第24話 宣戦布告
駅前の大きな道を外れ、あまり人通りもない路地を少し行くと目的の喫茶店が見えてくる。
特に看板や案内が掲げられているわけでもなく、一見するととても入りにくい佇まいだ。
その上、何か仕掛けがあるようで魔力を感じられるような者でなければ、その存在に気付くことすら出来ないだろう。
マリーナ曰く、古い友人の店で何かと便利とのことだが。本当に彼女の交友関係は多岐に渡りすぎていて未だに底が知れない。
こんなところに連れ込む事になってしまい困惑していないだろうかと、僅かに斜め後ろにいるSILENT先生の様子を伺ってみるが、特に気にしているような素振りもなく静かに付いてきてくれている。
カランと扉に付いたベルを鳴らし店内へと足を踏み入れる。そこはまるで時間の流れが止まり、時代から置いていかれてしまったようなレトロモダンな空間だった。木製のテーブルに革張りの椅子やソファー、それぞれは色あせてはいるが手入れが行き届いているのであろう、それもまたいい味を出している。
そんな雰囲気にどこか懐かしさを感じながらもカウンター奥の初老の男性へと会釈し歩みを進める。「いらっしゃい」とこちらを一瞥し僅かに目を見開いたように見えるが、すぐに「お好きな席へどうぞ」と手元へと視線を戻す。
あれがマリーナの古い友人だろうか、綺麗な
店内には他の客もいないので店主の言葉通り好きな席を選べるが、一応奥まった席へとSILENT先生をエスコートし着席したのを見て自らも対面に腰を下ろす。
「SILENT先生は何か飲まれますか?」
「……じゃあ、これを」
木製のメニューブックを相手に見えるように開いて、首を傾げて問いかける。
ゆっくりとその内容を確認し少し考えるような素振りを見せた後、細長い指先で指し示されたのは『クリームソーダ』で思わずその主の顔へと視線を移してしまう。
「なに……?」
「いえ、その美味しいですよねクリームソーダ。わたくしは何にしようかな……」
こちらからの視線に気付いたのか顔を上げた先生と視線が交差する。たぶんわたくしの表情は微笑ましいものを見るような顔になっていたのであろう、ジト目で抗議じみた言葉が投げかけられる。
そんな視線から逃げるように今度はこちらがメニューに目を落とす。無難にコーヒーでも頼もうかと考えていたのだが、水が入ったグラスを持ってきてくれた店主にはクリームソーダとコーヒーフロートを注文することにした。
「改めて、わたくし、エリーザベト・フォン・クラウヴィッツと申します、どうぞリーゼとお呼びくださいませ」
「…SILENT、まおからは
注文したものを待つ間、改めて自己紹介をしたのだがそのあとの会話がどうにも続かない。
「お会いできて光栄です、まお様がきっかけで先生の事を知ったのですが先生の作品はどれも素晴らしくて……。どれもまるで実際に存在するような説得力があるというか、世界観がとても完成されていて……。」
「そう……。」
本心からの言葉だがどうしてもどこか上辺をなぞったような印象を与えてしまっているのではないかと心配になる。そのせいか先生からの反応は薄い。
またしても訪れてしまった沈黙をどうしようかと頭を抱えたくなるが、店主が注文した品を持ってきてくれたのでタイミングの良さに心の中で感謝する。
届けられたコーヒーフロートのアイスをスプーンで一口すくいコーヒーに沈めてから口に運ぶ。
苦味と甘みがバランスよく調和し店内の雰囲気もあってノスタルジックな気分に浸ってしまう。
SILENT先生の頼んだクリームソーダも鮮やかな緑色のメロンソーダにアイスと真っ赤なチェリーが添えられていて色味も美しい。
美味しいアイスに心を奮い立たせ、再び会話にチャレンジする。こうなったらあの話題しかない。
「一周年記念グッズのまお様も素晴らしくて……、普段着ているドレス姿から一転あんな大胆な水着姿が見れるなんて。やはりSILENT先生は天才だなと我々も大盛り上がりでした。今度は是非抱きまくらカバーなんかを……」
「抱きまくらカバーも作ろうと思ったんだけど、まおから禁止されてる。あとおっぱいマウスパッドも」
「なんと……そのようなことが……」
「だから今度のコムケで非公式に出してやろうかなって」
「委託する予定はありますか?」
「検討中」
まお様の抱きまくらカバーにお、おっぱいマウスパッド……。しかもSILENT先生の描き下ろし……これは戦争待ったなしである。
思わず相手の口から語られた裏事情にテンションは上がり、本来の目的なんてすっかり頭の片隅に追いやられる。頭の中は出るかもしれない抱きまくらカバーとおっぱいマウスパッドで埋め尽くされている。しかし、ジッと相手から見つめられていることに気が付き血の気が引いていく。
やってしまった……。どうしてわたくしはまお様のことになるとこうなってしまうのか……。
「その、失礼いたしました……。」
「まおの事そんなに好き?」
やらかしてしまったことにしゅんと肩を落とし、ジッと見つめられている視線に目を伏せる。
そんな時に投げかけられた言葉には自信を持って答えられる。伏せていた視線を上げまっすぐに相手を見つめ言葉を返す。
「はい。尊敬もしておりますし憧れの魔王様です」
「あの子のためなら何でも出来る?」
まお様のことを『あの子』と呼ぶ姿は本当に大切な関係であることが伺えてそれが少し羨ましい。見た目ではまるっきり逆なのだが、目の前にいる相手は
すぐに答えられる問いかけのはずなのに、まっすぐに見据えられると簡単には頷けなくなってしまう。きっとこれは誓いのようなものなのだろう。『もし約束を違えたらどうなるかわかっているな?』と突きつけられているようで見えないプレッシャーに抗うために自ずと力が入る。
「……はい」
「わかった」
ゆっくりと頷き覚悟と共に紡いだ言葉を聞き届けた先生は頷きプレッシャーは薄まっていく。
緊張感から開放されふぅと小さく息を吐き出すと、いつのまに取り出したのかSILENT先生の手にはタブレットとペンが握られていた。
「それじゃあ、貴女と一緒にいたときのまおの話を聞かせて」
これで会話は終わりという意思表示だろうかと困惑していると、視線はタブレットに落としペンで何かを描きながらそんな言葉が告げられる。
また暴走してしまうかもと少し躊躇するが、なかなか話し出さないこちらに「どうしたの?」と視線を投げかけられれば語る他ない。
主にまお様の部屋で過ごした時のことを語り、ときおり暴走しかける自身を自制し……。
SILENT先生は時々こちらを見ながらずっと手を動かしている。
さすがは売れっ子イラストレーター、きっと常に仕事を抱えてらっしゃるのだろう。
一通り話終え、Vtuberデザイン依頼についての話をしようかしまいか、悩んでいるところに手を止めた先生がこちらにタブレットを差し出す。
「──っ、先生。これって」
「ラフだけどここから詰めていくから」
タブレットを受け取りその画面を見ると、そこには白いドレスを着た自分がいた。
まるで黒惟まおと対を成すような……そんな意匠でデザインされた姿に目が離せない。
「あと、まおは私のほうが好きだから」
そう言われて顔を上げると、いままでの表情とはうってかわり自信満々な笑みを深めるSILENT先生がいた。
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