第26話 お知らせ歌枠

「どう? 準備は順調?」

「はい! まお様のおかげで順調です!」


 仕事から帰宅し夕食もシャワーも済ませ、配信準備をしながら通話を繋いでお互いの近況を知らせ合う。それがここ最近の私とリーゼの日課になりつつある。弾むような声色で返ってくる言葉は本当に嬉しそうで、色々と準備に奔走している様子が目に浮かびこちらも頑張ろうと元気をもらえるのだ。


 無事、しずにVtuberとしてのデザインを請け負ってもらえ父親からも許可を得たリーゼは私の同期としてデビューすることが決まっている。もっとも、私は個人から企業所属への転籍という形になるので、本当に新人としてデビューするリーゼと同期というのは少し不思議な感じではあるのだが。


「私のおかげって大したことはしてないのに大げさな」

「マリーナもとても感謝していましたよ」


 私がしたことといったら、自身もお世話になっていたり繋がりがあって信頼できるクリエイターにマリーナを紹介しているくらいだ。中には個人勢Vtuberも多く居て、私もそうしてもらって依頼を受けたりして人脈を広げていった面もあるので少しでも恩返しになっているといいなと思う。


 私が黒惟まおとしてデビューしたときは本当に手探り状態で、デザインは静に依頼できたのだがそれを配信で使えるように2Dモデリングしてもらえる人を探すのはなかなか大変だった……。とりあえず自分でやってみようとして、あまりに静のクオリティに見合わない出来になってしまい必死に伝手を使ってなんとか依頼することができたのも今となってはいい思い出だ。


「まお様はお忙しいのではありませんか?」

「まぁ……ね」


 心配そうに掛けられた言葉にここ最近の忙しさを思い返しながら苦笑混じりに返答する。事務所所属にあたって仕事は退職するつもりではあったので今はもっぱら引継ぎに追われているし、二周年記念に向けての準備と少しでも多くの人に見てもらえるように配信頻度も徐々に上げているので正直かなりカツカツではある。

 それでも、ずっと望んでいたように配信活動にすべてのリソースを注ぎ込むことが出来て、今まで出来なかったこともこれからは出来るようになるかもしれない。そう思うといくらでも活力が沸いてくるのだ。


「でも、すごく楽しいよ。リーゼもそうでしょ?」

「はい、デビューが今から待ち遠しいです」

「楽しみにしてるからね」


 それじゃあ、配信があるからと通話を切る。

 未来の同期であり、配信者としてVtuberとして後輩になる彼女に恥じない配信をしよう。


―――――――――――――――――――――――――

黒惟まお@魔王様Vtuber @Kuroi_mao

はじめるぞ

―――――――――――――――――――――――――──

 黒惟まお@魔王様Vtuber @Kuroi_mao

 今宵は疲れを癒すバラードを中心に歌おうと思う 

 歌ったあとは少しお知らせがあるので寝落ちしないように 

―――――――――――――――――――――――――──


【歌枠とプチお知らせ】疲れを癒すバラード中心に【黒惟まお/魔王様ch】


「ふふーん……。よし、……。あーあ、あー。コホン」


 :きちゃ

 :鼻歌助かる

 :あれ? 

 :マイク入ってね? 

 :キーボードASMR助かる

 :魔王スイッチ入ったな


「はぁ……。んぇ? あっ…………」

 ガタンッ、ブツッ──


 :まお様マイク入ってるよー

 :ミュート忘れ芸助かる

 :んぇっ!? (迫真

 :草

 :あっ気付いた

 :一か月ぶりn回目

 :新人さんかな? 


 やらかした……。さっきまでリーゼと通話してたせいで完全に忘れてた……。

 何かまずい事は言ってない……よね? 

 いつまでも待機画面にしておくわけにもいかないし……。


「────、──。────!?」


 :こんまおー

 :こんまおー

 :あれ? 

 :ミュート芸助かる

 :ミュート助からない

 :今日どうした? 

