第38話 オフの真夜中シスターズ
「なー、引っ越しせーへんのー?」
「……はい、お茶」
「そんな暇ないって、ありがと」
部屋に来て早々上着を脱ぎ捨てベッドにダイブし家主を差し置いてくつろぎはじめた相手の言葉に軽く答え、それとは対象的に勝手知ったるといった様子でお茶を淹れてくれたもう一人の来訪者からお茶を受け取り礼を言う。
「せっかく専業になったんやし余裕あるやろー?本格的に忙しくなる前に決めんと身動きとれんくなるよ?」
「それはたしかにそうだけど……今は配信したくてさ」
たしかに専業になったことで時間と余裕は出来たが、現状それらはすべて配信に注ぎ込んでいる。ただでさえ周年記念の準備に
それに配信者としてデビューして色々あったこの部屋にもかなり愛着がわいている。確かにこうやって三人でいると手狭だし、事務所や各種スタジオへのアクセスは良いとは言えないし、配信部屋を作っているせいで居住空間はさらに圧迫されているし、お手製じゃなくてちゃんとした防音室が欲しい……。あれ?確かに引っ越した方がいい気がしてきた。が、何より引っ越して再び配信環境を整えるのが面倒……大変なのだ。そんな時間があれば今はとにかく配信がしたい。
「倒れそうで心配……」
「気持ちはわかるけど、まさかこんな配信モンスターになるなんてなぁ」
私としてはそんな事まったく感じてなかったのだが周りから見たらそう見えているのだろうか。
ゆるく首を傾げる私を見て、二人で目配せしてはぁとため息をつかれてしまうとますます不思議に思ってしまう。
「せーっかく、我らがまおちゃんが企業所属になったお祝いを温泉でパーっとやろうと思ってたのに本人がこれじゃあなぁ」
「おすすめの宿あるよ……?」
「気持ちは嬉しいんだけどもう少し落ち着いたら……」
「ですってよリリスさん」
「処置なし……」
そう言って再度ため息をつくのは
モデルもかくやと言わんばかりのスタイルを持ち、普段はホワイトブロンドの髪を一つに束ね左肩前に垂らしている一見おっとりとしたお姉さん然としている女性と、小柄で和装が似合うなで肩、黒髪姫カットのまさしく大和撫子然とした女性。前者が甜狐で後者がリリスなのだが、関係者の間では逆じゃないの!?とよく間違われる組み合わせ。
そんな甜狐だが、今はベッドにうつ伏せになっているので髪の束は無造作にベッドの上に投げ出されている。それがいかにも狐の尻尾のように見えて隙があればそれを弄んでやりたいと常々思っているのだがなかなかチャンスが巡ってこない。これで上着を脱ぎ捨てキャミソール姿のまま枕に顔を埋め「ん~まおちゃんのかほり~」とさえしてなければ完璧な美女なんだけどなぁ……。
ちなみにもう何度も同じことをされているのであらかじめシーツも枕カバーもしっかり洗って交換しているのだが、本人曰く「狐の嗅覚舐めたらあかんえ?」とのこと。犬猫扱いしたら怒るくせに……。
一方のリリスもブラウスの上から
「それで今日の配信はどうする?」
「んーお酒飲んでパーッと祝うやろー?」
「歌……一緒に歌いたい」
「結局いつものじゃない」
特にやりたいゲームや企画がないときのお決まり、晩酌して一緒に歌って、適当に話して眠くなったら寝る。そんな緩いオフコラボが定番になっているのはどうなんだという気もするがそもそも三人でのオフコラボ自体結構久しぶりなのだ。
「貴女たちねぇ毎度毎度私の家でオフコラボして飽きないの?」
「いーや、ぜんぜん?若干狭いなぁとは思うとりますけど」
「機材……いいし」
「文句あるなら今日は二人コラボでもいいんだけど?」
「やってリリス、残念やけど……」
「帰るのは宵呑宮……」
配信でもないのにこの三人でのやりとりは常時こんな感じで進んでいく。
「そういえばあんたんとこの妹さん、たつ子はんとコラボするって本当なん?」
「初耳……」
「まだ発表されてないはずなのになんで知ってるのよ……」
他愛ないが他には聞かせられないような配信者トークで盛り上がっていると不意に甜孤からの問いに呆れ混じりに肯首しながら視線を送る。この情報通はいつもどこから情報を仕入れているのだろうか。
「狐の聴力舐めたらあかんえー?最初のコラボはまおちゃんとが良かったんやないの?」
「私もそう思ってたんだけどサクラ子がどうしてもっていうものだから……」
「押し切られた……?」
「本人の了承ももらったし、私とのコラボも決まってるから」
ある日突然、いつもコラボに誘ってくるように「リーゼさんとコラボさせてくださいませ!!!!」と
「相変わらずやなぁあのお姫さんも」
「桜龍いつも強引……」
「いい子だから無下にもできないのよね」
なんだかんだ全員コラボしたこともあるしその性格は多かれ少なかれ把握しているので小さく笑いながらどんな配信になるだろうかと想像しそれについても話に花が咲くが、最後にはそれぞれともコラボすることを半ば約束させられてしまった。
最終的な判断はリーゼ本人に任せるとしてもあまり私から口出しするのはよくないとは思いつつ、少しでも彼女の力になってあげたいと思うのはちょっとした親心だろうか……。こんなことを考えているとまた妹じゃなくて娘じゃないかとからかわれるだろうけど。
いままでそれこそ企業所属の子から個人勢の子まで私の後にデビューしたVtuberたちは数えきれないほどいる。その中でも面識があったり絡んだことがあるのはごく一部に限られるが、やはり同じ事務所に所属する同期とはいえデビュー時期を考えれば後輩にあたるのだから特別に感じてしまう。
今目の前にいるリリスが同じ個人勢の先輩として気にかけてくれていたり、企業と個人の垣根を超えて同期のように仲良くしてくれている甜孤。強引なところもあるがそんなところも憎めない後輩のサクラ子。他にもこの二年間でたくさんの仲間たちが出来たのだ、リーゼにもそんな出会いがありますようにと願わずにはいられない。
「……なに?」
「どうしたん物思いに耽って」
「ふふっ、なんでもない」
そんなことを考えていると自然に視線が二人の方へと向けられていたのだろう。そんな私に向けていぶかしげな視線が返されるが、こういういい話は配信にとっておくのが配信者というやつなのだ。含み笑いを漏らし誤魔化すがそれ以上は追及はされない、この空気感がなんとも心地良い。
「それじゃ告知して準備しますか」
「了解~」
「……わかった」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます