コラボ内容はこちらです!」


 じゃんとセルフSEを口にしながら用意していたコラボ用のサムネイル画像を配信画面に表示させる。そこにはまお様とわたくしがラジオブースでお互い向かい合っている姿がSILENT先生によって描かれている。


「わたくしはデビューしたばかりですし、まお様もliVeKROneに所属したばかりということでお互いの親交を深めつつも、皆様にliVeKROneという事務所についても色々と知ってもらいたくて企画させていただきました」


 :ラジオかー

 :リーゼちゃん企画なんだ

 :どんなふうになるか楽しみ

 :メールとか募集する?


「初回はわたくしたちの紹介や事務所の紹介を行いますので、いわゆるふつおたですとか何か質問があればマシュマロかSNSまでお願いしますね」


 :はーい

 :了解!

 :送るねー


「お待ちしていますね、それではお知らせもしましたし本日の配信はここまでとさせていただきますね。初めての歌枠に来ていただいてありがとうございました。初めは緊張しましたが皆様の応援のおかげで楽しく歌うことが出来ました。それでは……、おわリーゼ!」


 :おつかれさまー!

 :おわリーゼ!

 :良かったよー!

 :次の歌枠楽しみにしてる

 :コラボ楽しみー

 :おわリーゼ!


Liese.ch リーゼ・クラウゼ:改めて初めての歌枠ありがとうございました!

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