 :草

 :今度はミュートですよ


 あ……、今日はこれもうダメな日だ。


「……。こんまお、聞こえてる?」


 :草

 :泣かないで

 :こんまおー

 :聞こえてるよー

 :ほぼ素やんけ


「スゥ……。今宵も我に付き合ってもらうぞ? 魔王の黒惟まおだ」


 :手遅れなんだよなぁ

 :これは切り抜かれる

 :これは駄魔王


「……」


 :無言で着替えるな

 :ドレス暑いからね仕方ないね

 :駄 魔 王


「何もなかったが、一応まずい事は言っていなかったな?」


 :ナニモナカッタデス

 :鼻歌聞こえたくらい

 :んぇっって言ってた


 コメントの様子を見るに大丈夫そうだ。いちおう後でアーカイブはチェックしないと……。でも、そういう時のアーカイブって見返すの結構来るんだよね……精神的に。これリーゼ見てるかなぁ……、見てるだろうなぁ……。何が彼女に恥じない配信をしようだ黒惟まお。

 気を取り直して、駄魔王Tシャツ姿からいつものドレス姿に戻す。Vtuberはボタンひとつで着替えられるのだ。現実にもはやく実装してほしい。


「では気を取り直して……。今日はバラードばかり用意してきたので眠ってもいいが、終わるころには起こすからな?」


 :告知楽しみ

 :あれかな? 

 :ビーム解禁!? 

 :に……に……


 画面上にいる黒惟まおの姿を見てからゆっくりと目を閉じ気持ちを落ち着かせる。

 ──うん、大丈夫。

 目を開けた時にはしっかり気持ちの切り替えが出来たので、そこからはしっかりと黒惟まおとして用意してきた曲たちをいつもより少しだけ気合を入れて歌い上げた。


 いつもと同じように、用意した曲とコメントから数曲を拾ってちょうど一時間。そろそろ頃合いかと、一息ついて水を飲む。


 :まお様のバラードほんとすこ

 :zzz

 :まじで寝そうだった

 :告知くるー? 


「今日はここまでにしておこうか、ほら寝ている者は起きるように」


 :zzz

 :あと5分……

 :あと5時間……

 :告知タイムきちゃ! 

 :寝てたらコメントできないんだよなぁ


「さて、月も変わり来月はあの日が来るわけだが」


 :お? 

 :二周年!! 

 :9/6様の日! 

 :9月61日!! 

 :今年は何するの? 


「もちろん配信はする予定だがこの日に大事なお知らせをする予定だ」


 :大事なお知らせ? 

 :えっ

 :まさか……


 コメント欄が少しザワつくがすぐに安心させるように言葉を続ける。


「心配しているような事ではなくて、喜んでもらえる内容だと思っているので安心してほしい」


 :結婚か? 

 :結婚したのか、俺以外のヤツと……

 :おめでとう! 

 :まおしず? しずまお? 

 :式はいつしますか? 


「結婚ってそれ以外にないのか! というか誰かと結婚したらそれは嬉しいのか?」


 :幸せになってくれるなら

 :え? 俺じゃないの? 

 :SILENT先生なら許す

 :壁になって見守れれば十分だから……


 ちらほらと流れてくる結婚コメントがどんどん多くなっていくのを眺め、しだいに静やつかさ。果てには何度か絡んだことのある他の女性Vtuberや配信者の名前が挙がってきたので歯止めをかける。


「あまりよそ様の名前を出すのはやめておくこと、それにしても候補多すぎじゃないか?」


 :おまいう

 :増やしてるのは魔王様定期

 :人たらし魔王だし……

 :なんなら人以外もたらしてるし

 :そのうち刺されそう

 :夜道には気を付けてもろて


 私の印象って一体……、いやこの場合は黒惟まおの印象……? まぁ、どっちにしろ私か……。


「コホン、とにかく9月6日に重大発表をするので夜は時間を空けておいてほしい、詳しい時間や配信内容は追ってSNSや配信で告知することになると思う」


 :了解! 

 :楽しみにしてる! 

 :ご祝儀用意しておきますね


 告知の告知という形にはなってしまっているが、ようやくリスナーたちにひとつ知らせることが出来て本当によかった。コメント欄が結婚で埋まったときはどうしようかと思ったけど……。


【黒惟まお/魔王様ch】:おつまおー幸せになりますv


 :おつまおー

 :やっぱり結婚じゃないか! 

 :草

 :お父さんは許しませんよ! 


 最後のコメントを送信しその反応を楽しみながら、最後はミスをしないように配信を終了する。

 そして冒頭の失態をしっかりとアーカイブで視聴し特に問題はなかったことに安堵しつつも精神的ダメージを受けるのであった。

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