第37話 可愛い子には……

「ひぃ……」


 真っ暗な部屋を周りの物音にびくびくしながら進んでいく。

 ここではせっかくの魔力も何の役にも立たない。

 いくら、魔王の娘たるこの身であろうと魔力に頼らずに切り抜けなければいけないのだ。

 コツコツ……と自分の足音が反響し、浅くなった呼吸音すら何かよくないものに聞かれそうで息苦しくなろうが息を潜める。


「まお様ぁ……」


 話が違うじゃないかと、この現状を引き起こした張本人の名を小さく呟く。

 できることならいますぐにでも彼女の元に駆け込みたい衝動にかられるが、いくら願おうともそんなことが出来るわけがない。


「やっと明るいところに出ました……」


 自らを奮い立たせるように、状況を言葉にし安全を確認するようにあたりを見回してみる。

 多少荒れているように見えるが脅威になるようなものは見当たらない。


「この先に行くには……あそこが通れそうですね」


 ちょうど人ひとりが通れそうな隙間……、嫌な予感がするがそこしか先に進む道はなさそうだ。

 覚悟を決め素早くそこを通り抜けようと身体を滑り込ませたところで……。


 何者かに掴まれ、力任せに階下へと投げ出されたのであった。



────



【OUTRAST】魔王見習いはホラーになんて屈しません【リーゼ・クラウゼ/liVeKROne】


「キャッー!たっ、たすけっ……」


 :きちゃ!

 :かわいい

 :これが見たかった

 :悲鳴助かる

 :知ってた

 :もはや古典まである

 :親の顔よりみたシーン


 誰が言ったか「新人にはホラーゲームをさせろ」。

 ホラーゲームは配信者のリアクションを楽しめるし咄嗟の反応には素が出てくる可能性が高く人気の配信ジャンルであることは間違いないであろう。そんな例にならい、デビュー後初のゲーム配信はホラーゲーム配信にしたのだが……。いざ何をやろうかとまお様に相談した結果、オススメされたのがこのゲームである。


 精神病院を舞台に記者である主人公がそこで起きた事件の真相を探っていくというパニックホラーゲームの金字塔とも言われている作品。

 すでに何人もの配信者や実況者がやっている作品で、当のまお様もプレイしていた記憶がある。もちろん配信は目にしていたはずだが、かなり初期の事だったしホラーは苦手なだけあって内容はほぼ覚えていない。


 そのおぼろげな記憶では大して怖がらずにサクサクとリスナーと楽しみながら進めていた気がするし、本人からも「まぁまぁ怖いけどリーゼなら大丈夫じゃない?」と言われて決めたのだが……。


 結果は御覧の有様である。


「す、すこし驚いてしまいました……」


 :少し?

 :かわいらしい悲鳴でしたよ

 :声震えてますよ

 :かわいそうはかわいい

 :もう何回悲鳴あげたか

 :これで12回目ダゾ

 :カウントニキ助かる


「わ、わたくしならあんな者すぐにでも魔力でどうにかできるのですが……」


 :驚くたびに目の色変えてるよね

 :しかし主人公は無力である

 :そういうゲームじゃないんだよなぁ


 もし現実ならあんな暴漢は一撃で退けられるのに……。

 しかしこの主人公は武器らしい武器も持たず手にはビデオカメラを持つだけ。

 どうせなら某ゾンビゲームや他のホラーゲームのように銃や魔法で対抗できるものを選べばよかった……。


「しかし、あの者はどこにいったのでしょう……それにあの神父?のような者はいったい……」


 気を紛らわすためにコメントをチラチラと見ながら恐る恐るゲームを進めていく。


 :がんばれ!

 :久しぶりに見るとびびるわ

 :やっぱ怖いな


「しかし人間たちが考えることは恐ろしいですね……」


 :やはり人間は邪悪……

 :粛清しなきゃ……

 :征服して平和にしてもろて

 :魔界ってどんな感じなの?


「魔界ですか?そうですね……っきゃ!?ええと……大昔は人間と共に世界をわかちあっていたらしいですが、人間の勢力が強くなるにつれて感知されない領域へと移っていったと聞いていますね。最近はわたくしのようにこちらで活動するものも多くなっているみたいですが」


 :並行世界的な?

 :そういう感じか

 :設定細かくて助かる

 :当の魔王と姫様がVになってるしな


 大昔、それこそ神話として語り継がれているような時代。もとより魔と人の間に隔たりなどなく、あるときは崇められ、あるときは排斥され……。そんな歴史を繰り返し、人間以外の種族は物語にでてくるような存在だと。そう思われるようになってようやく平穏が訪れたと教えられている。


 今語った内容も創作のひとつだと捉えられるだろうから気軽に話すことができるのだ。


 驚かせてくるBGMや環境音にいちいち驚きながら、それを楽しんだり応援してくれるコメントを頼りに進んでいく。


「ここの患者……?たちに何が起こったのでしょうか」


 このゲームに出てくる人物は総じてひどい状態だったり言動もかなり危ないものだ。

 きっと進めていけばこの謎についても明かされていくのだろう。

 そこまで無事に進められるかは怪しいのだが……。


「あっ、さっきのっ、えっ逃げっ……」


 :逃げるんだよおおおお

 :焦らずいそいで

 :バッテリーやばくね?

