第25話 撮影会

「それじゃ、脱いじゃおっか」

「さすがにこれは恥ずかしいって……」


 高層マンションの一室で二人きり、逃げ場などなくニヤニヤとした笑みを浮かべる相手から身体を隠すように背を向け、上に着ているパーカーの裾を出来るだけ引き下げる。


「へぇ……あの子がどうなってもいいの?」

「……っ」


 それを言われてしまえば私は抗う事が出来なくなってしまう。

 覚悟を決めてジッパーをゆっくりと下げ、肩からパーカーを下ろす。


 ちらりと壁に掛けられた姿見に視線を向けるとそこには私であって私じゃない姿が映っている。


 長い黒髪に赤いメッシュと毛先のグラデーション、メイクもいつもとは違って大人っぽくクールな印象を強めに。自分だと絶対に選ばないような水着は、トップスは胸元がレースアップされ、ボトムスはサイドが紐な黒いビキニスタイル。


 そうして出来上がったのが一周年記念で描かれた水着姿の黒惟くろいまおだった。

 まさか自分がこの姿をする日が来るなんて……。


「おっ、いいねー半脱ぎのままいくつかポーズ取ってみようか」


 そんな様子を満足げに眺められ、一眼レフカメラのシャッターを切る音が室内に響く。

 じっとりとした抗議の視線を送るが、それを受けてもしずはそんなものを気にするでもなく楽しそうに撮影を続けるだけだ。


「もっと笑顔でー。ほら、まお様~笑って~」


 なぜこんなことをしているのかというと……。もともとはVtuber活動においてお世話になりっぱなしだった静に何かお返しが出来たらと話した際に、資料として色んな服を着た姿を撮影させてほしいと言われたのがきっかけだった。

 まぁそれくらいならと安請け合いした結果生まれたのが、静の家で行われる黒惟まおコスプレ撮影会である。


 最初は普通に色々な服を着ていただけだったのだが、回を増すごとにウィッグが用意されメイク道具も完備され。果てには黒惟まおの衣装まで用意する徹底ぶり。


 そして今回、リーゼの件を隠していた事と色々心配をかけてしまった事、さらにリーゼのVtuberデザインを請け負ってもらったお礼とお詫びも兼ねての水着衣装撮影会となってしまったのだ。


「それじゃベッドに寝転がって」

「はいはい」


 指示通りベットに寝転がりカメラを構える静へと視線を移す。不思議なもので恰好まで黒惟まおの姿になると、配信をしている時のようにある程度は恥ずかしさも感じなくなっていく。水着姿なんてここまで露出があるものは今までなかったから多少は恥ずかしさは残っているが、見られているのは静だし写真も公開される訳でもない。


「静、ありがとね」

「何いきなり」

「リーゼの事とか色々と」


 静がリーゼと会った日、帰るとすぐにリーゼから興奮気味にVtuberデザインを請け負ってもらったこと。その場でラフを描き上げそれを見せてもらった事。絶対に素晴らしいものになるであろう事。そしてSILENT先生に依頼してくれた事への感謝を伝えるメッセージが暴走モードのテンションそのままに届いたことを思い返す。


「別にー、ちゃんとしたお仕事だし。妹欲しいって娘に言われたしさー」


 そう言いながら静はベッドの上に上がって私を見下ろすようにカメラを構える。

 すでにリーゼの件については私の手を離れ。静とリーゼ、そしてマリーナと詳細を詰めている状態だ。どんなデザインになるのか気になるところではあるが、リーゼから楽しみにしていてほしいと言われてしまったのでそれ以上詮索するのはやめておくことにしている。


「そういえば、今度のコムケ抱き枕カバーとおっぱいマウスパッド出すから」

「……誰の?」

「黒惟まおの」

「禁止って言ったじゃん!」


 今思い出したかのように告げられた言葉にまさかと聞き返すと、予想通りの名前が返ってきて思わず勢いよく身体を起こす。


「あっ」

「ちょっ」


 私が勢いよく動いたせいでベッドもその弾みで揺れ、すぐ近くに立っている静がバランスを崩す。スローモーションのように投げ出されたカメラがゆっくりと落ちていき、その行先を気にしているともう一度ベッドが大きく揺れ、片膝と片手をベッドについた静が私の胸に顔を埋める形で倒れこんでくる。


「っ、……大丈夫?」

「大丈夫……こうやってあの子も落とした訳だ?」


 カメラが無事にベッドの上に落ちたことを見届け、胸元にいる静へと声をかける。

 てっきり急に動いたことに何か文句でも言ってくるかと言い返す準備をしていたのだが、まるで身に覚えのない言葉を投げかけられ首を傾げる。


「なにそれ?」

「一緒に寝たって聞いたけど?」

「それは違くて、二人してなに話してるのよ……。そんなことより、出すなって言ったよね?」


 そんなことまで話してしまったのかと、ここにはいないリーゼを少し恨みつつ聞き捨てならなかった話題を問いただす。

 抱き枕カバーもおっぱいマウスパッドも周年や誕生日など事あるごとに作らせようとしてくるので禁止令を出しているのだ。


「あれは公式グッズでってことでしょ?コムケは非公式だし」

「静が出したらそれはもう公式でしょ……、まさか今日のこれって」


 へりくつをこねる相手にわかりやすくため息をついて見せる。

 今日の撮影会の目的はそれだったのかと思うと、わざわざ一周年記念で描いたものとまったく同じ水着を用意した力の入れようにも納得がいく。


「資料だけど?ついでにこっちの触り心地も確認……」

「……怒るよ?」

「いてっ、冗談だって」


 何も悪びれる様子もなく、手をわきわきと動かしながら迫ってくるので声のトーンを落とし頭に軽く手刀を食らわせる。そうするとケラケラ笑いながら退散していったのでベッドから降り今ではすっかり黒惟まおの衣装部屋と化している空き部屋へ着替えに向かう。


「えーもう終わり?」

「もう十分撮ったでしょ、お腹すいたからご飯。

 何食べたい?どうせろくなもの食べてないんでしょ?」

「まおが作ったのなら何でもー」

「じゃあ、ちゃんと野菜も食べなさいよ?」

「えー」


 まったくどっちがママなんだか……。

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