第43話 思いと力
【ランチタイム雑談】収録の話とかまったり語り合おう【
「──その場面をちょうどスタッフに見られてしまってな、実際は身体を支えてもらっていただけなんだが」
平日昼間のランチタイム、前までなら仕事があって配信なんてとてもできなかったが専業となった今では時間の都合はいくらでもつく。とはいってもメインは夜の配信なので用事があって夜にできなかったり、どうしても配信したくなったときにゆるーく雑談する程度だがリスナー層が結構変わって面白い。
:草
:あら~^
:みせつけてんねぇ!
:壁になって見守りたい
:たまには休んでもろて
いままでは職場での話なんてほとんど出来なかったがliVeKROneに所属となり、事務所でのちょっとしたやりとりなんかはいい話のタネになる。
だからか、ついついこの間会ったリーゼに抱きしめられてしまった話なんかをポロっとこぼしてしまえばより詳細をという話になり、少し疲れがたまっていたところを心配され身体を支えられた程度の事だと。スタッフにしたのと同じ弁明を口にするしかない。
「ふふっ、リーゼにも休むように怒られてしまったよ。なので、今日はこれから用事もあるのでこの配信のみになる」
:昼配信助かる
:はーい
:了解
:毎日配信助かる
:リーゼちゃんないすぅ!
:さすが名誉リスナー
:サクラ子とのコラボ見た?
「リーゼとサクラ子とのコラボはもちろん見たぞ、なかなかにいい勝負だったな」
:いい勝負だった
:まお様も戦ってもろて
:開幕コネクトフォーは草だった
:リバーシめっちゃうまくなってたな
:友情生まれるいいコラボだった
「コネクトフォーは……あまり言うと我にも返ってきてしまうからな、リーゼはなかなか手強そうだ」
:草
:泥仕合だったもんなぁ
:たまに切り抜き見返したくなる
「本当にあの時の試合は……、できればあまり見られたくないのだが。リバーシはかなり上達していたから今度また再戦してみるとしようか。ただサクラ子もしばらくはリーゼの方に目が向いているだろうからどうだろうな」
:お?
:後輩とられちゃって寂しい?
:サクラ子も立派に先輩してたなぁ
「寂しいかって?別にそんなことはないが……、あの二人に関してはなんというか親心?みたいな感じで見守っていたかもしれないな」
:やっぱり娘やんけ
:黒惟ママ~
:ままー!!
「娘じゃないしお前たちの母親になったつもりはないからな」
:そんなー
:認知してくれ
:育児放棄はやめてもろて
すぐに調子に乗るコメント欄を適度にあしらいつつ他愛のない雑談をしていくうちにいつのまにか一時間が経っている。そろそろかと締めに入らせてもらおう。
「それではこのあたりにしておこう。昼から見に来てくれてありがとう」
:はーい
:昼休みにちょうどよかった
:こっちこそありがとー
:ゆっくり休みなー
:おつまおー
黒惟まお【魔王様ch】:休憩のお供になれていれば幸いだ。おつまおー
────
いつものルーチンで配信を終わらせ、時計へと目を向ける。
時間は……まだまだ余裕があるか……。
これからの予定を頭に浮かべスケジュールを組み立てながら配信部屋を後にする。
◇
軽くシャワーを浴びて身支度を済ませ、行きがけに軽く軽食を取ってから向かった事務所。
余裕を持った時間に来たのでいつも通りリフレッシュルームで雑務をこなしていると、約束の時間ちょうどにマリーナがやってきた。
「お久しぶりですマリーナさん」
「お久しぶりですわ、お元気……ではありそうですが、なるほど」
ノートパソコンを閉じ、久しぶりの再会に軽く頭を下げ意味ありげな言葉に首を傾げる。
「やっぱりわかるものですか?」
「それはもちろんですわ、今日も配信されてらっしゃったでしょう?」
「ええ、お昼に軽く……」
やはりと一人納得したように頷く相手に促され後ろをついていきオフィスエリアを抜けて個室へと案内される。
「ここならばスタッフも入ってきませんし見られる心配はありませんわ」
