第19話 お願いごと

「どうしてこうなった……」

「それはこっちのセリフなんだよなぁ」


 黒惟くろいまおが企業所属Vtuberになることが決まり、リーゼがVtuberになると宣言し、しかも同じ事務所に所属すると言い放ったあの日から数日が経った。

 結局あの後、私を置いてきぼりにしたまま意気投合したマリーナとリーゼはどんどん話を進めていき「お父様を説得してきます!」と二人して帰っていってしまった。


 リーゼの荷物全部部屋に残ってるんだけどなぁ……。


 一週間ほどだったが二人で暮らしていた部屋に一人でいるとなんだか広く感じてしまうなと配信部屋から隣の部屋へと視線を向ける。そうするとだいたい扉に隠れてリーゼがこちらの様子を伺っていたのを思い出して苦笑してしまう。


「それで私に隠れてファンの子を部屋に囲ってた訳だ?」

「言い方……、いや間違ってはないんだけど……」


 ボイスチャット越しでも生暖かい視線をディスプレイから感じてしまう。


 無事に契約を終えたことをしずに報告し、ついでに二周年記念について色々相談しようとボイスチャットを繋いだのだが「何か隠し事してるでしょ?」と問い詰められてしまい、魔界絡みのこと以外はだいたい話してしまった。どのみち話すつもりはあったしお願いしなければいけないこともあったので許可はとっていたのだ。もっともいつもなら静はチャットなのに最初から声での会話になった時点で相当怪しまれていたと思う。


「それでどんな子なの?」

「えーっと、かわいい子だよ。いい子だし。いいところのお嬢様っていうかお姫様みたいな。あと初期からのリスナーみたい」


 リーゼのことは私をスカウトしてきたマリーナの知り合いの娘ということにしている。魔王の娘でガチのお姫様なんて言っても、また中二病の発作かなんて言われてしまうのは目に見えてる。


「へぇー、へー、まぁ、まお好きだもんねそういう子」

「銀髪長髪のお姫様とか嫌いな人類いないでしょ」

「はいはい、ごちそうさま」


 これはしばらくリーゼ絡みで相当弄られるだろうな……。


「それで二周年記念のことなんだけどさ」

「んー、新衣装でも描こうか?あとグッズは出すんでしょ?」

「うん、そうなんだけど……。」

「なにさ」

「妹が欲しいなぁ……って」

「は?」

「その、さっきも話した通りその子……リーゼっていうんだけど、その子のデザインをお願いできないでしょうか。スケジュールが厳しいようなら私の二周年記念は他の人に任せてもいいし」


 ついついふざけてしまったが、すぐに姿勢を正してちゃんとした言葉にする。マリーナとリーゼがあそこまで乗り気になって動いているのだ。おそらく、いや絶対にリーゼは私の事務所同期としてデビューすることになるだろう。下手したらまた前みたいに家出同然でこちらに来ることまで考えられる……。

 それにもし、本当にリーゼが魔王を継いでくれるならば魔王に関する諸々の問題は解決するし私も事務所に入れてみんなハッピー……なんて。

 さっきからボイスチャットの反応が一切返ってこないので静かな間が怖い、ディスプレイから冷気が漂ってきている気さえしてしまう。


「あの……、静……さん?……SILENT先生?」

「まお、正座」

「はい」


 静かに告げられた言葉にすぐさま反応し、ゲーミングな椅子の上で正座する。


「私は悲しいです」

「はい」

「私があんまり気が乗らない仕事をしてる間に娘はファンの子を誑かして部屋で囲って楽しんでるし、まおにとって大事な契約がどうなるか心配していたのにすぐに連絡してこないし、しかも妹が欲しい?」

「その色々事情があって……、連絡が遅れたのは本当にごめんなさい」


 自分の契約の事とそのあとの急展開にいっぱいいっぱいになってしまい連絡が今日になってしまったのは謝るしかない。


「何より忙しいからって、まおの二周年記念を他の人に任せると思う?」

「さすがの静でも新規デザインに二周年記念の分だと厳しいと思って……どっちも私の事情だし、あんまり負担かけたくないし……」


 リーゼのデザインを他の人に任せるという手もあるのだが、彼女の活躍次第で私の未来まで変わってくるのであれば最高のものを用意してあげたい。こんな私でもここまでやってこれたのは静が生み出してくれた黒惟まおという存在が大きい。


「あのね、そんな遠慮するような仲じゃないでしょ。ここまで付き合ってきてまだそう思ってるならそれが一番悲しいよ」

「静……」


 たしかに静の言う通りではあるのだが、今回はどうしても後ろめたさが勝ってしまいついついあんな物言いになってしまった。そんな事も見抜かれている気がする。


「じゃあ、受けてくれる……?」

「二周年記念は誰にも譲らないけど、新しいデザインは……本人に会ってみないことには決められない」

「リーゼに?」

「そう」


 まさか静の口から本人に会うなんて言葉が出てくるとは思わず驚いて聞き返してしまう。

 イラストレーターとしての仕事はほとんど簡潔なチャットのやり取りで済ませるし、人前に姿を現すこともなくその声も聞いたことがある人間は限られているのが静ことSILENT先生なのだ。

 SNSもほとんどがイラストの投稿と告知に黒惟まお関連くらいで、私が配信で静について話すといつも『それ本当に同一人物?』なんてコメントがどんどん流れてくるし、某サイトのSILENT先生の項目の情報源はほとんど黒惟まおの配信なんてことはザラだったりする。


ママに紹介できないような子なの?」

「そんな事はないけど……、わかったセッティングするね」


 リーゼもSILENT先生のことは尊敬していた様子だし、あとは静が彼女の事をどう思うか……。こればっかりは私にも断言はできない。せめていい印象は与えておいたほうがいいだろう。

 その後は二周年記念の話をしながら時折リーゼの話を振ったのだがあまり手応えは感じない。やはり本人に頑張ってもらう他ないようだ。

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