 :行き止まりなんだよなぁ


「あぁもうなんでこんな……って、え?やだやだ痛い痛い」


 :やだやだ助かる

 :ここはなぁ

 :見るだけで痛い


「これが人間のやることなんですか……」


 :これは闇落ちフラグ

 :やはり粛清

 :魔王が闇落ちするのか……


「はぁはぁ……ちょっと刺激が強かったので今日はここまでにさせていただきますね……」


 :まぁ頑張った

 :かわいい悲鳴助かった

 :かわいそうだけどかわいい

 :人間のこと嫌いにならないでね


「あくまでゲームですもの……これで人間を嫌いになることはありませんよ、でもわたくしが怖がっているのを楽しんでいた方は意地悪だと思います……」


 さんざん悲鳴を上げて驚かされて……。ゲームをして配信していただけなのにかなり疲労を感じている。そんな様子を楽しんでもらえているのは嬉しいが少しだけ恨みがましくコメントへと目を向けてしまうのは仕方ないだろう。


 :ジト目助かる

 :かわいい

 :よしよし

 :ごめんて


 このまま配信を終えてもよかったのだがそれではゲームによってかき乱された気持ちに整理がつかない。……それにこれから一人でお風呂に入って寝るなんて。少しだけ怖い……、あくまで少しだけ。……なのでゲーム画面から雑談用の配信画面へと切り替える。


「ふぅ……続きはまた今度しますね。最後に少しだけ雑談しましょうか、何か聞きたいことありますか?」


 :はーい

 :楽しみ

 :果たしてクリアできるのか

 :デビュー後まお様と話した?

 :リゼにゃんに会いたい

 :コラボ予定とかあるの?


「まお様とはチャットで少し、まだ直接は話してませんね。リゼにゃんは……、今日はいないみたいです。そういえばリゼにゃんはまお様にもずいぶんからかわれてましたね……、自業自得といえばそうなんですが」


 :絶対まおにゃん根に持ってるゾ

 :草

 :他人事みたいで草

 :リゼにゃん別人格説あるな


「コラボはいまのところ予定はありませんね。まだまだ配信に慣れていないのでコラボはそれからかなと思っています」


 :コラボしたい人とかいる?

 :ほかのVとか見てるの?

 :まおリゼ楽しみだなー


「やはり、まお様とはコラボしたいと思っていますが……、いまのわたくしでコラボ相手が務まるか……。他のVtuberの方ですか?そうですね、基本的にまお様の配信は見ていたのでコラボされた方は見ていましたし、デビューするにあたって色々な方を参考にさせてもらってます」


 :まお様なら気にしないと思うけどね

 :かわいい妹の頼みなら即OK出しそう

 :まおにゃんとリゼにゃんコラボ頼む

 :お姉さん組にかわいがられそう


 こうやってコメントとコミュニケーションがとれる雑談というのは思った以上に楽しい。自分がリスナーのときはコメントを拾ってもらえたりするととても嬉しくて。そんな思いもあってなるべくコメントは拾っていきたいのだが、まだまだまお様のようにうまくはいかないのがもどかしい。他愛ない雑談をしていると時間はあっという間に過ぎていってしまう。


「それでは夜も深まってきましたし、わたくしの気持ちも落ち着いてきました。お話に付き合ってくれてありがとうございます」


 :怖かったのかw

 :だから雑談したのね

 :こちらこそー

 :楽しかったよ


Liese.ch リーゼ・クラウゼ:お話したかっただけで怖がってはないですからね


────


「配信OFFよし、マイクOFFよし、カメラOFFよし……」


 まお様直伝の配信終了メソッドを行いようやく一息つく。

 今日の配信はどうだったろうか……。ゲーム中はとにかく驚かされて悲鳴をあげていた気がするが。それなりにゲームは進んだしリスナーともコミュニケーションはとれたと思う。

 感想をチェックしようとするとメッセージを受け取った通知が小さく表示されたのでアプリを開いて中身を確認する。


 魔王まお:配信おつかれさま、いまちょっと大丈夫?

 リーゼ:はい、見てくれてたんですか?

 魔王まお:勧めたの私だし、かわいらしい悲鳴を堪能させてもらったよ

 リーゼ:恥ずかしいです……

 魔王まお:それで実はコラボについてなんだけどね


 恥ずかしい姿を見られてしまったと思いながらも、見守られていたと思えば嬉しさが勝る。

 コラボということはまお様とのコラボの話だろうか。


 ──そう思いつつ話を聞くと予想外の内容に困惑することになるのだった。

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