一般的に社長室と呼ばれる部屋であれば確かにこちらから呼ばなければ他の者は入ってこないであろう。あらためて目の前にいる彼女がこの事務所、ひいては運営している企業の代表者であることを意識させられる。
先日リーゼに指摘された魔力問題、聞いただけでは魔力のおかげで疲れも感じずいい事尽くめのように思えるが事はそう単純ではないらしい。事情についてはリーゼからマリーナへと伝えてくれていたらしく、念のためこちらから軽く相談するつもりで声をかけた結果が本日の会合である。
「そんなにすごいんですか?その魔力が……」
「ブレスレットを外していただいても?」
「はい」
言われるがままにブレスレットを手首から外しテーブルの上に置く。魔力と言われても普段何も感じていないので外したところで特段何かが変わったようには思えないのだが……。たしかに以前よりも疲れにくくなったし、活力に満ち溢れているとは思うが専業になったことと楽しい配信を毎日やれている精神的なものだと思っていた。
「お嬢様が多少抜いたと聞いていましたが……、もうこんなに」
「もしかしてまた増えてます?」
「えぇ」
「何か支障あったりするんですか?」
この間は詳しい話を聞く前に収録の時間が来てしまったし、人の目がある場所で詳しい話を聞くわけにもいかない。そういった意味でも色々と疑問は解消しておきたいのだ。
「魔族であれば……基本的に魔力で満ちている状態。さらにその魔力が強大であることに何も問題はございませんわ。むしろ、強大な魔力を得るために研鑽をするものです」
「でも私は……」
「えぇ、黒惟まおさん……、いいえ
仕事をやめ配信に専念するようになってから、つねに黒惟まおであったため誰かから本名で呼ばれるのは随分久しぶりな気がしてしまう。
魔王黒惟まおと名乗ってはいるが、実際にはただの人間だし。魔族云々だって実際にその存在と事象を目の当たりにしなければ今だって信じていなかったであろう。
実は前世が魔王だったり魔王時代の記憶を失っているなんて事にも一切心当たりはない。
……中二病を患っていたころは少しだけ、そう、ほんの少しだけそんな思想に本気で傾倒しかけてたことはないとは言い切れないが。
「じゃあどうして……」
「専門家に見てもらえば……何かわかるかもしれませんが今の情勢では避けるべきでしょう。お嬢様が名乗りをあげたとはいえ黒惟まおの正体を晒してしまえば無用な混乱を生み出しかねません」
リーゼが魔王見習いとしてVtuberデビューしたので、そのまま支持を集め黒惟まおを経由することなくそのまま次期魔王に就任……と、なってくれれば話は早いのだが。大方の見方によればまだ黒惟まおのほうが情勢としては有利であるらしく、予定されていた現魔王からの指名こそリーゼのおかげで免れている状態と聞いている。
「支障についてですが、まずは魔力が貯まっていく仕組みについてお話させていただきますわ」
そう言っていつのまにか取り出した赤縁のメガネを取り出したマリーナは教師然とした態度で解説をはじめる。
「まず我々魔族、またはそれに準じる種族は土地の魔力、または信仰によって魔力を蓄えそれらを力に変えていきますわ。対して人間……あなた達も同じ環境下であれば個人差はあれど多少の魔力は有していますし蓄え力に変えることは可能です。魔族に比べればその変換効率とでも言いましょうか、その部分で大きな差があるので元々魔力の扱いに長けた我々には到底かないませんが……」
要するに人間では受け取った魔力を力にすることはできるがそのロスが多すぎて微々たる量であり普段の生活の中で霧散していく。時折人間の中でも魔法使いや異能に目覚めるものがいるのは遠い血筋に魔族が絡んでいたり何かしらの因果を持っている必要があるらしい。
「じゃあ私の血に……?」
「魔族の血統というのは辿るのは難しくありませんわ、長命かつ人間にくらべて数は少ないですからね。しかし、わたくしが調べた限りではその線は薄いかと思われます」
ではいったい何故私は……。
「お話を戻しますと、魔族ではないものが強大な魔力を持ってしまうといずれ心身と魔力のバランスが取れなくなり。最悪の場合魔力が暴走し命の危険に陥る可能性が高まってしまいます」
「命って……」
いきなり命の危険と言われて心がざわついてしまう。そんな危ない状態でいたのだと思ってもみなかったのだ。気付いてくれたリーゼには感謝するほかにない。
「あくまで最悪の場合ですわ。心身ともに健康ならば可能性は低いですし身体はむしろ魔力によって疲れにくく活力に満ち……ちょうど今のまおさんのような状態です」
「それで全然疲れを感じないようになったんですね」
最近の調子の良さは精神的なものではなく実際には魔力によるものだとわかってしまえば色々と納得がいき例えとしてもわかりやすい。
「ですが、精神の面で崩れてしまったり著しく身体に負担がかかってしまえば……」
わかりますね?と言外に問われれば小さく頷くしかなくその対処法を求めて視線を返す。
「ひとまずはあまり貯め込まず適度に魔力を抜いていただくのが一番でしょう。こちらを」
そう言ってマリーナからブレスレットを受け取ったときのように小さな箱を差し出される。
どうぞと促されるままに受け取り箱の中身を確認すると先ほどまでつけていたブレスレットとほとんど同じものといくつかのビー玉のような暗い色の石が入っている。
「魔力隠蔽に加えブレスレットについている石が赤くなればそれは貯め込みすぎの合図になるように調整いたしましたわ。そのときはブレスレットを外しこちらの石が赤く染まるまで握れば適度に魔力は抜かれるでしょう。おそらく石二個から三個ほど染めればちょうどいいかと」
まじまじとブレスレットについている石を見つめ、手首にブレスレットを付けてみる。そうするとみるみるうちに石たちは赤く染まっていく……。
「つまり今は貯め込みすぎって訳ですね……」
こんなにはっきりと変化するということはなかなかに危ない状況だったのではないかと思いつつ再度ブレスレットを外し、暗い色の石を三個手に握ってみる。
特段何かを感じるわけでもなく少しして握った手を開いてみるとものの見事に三個の石は赤く染まっており、不思議に思いながらも再びブレスレットを手首に着けると先ほどとは違い石が赤く染まることもない。
「これで……?」
「ええ、これでしばらくは大丈夫でしょう。なるべく配信をしたあとはチェックしたほうがいいと思いますわ。貯め込みすぎたのも配信を毎日しているせいでしょうし」
「配信がそんなに……?」
配信するだけでそんなに魔力が貯まったりするものなのだろうか、信仰が魔力になるとそうは聞いているのだがいまいちピンとこない。
「それだけ強く思われている。ということですわ。思いというものは存外馬鹿にできないものです。古来より祈りや信仰によって人間と魔族は関わりを持っていたのですから」
魔力はリスナーたちの強い思い……、そう思うと先ほどまで少しだけ恐ろしく感じていた魔力も愛おしいものに感じてくる。いつもみんなからは色々なものを貰ってばかりなんだな……と。
「赤く染めた石は事務所に持って来ていただければ新しいものと交換させていただきますわ。無論魔力を頂くのですから報酬に上乗せという形でよろしいでしょうか?」
そんな思いを譲り渡しあまつさえ報酬さえ受け取るというのは気が進まないが、それをさらにリスナーたちに還元すれば良い。
「わかりました。色々とありがとうございます」
「タレントを支えるのがわたくしたちの仕事ですもの」
そう言って当然だとでもいうように赤縁メガネを指先でクイっと持ち上げるマリーナの様子があまりに似合いすぎていて思わず笑ってしまう。そして、せっかくの機会ということで所属タレントとして今後の活動について時間の許す限り話しあいその日の会合を終えたのだった。
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